想い、思い
三人称でアンナ視点のお話になります。
アンネリーゼ・レッツェルにとってのリョーマという少年ほど、その関係性を言い表すのに苦慮する者はいない。
知人。隣人。友達。理解者。相棒。
そのいずれも間違っているとは言い難いが、正鵠を射ているわけでもない。
春先。唐突に訪れた彼は、一言で言うならば紛れも無く「不審者」であった。
零落した貴族の出身で、精霊術師。その上、他人に対して丁寧でありながら随分な世間知らず。
果たして、腹を空かせて行き倒れ寸前だという彼らの身の上を聞いていなかったら、自分はどうしていただろうか。アンナは、自室のベッドに寝転びながらそんなことを考えていた。
「…………んん……」
果たして、彼は自分にとって何なのだろう。
――――アンナさ、俺のことどう思ってる?
ライヒに行った際のその一言が、アンナの胸中で渦を巻いていた。
彼がどういった意図を持ってその質問を投げ掛けたのかは、定かではない。しかし、少なくとも彼がアンナからの自身の評価を気にしていることだけは確かだ。
その理由を推測できないほど、アンナも愚かではない。
「……好きってこと?」
世間一般的に見れば、その質問の趣旨は「好きな相手の評価が気になる」ということに他ならない。
それ自体は誰しも抱く感情ではある。しかし、同時にそれが「一般的な」思考であることもまた確かだ。
ならば、一般的なそれとは遥かに異なる出自を持つリョーマが、そのように考えるものだろうか。そんな疑いがアンナの内に湧く。
もしも彼が、何の意図も無く自分の評価を聞いていたとしたら、自意識過剰もいいところだ。
「あああああぁぁぁもぉぉぉ……!」
枕に顔を埋め、足をばたつかせる。
およそ彼のことを笑えない醜態に、アンナはひどく赤面した。
「もっとはっきり言ってよもう! ちゃんと何言いたいか言ってよ!」
顔は上げず、両手でマットレスを軽く叩きつける。
リョーマの言葉が要領を得なかったわけではない。むしろ、彼はアンナからの評価を知りたがっているのだし、「自分のことをどう思っているのか」と問いかけること、それ自体はその趣旨に沿った至極妥当なものだ。
重要なのは、その背景――彼が何を思ってその問いかけを行ったかである。
アンナのことを、女性として好いているから、そうしたのか。
それとも、何の気なしに、ただの友人としてそうしたのか――――。
「分かんないよー、もぉぉー!」
――アンナには、その判別を付けられなかった。
枕に向かって、叫ぶように喚き散らす。ストレスを発散させるには適した方法だろう、が――――。
「ちょっとアンナ、うるさいよ!」
「ごめんなさい!」
祖母に聞こえているとは思ってもいなかった。
注意を促したフリーダは、扉を閉めてそのまま階下へと降りていった。
思春期の孫だ。そういうこともあると、祖母は理解していた。
「はぁ……」
思わず、溜め息が漏れ出る。
流石にこれ以上叫ぶわけにもいかず、代わりを探すようにアンナは枕を抱いてベッドに座り込んだ。
「……好きなのは、あたしの方なのに」
その一言が、彼女の想いをそのまま表していた。
――――最初は、普通の友達だった。
どうということもない、ただの男友達。
村の中でも最も親しいだろう。ただし、その域は出ない。
他に若者がいないため、必然的に一緒に行動することが多く、最も仲良くなっているだけだった。
「最初って、何でだっけ」
想起する。
最初に彼のことを意識したのは、魔獣との戦いの時だった。
村の脅威を除くために戦い、その最中にもアンナを守るべく行動した。本来、ホームグラウンドとも言うべき森の中で、猛獣相手に一方的に守られたことは、ある意味ではアンナのプライドを傷つける行為であり――その衝撃は、並々ならぬものだった。
「……本当に精霊術師だったんだよね……」
元より、リョーマの言うことに対してアンナは懐疑的だった。万一精霊術師だとしても、それは精々ミリアムくらいのもので、彼自身は少し誠実な程度の、元金持ちの世間知らず――と、そう捉えていた。その証拠である魔石についても、恐らくはミリアムの手で作ったのだろうと。
しかし、実際に彼はその驚異的な能力を発揮し、恐ろしい能力を持つ魔獣を相手にアンナを守り切り、更にはその打倒までやってのけた。
「………………」
枕を抱く力が強まる。
次いで彼を強く意識したのは、敵対する精霊術師との戦いが終わった時のことだろう。
親しい友人が大怪我をした。そう聞かされて、動揺しないでいられる人間がどれだけいるだろうか。
アンナもその例に漏れなかった。気が動転し、すぐにでも飛び出してしまいかねないほどに焦り、慌てふためいた。
――――そこで、ようやく自分の想いを自覚した。
「……かなわないなぁ」
――――死んでほしくない。
――――生きていてほしい。
――――あたしの傍から、いなくならないでほしい。
リョーマが瀕死の重傷を負った時に、はじめてアンナはその想いを自覚した。
だからこそ、彼の問いかけに正直に応じるわけにはいかなかった。
何せリョーマが、彼自身の気持ちをひた隠しにしているのだから。
「……何とか言え、ばーか」
できれば、自分に理解できるように。
そんなことを考えながら、アンナはベッドに倒れ込み、精神的な疲れと肉体的な疲れから目を閉じ――――。
「アンナ、さっきからご飯だよって言ってるんだけどねぇ!」
「わあああああああっ!?」
――――再び到来したフリーダによって、睡眠は打ち切られることになった。




