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恩と義

「――――ということで、オディロンと言いますッ! よろしくお願いしますよ冥王様ァ!」

「お、おう」

「……レンカです。にゃん。と言えばいいとお聞きしました……どうも」

「あ、お、おう」

「ベルトランです! よろしくお願いしま――――」

「お、おうっ、ちょ、ちょっと待っ……」



 ――――数分後。


 俺は、オスヴァルトを押し退けて突っ込んでくる二十数名の魔族によってもみくちゃにされていた。

 いや、正直その、もみくちゃ程度ならどれだけ良かったことか。はっきり言ってこれは、殺到とすら呼ぶべき状態だ。


 例えとして適切かは分からないが……アイドルが道端に突然現れでもしたら、こうなるかもしれない。

 それほどまでに、この状況は異様だった。



「お前ら、だまって並べ――――ッ!!」



 と。

 そんな混迷しきった様子を見かねたのだろう。部屋の隅でこの様子を見ていたネリーが、皆を制止するべく大声を張り上げた。

 同時に、全員が一斉に揃って俺の前に一列に並び始める。


 ……統制取れてんな、この短期間で。



「わ、悪い、ネリー。助かった」

「あるじももっとはっきり言うコト言えよ」

「いや、そりゃ……まあ。そうだけどさ。皆の言ってることもちゃんと聞いてからじゃないとって」

「それでぐちゃぐちゃになってたらどうしようもないな」



 ごもっともである。


 俺も俺で、他人のことを優先しがちな面はあるが、だからってちょっと今回は優先しすぎた。

 というか、優先するべき相手が多すぎた。ここまで人数が多いと、流石にある程度は厳格な規律をもってことにあたるべきだろう。



「お、おおう……ま、まさかこのオスヴァルトが押し負けるとは……」

「いや、押し勝ちにいくものじゃないだろ、これって……」



 部屋の端から、よれよれのオスヴァルトが姿を現す。

 やはり、いくらオスヴァルトと言えどこの数をどうこうすることはできなかったようだ。どうにかこうにかするようなものでもないが。


 いくら魔族だからと言っても、オスヴァルトの体は魔力という拡散しやすい物質でできており、他の面々と比べると存在として、なんというか淡い(・・)

 正直なところ、魔力と魔法の腕はともかく、腕力は無い方と言えるだろう。押し負けても仕方ない。



「さて。皆も待っておりますぞ」

「……あ、ああ」



 しかし、それはそれとしてこの人数を相手に懇談するというのは、少しばかり骨が折れる。

 これだけの行列だ。威圧感も相当なものだし、まともに喋ることができるかも危うい。


 ……まあ、時間はあるんだ。それぞれの面子にそれなりの時間を取って話すのも、一応は上に立つ者の役割だ。



「――――じゃあ、話をしようか」



 各々の関係性は、後々見出していけばいい。

 今は、一対一で話し合って、各自の個性をちゃんと把握するのが先だ。

 魔法によって創り出した椅子に座り込み、俺はまず相手の言葉を待った。




 * * *




 日も落ち、月が高く昇った数時間後。

 ようやく皆との懇談を一通り終え、俺は山小屋の毛布の上で倒れ込んでいた。



「……どういうことなんだ」



 疑問が口を衝いて漏れ出る。

 この懇談の中で常々疑問を感じてきたが、どうにもこうにも意味が分からないことがある。



「どうしたんですか?」

「何でみんな俺のことやたら信頼してるわけ?」

「えー……」



 問いかけにそう返すと、レーネはひどく微妙な表情をしてみせた。



「ふつうは、すると思います……信頼」

「あの術式にそういう効果でもあったってことか?」

「リョーマさまはもうちょっと自信持ったほうがいいと思います……」

「でもな……出会ったばかりの相手を信頼するなんて、普通はありえないよ。やっぱり」



 経験上、というだけの話じゃない。出会ったばかりの相手のことを信頼し、身を委ねるというのは尋常ならざる行為と言う他ない。

 騙されても構いませんよ、と言っているようなものだ。無償の信頼というものは綺麗な言葉だが、同時にどうしようもなく嘘臭い。

 もしや、逆に俺を騙すために信頼している素振りでも見せているのだろうか――なんて考えすら浮かぶほどだ。



「ネリーちゃんもリースベットちゃんも、アンブロシウスさんもオスヴァルトさんもみんなそうなんですけど、リョーマさまは、みんな命を助けてるんです」

「そうする必要があってのことだよ」

「かもしれないです。けど、わたしもそうですけど、助けてもらったほうは、助けてもらったって事実(こと)だけで十分です。生きて、『これから』の可能性を作ってくれたんですから」



 ――――ああ、そうか、と。途端に、腑に落ちた。


 言ってみれば、俺がミリアムに対して強い恩義を感じているのと似たようなものだ。

 そりゃあ、確かに俺が一度死んだのはミリアムのせいだ。けど、決してその必要があるというわけじゃないのに、俺を蘇らせてくれたのもミリアムだ。

 元の世界にいたって何か特別なことがあったとも思えないし、俺の能力では社会の荒波に揉まれて藻屑と消えていたことだろう。



「……そっか」



 だから、俺はミリアムに望まれた「魔族の王」という役割を果たそうと思った。

 俺にできることと言えばそのくらいだし、彼女へ感じている恩に報いるには、そのくらいしかできないだろうからだ。

 それと似たようなことを彼ら、彼女らが考えているなら、あの信頼も決して不自然なほどとは言えない。


 といいなぁ。



「そうだったな――俺もそうだ」

「リョーマさまも、って?」

「俺はミリアムに助けられたようなものでさ。恩を感じて、信用してるって意味なら……みんなと同じだから」

「同じ……でしょうか?」

「……まあ厳密には違うかもしれないけど」



 俺は「王として」復活させられたのに対し、レーネを含む現在の魔族たちは「臣下として」命を繋ぎ止めた。

 恩を感じて行動するという観点では同じだが、立場が違う以上ひとくくりにするわけにはいかない。



「でも、そうやって生き返らせてもらったから、俺はみんなの命を繋ぎたいと思ったんだ。返しきれない恩を、何かの形で還元したいから」

「だったら、もともとは……ミリアムさんのおかげですか?」

「そうだな」



 俺の「配下」という肩書もあってちょっと軽んじられている部分もあるが、俺の行動原理はそもそもミリアムありきのものだ。

 まあ……所々で俺の思いや考えを反映させてもらってはいるが、最終的には彼女に示された目的を果たすためになると信じている。

 実際、俺たちは最初の――ミリアムとレーネの三人だけだった頃と比べると、その十倍近くにまで数を増やしているんだ。


 きっと、上手くいく。

 そうじゃないと困る。



「何か今度ねぎらってあげられればいいんだが……」

「じゃあ、いっしょにお料理作ってあげましょう! もう秋になりますし、おいしいもの、いっぱいできますから!」

「そうだな、それがいい」



 問題は、ミリアムの好物だが――時間はある。日頃の食事の中ででもそのくらいを読み取ることは十分可能だろう。

 ミリアム自身からは、特別な日でもないのに贅沢など、なんて言われそうだが、まあ。ささやかな程度に、感謝を示すことができればそれでいい。

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