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戦いのその後で

 ――――ただし。その爆炎も、閃光も、俺たちのもとに届くことは無かった。


 目を開けてまずはじめに見たのは、黒い甲殻を持つ大男――アンブロシウスの体だった。



「……大丈夫か」

「ああ……助かった」



 僅かな――ほんの一瞬のことだったが、それでもアンブロシウスはなんとかこちらの状況に気付くことができたのだろう。そして、一足飛びに駆け抜けて俺とネリーを抱え上げて、あの「自爆」から逃れた。


 ……なんともまあ、危機一髪と言った感じだ。アンブロシウスがいなければ、正直どうしようも無かった。ネリーは攻撃を仕掛けている最中だったし、俺はもうロクに動けやしない。

 爆発の規模は、およそ五メートル前後と言ったところか。地面を抉り取り、木々を文字通り消し飛ばすほどの威力にも関わらず、その爆風は上空にだけ向いていた。俺たちが助かったのは、それも理由としてあるだろう。


 上空を見れば雲に穴が穿たれている。どれほどの威力を狭い範囲に絞り込んだのだろうか。



「……あの野郎、ふざけたことしやがって……」



 思わず、悪態が口を衝いて出る。

 だけれども一言、言いたくはあった。身勝手に動物を使って実験してクラインを危険に晒し、出会い頭に俺の命を奪おうともし、何も言うことなく自殺した――など。何か言わなきゃやってられない。


 俺が直接手を下したわけじゃない。そうなる直前まで追い込んだことは確かだが、だとしても殺すつもりは無かった。それだというのに……。



「ど……どうなってるんだ……? なんで、あいつ……」



 一方、ネリーはと言えば状況をちゃんと理解できていないようだ。腕は前に突き出したまま……ただ、唖然としている。



「自爆、か」



 吐き捨てるように、アンブロシウスが呟く。


 一言で言うなら、本当に簡単なことだ。あるいは、捕まって情報が漏れることを恐れたというのであれば……共感はどうしたってできそうもないが、理解はできる。情報漏洩を防ぐために自害する、なんて古今東西使い古された手だ。


 けど、あの男は「任務完了」と、そんなことを呟いていた。なら、その事実を持ち帰って報告することが優先されるはずだ。そうしないということは、何か別の伝達手段があるはずだろう。

 ……そういえば確か、ミリアムが「遠く離れた場所に声を届けるのは魔力消費が激しいので、そのための魔石は作れない」と言っていた覚えがあるが……。



「……連絡手段かもしれない」



 誰に、何を――と、明確な答えは出せないが、それも一つの可能性として論じられなければならない気がする。


 あれだけの爆発だ。上方向に爆発を凝縮させたりしなければ周囲一帯を吹き飛ばすこともできただろう。となればそうするに至った意図があって然るべきだ。

 なら考えられるのは、彼の任務完了を示す……それこそ、信号(シグナル)、だろう。



「誰に伝えるのだ?」

「さあ……な。相当、遠くからも見えただろうけど……」



 国外からも見えたかもしれない――とするのは行きすぎか。だとしても、スニギット国内……この近郊からなら確実に見えたはずだ。それなら、長距離の情報伝達手段が無くともある程度は伝わっていく。

 しかし、だと、しても――――。



「……あ」

「ん――――おい、冥王。おい、どうした……!」

「あ、あるじ!?」



 不意に、思考が途切れる。

 意識が霞み、脚がもつれる。倒れ込む(からだ)を止められない。

 やっぱり、流石に緊張の糸が解けてしまえば、こうもなるか。



「……ネリー、冥王は俺が運ぶ。お前はミリアムに報告してこい」

「わ、わかった……!!」



 意識の底に、黒い色が滲む。


 以前これに似た感覚を味わった覚えがある。あれはそう、ミリアムと出会う直前だったか。考えてみればあの時は一瞬のことだったけれど。

 今のこれは、どこかゆっくりと、深く――泥の中に沈み込んでいくような感覚だ。


 苦しい……とは違う。痛い、というのもまた違う。感覚が薄れ、消えていくような……とてもじゃないが、気分が良いとは言い難い。けど、この感覚はどうしようもなく抗いがたい。

 決して、死ぬ気は無い。けど、本当に死んでしまったら――ミリアムにも、アンナにも、みんなにも、申し訳が無いな――――――。


 ……そんなことを思いながら、俺の意識は闇の中に沈んでいった。




 * * *




 ――――で、それから。


 アンブロシウスに担がれて小屋に運び込まれた俺は、応急処置を受ける間もなく村の診療所に運ばれ――るどころか、(ライヒ)の病院に搬送され、そこで緊急手術を受けることになった。らしい。


 もっとも、その間俺はずっと意識を失って生死の境を彷徨っていたので、正直に言うと何が起きていたのかはまるで分かっていない。

 後になってミリアムに聞いたことだが、幸いなことに俺たちが魔族であることはバレずに済んでいるとか何とか。


 手術となると体を弄り回すことになるだろうに、それでバレなかったのはどういう理屈だか知らないが……詮索すると面倒そうだということで、あえて気にしないでおくことにした。命が助かったことには変わりないし。

