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目覚める景色

 ――――目を覚ますと、そこは見知らぬ一室だった。


 ……なんだかそんな展開がこの半年で二回もあったような気がするのに、これで三回目である。

 二回目であるところの病室は、既にあの入院期間で慣れたので見知らぬ部屋というわけじゃあない。情けない話だが。


 で、それはそれとして、見知らぬ一室である。

 やたら豪奢な内装に、妙に巨大な天蓋付きのベッド。沈み込んでしまうほどに軟らかいマットレスといい重さをまるで感じない布団といい、なんというか場違いすぎて今にも逃げ出してしまいたくなるような部屋だ。


 もう意味が分からないを通り越していっそ恐怖すら感じる。

 病院じゃない。というか病院であるはずもない。こんな豪華な病院があってたまるか。


 いや、本当にどこだここは。



「………………」



 体は、治っているようだ。

 傷一つないとまではいかないが、カイル……さんに手ひどくやられたような箇所は、だいたい治っている。それだけで、何者かの介在があるだろうことは明白だった。


 ただ、こう……何かあるということが明白なら明白なだけ、不安にもなってくる。

 俺に今何が起きているんだ。誰が、何の目的で俺を治したんだ。


 とりあえず――――。



「よっ……と」



 ――――ベッドの下に隠れることにした。


 いや、そういう趣味があるとかいうわけじゃあない。

 最低限状況を把握して、あわよくばこちらがイニシアチブを取るためだ。狭いところは嫌いじゃないが、だからって別に好んで挟まりに行く気は無い。ちょっと楽しくなってきたとか思ってない。


 というか、俺を治療した事実はともかく、やっぱり人間と魔族には深い溝があるものだと思う。俺が魔族だってことも今回の件で確実にバレただろうし、警戒するに越したことは無いはずだ。

 今のこの状況だって、軟禁状態に置いて人質にするためかもしれないわけだし。人道的な観点から治療はするけど、拘束もするよ――ということも、多分あるものだろうと思う。


 そんなこんなで数分ほど。

 流石にそろそろ狭苦しく感じてきた頃合いになって――ようやく、扉が開くような音が聞こえた。

 小さく聞こえてくる足音は、果たして誰のものなのか。こうしてベッドの下から様子を窺うだけでは何も分からない。



(――――ん?)



 と。ふと、何だか足音が急に近づいて来るのを感じた。

 ベッドの中に俺がいないということに気付いたのだろう。となれば、これから部屋中を探すことになるはずだ。その機に乗じて抜け出すことで、ここに入ってきた相手を確認し――主導権を握られることを防ぐことができる。


 のだが。

 なんだかまっすぐにベッドの縁に手をかけていないか?

 めくりあげていないか?

 あれ?


 ちょっと待て。気付いてないか、これ……?



「――――何してるんですか、そんなところで……」



 と、覗き込んでくる人影が一つ。

 透き通るような銀の髪、白磁のような肌に、小さな手。


 ……ギオレン霊王国の国家元首、エフェリネ・フルーネフェルトその人である。



「こちらの台詞ですが」

「では訂正します。何でこんなところに……?」

「こちらの台詞ですが」



 何故一国の国家元首が当然のようにこんなところにいるのだろう。

 というか、何をしに来たのだろう。


 ――――まさか、俺が魔族と知って殺しに……?



「自分も、何故あなたがここにいるのか、そもそもここはどこなのかが分かっていないんです。よろしければ、ご説明いただきたいのですが……」

「え、ええ……その姿勢のままで?」

「お気になさらず」

「いえ、でも……そんな……挟まってますよ?」

「寝相です。お気遣いなく」

「寝相……?」



 無論、嘘である。

 しかし、流石にこんなことで気を遣わせるのも流石に悪い。

 見知らぬ仲というわけじゃあないんだし、単に寝相ということにしておいた方が後腐れも無い。



「……ここは、ライヒの領主官邸です」

「領主官邸――ですか?」

「はい」



 道理で、妙に豪奢な内装をしているわけだ。

 ライヒの領主ということは、クラインを含めたあの辺り一帯を治める人ということでもある。それに見合うだけの邸宅があって当然と言ったところだろうか。



「私は、先の魔族襲撃事件についての究明及び対処、あとは……会議のために、ギオレンの国家元首としてこちらに」

「……成程」



 ということは、これ。もう完全に魔族のことを把握しているということだ。


 ははーん。詰んだな俺?



「それで、いつ俺を殺す算段を?」

「つけてませんが」

「ははは御冗談を」

「いえ冗談でなく」

「あれだけのことが起きて、目の前にボロクズになった魔族がいるんですよ。いかに民衆の留飲を下げるために有効に処刑する(つかう)か、という話をされているのでは?」

「してませんよ」



 ………………。



「え?」

「いえ、ですから。そういうお話はしていませんから安心してください」

「い、いや……いや、え?」



 ちょっと待て。ありえない。どういうことだ。

 俺の感覚は確かに、エフェリネが嘘をついていない、と告げている。


 しかし、人間にとって魔族は不倶戴天の敵ではなかったか?

