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足音

 そんなこんなで料理を作り続けて二、三時間。

 勝手知ったる酒場のキッチンとはいえ、延々とただ食事を提供し続けるというのはやはり骨が折れる作業というものだ。

 いくら体力が増強されえいようとも、根本的な技術が備わっているわけでもなく――何より、食べることもできずただ村人の方に流れていくだけの食事を見ているのは、結構なストレスだった。


 ……まあ。とは言っても、二時間も三時間も経てば客足も少なくなってくるわけで。

 その頃になると、調理もダミアンさん一人で十分だということになり、俺たち二人も解放されてアンナの家の軒先で食事に興じていた。



「うん、やっぱりおじさんの料理おいしいね!」

「……だな、うん。俺より数段美味いな……」



 間違いなく俺よりも遥かに料理は美味い。そりゃあ、俺にとっては師匠のようなものなのだから、当然なんだが。


 それはそれとして、やっぱりアンナをこうまで喜ばせられるのは、ちょっぴり嫉妬する。

 ……なんというか、実に浅ましい考えだ。



「もう、何そんなに拗ねてんの?」

「拗ねて――っていうか。何で俺は同じくらい料理できないのかなって」

「経験」

「身も蓋もねえ」



 それを言われると何も言えなくなるじゃないか。

 ダミアンさんはその道三十年以上のプロで、俺は片手間にやらざるを得なくなっただけの素人。しかも、元々そこまで得意ってわけでもなかったんだ。比較して俺の料理が劣っているのは当然だ。勝っていても逆に恐ろしい。



「大丈夫大丈夫。あたしは好きだから」

「……お、おう」



 どうしよう。「好き」という一言に何故か反応してしまう。別にそういう意図で言ったわけじゃないだろうに。

 何で俺の頭というのは、こんなにも面倒くさいくせに一線を超えると単純化してしまうんだろう。


 ……俺の性格そのままだな。考え込むくせに、いざとなると短慮って。



「はぐ」

「熱くないの?」

「別に」



 ミツイモ――――元の世界で言うなら、サツマイモに近い味わいの芋を焼いたものを頬張る。

 糖分を多く含む蜜を圧搾することで、砂糖を作るためのイモ……ではあるが、今回のように焼いたり煮たりして常食もされる。甘味が強いから、食材同士の相性も好みも分かれる部分もあるが……焼き芋にすればだいたいハズレは無い。

 この体になってからというもの、少々熱いものを食べた程度では火傷することが無いから楽だ。



「それ、美味しい?」

「……まあ。食うか?」

「ん」



 言うと、アンナはまるで餌を待つひな鳥のように、目を瞑って口を開けて、俺の行動を待った。


 え?

 ……え?

 …………は!?


 ――――これは、いわゆる「あーん」というやるだろうか。

 正確には、その催促か。いや、しかし……いいのか!? いいんだな!? もうやってる以上はいいと見做すぞ!?



「…………」



 スッと向ける焼き芋は、しかし俺の心の動揺を反映してやたらと震えている。

 ……落ち着け。いや、急げ、アンナの気が変わらないうちに。でもあまり急ぎすぎると――と、頭の中で矛盾する感情がない交ぜになっていく。



「…………」

「あっつい!!」

「あ」



 そんな状況で焦るもんだから、焼き芋の先端はアンナの唇付近に触れてしまって。

 ……往年のコントを思い出すような状況に陥ってしまっていたのだった。



「なにすんのぉ!?」

「ご、ごめんアンナ! 大丈夫か!?」

「……あっつい……痛い……で、でも大丈夫……といえば大丈夫……」



 涙目になりながら症状を訴えてくるアンナ。申し訳なさで地面に埋まりたくなる。


 何をしているんだ俺はこんな時に!!