 傷は十数か所程度。広くはないが深く、体内で炸裂したことで金属片が全身に埋め込まれたかたちになってしまったのだという。内臓のダメージも深刻で、数日は流動食程度でも摂れるか怪しいとの話だった。


 我ながら、散々な状態だったと自覚はしている。とはいえそうにでもならなければ、どうしようもなかったというのも確かであって――今更、文句を言うつもりは無……いやあるな。

 結局、あの男が何者かということは分からなかった。戦闘中に発する言葉もごく最低限のもの……あれで素性を理解しろというのは流石に難しい。

 ただ、推測ができないわけじゃあない。例えば、どこかの国の密偵だとか――少なからず、素性を隠さなければ(・・・・・・)ならない人間であることは間違いない。


 ともあれ。あれから四日ほど経ったわけだが――。



「……あの、そろそろ許してくれても」

「「ダメです」」

「いや、俺もああするしか無くって」

「無いことないでしょこの馬鹿、馬鹿、ばぁ――――か!!」

「お前そんなバカバカ言うなよ俺だってそれなりに傷つくんだぞ」



 なんのかんのと言っても俺が周囲に与えた心配というのはかなり重大なもので。

 病室のベッドの上で正座させられた俺は、ミリアムとアンナの二人に長時間の説教を受けることになっていたのだった。



「いいえ馬鹿には変わりないでしょう。どれだけ無鉄砲なのですかあなたという人は」

「い、いや……あそこで逃がして、後になって誰か死んだりしたら……と思うと……」

「自分が死体になって帰ってくる可能性を少し考えてください」

「……結果、死ななかったわけだし」

「結果じゃん。っていうかあたし、まだ何でそんな大怪我したのか、よく分かってないんだけど!」



 居心地が悪い。というか辛い。下手をすると、あの術師と戦ってて串刺しにされた時以上に辛い。


 何が辛いって、二人から責められるのが辛い。想像の倍くらい辛い。あと妙に胃が痛い。これはストレスのせいなのか、それとも内臓に突き刺さっていた金属片のせいなのか……。


 ……いや、まあ……どっちにしても、これだけ怪我をしたのは俺の見積もりが甘かったせいなんだけど。



「……だから、それは……ほら。あの時のやたら強い犬のこととか、虫害のこととか、異常なことが続いたろ。あの原因の精霊術師と戦ってだな……」

「一言相談してくれたっていいんじゃないの!?」

「……悪かったって」

「本当に悪かったと思ってらっしゃいます?」

「内心、解決したんだから別にいいじゃんって思ってる」

「正直なのは結構ですが自重しろ。いやしてください」



 最近あまり見なかった素が出てるぞミリアム。



「……けどさ。俺、少なくともあの場でどうにかする以外に被害を抑えられる方法を知らないんだけど」

「いったん戻って、なんとかできそうな人に言えばいいでしょ!?」

「で、ライヒまで行って、領主サマに陳情でも投げて、何日、何週間――場合によっては何か月も待つことになるのか? その間にどれだけ被害が出るか分からないのに」

「……ミリアムさん!」

「……はあ。えー……実際その通りなのですが、だからと言って命を粗末にするのはおやめください」

「もっと何か、こうガツンと来るようなこと言ってよー!」



 漠然としたアンナの指示に、しかしミリアムは困ったような表情で受け流すしかできない。

 実際、後になってからでもないと分からないことではあるが……俺がああしていなければ、あの術師はあのまま研究を進め、魔獣――半魔族を生み出し続けていただろう。そして、いずれは制御できなくなり、外へと溢れ出す。そうなった場合の被害は想像すらつかない。

 まあ、もし逃してたらどうなってたかなんて憶測でしか話せないんだが。とはいえそもそもミリアムもアンナもあの男と接触はしていないわけで、俺のこの惨状を見ればどんなことをするか、やりかねないか、なんてことはすぐに推測できるだろう。それが俺の言葉により信憑性を持たせる。二人もそれ以上言い返すのは難しい。


 ……いや、別に言い負かそうと思ってるわけじゃないけど。



「正直なところ、私では何を言ったところで通じるとも……」

「むぅー……」



 どこか諦めたように肩をすくめるミリアム。だいたいいつも行動を共にしているんだから、まあ俺の行動パターンくらいは分かるだろう。実際、思考の先読みくらいはしてくるし。



「ほんっと、リョーマのバカ!」

「子供かお前は」

「まだ十六だもん。リョーマだってそんな変わらないくせに! 馬鹿、馬鹿、バーカ!」

「せめてもうちょっと罵倒のバリエーション増やさないか?」

「うるさいよ! ていうかもうちょっと(こた)えてよ!」

「別に後ろめたいこと無いし」

「ムカつく!」



 だんだん知能が低下して幼児退行でも起こしてないかアンナは。

 でも、言った通り俺に後悔は無い。散々心配をかけたことはある程度反省しているが。それだって――なんというか。別に、そこまで心配することかな、とも思う。

 それは、そもそも俺がこっちの世界に来るまでにそういう感情を覚えたことがあまり無いということもあるだろうし、他人に感情移入しようにもそれだけの……良質な対人経験が無いということでもある。悪質な人間には何度も出会ってきたし、そのせいで嘘を見抜くことくらいならできるようにはなったが。


 ……もしかして俺、いわゆるコミュ障というやつでは? いや……場合によってはもう少し酷いか。下手すると人格破綻者のそれに一歩足を踏み込んでいる気がする。

 端的に言って最悪だな俺は!