 先の戦いを見れば、俺が魔族だということはすぐに分かるはず。でなくとも、ここに運び込んだ時に検査はするだろうし、そこでまず間違いなくバレるだろう。

 だったら――――。



「成程、暗殺」

「しませんよ!?」

「是非とも自殺してくださいとお願いを?」

「しませんよ!!」

「ははは――――え?」



 そんな馬鹿な。



「あのですね、人間はそこまで野蛮ではありません。かつてはそうなるよう取り計らっていたかもしれませんが、少なくとも、今はそうではありません」

「そうでしょうか?」

「ええ。それに、私。以前、言いましたよね。『霊王の名において、あなたたちの命と権利を保障します』――――と。」

「……えっ」



 まさか。

 まさか、この人は――あの時の他愛ない約束を、本気で?

 今、俺が魔族であると、理解していながら?



「正気ですか!?」

「正気ですよ」

「曲がりなりにも霊王国は魔族の存在を認めていない国家でしょう!?」

「……あの、とりあえず、真面目な話をする前に出てきては……?」

「……すみません」



 言いつつ、そそくさとベッドの下から這い出していく。

 確かに、このままというのは不敬が過ぎた。


 部屋に備え付けられた机に向かい合って、改めて話を切り出そうとした、その時。ふと、エフェリネは懐から一つ、魔石を取り出し、机に置いた。



「これは?」

「お気になさらず。あくまで保険です」



 その瞬間、一瞬魔石が光を放った。

 エフェリネの額に、僅かに冷や汗が伝う。


 ……そのついでと言ってはなんだが、俺も、一つ言いたいことがある。



「……嘘ですよね?」

「何で嘘だと?」

「……いや、それ」

「…………」



 目を逸らさないでください。



「……これは、嘘を検知する魔石です。言葉を発する人が嘘を言っていれば、こう、ちかりと」

「光るんですね」



 融通の利かない魔石だ。俺一人に照準を絞るでなく、その場にいる全員を対象にするとは。


 ……気にしないでくれと言ったエフェリネの手落ちという気がしなくも無いが。

 ともかく、これで俺は自分の能力と併せて確実にエフェリネの嘘が分かるということにもなる。



「要は嘘を付かなければいい、ということでしょう」

「え、ええ。そうです。これでもしも人間に対して敵意や悪意があると言うことでしたら、私も流石に処断せざるを得ませんから」

「でしょうね。では――何故、自分を生かすことを決められたんです?」

「対話で理解し合える相手だと感じたからです。少なくとも――貴方は、信じられると」

「……光栄ですが、自分は……大嘘つきです。貴女に。いや――これまで関わってきた人たちみんなに、ずっと嘘をついてきました。それで信用できると言うのは、早計に過ぎるかと」



 彼女が本心からそう言っているだろうということは、俺にも分かる。

 けれど――それでいいのか?


 嘘をついてきたという罪を、裁かれたい。

 せめて、少しでも糾弾してくれたなら――まだ、理解ができるはずなのに。



「私は、許しますよ」



 ……一瞬、魔石に光が灯った。



「あの」

「すみません。実はちょっと怒ってます」

「でしょうね」

「で、でも、でも! リョーマさんだって悪いじゃないですか! 嘘ついてたのは事実ですよね!?」

「嘘ついてないと、多分死にますから。この世の中で魔族だの何だのと明かせますか?」

「……それは、確かに、無理……ですね」



 納得はしてくれたらしい。心にもないことを言っているというわけじゃないのに、何なんだろう、この緊張感は。

 俺自身の嘘を暴かれそうになったらこのザマか。

 だが――――嘘吐き(オレ)には、ちょうどいい。このくらいしてくれないと、俺の言葉が本心かどうかなんて、俺ですら分からないってこともありうるんだから。



「……では、一つお聞きします。貴方に、今。人間に危害を加えようという気はありますか?」

「――――こちらに危害を加えられない限りは、ありません」



 魔石は、光らない。

 その事実に、エフェリネは心底ほっとしたように息を吐いた。



「……すみません、問い詰めるような真似を」

「いいえ。自分も、信じていただけるとは思っていませんでしたから。正直、こうしていただけたのはありがたいと思っています」

「では、ついでにもう一つよろしいですか? 例の、天帝を名乗る者たちについて、何かご存じなら教えていただきたいのですが」

「知っていること……」



 と言われても、俺は直接彼らと刃を交えただけだ。

 そこまで詳しく知っていることというのも無いものだが――――。



「目的は、人間の絶滅。動機は、復讐だと」

「……そうですか。いえ……そう考えること自体は当然なのかもしれませんが」



 今回の凶行を目の当たりにすれば、決して仕方のないことだとは言えないが……動機も目的も、理解はできる。

 だからこそ、エフェリネも渋面を浮かべているのだろう。



「……ともかく、私の方でもリョーマさんの意思は確認できました。これから、会っていただきたい方がいるのですが……よろしいですね?」

「会っていただきたい方?」



 ――――なんだか、事態が急展開を迎えている気がする。


 そんな漠然とした不安を抱えながら、俺はエフェリネの言葉に対し、頷く以外の選択肢を取るつもりも無かった。

 今は少しでも、ほんの少しだけでも――理解し合えると思える相手がいるのなら、それに越したことは無いのだから。

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