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面倒くさい者たち

 収穫祭。

 それは元の世界でも、西洋の農村部で行われる祭事だ。

 主に作物の豊作や無事な収穫を願ったり祝ったりするために行われる。その起源は古い――と聞くが、どれだけの昔かは定かでない。


 ともあれ、独自の文化を築いているアーサイズであっても、そうした祭事はあるらしい。

 農村であるクラインもその例に漏れず、次の秋口に収穫祭を予定している――――のだが。



「……収穫祭、参加できるかな俺たち」



 ――――あれから数週間。


 俺たちは、何とか目標の量食料の備蓄を終え、人工冬眠の期限(リミット)を迎えかけた魔獣から順に魔族化させて地下に住まわせていた。

 その総数、二十九人。元々いた俺たち七人と合わせると三十六人。


 流石にちょっと多すぎやしないかこれ。



「無理じゃないですかね」



 当然だが、それらの魔族は、性格も個性も何もかもが異なっている。

 大人しい者もいるだろうし、短気な者もいるだろう。一人を好む者もいるだろうし、誰かと一緒にいることを好む者もいるだろう。

 俺たちに課せられた仕事は、それら全てを把握した上でまとめ上げることにある。


 できるわけないだろ何を安請け合いしていやがるふざけてんのか過去の俺。

 ――と、愚痴を吐きたくもなるが仕方ない。これも自分たちのためだ。



「無理かな……」

「流石にリョーマ様の言う基準をクリアして参加するのは無理です」

「……まあ……そこまでは求めていなかったけどさ……」



 二人して机に向かっているのは、ミリアムは帳簿付けを。俺は新たに加わった面々の顔と名前を一致させ、それぞれの個性と性格を把握するべくメモ書きをするためだ。

 もっとも、心というものは移ろいやすいもので。メモ書きしたことにどれだけ意味があるのかは分からないが。


 ともあれ。



「やっぱ求めすぎかな」

「ええ、流石に。我々の食料だけでも危ういというのに、収穫祭にまで作物を出す余裕があるとお思いですか?」

「……だよな」



 ちなみに、現状の取れ高は一日当たり一人に野菜一つ供給できるかどうかである。

 ビタミンが足りない。



「とはいえ……作物を提供することはできなくとも、参加はした方が良いでしょう」

「ああ。変に思われるのも嫌だしな」



 俺たちに金が無いことも、農業知識に乏しいことも村の人たちは承知しているだろう。

 何の音沙汰も無くただ参加しないというよりは、無理なものは無理だと正直に言ってしまった方が心証は良いはずだ。



「……よし、終わり。先に降りるぞ」

「早すぎませんか?」

「紙にまとめられることなんてどうせそんなに無いんだ。とにかく、直接話す時間を作らないと」

「そうですね。ええ、まあ――そうなんですがね。理想倒れにならなければ良いのですが」



 俺の方が不安になるからそういうことを言うんじゃあない。



「とにかく行って来る」

「行ってらっしゃいませ」



 などと、ミリアムはごく軽い口調で、地下室へと向かう俺を見送った。


 そりゃあ、まあ。別にもっと重く考えてくれというわけじゃあない。ないんだが――――それはそれとして、いくら俺が彼らを魔族化したとは言っても、俺に対する感情をどうこうできるわけではないわけで。

 嫌われやしないか。もし嫌われたらどうすればいいんだ、などと。実は内心戦々恐々としている。

 激励の一つも欲しかったというのが、正直なところだ。



「……どうしようもないな」



 まあ――あれだ。

 あれやこれやと、無駄なことをごちゃごちゃと考えていても仕方がない。

 案ずるより産むが易しとも言う。ああだこうだと文句を言うより、行動してしまった方が良い。

 

 地下室の一角、壁に埋め込まれた魔石に魔力を通す。

 それと同時に壁が扉の如く開き、俺をその内へ迎え入れた。

 言うなれば、即席の昇降機(エレベーター)だ。地下と地上を頻繁に行き来しなければならなくなる都合上、今後こういったものは絶対に必要になってくる。そう言ってオスヴァルトに頼んで作ってみた昇降機だが、思ったよりも遥かにちゃんと動いている。

