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冥府の斧

「――――という感じのことがあったんだけど」

「王のやることじゃないですね」



 (くだん)の廃屋に戻った俺は、ボロの椅子に座って机を挟んで、ミリアムに今日の出来事の顛末を話していた。


 畑の草取り――と言うと、確かに地味で単調な作業だとは思うが。



「じゃないけどね、別に俺、生粋の王様とかじゃないし」

「とはいえ既に今は我々魔族の王です。それなりに弁えた行動を心得ていただかないと」

「器じゃないよ」



 だからこそ、この立場から降りられないかどうかをはじめに聞いたわけだ。どうせ、俺はそれに足る器も無いし、どこまでも「普通」の価値観を捨てきれない。いずれそれに相応しい人間……もとい、魔族が現れたら、喜んでこの座を譲る。今頑張っているのはそのためだ。


 俺は次代の王の「下地」以上にはなれないだろう。だから、最低限の土台を作るためなら王様(それ)らしくないことだって、喜んでやるべきだ。



「……ところでミリアム、この家、大分……」

「はい。清掃しました」



 戻って来てまず気付いたのは、昨晩は嫌になるほど漂っていた血と獣の臭いがしなかったことだ。

 すぐにミリアムから今日あった出来事について問われたこともあって、疑問として口にはしなかった。だが、やはり昨日の今日でこの状況というのは驚くべきことだ。



「それにしたって、一日でここまでやるのはすごいな」

「まあ、そういう風に魔法を使いましたから」

「……便利だな魔法。でも……」



 確か、世界の壁にすら孔を穿つような大魔法のおかげで魔力の大部分が失われ、その上、俺を蘇生させるために残ったのは残り(かす)じみた量の魔力だとは聞いていたのだが。



「この程度なら毛先程の魔力量で可能ですよ」

「……確か、ミリアムは……睡眠で魔力が回復しない(・・・)体質なんだっけ」

「そうですね。普通の魔族は一晩眠れば回復しますが、私は、食事以外では魔力が取り込めなくて……」



 空になった器に水を注ぐようなもの、と言えばいいだろうか。

 普通、器の底は水を通さない素材で作られているものだ。ガラスに然り、金属に然り。ミリアムの場合、器の底が目の粗い布でできている、と言えるだろうか。そのため、睡眠で得られる魔力=水はミリアムの器の底を通り抜けてゆき、食事で得られる魔力=固形物なら、器の底を通すことなく留まる。

 それ故、ミリアムはどうしても質の良い食事を採らなければ魔力を回復できない。それでいて、毛先程の魔力――と言いつつも、わざわざ魔法で部屋の清掃を行ってくれた、というのだから感謝の念は絶えない。



「俺も、魔法使えるようになった方がいいかな」



 元々、課題としては掲げてきたことだ。

 それが早いか遅いか、優先順位を上げるかどうか、それだけの問題だが……こと、現状において彼女が唯一の同族だと思うと、ミリアムに負担をかけすぎるのは避けたいところではある。


 問題は、俺は魔力については一切知識が無いあたりだ。


 元より日本で暮らしてきた一般人の俺がそれを把握し、掌握するのは困難だろう。乗ったこともないのに自転車に乗れと言われるようなものだ。


 漠然と、本当に漠然と、自分の内側に何か大きな「塊」のようなものが存在していることは理解している。それとは別に、その巨大な「塊」はあくまで存在を認識するに留まっているだけだ。ミリアムのように魔法陣として形成するには至らない。



