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ともだち

「ともかくだ。食料調達については、今後しばらく……最低限、自分たちで食料供給ができるようになるまでは、そういう方向性で行こうと思う」

「了解しました。では、一度帰って皆に伝えて参ります」

「……ん? すぐ帰る……いや、帰れるのか?」

「ええ。走って」



 走って。


 ……走って!?



「車が出る時間まで待てよ!?」

「いえ、お邪魔になりますから。では」

「は!?」



 と。言うが早いか、ミリアムは即座に――それこそ小走りに病室を後にした。


 何だと言うんだアイツ。俺は……別に、一人になっても構わないし、それはそれで読書なんかの時間も取れるし、いいかなとは思うのだが。今この場には無いが、病院なのだから待合室なんかに本の一冊くらいはあるだろう。


 と、そう考えて立ち上がろうとした瞬間、扉を叩く音が聞こえた。



「あ。はい」

「し、失礼しまーっす」



 一言声をかけて入室を促すと、どこか遠慮がちにアンナが入室してきた。


 何故だろう、と思ったが――そうか、俺の病室だからミリアムがいると思っていたのか。

 昨日は割とミリアムとも良好な関係を築いていたような気がしたが、あれはあくまで俺を糾弾するという共通の目的があったからこそか。俺は(かすがい)じゃないぞ。



「どうしたんだよ」

「む……昨日の今日だから心配して来たに決まってるでしょ。何、迷惑なの?」

「迷惑なんて言ってないだろ」

「そんな顔した」

「してないよ」

「した!」

「してないって」



 何でこんなどうでもいいことで口論することになってるんだよ、面倒くさいな! もしかしてミリアムのやつ、こうなることを見越して逃げたな!?

 でも俺にどうしろって言うんだよ! 女の子の気持ちとか分からないぞ!? どうしてほしいんだアンナのやつ! せめて言葉にしてくれよ!



「……昨日、来たんだし。今日も来ること無いんじゃないか、って思っただけだ」

「リョーマ見とかないと勝手にどこか行ったり無茶苦茶するでしょ」

「し……しないぞ」

「嘘ばっかり。この大怪我だって、絶対無茶したからなのに」



 そりゃあ、分不相応なことをしたから大怪我して入院することになったわけで。

 あの術師が俺のことを知らず、俺に毒が効かず……という偶然があったからこそ勝てたんだ。本当なら死んでいて何もおかしくない。

 かと言ってあれが無茶かと言われるとそれも若干違う気がする。あくまで俺は俺にできることを追求して――色々読み違えた結果、こんな風に限界ギリギリの満身創痍な状態になってしまっただけのことだ。必要も無いのに自ら無茶をしになんて行かない。必要があればやるとも言う。


 ……まあ、俺の力不足が原因であることには違いないし、一つ頭を下げるべきだとは思う。けど、昨日もずっと謝り通しだったんだし、今更もう一回謝るというのもなんとなく癪だ。


 普段なら、そんな衝動的に言葉を発することも無いはずなんだが――何でか、ふと口を衝いて言葉が出てくる。



「……別にいいだろ、好きでやったことなんだから。だいたいアンナは俺が怪我したことと関係ないじゃんか」

「なっ……何それ!? そりゃあ、戦ったりとかはしてないし、できないけど……心配くらいしていいでしょ!?」

「俺なんか心配してたら、どれだけ心配してもし足りないだろ」



 あの術師との戦いだけじゃない。必要があるなら、俺はどんな相手とだってことを構える覚悟ではいる。

 勿論、そうならないに越したことは無い。けれど、今回のように状況がそれを許してくれないなんてことはいくらでもあるだろう。大怪我をする可能性だって、いくらでもある。

 だから、心配してほしくは無い。俺なんかのことで気を揉むくらいなら、もっと前向きなことを考えてくれている方がいい。その方が、俺も自分の役割だけに没頭できるから。


 ……とかいうのとは別に、他の人から心配されるのはある程度やり過ごすことができるんだけど、アンナに心配されるのは死ぬほどムズ痒いし気恥ずかしい。心配してもらうことそれ自体は悪いことじゃあないはずなんだが――何だろう。悪感情を受けているわけじゃあないのに。



「友達なんだから、イヤでも心配になるもんでしょ……?」

「………………」

「何その顔」

「……あ。え? ご、ごめん、ちょっと待って」



 アンナから投げかけられた言葉に、しかし言葉に詰まって目だけがあちらこちらへと泳いでいく。


 あれ――――あれ?

 友達に心配されるってこんな感じだっけ?

 分からない。あ、いや――――そもそも、俺に友達がいたことが無いから分からないんだろうけどそれはそれとして。


 心配されれば、そりゃあ嬉しくなるもんだ。友達であれ、親であれ、自分の身を案じてくれるならそれはありがたいと思う。

 けど、こんなに全身ムズムズするような感覚に見舞われるようなものだったっけ? 年頃の男として恥ずかしくは……なるかもしれないが。だとして何なんだろうこの感覚。



「……やっぱ何か気持ち悪いな」

「蹴るよ」

「そういう意味じゃねえよ!」

「じゃあどういうこと!?」

「……心配されてなんかワケ分からない感覚になる俺が気持ち悪いってんだよ」



 頭に血が昇ったのか、顔が熱い。

 本当に分からない。俺は何を感じてるんだろう。


 アンナに心配されてること自体は……良いことのはずだ。それだけ良い関係を築けているってことなんだから。

 それはそれとして、何でこんなにアンナの言うことにわざわざ反論したくなるんだか、強がって見せてるんだかよく分からない。もうちょっと素直にお礼を言葉にして見せるのが普通なんじゃあないんだろうか。何で今の俺はそれができていないんだろう。


 ……ふと俯けた顔を上げると、何故だかアンナが顔を赤くしていた。



「熱でもあるのか?」

「……別に何でもない。リョーマこそ熱あるんじゃないの」

「……ねえよ」



 俺も俺でワケ分からんことになってはいるが、コイツもコイツでワケが分からない。

 本当――何だって俺はこんなに感情の機微に疎いんだ。


 友達いなかったからか。そうか。クソッタレ。



「……ごめん、アンナ。俺、怪我したせいで、やっぱちょっと変かもしれない」

「ううん、あたしもその、ごめん……」



 お互いに、妙な気持ちに陥ったまま頭を下げる。

 怪我したせいで――なんて、正直言って言い訳にもなってないような気もするが、アンナが納得しているからまあ、いいか。


 ……いや、良くないけど。そういうことにでもしておかないと俺は自分で自分が何を口走るか分かったもんじゃない。

 これなら、まだあの術師とでも戦っている時の方が気楽だ。だからって戦うのは二度とゴメンだが。



「……な、何か欲しいものある? 何なら、取ってこよっか?」

「ほ、本……かな」

「あ、さっき言ってたもんね! うん、分かった! ちょっと取ってくる!」



 言って、アンナはそそくさと逃げ出すようにして病室から駆けて行った。


 ……走って行ったせいか、どうも途中で看護師さんに怒られているようなのは……指摘しないでおくのが情というものだろう。

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