表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/176

視察

「お待たせしました」



 と、軽い溜息をついたところで、先程エフェリネが注文した料理が俺の前に運ばれて来た。

 エフェリネの方を見れば、どこか期待するような眼差しでこちらを注視している。



「……ご馳走になります」



 ああも言ってくれたのなら、もう拒むことも無いだろう。そう考えての返答は、彼女にとっては期待通りのものだったらしい。パッと花開くような笑顔をして見せた。



「ところでエフェリネ様。一つお伺いしても構いませんか?」

「構いませんよ。それと、敬語はやめてくださいね」



 エフェリネ様こそ敬語ですよ――と言う気にはなれなかった。

 そもそも、そういう教育を施されて来た人だろうし。癖というものはなかなか抜けないものだろう。



「それはちょっと。万が一マルティナさんにでも見られた時には、自分の首が飛びます」

「う……それは、まあ……そうですね……」

「ねえリョーマ、マルティナさんって?」

「エフェリネ様の従士……って人らしいけど、俺もよくは知らない」



 エフェリネの行動に常日頃から気を揉んでいるようではあったが、正直なところを言えばそれ以外の印象というのもあまり無い。

 しいて言えば、やたらとエフェリネのことを心配していたようだったくらいだろうか。二人の会話を聞く限り、どうも昔からの付き合いらしいということは見て取れるが……。



「マルティナは、私が一番信頼する従士です。霊王に就任した……その当時からの付き合いですから、ざっと八年近くですね」

「……ごめんなさい。エフェリネ様って今いくつ!?」

「先日十七になったところです」

「お、おめでとうございます。あたしより一つ上って……」



 そういえば、十歳あたりから六年間ずっと背が伸びていないという話をしていた気がする。

 先日誕生日を迎えたということは、俺と最初に会った日はまだ十六歳だったということか。



「ありがとうございます。しかしまだ背が伸びていないんです。これもまた課題ですね……」



 思えば、初対面の時の話題はエフェリネの背が伸びないという悩みについてだった。

 今は友人ができるかどうかという話で――どこまで行っても彼女の悩みはしょうもないというか、ある意味で庶民的なものらしい。


 それはそれで、人間らしい悩みで良いと思うが。



「すみません、話を遮ってしまいましたね。リョーマさん、どういう質問ですか?」

「いえ……些細なことですが、今日来られたのは視察ということでしたよね。何を視察される予定で?」

「そうですね……些細、とは口が裂けても言えませんが……先日、スニギットの旧冥王領の方で、大規模な魔力爆発があったことをご存知ですか?」

「え」



 ……あれか。


 あれか――――――――!!

 そうか、よりにもよってその話か! もしかしたら何か言われるかもしれないと覚悟はしていたが、それそのものかよ!



「何かご存じなのですか?」

「ご存じも何も……」



 ちらとアンナが俺の方に視線を寄越して来る。

 やめろ。こっちを見るんじゃあない。よりにもよってエフェリネにだけは話したくない。


 無意識に頭を掻き毟る。こんなにも不安な気持ちになったのは……先生に、俺の秘密を知っているようなことを示唆されて以来だろうか。



「……自分が、その当事者です」



 とはいえ、嘘をついても俺の立場を悪くするだけだ。

 ことの内情をある程度知っているアンナもいるし、正直に話すべきだろう。



「そうなのですか?」

「ええ、まあ。入院していたというのも、その関係です」

「先程おっしゃっていましたね。結局、聞くに聞けませんでしたけど……」



 心配そうに覗き込んでくるその表情からは、怪しむような素振りは見受けられない。本当に俺の体調を心配しているらしい。



「もう少し、具体的にお話を聞いても構いませんか?」

「……ええ。お役に立つのであれば」



 その言葉を皮切りに、俺はネリーの件を発端とする一連の事件について語り始めた。


 グレートタスクベアと呼ばれる怪物熊の死体を発見したこと。その怪物熊を殺害するほどの能力を持った犬の存在。大規模な虫害の原因ととなる「虫の王」の暴走とその原因――半魔族化。そして、それらの事件を引き起こした男との戦い。

 いずれもエフェリネにとっては興味深いことのようだった。なるほど、とかへえ、とか、一つ一つの話に相槌を打ちながら真剣に聞いているその様子は、熱心な学生を思わせた。


 ……もっとも、当然ながら術師との戦いに関してはいくつか事実を語るのを避けている部分もあるし、俺が魔族であるというある意味で核心となる部分については触れていない。それだけは明かすわけにはいかない。



「……ということです。その際に負った怪我で、入院――と」

「それは……大変でしたね。大変でしたね……!」



 同情を示す言葉とは裏腹に、エフェリネの頬は興奮気味に紅潮している。

 王として執政に携わり、各国へ外遊している彼女でも、こういった話には興味を惹かれるらしい。

 いや。だからこそ、だろうか。王として活動する中では、こんな話など聞く機会はそうそう無いだろう。知人が大冒険を成し遂げた――というような心境だろうか。もっとも、俺自身はこの事件の顛末にすっきりしていない。あの男の目的やその背後に存在するであろう何か(・・)――俺は結局、何一つとして「原因」というものに行き当たっていないのだから。