「そのうち使えるようになるでしょう。そこまで急ぐ必要も無いのでは?」

「でもミリアムの話を聞く限り、魔族として他の生物を引き込むためには、血液を媒介に……そこに術式を練り込む必要がある。だったよね」

「最初は私が補佐しますので」

「けど、今のままじゃミリアムに負担がかかりすぎる」



 率先して魔族という存在の礎になろうという気持ちはある。そのためになら無様なこともしよう。

 俺自身は王、という大業を成し遂げられる器があるとは思わない。誰かの力を借りて、ようやくその役割を(まっと)うできるもののはずだ。


 だが――それはそれとしても。



「俺はそれが良いこととは思わない。ミリアムだけじゃなく、俺にとっても」

「ですが……」



 ミリアム自身も別に、俺が魔法を習得することを良く思っていないわけではないだろう。

 それ以前の問題。未だ素養も磨いていないのに、ただ使命感だけで焦りを感じていることが危うい、と思っているのだろう。


 実際、焦っていない、と言うと嘘になるが――――。



「……本当に焦る必要は無いのですが」

「え」

「リョーマ様の肉体はその、先代の『王』の遺骨を使って蘇生されているので……魔法基礎理論、構築のための理屈は全て文字通り『体が覚えている』のです」



 マジかお前。

 ここまでの懊悩は何だったんだ。



「というか何だ、ミリアム。その冥王って」

「あ、ご存じありませんでしたか。陸・海・空を統べた三人の王は、それぞれ『冥王』『海王』『天王』と称されております」

「……ってことは、俺は……えー……冥王? ……ってこと?」

「そうですね」



 太陽系の惑星か何かか。

 しかもよりにもよって天体から外された星なのは何かの示唆か皮肉か。



「ともかく、リョーマ様は魔力の操作さえ理解すれば、初歩のものまでは肉体が勝手に魔法陣の構築をするはずです」

「……あ、初歩だけなんだ」

「初歩だけです。応用というのは、個々人で根本的にやり方すら違うものですから」



 それに関しては納得はいく。

 いくら蘇生するために俺の肉体に先代「冥王」の遺骨を混ぜ込んだのだとしても、その先代と俺はまったくの別人。どうしたって同じやり方なんて無理だ。


 逆に考えると、基本を習得する段階をすっ飛ばすことができるということでもあるわけだから都合はいい。

 あとは、俺にとって最も適した「応用」の方法を見出す。魔法の習得に関しては、それが最終的な目標になるか。



「あ」



 と、何かに気付いたように、ミリアムが上を向いた。

 よくよく耳を澄ませてみると、ぽつぽつという特有の水音が聞こえてくる。どうやら、ハンスさんの想像通り、雨が降り出したらしい。



「どうせしばらく外に出られそうにありませんし、魔力操作の訓練でもしましょうか」

「うん。頼むよ」



 これでは庭の土いじりというのも難しいだろう。同じ家の中にこもっていないといけないなら、自分の成長のために時間を使った方が有意義だ。



「……と言っても、魔力操作の基本は強いイメージです。まず、リョーマ様の内の魔力……これを一個の『岩』とします」

「岩か」



 確かにこの凝り固まった感覚は、岩だ。あるいは山。

 そういった漠然と「大きくて堅い材質の塊」というイメージは元からあったため、考えやすいといえば考えやすい。



「本来はその岩を糸のようにして魔法陣を空間に刻むものですが、今はそこまでは考えずにいきましょう。冥王の武器――これを、魔力によって作り出します」

「……専用の武器なんてあるのか」

「はい。そもそも『世界を繋ぎ止める』という役割から、王というのは魔力の質が非情に高いのです。魔力量が通常の魔族や人間よりも遥かに多いこともそうなのですが、それ以上に『強い』のです。魔力自体が」

