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死活合一

 頭が痛む。

 視界が明滅する。

 心臓に鮮烈な痛みが走る。

 全身が軋みを上げる――――。


 今にも叫び出してしまいそうな痛みの奔流の中、しかし、俺の精神(ココロ)は正確に、カイルの姿を捉えていた。



「死にますぞ」

「"冥王"が死ぬかよ」



 無理やりに、口の端を釣り上げて見せる。


 ――――実情は、ただの虚勢だ。気を抜けば痛みに呑まれて彼の姿を捉えることはできなくなるだろう。場合によっては意識を失うかもしれない。

 既に今、この時点で耳の奥では何かが切れるような音が聞こえている。この状態も長くはもたないだろう。



「ふ――――」



 一つ、息を吐く。


 ここまで来てようやく彼の足元が見えてきたと言っていい。勝ち目はと言えば――正直に言って、殆ど無い。

 俺が上回っているのは腕力と、魔力の比重だけだ。彼は未だ光速を保っているし、俺はその攻撃を受け止め切っただけに過ぎない。

 守りに徹し続けなければ、いずれ斬り倒される。守りに徹し続けたとしても……体力の消耗で、いずれは倒れる。


 だが、ここまでこぎつけたんだ。勝機は――無いのなら、捻り出す。


 ――――命を削ってでも。



「…………――――」



 一瞬、沈黙が場を支配した。

 流れ落ちる血液が顎を伝い、そして――地に落ちる。


 それが、再びの開戦の合図となった。



「つォォォァッ!!」



 気合と共に、剣閃が(はし)る。

 一つ、二つ――光の速度で幾重にも連なるそれは、全くの同時(・・・・・)に俺の体へと降り注ぐ。



「せェアアアアァァッ!!」



 獣の如き咆哮が放たれる。

 驚くべきことに、彼はこれを「技術」として成立させている。魔法ではない――純粋な、カイルという男の技量の賜物だ。

 回避はできない。俺の技量で、そんなことができるわけがない。


 だから――踏み込む。



「ぎッ……ァァァアアアアア!!」

「ごあッ!!」



 鋭い痛みが走る。斬りつけられたのは――腕か、足か、胴か。

 大して、俺の放った一撃もまた、カイルの体に刻まれていた。肩口から、袈裟懸けに一閃――ここに来て、初めて彼の体に傷を付けた。


 痛みに、一瞬カイルの動きが止まる。その瞬間を見逃すこと無く――俺はその腕を掴み取った。



「正気か……!?」

「正気で戦いなんざできるかッ!!」



 そのまま――全力を込めて、殴り飛ばす!



「がはァッ!!」

「まだ――――」



 地面と平行に飛んでいくその体を、しかしそのまま壁に激突などさせるわけにはいかない。このまま逃がせば、またしても光速の斬撃に晒されなければならなくなる。

 術式によってその進路の先に作り出すのは、氷の壁。カイルの体を受け止め、そのまま追撃に移るために――!



「ッ!!」



 だが、その瞬間にカイルはその背の翼をはためかせ――俺が創り出した壁を足場とし、再びその身を雷へと変えた。



「――――!!」



 想定外の事態に、一瞬思考が止まる。その刹那、俺の(カカト)を、彼の剣が――抉り取った。



「ぐッ!!」



 腱が、やられた。


 魔族も生物である以上、腱が断裂すればうまく筋肉を動かすことができなくなる。

 そうなれば流石に動くこともままならないだろう。


 ――――俺が、冥王(オレ)でさえなければ。



「ッ!!」



 ズタズタに千切られかけた足で――そのまま、地を踏み締める。



「な……!?」



 ――――そもそも、俺はさっきまで半ば死んでいる状態だった。


 それを動かしていたのは、冥王としての膨大な魔力だ。ミリアムによれば、人形を糸で操っているような状態だと言う。


 なら。

 その状態に戻せば、動かない部位も動かせるということだろう――――?



「おォォォあァァァッ!!」



 思考の間は与えない。

 全力全開の踏み込み――光速には届かなくとも、認識の合間を抜けていくにはこれで充分だ。



「ぬゥおおおおおおおおおぉぉッ!!」



 だが、手をこまねいて見ているわけがない。俺の攻撃が届く位置に来たというのなら――それは同時に、彼の攻撃が届く位置に来た、という意味でもあるのだから。

 放たれたのは、先程よりも遥かに研ぎ澄まされた剣閃。躊躇と加減を投げ捨てた、絶命をもたらす、千の剣戟。直撃を食らえば、ただでは済まないだろうそれを――――。


 ――――俺は、真正面から、受け止めた。



「ぎッ……ァアアアァァアァァァッ!!」

「――――――!?」



 痛い。

 痛い。熱い。苦しい。


 霊衣の防御すらもものともしない剣戟を幾重にも受け、俺の体ももう限界に近い。

 肉は斬られ、骨は断たれ、臓腑も潰された。

 肺が斬られたか潰されたか、喉が断たれたか抉られたか。息を吸うことすらもままならない。

 脳は酷使され神経は使い潰され、既に機能の何割を失ったか――最早数えることすらも煩わしい。


 それでも、裂帛(れっぱく)の気合と共に放たれた咆哮が、俺の意識を繋ぎ止めた。


 だからこそ。



「ぜぇぇえええアァァァァァッ!!」



 ――――この一撃が、届いた(・・・)



