理想の行き違い
「少なくとも一年以内に、ギオレン霊王国から調査の手が入るらしい」
それは、誰あろう霊王であるエフェリネ本人から聞いた事実だった。
皆の様子が一変し、緊張が走る。実際にはどういうことなのか理解していない者の方が多いが、その中にあってオスヴァルトとミリアムは状況を理解し、脅威を正しく認識していた。
ちょっと正しく脅威を認識しすぎてミリアムがものすごい顔になっているが……今は置いておこう。問題はそこではない。
「そうなった理由をお聞かせいただいても?」
比較的冷静に状況を俯瞰するオスヴァルトが問いかけてくる。
考え込むように口に手を当てているあたり、内心はあまり平静ではないようだが。
「あの爆発だ」
「……成程」
オスヴァルトもあの時の爆発は視認していたのだろう。ある程度納得いったように、軽く頷いて見せる。
「俺がその爆発に関係あるってことがバレて、視察に来た人間に事情を聴かれた。流石に下手な嘘をつくわけにはいかなかったから、ほとんどそのまま話したんだが……」
「少し調べれば、王があれに関わっていることは明白ですからな。致し方ありませぬ」
正直、先生とアンナに少しでも事情を知られているのが痛い。俺が怪我なんてしたせいだと言われると、弁解のしようも無いが。
……やっぱり、もっと戦闘技術なり魔法についてなり、鍛えていった方がいいだろう。
「どうするんですか?」
「……どうすればいいんだろうな」
不安を滲ませるようなことも無く、ただ状況を確認するように淡々と問いかけるミリアム。
正直、俺もそれに対する答えがあるわけじゃあない。現状の俺にできることは全て考えているが、その上でやれることというのが、どのくらいあるものだろうか。
そもそも、果たして俺が考え付くような方法でまともに隠蔽ができるものだろうか。
「……逃げるか?」
「冥王は長いこと人間たちと交流があるのだ。突然逃げてしまっては怪しまれよう」
「みんな倒す」
「何バカなこと言ってるの」
方々から様々な意見が飛んでくるが、いずれもどこか要領を得ない。
事実上、明確な対処法が存在しないからだろう。たとえ調査団を全員排除したとしても、また次の人員が送られてくる。というか、そんなことをしようものなら「魔族がいる」ということがバレてしまうことだろう。逃げるのも論外だ。調査の手が入ると聞いていきなり逃げ出してしまっては、やはりこれも疑いの目が向く。
「……オスヴァルト。この地下空間だが――魔法で移動させることはできるか?」
「可能でしょう。では、調査の目が向かない場所まで、この地下空間を移動致しますか?」
「最善は、このまま何も来ないことだけどな……何かトラブルでもあって来なくなった、ということにでもなれば、それが一番なんだが」
いっそのことその「トラブル」を意図的に起こしてみるのも一つの手だろうか。
いや――ダメだな。ちょっとやそっとのことでは、調査しないという選択肢には行き付かない。悪手を打てばその気運はより高まる。
現状では逃げる以外の手が打てない。いざ逃げるにしても、早いうちに逃げておかなければ魔力の動きによって探知されるだろう。
「話によると、調査団の派遣は年内に行われるということだったが……」
「少なくとも、今季中は無いでしょう。いかに君主制とはいえ、国の方針や意思決定というのは、王一人によって行われるものではありません。周辺諸侯との合議や国家間の折衝、人員の選定から物資供給路の構築まで、やるべきことは山積みです」
「年内という言葉も怪しいものですな。虚偽を申したわけではありますまいが……」
「どういうことだ?」
話を理解しきれずに首を傾げるネリー。
これは、あくまで俺がクラインで他の人間と交流があり、かつ他の住人から同じく人間と思われている、という前提があっての話になるが……。
「俺のことを人間と思ってるなら、安心させるためにわざと『早いうちに来る』と言ったってことだな」
「然り。ともあれいずれも可能性の段階。早いうちに遠方へ移動するのがよろしいかと」
「……そう、だな……」
逃げることそれ自体は簡単だ。クラインから遠く離れてしまえばいい。
だが、そうするには俺の技量が足りない。という以上に――――。
「……クラインから、離れるのか」
そうするのは、ひどく憂鬱な気持ちになる。
ここまでに築いた人間関係を打ち捨てるというのは……流石に、辛い。
「無論。そうでもしなければ我々の安全はありませぬ」
「待ってください。そうするにしても、リョーマ様があの村にいること自体は何も咎められることではありません」
と。俺の言葉を肯定するオスヴァルトに対し、否定の意見を述べるミリアム。
考えてみれば、ミリアムも俺と同じようにクラインの人とある程度は親交があるのだ。なら、クラインから離れることに対して抵抗があってもおかしいことではない。
「しかし、王はこれからの我々にとって重要なお方。共に来ていただかなくては今後の生活にも差し支えます」
「はっきり申し上げますが、多少リョーマ様がいなくとも生活そのものには問題ありません。拠点を離れた位置に移したとしても、走って向かえば何の問題も無いでしょう」
そりゃそうだけどもうちょっと言葉選べないかな?