「埋まってくる……」

「待って待って、どこに!?」

「畑の肥料になってくる……」

「怖いからやめてよ!?」



 ……と言われても、償う術が思い浮かばない。



「ああ、もう、こんなことでそんな気にしなくってもいいから!」

「気にはするだろ……女の子に痛い思いさせるとか……」



 俺はクズだ。

 いや、元々大嘘つきのクズ野郎だが、これに婦女暴行まで加わるともう手の施しようが無い。



「てい!」



 ――――と。


 不意に、アンナが俺の額を指で叩いた。

 デコピン、だろう。あまりに小さな衝撃故に、気付くか気づかないかというようなものだったが……。



「な、なんだ?」

「これでおあいこ! あたしは気にしてない。リョーマも気にしない。それでいいでしょ?」

「けどさぁ……」

「けどもだっても無しね」

「………………」



 二の句を封じられた。

 言い訳くらい、させてくれたっていいだろうに。



「……ありがとうな」

「お礼言うくらいならそれちょーだい」

「は? いや、これ食いか」

「はむっ」

「あ」



 言いつつ、アンナは俺が手に持っていた焼き芋を横から齧っていった。

 俺の、食いかけのものを。


 ……これ、間接キスというやつではなかろうか?



「………………」



 横目でアンナの様子を確かめるも、何か気が動転しているというわけでも慌てているというわけでもない。至極平静なようだ。

 いや、そりゃあ……だろうな。自分からやっておいて恥ずかしがるわけがない。

 それでもちょっとは恥じらってほしいなと思ったのは、日本人的な感覚故のものだろうか。



「そういえば、そろそろ半年だよね」

「何がだ?」

「リョーマが来てから」



 唐突な一言に反応できず言葉を返すと、アンナはそう言って笑みを向けてきた。



「……そうだな。春に来たんだから、半年か」



 アーサイズでは一年を四つの季節に分けている。二つ季節が過ぎれば、ちょうど半年だ。

 元の世界と同じように「一年の半分」を表現するのには少し驚いたが――分かりやすいし、いいか。特に問題も無いし。



「激動の半年だけどな」

「……うん、そうだね……」



 死にかけたのが一回こっきりで良かった。


 いや、良いのかそれは? 死にかけることなんて、無いのが普通じゃないのか? 何を当たり前のように死にかけるだのと言いかけてるんだ俺は。

 ……いや、そもそも実際に死んだことと比べるとそれは些細な問題なんじゃないか?


 そんなことを考え始める時点で激動だという点では疑いようが無い気がする。



「何度も何度も危ないことに首突っ込んで……」

「できる人間もいないしな……つーか、この話題何度目だよ」

「何度も言わなきゃいけないほどなんだって……」

「………………」



 と言われても、危ないことをしないなんて約束はできない。

 俺の立場と三つの約束のためには、俺が戦わなきゃいけない時はいくらでもあるんだから。



「できる範囲のことだけやるよ」

「またそうやってどうとも取れること言う!」

「言うだろ、そりゃあ。できること減らしたくねえんだから」

「でも……それでリョーマが傷ついたら、あたし、悲しいよ」

「――――傷つくこと怖がってたら、アンナ(おまえ)を守れないだろ」



 戦うのは怖いし、痛い。けれど、その恐怖に負けてしまえば、二度と取り戻すことができないものがあるかもしれない。

 村の人だってそう。仲間たちのことだってそう。


 ――――アンナのことも、勿論そうだ。



「へっ!?」



 赤くした顔を背けようとするアンナの肩を掴む。

 何度も何度も逃がしてたまるか。今日はちゃんと……ちゃんと、俺の心の内を示さないといけない。

 お膳立てしてくれたミリアムのためということもあるが――誰より、俺自身のためにも。



「アンナ。俺は――――――」



 顔が近づいていく。

 抵抗は無い。

 顔が熱い。

 心臓が早鐘を打つ。



 俺は、お前のことが――――――――。




「このようなところにいらっしゃいましたか、王よ」




 その瞬間、冷や水のように浴びせかけられる音があった。

 待て。いや――――待て。


 この、声は。



「――――オスヴァルト」



 冥王という立場にある俺にとって、二人の側近のうちの、一人。


 ――――オスヴァルトが、庭先に立っていた。

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