「が……はッ……!!」



 正真正銘、全身全霊を込めた、一撃。

 霊衣の放つ黒い炎、マフラーに込めた冷気。その全てを乗せた――最後の、一撃。


 衝撃と共に、冷気と火炎とが突き抜ける。

 地面を削り、建築物の外壁を抉り飛ばし――やがて、距離と共に消滅したそれに追従するように、カイルの体もまた、その場に崩れ落ちた。



 生きては――いるだろうか。未熟な俺の、限界を超えた状態での一撃だ。威力それ自体は相当に削られているはずだ。

 斬撃よりも衝撃の方がより勝っていたようだし、体が両断されているということも無い。

 なら、多分……命だけは大丈夫だろう。



「―――――……っ」



 それを意識した途端、意識が朦朧とし始めた。


 ああ――くそ、またか。前に戦った時も、満身創痍で……結局、最後の最後は倒れたままだった。

 それにしても、あの時も相当なものだったが……今回のこれは、治るだろうか。

 というか、ちゃんと治療を受けるまで、生きていられるだろうか?



「な……さけ、ねえな……」



 街の中からは、まだどこかからか戦闘の音が聞こえている。

 精霊術師が、戦っているのだろうか。それとも、誰か――ネリーやアンブロシウスが到着したのだろうか?


 いずれにしても、今、俺がここで倒れるわけにはいかない。

 まだ街の中には敵が残っている。最低限、その全てを撃退しないと……この襲撃は終わらない。


 壁伝いに、手をつきながら街の中央を目指して前に進んでいく。

 霞み、明滅する視界の中で、それでも――前へ。



 そうして、どれだけ歩いただろうか?

 そもそも、俺は歩いていたのだろうか?

 少し振り返るも、そこは未だカイルと戦った場所からそう離れていない場所だった。


 ああ、ちくしょう。

 本当に――情けない。


 どうしようもないほどの無力感に苛まれながら、歩く。

 そうしているうちに、次第に体の感覚も失われていく。血を流しすぎたのだろうか。やけに、寒気も感じるようだ。



「ちく、しょう――――」



 悪態が、口をついて出てくる。


 ちくしょう。こんなところで俺は止まれないんだ。

 止まるわけには、いかないのに――――!


 無念の中で、徐々に視界が暗くなっていく。


 死にはしないかもしれない、けれど、この先俺の望む結果が得られていないかもしれない。

 それだけは、絶対に嫌だ――と思う。



 その瞬間、声が響いた。



「よく、頑張りましたね」



 不意に、体が何か、柔らかいものに包まれる。

 暖かさを感じる――人のぬくもりを持った、何か。

 それは、俺のよく知る人物の声をしていて――――。



「……ミリ……アム……?」

「はい」



 気付けば、俺は彼女に抱きすくめられていた。


 こんな風に誰かに抱きしめられるなんてこと、今までに一度でもあったっけ、なんて思いが(よぎ)る。

 なんとなく、母親という存在を想起するが――あまりに曖昧なその感想を投げ掛けるのは、失礼だろうか。

 少なくとも、俺にとって母親という存在は、最初からいなかったものと認識するしか無かったのだから。



「こんなになるまで――本当に、貴方は考え無しですね」

「…………仕方ねえ……だろ」



 それ以外に、俺にできることなんて無いんだから。



「少し休んでいてください。あとは我々が何とか致します」

「……待……て……。アンナ……は」



 決意に満ちたその言葉を遮るのは、いささか不本意だが――それだけは、はっきりしておかないといけない。


 俺は、アンナを守るためにここまで来たのだから。彼女の無事が確認できなければ、こんなになった意味が無い……!



「無事です。街の外に、両親と避難しておられます」

「――――そ……っか」



 なら――――安心した。


 その言葉を瞬間、急激に体から力が抜け、意識が薄れていく。

 ある意味で安心したように、ミリアムはこちらに語り掛けた。



「……貴方は、少し頑張りすぎです。今は少しだけ、お休みください」



 ――――そうさせてもらうよ。


 その言葉を発すことすらできないまま、しかし――多分、彼女にはそれが伝わっているものと信じて。


 俺の意識は、闇の中へと沈んでいった。

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