「しかし今こそ機ではありませぬか。あの術師と戦った、その事実で恐れをなした……とでも言えば誰も文句は言いますまい!」
「自ら術師に向かって行って、その上半魔族に対しても恐れることなく立ち向かったリョーマ様が『怖いから逃げた』など、非現実的です。だいいち、収入ゼロでどうするのです」
机を挟んで口論を続ける二人の話を追うように、皆の視線が右往左往していく。
……マズいな、これ。どうするべきかな。実質、俺を挟んで喧嘩しているようなものだよな。
私のために喧嘩しないで……なんて実にありふれた言葉だが、流石にこの場面でそれと似たニュアンスで俺が喋っても何馬鹿なことを言っているのかと言われることだろう。
「元より、ここまでの話は収入がどうこうという事情を改善するためのものでしょう。別の土地に移り住むことができれば、すぐに別の仕事も見つかりましょう。このオスヴァルト、ミリアム殿が王に預けられた金子を貯め込んでいることも承知しているのですぞ」
「非常時の備えです。安易に手を出してどうするんですか! そもそも、クラインで仕事を見つけることができたのも、御厚意に預かることができたのも相当な幸運なのです。他の村や町に移り住んでも同じことができるとは限らないんですよ!」
だとしても険悪な雰囲気になりつつあることには変わりない。
レーネとネリーは不安げにお互い顔を見合わせているし、リースベットは苦々しい表情をしている。
泰然自若としているのはアンブロシウスくらいのもの――いや、さっきから貧乏ゆすりを始めている。相当イラだっているらしい。
この状況、俺が何とかする以外に手は無いか。
「おーい、二人とも」
「そもそも人間との共生を目指していらっしゃるリョーマ様が人間から離れるのは本末転倒ではありませんか!」
「仮にそうするにしてもまだ不干渉で構わんでしょう。人間は魔族と並大抵のことでは相容れない、それはミリアム殿もご存じではありませぬか」
……聞いてないな!
それだけ議論が白熱しているのだろう。人が――ヒトじゃないが――集まれば、意見の違いで話がこじれるなんてことはありうるものだ。
まして、ミリアムとオスヴァルトは、ある意味で二人ともが俺の側近だ。魔族として向かうべき方向性について僅かでも意見が異なれば、口論してでも意見を擦り合わせるのが仕事なわけで。俺の話を聞いてなくてもそれはそれで仕方ない、かもしれない。
だが。
「――――そこまでにしろ」
「…………!」
「――――ッ!?」
放たれた魔力の奔流が、ミリアムとオスヴァルトを圧迫し、威圧する。
本気じゃあない。そういうつもりは無い――が、流石に二人とも、白熱しすぎだ。空気を悪くするのは本意じゃない。可能なら、二人の意見を取り入れて折衷案ということで諍いが無いようにはしたい。
ただ、他の四人を巻き込むのはいただけない。俺も助けられる立場とはいえ、王は王だ。
言うべきことは、言わなければならない。
「ミリアム。人間と友好関係を築きたいのは事実だ。だが、それによって不利益を被るようなら仕方がない。そうなるくらいなら、俺は不干渉を選ぶ」
「……はい」
「次に、オスヴァルト。必要以上にヒトと魔族を別けるな。かつて人間が魔族を滅ぼしたという過去がある以上、再び滅ぼせると人間は考えるだろう。事実上、未知のモノに対する恐怖が薄れつつあると言えるんだ。なら、不干渉を選ぶにもその可能性が潰えてからにしろ」
「はッ! ……も、申し訳ありませぬ!」
納得いったのか行ってないのか、僅かに顔を俯けるミリアム。
対し、オスヴァルトは思い切り椅子から飛び退いて俺に向かって跪いて見せた。
……もっとも、本当に納得いってそうしているのか、それとも不承不承の内にしているのかは俺には知れないが。
「……もう少し普段からこういった勢いが出せるなら良いのですが」
……その評価してるのやらしてないのやら分からないようなボヤきをやめてくれミリアム。




