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嘘の果てに

「では……四日後、またこちらにお越しください。それから列車で首都、コルフェリードへ移動します。今は少しでも休息を取られた方がよろしいでしょう」

「は? ……はあ、そうでしょうか」

「そうでしょうか、じゃないですよ。リョーマさん、十日近く昏睡状態だったんですよ!?」

「……は!?」



 突然、エフェリネから驚愕の事実が伝えられた。


 十日……十日!?

 しかも、昏睡状態って何!?



「そんなに!?」

「当たり前ですよ。脳の血管がかなりの部分断裂していたんですから……」

「後遺症が出なかっただけでも奇跡だと伺っています」



 ……あれ? もしかして俺、だいぶ無茶してた?

 いや、無茶苦茶してたのは確かだろうけど、そこまで酷いことになってた?


 ……よし、考えると怖いから考えるのやめよう。

 でも何で俺はこう、戦いがあるたびに重傷を負うんだろう。単に力不足なだけと言われると否定はできないが。



「でも、よくそれがここまで治りましたね……自分のことですけど」

「実際、危険な状態だったとお聞きしております。エフェリネ様の尽力が無ければ、今頃亡くなっていたでしょうとも――――」



 エフェリネの方に視線を向けると、彼女は得意げに笑みを作り、当然だとばかりにブイサインをこちらに向けてきた。



「人類最強ですから」



 ――――ああ、そういえば、こういう人だった。


 ともすると腹が立ちそうになるくらい天才肌で――というか事実天才で――その事実を割とひけらかす。その上そのことを悪びれもしない。

 でも、それと同時に友達想いで、霊王としても、一人の人間としても、その力を振るって人を助けることにためらいが無い。

 好感を覚えることには間違いないんだが、どうもそれが一人の「王」としてはどうなんだろうと思う部分も無いわけじゃないわけで。

 正直なところ、ちょっと危ういんじゃあないか、とは思う。



「……それほどの相手だったのですか?」

「え、ええ、まあ……体を雷に変えて、光の速度で動いていました。だから、脳の処理速度を上げて対応しようとして――――」

「勝ったけど、その直後に限界に……ですか」



 あれは本当に、力尽きたという表現が正しいだろう。

 事実上の相討ちだ。我ながら、とんだ無茶をしたものだとも思う。



「とんでもない無茶をしたんですね……」

「でなきゃ、勝てなかったので」



 けれど、それだけのことをするに値する相手だったとも思う。

 それだけ、彼は強かった。



「……でも、思ったんですが……よく、領主様は無事でしたね」

「あの程度の襲撃で死ぬほど、やわな鍛え方はしておりませんので」



 何を当たり前のことのようにとんでもねえことを言ってるんだこの人は。



「……襲撃してきたのはドラゴンですよね?」

「首を圧し折ってやりました」



 ――――何でこの世界の政治家って、やたらと強いんだろう。



「ともかく、そういうことですので。今はお休みされた方が良いですよ、リョーマさん。待っている方々もいるでしょうし――――」

「あ……」



 そうだ。目覚めてからずっと怒涛の展開で、頭の隅においやられていた。

 急いで帰って、皆の無事を確かめないと――――!