「リョーマ様、アンナさんも。その辺りでやめた方が……」

「……ああ、うん」

「あたしまだ言いたいことあるんだけど!」



 なんだかんだで元々頭が冷えている俺に対し、相変わらず激した様子のアンナ。ミリアムは相変わらず――普段の慇懃無礼な様子とは打って変わって――困った様子で、俺たち二人のやり取りを静かに諫める。


 普段のそれとはだいぶ立ち位置が違う。本当なら人間嫌いのミリアムがもっとアンナに噛み付くし、アンナはミリアムのそういう態度に縮こまっていて、俺はその二人の間を取り持つ……のだが、あれか。互いに心配させられたという立場だからだろうか。今日は二人ともあまりそういうところは表に出ていない。最近のミリアムは、アンナとその周辺に対しては態度を軟化させているということもあるけれど。



「気持ちは分かりますが、通じない時点でどうしようもありません。こればかりは本人が考えを改めないと……」

「改めれーッ!」

「無茶言うなよ。というかお前どこの人間だよ」



 確かそれ北海道の方の方言じゃなかったか。何でこっちの世界で使ってんだよ。いや、魔法の自動翻訳の都合か。



「そんな憎まれ口叩くんなら、先生に言って入院代立て替えてもらうの無しにするからね!」

「……え? 先生に……ちょ、ちょ、ちょっと待て、どういうことだ?」

「あ、リョーマ知らなかったの……?」

「初耳だよ」



 というか、先生ってどの先生のことだ。

 ミリアムに意見を求めるべく視線を向けると、軽く溜息をついて口を開いた。



「クラインの診療所の先生です。以前、リョーマ様もお世話になったかと思われますが」

「いや、だけど――何で?」

「あたしに聞かれても。村を救ってくれたお礼とか、そういうのじゃないの?」



 それは――理屈としては通らないないわけじゃあない。むしろわかりやすい部類ではある。


 けど、分からない。何でそんなことをする必要があるのか?

 クラインに住む人たちは……かなり、そう。善良だ。けど、だからって入院費を全額ポンと出すような人がそうそういるものだろうか?

 こっちの世界には医療保険制度というものが無い。元の世界の基準で考えれば、だいたい入院一日あたり、平均で一万五千円……とかだっただろうか。だいたい合計四日間は入院しているはずだから……合計六万円。手術の費用がどのくらいかかるものか分からないが、十万はくだらないだろう。場合によっては百万くらいいくかもしれない。


 その全てを負担する――なんて、普通はありえない。常識外れにしても程がある。



「手術も先生がしてくれたらしいし」

「……ちょっと待て!?」

「どうかした?」

「どうかしたっていうかどうかしてるだろ!? 俺の頭もどうにかなりそうだよ!? がふッ! ゴハッ!」

「看護師さーん!!」



 唐突に聞かされた言葉に大混乱し、そのまま、興奮しすぎて込み上げてきた血液が吐き出された。

 ……こんな突然の……しかも、なんとも間抜けなことでも来てくれる看護師さんには、なんというか感謝の念に堪えない。


 ともあれ。



「い……いくらなんでもそれはおかしいと思わないか……?」

「そう? 何で?」

「村医者が執刀までするわけないだろ!」

「そうなの!?」

「ええまあ普通は」



 俺の知り得る限りという注釈はつくが……普通、クラインのような小さな村にある診療所というのは、大手術ができるような医者を置いているものではない。

 小さな……それこそ、縫合とか、そのくらいのことはするだろうと思うけれども。開腹とか……麻酔とか、そういった準備なんかが必要になる大手術は大病院に行かなければできないというのが普通だ。そちらの方が設備が整っているというのもあるが、執刀経験や専門知識が豊富にある人材がいるという点が大きい。


 果たして、あの先生にそれだけの経験と知識があるのだろうか? あるにしても、何でわざわざ自ら執刀を? その理由が見えないし、意図が理解できない。



「頭が痛くなってきた……」

「大丈夫? また看護師さん呼ぶ?」

「いや、いいよ……」



 ミリアムの方に目を向けると、彼女も同じように頭を抱えていた。

 やはり、ミリアムでもこの行動の真意は分からないと言うことだろう。いや、本人でなければその意図など分かるはずがない。だからと言って直接聞きにいくのは無謀だ。その上、アンナがいる今この状況ではミリアムと相談もできない。



「はぁ……」



 思わず、大きなため息が漏れる。

 他に打ち手が無い以上、しばらくはここに滞在して体を治すのが先決――ではあるんだけれども。急いてしまう心をどうにかするのは、やっぱり難しいことだった。

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