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語られる出自

「……ところで、魔族を生かしておくというのは、国益としては大丈夫なのでしょうか?」

「そこは問題ありません。むしろ、戦争になる方がよっぽど国益を損ないます」

「世論が許さないのでは?」

「それは、おいおいなんとかしていくしか無いかと」

「……行動で示していくしか無いですか」



 廊下を歩きながら、意見を交わしていく。


 エフェリネが俺たち魔族の存在を容認してくれた現状、これまでよりも命の危険はぐっと遠ざかったと言っても良い。

 しかし、これはやはりあくまで「エフェリネ個人が」容認したことだ。普通の人たちは未だ、魔族に対する偏見が根深い。


 というか、エフェリネに関しては元々俺たちとの交流があったことが何より大きい。それが無ければ、そもそも分かりあおうとすることもしなかっただろう。

 他の人間も同じように、というのは土台無理な話だ。それでも、行動次第で理解者が増える可能性がある――とする余裕があるだけ、今はまだありがたい。


 結局、エフェリネが俺に会ってほしい人というのは、この官邸に住むライヒの領主のことだった。

 曰く、襲撃を食い止めた功労者を労いたいということだったが――果たして、どこまでが事実なのやら。

 正直に言うと、こうして意見を交わし合っているのはその不安を払拭するためというのが大きい。俺自身も、そこまで他人を信用しきれていないというのが実情だ。



「――――と、ここですね」



 ふと、とある扉の前を通りかかった折、エフェリネがそんなことを言って立ち止まった。



「ここ――ですか?」

「ええ、ここです」



 見れば、それは他の部屋とも特に代わり映えのしない――ともすると、他の部屋よりも少々古びているのではないかと思わせるような外観の扉だった。

 本当にこんな場所に、俺を呼んだという領主がいるのだろうか?


 そう思って訝しげな表情を浮かべていると、俺の不安を読み取ったらしいエフェリネが薄く笑みを浮かべた。



「大丈夫ですよ。私も最初は面食らいましたが、どうもフランチェスカ伯は清貧を良しとされている方のようですから」

「自室にお金をかけない、ということですか」

「実利重視です、と仰っていましたね」



 自分自身に欠ける金を少なくしたなら、他にかけられる金の額も増えるだろう。

 それ自体は理想的な在り方と言えなくもないが……本当に大丈夫だろうか。

 自分のことを省みない政治家というのは、流石に少しばかり、不安に感じる。



「――――よろしいでしょうか、フランチェスカ伯」



 三度、控えめにドアをノックするエフェリネ。しばらくすると、部屋の中からやけに渋い声で「どうぞ」と聞こえてきた。


 声から察するに、壮年の――四、五十代半ばの男、だろうか。

 いまいちその風貌が想定できないのは、俺がそもそも政治家という職に疎いせいだろう。元の世界だとスーツ姿にバッジというのが定番だが、こちらでも同じとは限らないわけだし。


 意を決して、扉を開ける。と――そこには、どう見ても二、三十代半ばと言った風貌の優男がいた

 彼は……秘書か何かだろうか、と思うも、どうも部屋の中に他に人影が無い。となると、彼が――――。



「構いません。こちらも今しがた執務が終わりましたので」

「それなら結構。リョーマさんをお連れしましたよ」

「お手を煩わせたようで申し訳ございません。このご恩はいずれ必ず」

「いえ、そこまでのことでは」



 エフェリネに気を使われているからだろう。やたら恐縮して(かしこ)まった――(かしこ)まりすぎた態度を見せる領主。


 当然と言えば当然というか、そりゃそうなりもする。何せ一国の王に雑用を任せて、自分は仕事に専念しているというような状態なんだ。俺なら軽く頭がおかしくなりそうにもなる。


 気を取り直すように立ち上がる――と、思った以上に彼が長身の持ち主だということがよく分かった。

 だいたい百九十センチくらいだろうか。エフェリネは元より、俺も彼を見上げるような格好になっている。容姿はよく整っており、領主という激務をこなしているにも関わらずその顔は涼やかだ。見れば、厚手の服で隠れてはいるが、よく鍛え上げられたらしい筋肉が僅かに服の裾から見えていた。


