其処に座すは
「犯罪じゃねえの!?」
「どうせバレませんから」
「バレなきゃいいって問題でもないだろ!?」
――――普段、頼りになる相手が変なところで変なテンションになるのがこんなにも恐ろしいものだとは、正直、思いもよらなかった。
普通、ミリアムはそこで止めるところだろう。
そりゃ俺もある程度望んでいたことではあるが、そこで一番勧めちゃいけない立場だろうお前。
「犯罪だ何だというなら、既に我々魔族の存在そのものが、人間にとっては罪ですよ」
「そりゃ、そうだが……」
「今更一つ二つ罪が増えたところで何です。今更数えるようなことがあるわけもなし」
「そりゃ普通罪を数える機会はねえよ」
人に言われでもしなけりゃそんな機会は多分一生訪れないし、罪を数えることを強要しに来るような怪人がいるわけでもない。
だからって罪を重ねるのはいかがなもんかと思うんだ俺は。
レーネに恥じない俺でいたいなんて言った傍からこれか。
「この期に及んで手段を選ぶ余裕でもあると思っているのですか、あなたは」
「……いや、そりゃ……お前……」
「無いでしょう。でしたらほら、さあ!!」
「お前そういうこと言うキャラだったか」
やはり今のミリアムはテンションがちょっとおかしくなっている。
「リョーマさまは、そうした方がいいと思います」
「そ、そうか……?」
純真な目で見つめられると、なんとなくそうしてもいいんじゃないかなという気持ちにならんでもないが――それは教唆犯と言うのではなかろうか。
さっきの告白まがいの叱咤は、俺にとっては気を引き締めるのに充分だったが、この子は割と計算ずくでそういうことをやっているのではないかと不安にもなる。
「……じゃあ、見るぞ」
「どうぞどうぞ」
その言葉だけで嫌な予感がするのはいかがなものか。
――――ともあれ。
魔力を通せば通すだけ、水晶玉の上部にモニターのような……薄い、幻影らしきものが浮かんでくる。
そこには、確かにアンナの姿と――ライヒの街並みが見えた。
「……本当に映った」
「よし――成功ですね。これは、今現在のアンナさんが何をしているのか――といったこが見えています」
徹頭徹尾、すこぶる犯罪的なアイテムだなこれは。
「本当はもっと別の目的のために作ったので――目的が済みましたら、その時は私に返してください」
「ああ――そうだな。できるだけ、早いうちにな」
言葉を返しつつも、俺の視線はアンナの動向に釘付けだった。
ライヒの街を行くアンナに。
どこか、意気消沈した様子だった。憔悴しているようで、目はうっすらと充血してもいる。
けれど、その足取りはしっかりとしたものだ。しっかりと――地面を蹴って、走っている。
「何を――」
しているんだ、と呟きかけて――そこで一つ、その動向について気付く。
アンナが向かっているのは、先日二人で赴いた定食屋だ。
「………………」
そこからしばし、無言で彼女の同行から目を離すことができなかった。
雑貨屋。洋菓子屋。出店の屋台、噴水の広場に、病院。
どこもかしこも、どこか、見覚えがある。行った覚えがある。
言うなればそれは、この半年間の間に培った、思い出の――――――。
「何だよ」
今更――こんなこと。
怖がったじゃないか。拒絶したじゃないか。何で今更、俺のことなんて、探して……。
「いかがですか?」
「……今まで行ったことのある場所に、行ってるみたいだ。あいつ」
偶然じゃないかと言われれば、否定のしようもない。
けど、確かにアンナは俺と一緒に行った場所を、まるでその道程をなぞるようにして行動している。
「そのようですね」
走る、走る、走る。
わき目もふらず、一直線に走るその姿からは、何らかの決意が感じられる。
「それだけ、心の繋がりが深かったのだということですよ」
「そう――だとしたら、いいんだが」
「きっと、そうですよ」
レーネからの励ましが、心にしみる。
根拠は無いかもしれないけど、それでも今の俺には充分に過ぎた言葉だ。
こみ上げかける涙を、天井を向いて堪える。
もしかすると――二人には、もう俺が泣きそうになっているということは、理解されていたかもしれないが。
「ミリアム。俺は――まだ、大丈夫だと思うか?」
「ええ、勿論です。貴方がこちらの世界に来て、ずっとお二人を見てきた私が保証しま――――」
と。
その瞬間、ライヒの街とアンナを映していた映像が、突然真っ暗な闇を映し出す。
「……おい、何だ。故障か? こんな時に!?」
「い、いえ、そんなはずは……あれ? あれ?」
ばしばしと何度か水晶玉を叩くミリアム。それ、俺の手諸共に叩いているからかなり痛いんだが、やめてもらえないだろうか。
そんなこんなで数度ほどそうして叩いているうちに何かに思い当たったのか、急にその内部の術式を弄り始めた。
数秒も経たず、新たにライヒの光景が映し出される。しかし、それは――――。
「な」
息が、止まった。
俺たちが見ていなかったのは、ほんの数十秒と言ったところだ。
しかし、その間に何が起きたのか――――ライヒの上空に、ある建築物が姿を現していた。
――――空に浮かぶ、城。
その大きさは、決してライヒ全てを覆うようなものではない。かつて俺たちがいた冥王の城と同程度――そこまで大袈裟な外見をしてはいない。精々が二百から三百メートル四方の巨大な岩の塊と言えるだろう。
俺たちの過ごしている地下空間と比べても、ごく小さなものだ。
しかし――それは。
その「城」からは、強大な魔力を感じる――――。
「何だ、これ」
思わず、疑問が漏れ出す。
ありえない。こんなものはどう見ても、まともじゃない。
こちらの世界の基準で見ても、あれは、異常なモノだ。
「まさか――こんな……!!」
俺の隣では、ミリアムが驚愕に目を見開いて、手をわなわなと震わせている。
まるで、そんなことはありえないと言うような。あるいは――想像が当たってほしくなかったとでもいうような。
「ミリアム、説明を」
「え、あ――――は、はい……! ひ、一言で言うなら、あれは天王の城です!」
「死んだんじゃなかったのか」
「は、はい、死んだはずです。私もこの眼で……いえ、しかし――」
「俺と同じように、別人が王になっているってこともありうるか」
というより、現状だとその可能性以外がありえない。
ミリアムが確かに死ぬのを見たと言うのならそうなのだろう。
「――――考えている暇は無いな。行ってくる」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! ここからではどれだけ急いでも一時間は……! それに、そもそも彼らの目的も何も見えない――――」
「街の真上にあんなもの持ってきておいてまっとうな理由があるわけがないだろ! 万が一人間との和解を目指すつもりなら首都の方に行ってる!」
経験上――と言えるほど大層な経験は積んでいないが、こういう状況であんな風にやってくるモノが、まっとうなものであるはずがない。
確かに、直接的に首都に乗り込んで公王に謁見を――ということが無理でかもしれない。けど、わざわざ首都から遠く離れたライヒで、あんな風に自分たちの力を誇示するように城を街の真上に持ってくるなんてことは道理に合わない。
「人間を害するつもりであそこにいるんなら、アンナが危ないんだ。時間がかかるからって躊躇う理由にはならない!」
そう告げると、ミリアムはごくごく、瞬きの間ほどの逡巡を見せた。
ミリアムにも、立場や考えがあるというのは分かっている。だとしても、俺はここで退けはしない。
まっすぐに視線をぶつけると、やがて観念したように、ミリアムは肩をすくめて見せた。
「――――分かりました。では、今すぐにあの場所へ向かう手段を用意しましょう」




