ハーヴェスター
秋といえば。
運動の秋、読書の秋、食欲の秋、行楽の秋――と、日本では頻繁に謳われる。実際、気候や作物の実り具合を考えると、そうなるのも納得がいく話だ。
が。問題として、うちには本も無いし食料にも、行楽に出るような余裕も無いし、したくもないのに殺し合いをさせられることもあるし、と。いずれにしてもそこまで縁が無い話でもあった。
ともあれ。
秋と言えば、実りの秋とも言う。そして、今日。俺たちはその「実り」を祝う収穫祭の日を迎えていた。
正直に言うと、そこまで出たいものではない。
農作物もそこまでの量を作り切れてないし、肩身が狭いこともある。よりにもよって豊作を感謝する相手が精霊だということもある。
しかし、俺たちも一応はクラインの住人として数えられている以上は、収穫祭には出るべきだと早々に結論は付いていた。
「ってわけで、これ」
「ん」
アンナに手渡したのは、琥珀色の液体で満たされた小瓶だ。
中身はリースベット謹製の蜂蜜――この村の中ではそうそう目にかかることのない貴重品である。
「よくこんなに採れたね……」
「まあ、頑張ったからな」
主にリースベットが。
というより、彼女の使役する蜂が。
俺がやったことと言えば、せいぜい住居環境を整えて、できるだけ皆が住みやすくなるよう取り計らっただけだ。
よし。そっちの方面で頑張ったからよしということにしておこう。いつものことと言えばいつものことだが、そうでもしないとあまりにも俺が情けない存在になりすぎる。
……そういう言い訳してる時点でやっぱり情けねえな俺は!
「……舐めていい?」
「いいわけねえだろ」
目を爛々と輝かせている。
なんだこいつ。食べていいよと思わず言っちゃいそうじゃねえかちくしょう。
だがそういうわけにもいかない。これはあくまで収穫祭のためのものなのだから。
「気持ちは分かるけど、後で食べることにはなるだろ。我慢しろよ」
「料理する前の純粋な蜂蜜を、ね?」
「……今度持ってきてやるから」
クライン周辺には養蜂農家というものがいない。それは、旧冥王領のすぐそばという特異な居住環境が影響している。
森の中も整備されていないし、少し動けば熊や猪もうようよしているし、少なくとも養蜂には向いていない。
「ホント!?」
「まだ手に入るようになったばっかりなんだ。そのうちな」
俺たちが消費する分だけならともかく、人に渡すには怪しまれない程度の量じゃないと駄目だ。
実際、今日持って来たものについてもそこまでの量は無い。本当なら、地下室に割と大量に保存してあるんだが。
「……こんなところにいましたか」
と。
話をしているうちにだいぶ時間も過ぎてしまったのだろうか。不意に、村の人たちの間を抜けてミリアムがこちらに近づいてきた。
「ああ、ミリアム。どうしたんだ?」
「どうしたではありませんよ、一人で勝手に先走って……何をそんなに急ぐことが」
「?」
「いえ、分かりました」
「おい」
ミリアムはアンナを見て何を察したのだろう。
あの生暖かい視線を思えばだいたい分かるが、そういうつもりは無い。
……いや、無いと言い切るのは難しくなってきたかもしれない。
とはいえはっきりと言いたい。ちょっと浮かれていると。
「何も申しておりませんが」
「……ならそういうことにしておく。で、何なんだよ」
「露骨に不機嫌に……いえ。何でもありません。ダミアンさんがお呼びでしたが」
「あ……そっか、そんな時間か」
言われて、ようやく思い出した。ダミアンさん――酒場の店主――に呼ばれていたんだった。
「どうしたの?」
「いや、俺もメシ作るの手伝ってくれって」
クラインにおける収穫祭というのは、精霊に感謝を捧げる祭事だが、同時に「村人全員の食事会」という側面も持つ。
皆で持ち寄った作物を調理して精霊を祀る祭壇にお供えすることで、「ちゃんと自分たちは食べることができています」ということを示す目的があるらしい。
ちなみに、村人全員が食材を提供していることもあり、料理自体もそれこそ村人全員に行き渡るほどに膨大な量になる。なので、お供えと同時に食事会も開くことになるわけだ。
俺も酒場で頻繁に働いていて料理を学んでいるから、ダミアンさんに調理の補佐として抜擢されていた。
「アンナさんも一緒に行かれては?」
「え」
唐突な一言と共に、ミリアムがこちらに視線を寄越す。
何を変な気をきかせてるんだこいつは。
……でも、まあ。気を遣ってるって言うんなら。まあ、乗ってもいいんじゃないだろうか。
「あたしも? いいのかな?」
「……いいんじゃないか。料理はできるだろ?」
「うん。けど、収穫祭じゃあ今まで一度も……」
「ダミアンさんには俺から伝えるよ。人手はある方がいいだろうし」
なにせ、量が量だ。人手だけ多くても意味は無いが、少しでも料理ができてアイディアが出せるなら手伝ってもらった方がいい。
提供される食材の数が増えれば増えるほど、その種類も膨大になる。同じ味付けというのも味気ないし、別の方向からのアプローチもあるに越したことは無い。
……と、考えて理論武装しているあたり、俺も深刻だ。
一緒に料理したい。それだけでいいじゃないか。
折角ミリアムに気を遣わせたんだ。ここは――たとえ些細な一言でも、勇気を出して言うべき場面だろう。
「……一緒に料理しないか?」
「――――うんっ」
朱の差した頬を隠すことなく、柔らかい笑みを見せて快諾するアンナに――やはり、俺の心は妙にざわついて、心臓の鼓動も大きくなっていった。
隣で、ミリアムが溜息をつくのが聞こえる。呆れた、というより安心した……という感覚だろうか。
……レーネがやたら不満げな顔をしているのを、一体俺はどう捉えるべきなのか分からないが。
「では、我々は少し席を外して参ります」
「……少し待ってたら前菜にサラダでも出ると思うけど、何かあるのか?」
「ええ。少し呼び出しを受けておりまして」
「そっか。じゃあ、後でな」
「はい」
「…………」
そう答えて身を翻すミリアムに、しかし、レーネは一瞬だけついていくべきか逡巡しているようだった。
不安げな視線が、俺に向けられている。しかし、それに応える術も今のところ俺には無い。
結局、ただ二人を見送るだけに留まったのは――――後になって思えば、致命的な失敗だったのだろう。