 構造は、ごく単純なものだ。円筒状にくりぬいた柱に、円盤状に加工した足場を差し込んで完成だ。あとは魔石が細かい動作を肩代わりしてくれる。



「よし、と」



 正確な動作に満足して、今度こそ俺は地下空間に降り立った。



「ンフフフフハハハハハハハハッ!! お待ちしておりました王よ!」

「その高笑いも随分久しぶりな気がするな」

「各所からうるさいと苦情が出て自重しておりました故」



 待ち受けていたように――実際待ち受けてたようだが――恭しく頭を下げるオスヴァルト。

 ここ最近はもっと落ち着いた面を見せてくれていたはずだが、オスヴァルトの素というのはやはりこちらなのだろうか。



「ともあれ、王との懇談となればこのオスヴァルトが同道しない理由はありますまい」

「同行する理由も無いだろ」

「おや手厳しい」



 とは言いつつも、オスヴァルトがこの場を離れそうな様子は無い。

 俺個人も別に構わないのだけども、相手に威圧感を与えてしまわないか不安だ。



「皆の方では話したか?」

「ネリーやアンブロシウス、リースベット殿が、というところですな。このオスヴァルト、なにぶん人見知りをするものでして」

「何言ってんだお前」

「はははこれは手厳しい。いやしかし事実ではありましてな。未だミリアム殿に対しては身構えてしまいまして」

「……いや、それは別件じゃないか」



 ミリアムに対すると身構えてしまうのは、それこそ俺のせいだと思う。

 俺の、ひいては魔族の行く末を考えるからこそ、意見が対立し、議論は激化し、結果、どことなく居心地が悪くなってしまうのだ。


 私のために喧嘩しないで――――なんて、創作世界の悪女のセリフがいいところだと思ったが、まさかこんなところで思い浮かぶとは思いもしなかった。



「ははは、それは確かに。しかしこのオスヴァルト、人並み以上に警戒心がありましてなぁ。あるいは、この魂の奥底に沈み込んでいる無数の魂からの警告やもしれませぬ。安易に他人を信用するな、と」

「警戒心ね」



 ……まあ、確かに。


 オスヴァルトの言動はだいぶエキセントリックだが、行動自体はそれなりに堅実な方だ。

 地下室を作ったあの時は、まあ――事実上の二度目の人生に浮かれてテンションが上がっていたと捉えておこう。それさえ除けば割とまともなはずだ。


 じゃあ言動の方もまともにしろと思わなくもない。



「過去のことがある故か、レーネもまた警戒心が強い方と言えましょう」

「……だな。いや、改めて考えると、そうだな……」



 目を逸らそうとしていたわけじゃあない。少なくとも、俺やミリアムの前では人懐っこい姿しか見せていなかったから、他の人に対してもそうなんだろう――と思い込んでいただけだ。


 しかし、考えても見れば彼女がここにきた大雑把な経緯は、「親に売り飛ばされたから」だ。

 ここまで逃げ切れたから今も生きているものの、一歩間違えれば死んでいたことは間違いないし、人間不信になっても仕方ない。むしろその方が自然だ。



「身近な相手でも――というか、身近な相手だからこそ、か……」



 ネリーやリースベットに対して警戒心と猜疑心を持って、とげとげしい言葉遣いをしていたのはそのためだろう。

 村の人たちとは滅多と会わないのだから、気にする必要はない。俺やミリアムには全幅の信頼を置いているようだし、こちらも問題ない。


 しかし、他の面子は否応なしに顔を合わせなきゃいけないわけだ。ネリーにしろ、リースベットにしろ。しかし、レーネの中では彼女らはそこまでの信頼を向けるべき相手ではないと分類(カテゴライズ)されていて――――。



「元人間組は実に難儀ですなぁ」

「……そうだな。俺も含めて」



 ……俺は俺で面倒くさいし、オスヴァルトはオスヴァルトで、それと気付かない程度に気難しい。レーネは人見知りが激しく見知らぬ相手に対しては攻撃性が出てくる。

 元からちゃんとした感情と複雑な思考を兼ね備えていたからだろうか。


 俺は、まあ。自分自身の想いについて考えようとも思っているし、これ以上(こじ)れることは無いと思いたいけど。



「――――元動物の皆はどうかな」



 だからと言って、ネリーもアンブロシウスもリースベットも、単純な方というわけではない。

 がさつに見えたとしても繊細な感性を持っているし、豪放に見えて気配りが上手い。それは、単純でない思考形態を取ることができていることの証左だ。


 他の、魔族となった者もきっと同じだ。それぞれに個性があり、それぞれに抱く思いがある。

 複雑に絡み合った感情を処理できない者もいるかもしれないし、素直じゃない者もいるだろう。

 それらを把握し、良い方向へと進むことができるよう努力するというのが俺の仕事になるわけで。



「さて、いかがでしょうなぁ」

「……まあ、行くか」



 俺は俺の仕事を果たすべく、まずは皆の集まる大広間への扉を開いた――――。

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