 ……こっちの世界の政治家というのは、戦闘力が高くなければいけないのだろうか。


 いけないのかも……。



「さて。まずは自己紹介から参りましょう。リナルド・フランチェスカ。この一帯の領主を拝命しております」

「……現在、魔族の一派の取りまとめ役をしております。冥王――……えー……」

「リョーマさん?」



 言い淀んだ俺を心配するように、エフェリネが顔を覗き込む。途端、リナルドさんがぎょっとした顔でこちらを見た。

 俺とエフェリネとの関係性――友人というそれについて知らないからだろう。


 国のトップと友人って時点で大概だな。



「いえ、少し……自分のことを何と言うべきなのか、考えていて」



 正直、俺の名前はこの世界ではかなり異質だ。

 それを説明するには俺の出自から何から、全部丸ごと話す必要があるわけで……。



「と、言うと?」

「――――少し長い話になっても、構いませんか?」



 一つ前置くと、二人はあっさりと頷いた。

 俺に対する情報があまりにも少なかったためだろう。互いを理解しようと思うなら、対話は何より重要だ。

 それに、多少突飛な内容であっても、エフェリネの持っている魔石のおかげで、俺の話が真実だと裏付けることもできる。


 ――――そうして、しばらく俺は俺自身の本当の出自、それと……今日、この日までに起こったことの経緯、真相などを語った。


 流石に、色々と――それこそ、俺が元々人間であったとか、一度死んだとか、あるいは異世界から来るハメになったとか。そういった事実については二人も懐疑的で、しきりに魔石の方を確認していたが……魔石に全く光が灯らないところを見て、話を信じてはくれたらしい。

 それでも、それはそれとして俺に対する訝しげな視線は止まらなかったが。



「――――ということです」

「……にわかには、信じがたい話ですね」

「ですけど、魔石は嘘を関知していません。真実と解釈するしか……」

「……しかし、霊王様。もし彼が御使い様と同様の方法でこちらに来たと言うのなら……」

「公表するのは控えるべきでしょうね……」



 この世界において、御使い……代行者という存在は、かつて魔族を滅ぼしただけあって絶対の存在として謳われている。

 その正体は、俺が元いた世界の人間で、精霊に直接力を与えられた者たち――なのだが、魔族の王がそれと同じ存在だと言われて動揺しない人間が、どれだけいるだろう。

 場合によっては、代行者という存在の絶対性や、その権威が揺らぐということもありうる。為政者として、それは看過できないことだろう。



「リョーマさん。できれば、そのことは内密にお願いできますか?」

「はあ、構いませんが」

「それから――可能ならば、名を変えることはできますか?」

「はあ、構いませんが」

「……お願いした側が言うのもなんですけど、そこを承諾しちゃんですか」

「別に未練もありませんし」



 下の名前が残ればいいや、くらいには思っている。


 既にアンナやエフェリネ、その周囲の人間にも「リョーマ」という名前として通っているし、そこを変えることは無いだろう。多分。

 あのクソ親父を殴り飛ばした時点で、元の世界に対する執着も捨てた。今更名字に拘ったって意味は無い。



「ですけど、どういったお名前にされますか?」

「……あー……」



 何が良いだろう。こっちに来てから人の名字というのを気にしたことも無かったし。


 アンナがレッツェル、エフェリネがフルーネフェルト。レーネが確かメルダース……で、ミリアムには名字が無かったはずだ。

 レーネは昔のことを忘れたがっているし、メルダースという苗字の語感は嫌いじゃないがボツ。流石にアンナの名字を名乗るわけにはいかないだろう。他に考えられるのは――――。



「……オルランド、とか」

「おるらんど、ですか? どういう意味が?」

「元の名字の意味に(ランド)が含まれているので……」



 それと、元の世界の物語にそんな名前の騎士がいたような気がする。


 いや、でも、よく考えたら武器は斧じゃないんだっけ? 確か、有名な聖剣を持っていたような。

 ……何でもいいか。便宜的な名前なんだし。



「では、今後そのように名乗っていただければ。リョーマさんが御使い様と同じ経緯を辿ってこちらに来たことは、我々だけの秘密ということにしておいてください」

「承りました」

「……では、もう一つの本題に入りましょう。冥王殿、貴方には――五日後、我が国の公王陛下と謁見いただきたい」

「公王様と?」



 一瞬面食らったが、妥当なところか。自国から魔族が復活したとか、襲撃を受けたとか――流石に、いち都市の中で解決していい問題でも無いだろう。

 多分その辺が、エフェリネがここにいる理由でもある。



「構いませんが……それは、どういったことで?」

「……恐らく、陛下は貴方と協定を締結したいのだと思います」

「協定ですか」

「ええ」

「不可侵条約とでも言うんでしょうか。この国で暴れたりしないでほしい――ということだと思います」



 どういうことかいまいち理解しきれていない俺に、エフェリネが注釈を入れる。


 口約束でなく、「人間に危害を加えない」ということを明確にしておく、というところだろうか。

 エフェリネとはいくつかそういった話をしたが、文書に残したわけじゃない。形に残るものがあった方が良いのは確かだろう。



「分かりました。そういうことでしたら、喜んで」



 一も二も無く、俺は返事を告げた。

 ちゃんとした形で俺たちのことを認めてくれるというなら、それは最も望むべきことだ。



「場合によっては、あなた方に不利な条約が締結される可能性もありますが」

「その時は言葉を尽くしましょう」



 場合によっては、実力行使も辞さない。

 そうならないことが最善だけど、流石に――例えば、魔族の女を差し出せ、みたいなことを言われたら、怒らない自信は無い。

 ましてやそれがミリアムやレーネ、場合によってはアンナだった場合、俺は即刻天帝に協力を申し入れるだろう。


 いや、流石にそこまでのことは無いだろうけれど。

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