「そういう……なんていうか、『強い』魔力があるから、魔力を使って専用の武器なんてものが作り出せるってことか」

「まあ、とはいえ今のリョーマ様の手に余ることも確かです。形を変えるのにも一苦労でしょう。ですので、今日は訓練として『削り出す』ことから始めましょう」

「分かった」



 徐々に魔力を「削り出す」のではなく「操作」することで無駄をなくしていく……と言ったところか。

 それができて初めて魔法を行使することができるようになる。順序を踏まなければ何事も上手くいかないというのはこちらでも同じなようだ。



「ちなみにその武器ってどんな? イメージが無いとやり辛いんだけど」

「斧です。その名も――――冥斧(めいふ)!!」



 何故だかえらく自信満々に、ミリアムは言い放った。

 冥斧。めいふ。……「冥府(めいふ)」か。



「駄洒落じゃねえか」

「………………」



 目を逸らした。

 顔が真っ赤だ。

 流石にミリアムもちょっと恥ずかしいと思ったらしい。



「……でも、斧か……」

「ちなみに天王は剣、海王は槍を創り出せるようです」

「………………」



 俺もそっちの方が良かった。



「今『俺もそっちの方が良かった』とか思いましたね」

「うん。正直……そっちのがカッコいいし」

「正直なのは結構ですが、リョーマ様。剣とか扱えますか?」



 首を横に振る。当然だ。剣道すらやったことは無い。



「槍の心得は?」

「……無いね」



 中学校の時に校内に設置されたさすまたで、教師が訓練しているのを見た程度だ。



「で、実際に扱うとなると斧、ということです」

「はぁ……」



 別に斧が嫌いだというわけではないが、あちらの世界のサブカルチャーに触れていると、どうも斧を武器にすること対してはあまり良い印象を抱けない。

 基本的にパワーファイターや蛮族の使う武器で、やられ役。剣に弱く、大抵柔よく剛を制す精神でスピードファイターに敗れる……というような。

 決して斧が有用でないというわけではない。というか、日常生活では便利なもの……とは思う。薪割り、伐採……扉をこじ開けたりと、便利な道具だ。あくまで道具だ。武器ではない。



「遠心力がついて振り回しやすい分、リョーマ様には他より適当かと思うのですが」



 確かに、剣や槍ほどの習熟が必要なく、穂先にある程度の重さが乗っている斧は、振り回すのには都合がいい。


 都合は……いい。いいのだが――――。



「斧は……オーバーキルすぎないか」

「…………」



 再びミリアムが目を逸らす。


 今の俺の腕力で振り回すと、まず直撃した相手はミンチになる。

 直撃しなくても、触れた部分は千切れ飛ぶか、良くても衝撃でグチャグチャになることだろう。全身甲冑(フルプレート)の相手に攻撃。中身の保障はできない。


 魔族の腕力では、斧となるとどうやっても加減が難しいのだ。遠心力任せに振り回していても、止めたいところで止められるだけの筋力は持ち合わせているが……やはり、この威力は無駄に過ぎる。



「……作業に便利ですよ」

「なるほど」



 と言われると途端にやる気が出てきた。

 現状、作業用具にかかる金は一ルプスでも安くしてしまいたい。


 今日の給金が二万ルプス=二千円程度……このくらいなら節約すれば数日は大丈夫だが、いずれどこかで作業ができない日が来るかもしれない。唐突に出費を強いられることもあるだろう。元よりハンスさんの厚意でいただいているということもあるし、安易なことでは使えない。



「……なんだかなぁ」



 一方で、ミリアムは複雑な表情を浮かべていた。

 前々から思ってはいたが、ミリアムはどうも先代のこととなると少しムキになるような感がある。それは、あくまで想像に過ぎないが――彼女が先代冥王に仕えていたか、あるいはその縁者だった、ということなのだろうか。


 俺と先代の違いに関して何か思うところがあるのは確かなのだろうが……俺のやり方が良くない、というわけではないだろう。本来想定されるべき使い道と違う用途で、というのは……やはり、複雑な思いがあるはずだ。俺だって、例えば箸を武器として使ったりしているのを見たら同じような反応になると思う。(かんざし)ならともかく。

 さて。



「………………」



 集中し、自分の「内」へ意識を向ける。

 岩山のように頑強な、力の「塊」。その形を歪めることさえ、今は難しいが……少しずつ、少しずつ。木を(ノミ)で削るように、少しずつ成形していく。成形……しようとする。


 できない。


 ひとカケラさえ削り取れない。大元の元を考えれば自分の魔力ではないのだから当たり前だが、それにしたって何も起きない。何もできない。力みすぎて攣りそうだ。



「できませんか」

「できない」



 一朝一夕でできることでもないとは思っていたが、それにしたって足掛かりすら掴めそうにない。



「元々……不器用な方だけどさ」

「慌てずともいいでしょう。そう簡単にできてもらわれても、私の面子がありますし」



 もしかしなくても後半が本音だろお前。

 呆れはするが、しかし納得はいく。俺だって同じ立場なら同じようなことは言う。


 互いに、一つずつ溜息をつく。


――――そうした折に、外から一つ。


 轟音が、聞こえた。

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