夕陽の差す部屋で
それから、少しして。俺とアンナは、揃ってレッツェル家(パン屋)の二階で互いに向き合っていた。
アンナの両親と妹弟たちの居住スペース――元はアンナも一緒に暮らしていた空間だ。
各自に一室がそれぞれあるというわけじゃなくて、子供部屋と親の寝室、という区分けになっている。俺たちは、アンナの両親の取り計らいもあって、寝室の方にお邪魔させてもらっていた。
窓から、夕焼けの光が差し込んでいる。
互いに――夕陽のせいというだけでなく、顔が赤い。当然だ。あんな公衆の面前で告白して見せたんだ。少しでも恥ずかしがらない方がおかしい。
俺も俺でだいぶ勢いのまま言っちゃった部分はあるが――何にせよ、その時の言葉をそのまま引用して使ってきた辺りで、俺の恥ずかしさも頂点に達していた。
で、結局、周囲の目が気になった結果、とりあえずは無事だったアンナの実家に一時的に避難してきた、ということなのだが。
「何か聞けよ」
「何か言ってよ」
そんな感じで数十分。
話は未だに進まない。
いや、改めて思うにこんな状況で話ができるわけが無いだろう。
やがて痺れを切らしたのか、俯き気味に、アンナがこちらに問いかけてきた。
「惚れた女ってどういう意味?」
「まんまだよ。俺も最近までそう思ってなかったけど」
「嫌いだったってこと?」
「そんなわけないだろ。誰かを好きになったことなんて無かったから、どういう気持ちかってのが分からなかっただけだよ」
再び、顔が赤くなる。
自分で言っててやたら恥ずかしいな、これ。
「アンナは……いつから、どう、だったんだよ」
「あたしは、その……前の、リョーマが精霊術師と、戦った後、くらいから……」
「……そ、そっか」
あの時は、フリーダさんの計らいもあって二人で揃ってライヒの街で買い物なんかをしていたが……成程、フリーダさんは孫の気持ちをよく理解していたらしい。
……俺がこんな考察するのは自意識過剰なようで更に恥ずかしいが。
もしかすると――場合によっては、俺の方の気持ちも汲んでいた、ということもありうるだろうか。年の功、というものもあるし……。
「リョーマは……何で?」
何で、というのは……・何で好きになったのか、という話だろう。
自分でこういう説明をしなきゃいけないなんて、恥ずかしいを通り越していっそ頭を机に打ち付けたくなる……!
「いつ、かは微妙だけど。明確になったのは、つい最近だよ。それこそ、退院してから……」
「そ、そなんだ。あはは……」
「は、はは……」
別に笑うつもりも無いと言うのに、何で笑いが出てしまうのだろうか。
恐ろしくぎくしゃくする。何を言うべきか、何を言わざるべきかが上手く定まらない。
俺、もうちょっとアンナとは気さくに話してたはずだよな? その時のようなことが――いや、やっぱり出てこない。
ちゃんと意識して目を見ると、心臓が跳ねてうまく言葉にできない。
「……ずっといなくなってたのは、何で?」
「……寝てた」
「は?」
「いや、その……あの時の戦いで怪我して、気を失って……気付いたら十日経ってた」
「は?」
目が怖い。
いや表情も怖い。なんというか、うん。俺が悪いのは分からないでもないけど、謝るからやめてくれ。
「何でそんな無茶したの!?」
「無茶しなきゃ勝てねえし」
「逃げなよ!?」
「俺が逃げたら、誰があれに勝てたんだよ」
「死んじゃったら、元も子も無いでしょ……!?」
「お前を守れなきゃ生き残ったって意味無いだろ」
その瞬間、再びアンナの顔が真っ赤になった。
僅かばかり、頬が持ち上がっている……ようにも見える。が、俺の視線を察知したのだろうか。即座に手で顔を隠してしまった。
「何でそんな変な方向にばっかり思い切りがいいの?」
「……普段色々我慢してるからじゃないかな」
食事だってそうだし、誰かに嫌われやしないかと思って、思い切ったことができないのもそうだし……。
ちょくちょくつかざるを得ない嘘にしたって、あれは考えてみれば言いたい事を我慢した末の嘘だ。本当なら嘘なんてつきたくはない。
……そのせいで変な方向に思い切りが良くなっているとしても、別にありえなくもないような気もする。
むしゃくしゃしてつい、みたいな。
「……いいよ。今は、我慢しなくって」
ふと。
顔を真っ赤にしたまま、アンナがそう呟いた。
何が? なんて、聞きたくても、聞くことはできない。
だから、俺は――――。
「――――あ」
何も言わず、ただその体を抱き締めた。
「……ん」
強く、強く――そのまま、抱き締め返される。
こんな風に、人の体温を感じたのはどれくらい前だろう。
もう、思い出せないほどに前――きっと、思い出す気も無くなるくらいの頃。
以前は、少し暗い記憶が蘇ってきた。けれど、これからは――多分、そうはならない。
そう、思えるはずだ。
「ね。リョーマは、どうしたい?」
「ど、どう――って、お前」
「……ヘタレ」
「……今すっげえ傷ついた」
「じゃあ、言わせないようにしてよ」
上等だ。
言葉尻は少しだけ喧嘩腰で。それでも、アンナを抱くその腕には必要以上の力は込めずに。
宝物に触れるよりも慎重に、幼子と戯れるよりも優しく――――。
互いの唇が、確かに触れた。
「なんだか、変な感じ」
「嫌か?」
「ううん。ずっと……こうしたかったから」
そうやって臆面も無く口にされるのも、それはそれで気恥ずかしい。
俺だって、割と……勇気を出したつもりなんだけど。それでも恥ずかしいと思う気持ちは、あるわけで。
「ね――――続き」
「……ん」
もう一度、唇同士が触れた。
今度は長く……繋がりを求めるように、互いを刻み込むように、深く。
舌で舌を絡め取り、探るように強く――酩酊する意識に任せて、ただ、貪るように口付けする。
やがて、勢いのままに、アンナの身体がベッドに倒れ込んだ。
その肌は上気して桃色に染まり、見ているだけで色香を感じさせるようで――――。
「…………いいか?」
「ん」
――――――既に、言葉は必要無かった。