「……それで、エフェリネ様はその事件の調査に?」

「ええ。旧冥王領の近くで起きた爆発ですので、万が一のことがあってはならないと」

「万が一って?」

「魔族の復活――などですね」



 唇に軽く手を当てて、周囲に聞こえないよう小さく声を発するエフェリネ。

 こんなことが聞かれてしまったら混乱が起きてもおかしくないだろうし、妥当な判断だろう。


 しかしだな。その万が一、もう起きてます。しかも貴女の目の前にいます。

 ははは、もうほんっと頼むから気付かないでくれ。



「それはちょっと無いんじゃないかなぁ……です」

「無理に敬語にされるより普通に話してもらった方が嬉しいですよ」

「あ、うん」

「それはともかく。魔族の復活については……本当に『万が一』という可能性です。普通はありえませんよ」

「そっかぁ……良かった」



 ほっと胸を撫で下ろすアンナに、しかし、俺の心はどこか冷静ではいられなかった。

 この世界の人間としては、当たり前の反応だ。きっと、恐らく、アンナ以外の人間に聞いても、同じように答えるだろうという程度には。


 ――――だからこそ、彼女は俺のことを()ったならば、軽蔑し拒絶するだろう。


 それは――何でだろう。どうしようもなく、嫌だ、と思った。



「しかし、結局ヤツの目的は何も分かりませんでした」



 半ば強引に、話を打ち切るように言葉を投げつける。

 ひどくさもしいな、と思う。嫌われたくないから――それを連想させるような話を聞きたくないからと言って、こんな手段に出るなんて。



「それもそうですね。ですが、推測はできます」

「そうなの?」



 俺の気持ちとは裏腹に、エフェリネもアンナも何も気にしていない風に話を続けている。

 当然といえば、それだって当然なんだ。俺が魔族だということを、二人は知らないのだから。

 事実上、俺はそれを利用しているようなものだ。そうするしかないとはいえ……そう考えると、途端に罪悪感に苛まれてくる。



「『魔族』ですか」



 何でもない風を装い、話を続ける。どうやら、二人とも何も気づいていないらしい。

 それならそれでいい。今のこの関係が続くなら、それに越したことは無いのだから。



「そうです。リョーマさんの話の中にもありましたよね。その男は、魔族を作る実験をしていた、と」

「でも、結局リョーマが全部どうにかしたっていう話じゃないの?」

「ではなぜ彼は自爆などしたのでしょう? 普通なら、死に物狂いで目的を果たそうとするはずですよね」



 ピン、と人差し指を立てて、エフェリネは続ける。



「自爆してしまったら誰にも何も伝わりません。となると、恐らくその自爆こそが目的――もしくは、伝達手段なんです」

「……狼煙(のろし)を上げる、みたいな?」

「はい。多分ですけど」

「けど、何で自分の命を絶つような真似を……」

「情報が漏れるのを恐れたんでしょう。存在を明かすことのできない秘密の組織に所属している、ということならありえます」



 滔々(とうとう)と、得意げに語るエフェリネだが……それは明かしていい情報なのだろうか。

 ギオレンの国家機密に触れたりしてないかどうかがいまいち不安だ。



「実際、わが国にもそういう特務機関があるらしいですしね」

「あるんで……いやちょっと待ってください。『らしい』って何ですか」

「私、そこまで把握してませんし」



 いいのか国家元首。

 いいのか最強の精霊術師。

 そういうのがだいたい獅子身中の虫になるんだぞ。



「まあ、無理だろうね……」



 と。何故かアンナが訳知り顔で頷いて見せた。



「……何で?」

「だって、スニギットもギオレンも、エラシーユだってみんな国土すっごい広いでしょ? いくら王様でも、それ全部管理するのなんて無理だろうし」

「アンナにしては分かりやすいな」

「『にしては』って何さ!?」



 このっ、などと小さく毒づき、アンナの握ったフォークが俺の眼前のシチューに浮いている羊肉に向かう。

 即座に、箸のようにして握り込んだ俺のスプーンとフォークがその進行を押し留めた。



「そうですね。私も結局、首都くらいしか管理はしきれませんし」

「だってさ」

「……お、おう」



 ……何事も無かったかのように話を続けるエフェリネもエフェリネで器がデカいな。



「それを補うために各地に領主を置いて、間接的に統治しているんです。スニギットでも、例えばこのライヒを含め、旧冥王領までフランチェスカ伯が管理されていますよね。それと同じことです」



 なるほど、確かにその方が国のトップ(エフェリネ)に負担が集中せずに済む。というか、これだけ広大な国土を持っているのならそうなるのが当然だろう。

 地方分権と言ってもいいだろうか。各地を治める領主が勝手なことをやらかしたりしないかという不安はあるにせよ、効率を考えるとこの方が遥かに管理しやすいはずだ。



「なのでどこでどんな組織が秘密裏に作られていたとしても分からないんですよ。忌々しいことに」

「いまい……忌々しい?」

「ええ。そういうのはたいてい違法行為の温床なので」



 俺たちに見せる微笑みとは一転して、苦虫を噛み潰したような表情に変わるエフェリネ。気を取り直すためにか、手元のハンバーグを口に運ぶ。


 ……まあ、国に内緒で作るなら大抵はそうなるだろう。忌々しいと言われても納得できる。

 場合によっては、違法行為どころか政敵やエフェリネの失脚を企てる不穏分子が着々と育っているということもありうる。前者に関しては「最強の精霊術師が霊王に就く」という制度の関係上、よっぽどのことが無ければ実現はしないだろうけど。