「すみません。では、四日後にまた」

「はい、また」

「……あ、そうだ。エフェリネ様はその間、こちらに?」

「いえ、私は一度本国に。ランベルト公王とお会いするなら、少し準備もしてこないといけませんから」



 流石に前回のことで少し懲りたのだろう。エフェリネは少しだけ困ったように微笑んだ。



「では、また――――コルフェリードでの謁見の時にお会いしましょう」

「はい。それでは、失礼いたしま――――」



 そう告げかけて、俺は少し立ち止まる。

 ……一つ、考えてなかったことがあった。



「――――すみません。出口はどちらでしょうか」

「……侍女を呼んで参ります。少々お待ちください」



 失念していたと言うように、リナルドさんはそう言って軽く目頭を押さえた。


 ……その後、この官邸に務めているという侍女の方に案内され、俺は無事脱出することに成功したのだった。

 いや。迷宮じゃないが。




 * * *




 ――――街は、凄惨な有様だった。


 あちこちに破壊の爪跡が刻まれ、所々に血痕が見え隠れしている。あの中の何割かが俺のものだとも思うが、実際のところは住民のものと見るべきだろう。


 果たして、何人が犠牲になってしまったのだろうか。

 そんなことをしでかした天帝を、俺は果たしてどうするべきなのだろうか。

 様々な思いが去来して――しかし、結論は出ない。


 リナルドさんは、俺が街を守ったと言ったけれど。

 正直――この光景を見て「守った」などとは決して言えはしない。

 ……幸いなのは、俺の顔を見るなり石を投げつけたりする人がいなかったこと、くらいか。


 それだって、結局は俺の顔を知らないからそうなっているだけのことで。

 多分、知ってさえいれば俺に憎しみを向ける人は、大勢いるのだろうと思う。



「――――あ」



 不意に、目に入るものがあった。

 後ろでひとまとめにされた金の髪。若草色の服。活発な印象を受けるその人物は、紛れもなく、俺が狂おしいほどに求めた――――。



「…………ッ」



 そこでもう一つ、改めて思い出すものがあった。

 俺は、二度とアンナの前に姿を見せないという、約束。

 未だ心の奥底に残るそれも、確かに彼女と交わした言葉で――――。


 確かに俺はあの時、アンナを助けに入った。言葉も交わした。

 けれどそれは、それより前にした「アンナを守る」という約束を履行しただけであって……。



「リョーマあああああああぁぁ!!」



 ――――その瞬間。


 遠くにいる俺の姿に気付いたのだろうか。あるいは何か、超人的な感覚で俺がいるということを察知したのか。

 俺ですら驚くような速度と勢いで、当のアンナが走ってきた。



「いぃ!?」

「見つけたあああああぁぁぁぁもおおぉぉ!! 話は後でゆっくりなんて言ってカッコつけた後ず―――――――っといなくなって!! 何!? 何なの!? 一体全体何してたのどういうことなの色々説明してほしいんだけど!!」



 恐るべき剣幕でまくしたてられる。

 いや――理由は分かる。そこまで言うだけの理由が、アンナにはある。

 俺だって、説明の責任を果たしていない、けれど。



「も、もう二度と、アンナの前には、姿を見せないって言ったろ……」

「リョーマがウソつきなことくらいもう知ってるんだから、そんなのもうナシ!! いい!?」

「え。あ、はい」



 ――――あっさりと無かったことにされてしまった。


 いや、いいのか、それ。

 それでいいのか、俺。



「けど、俺。アンナを怖がらせて……」

「でも、護ろうとしてくれた」

「俺、魔族で……」

「それが何?」



 全部封殺されてしまった。



「逃げないでよ、リョーマ。あたしももう逃げないから」

「…………」



 逃げないで――か。


 そうだろうな。多分、俺は逃げようとしていたんだろう。この期に及んでというか、いざ、アンナを目の前にしたからこそ、というか。

 覚悟は決めたつもりだった。もっと前向きに話していこうと思ったつもりだった。

 けど、実際にそこまで勇気を付けることができたわけじゃない。あれは……こういう言い方もどうかと思うが、アンナが危機に晒されていると思ったからこそ、ある意味でヤケクソになれただけとも言える。


 ちょっと落ち着いて色々と考える余裕ができてみると、正直――アンナと話すことが、ひどく恐ろしい。

 殺し合いをすることになっても、揺るがない自信はある。けれど、アンナを目の前にすると、そうもいかない。

 嫌われたくないと心が騒ぐ。軽蔑されたくないと、魂が揺れる。


 それでも、今。俺に逃げることは許されていない。

 それはアンナのためでもあるし、後押ししてくれたミリアムのためでもあるし、何より俺自身のためでもある。


 ――――だから、前に出ないと。



「……ごめん、アンナ。最初のことがショックで、ずっと逃げてた」



 正直に、本音を話す。

 今度は嘘じゃない。嘘なんかじゃない――俺の、本心からの言葉。



「うん。あたしも逃げてた。信じたくなかった真実(こと)だったから」



 ちゃんと、目を見て――お互いに、顔を見合わせて。



「ちゃんと、説明してくれる?」

「――――勿論。俺は、嘘吐きだけど……信じてくれるか?」



 勿論。

 一言そう言い放って、アンナは花のような笑みを浮かべて――――。



「惚れた男のこと信じるのに、理由なんていらないでしょ?」



 そう、告げた。

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