「ともかく、現状だとリョーマさんが戦ったという術師の所属しているであろう組織については、特定できません。我が国かもしれませんし、エラシーユからかもしれませんし……スニギットということもありえます」

「……自作自演で魔族が再び現れたとでっち上げるために?」

「そうすれば他国から支援を受けられますからね。有力候補です」



 元々、この周辺の土地というのは魔族との戦争の最前線だったという。

 大規模な戦闘の影響で土地は荒れ、七十年後の現在に至るまでもその影響は所々に残っている、らしい。



「戦後に三大国間の取り決めがあったとはいえ、押し付けるようなかたちで荒れた土地を分配したことには違いありませんからね。当時のことが禍根になって、というのはありうると思います」

「ねえ、三大国の取り決めって……?」



 心底不思議そうに、アンナはエフェリネの説明に対して疑問を投げ掛けた。


 ……よくやってくれた、と内心でガッツポーズを取る。黙っていればそうそう分かるものじゃないとはいえ、俺はこの世界の歴史を全く知らないのだ。できれば、その事実は二人には知られたくない。こういう時に、誰に気兼ねするでもなく、当然に知らないものとして聞いてくれるアンナは本当に助かる。



「戦前、現在の三国以外にも国があったことはご存知ですか?」

「ううん。そうなの?」

「魔族との戦争になるより前ですけどね。魔族との戦いを機に、全ての国が手を組んで『連合国』を設立したのですが、その際に中心となった三国のことを『三大国』と呼んでいるんです」



 ミリアムの話から察するに、当時の戦争というのは文字通り魔族と人間との全面戦争だったのだろう。

 エフェリネの今の話も勘案すれば、魔族の側も総力を振り絞り、人間もその総力を纏め上げて魔族へとぶつけた。その際に、国境という壁を取り払うことで心理的な壁も取り払い、魔族を倒すべく一致団結した――と、見るべきだろうか。


 ……何の抵抗も軋轢も無く、すんなりと行ったとは思いづらいが。



「魔族を倒した三大国は、現在で言うギオレン、スニギット、エラシーユとして大陸を三分割して統治することになりました。その際、戦果に応じて各々の領地の配分を決定することになったのですが……」



 言いつつ、「三等分」を示すようにハンバーグをフォークで三つに分割する。

 一つは大きめに。一つはいびつな形に。もう一つは……そのまま食べてしまった。



「……スニギット公国は、あまり戦果を上げられなかったと」

「はい。その結果、スニギット公国は戦争の傷跡の深い荒れ果てた土地と、魔族の監視という面倒を引き受けるハメになりました」



 いささか安直な気がしないでもないが、確かに一番分かりやすいのは戦場で挙げた功績だろうと思う。

 水増しする方法などはいくらでもあるとはいえ、事前に明文化しておけば話がこじれることもそうは無い、はずだ。言いがかりをつけたりしたらまた別としても。



「その当時からの確執が表面化してきているのだとしたら、ありえないことでもないかもしれません。憶測ですけどね」

「……いずれにしても、今はまだ憶測でしか語れませんか」

「そうですね。判断材料も何もありませんから」



 だが、憶測でもあの男の背後関係が見えてきただけで十分だ。これまでは本当に何もかも理解できなかったのだから。



「一度、この情報を持ち帰って協議にかけたいと思います。霊王国としては、この件は流石に見過ごせませんから」



 ――――と。


 一歩以上事態が前進したその一方で、恐ろしいことをエフェリネが口走った。



「流石に数日とは言えませんが……年内には旧冥王城など、魔族が存在するかどうか捜索してみたいところです。何も無いならそれに越したことはないですけど」



 ……マズい。非常にマズい。


 エフェリネ本人が来るということは無いだろうが……国家元首(かのじょ)が派遣するのは、きっとその道のプロだ。下手をすれば、俺の素性どころか地下のこともひっくるめて何もかもバレかねない。

 流石に、スニギットの大公に何も言わずに諜報員を派遣すると国際問題に発展するだろうから、その辺の折衝も含めての「年内」という発言なのだろうが――事実上、俺たちがあそこで暮らせるタイムリミットを示されたようにしか感じられない。



「まあ、真剣な話はこのくらいにして。リョーマさんそれいただきますっ!」

「……あ、え? ほぁ!?」



 シチューの中の羊肉が、瞬時にエフェリネの口の中に放り込まれていく。


 これを狙ってたというわけじゃないだろうが、なんて速度だ。もしかして精霊術使ってないか?

 ……背後に何か怪しげな残光が見えるんだが――――使ってないよな!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