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場慣れの差

 明確に、俺の図星を突く――致命的とさえ言える言葉だ。その点に関しては間違いない。


――――だが。そんなもの、聞くにも応じるにも値しない。



「せぇッ!!」

「く……ゥッ!」



 ――――めき、と。音が響く。振るった拳の勢いそのままに回転して放った右脚は、男の腕を砕き折った。


 身体強化が行われているとはいえ、やはり基本的な性能はこちらの方が上のようだ。少なくとも、ガードの上から叩いて潰すことができる程度には。

 なら、この男がどれだけ場慣れしていようとも、絶対に勝てないなどということは無い。近接戦闘なら、確実に俺の方が有利だ。


 ならば……!



「おぉッ!」

「!」



 このまま行けば押し切れると、攻め急ぐ思いはあった。

 事実、確実に手傷は負わせられている。現状を鑑みてもこちらの方が優勢だ。


 それを意識してしまったからこそ、より強烈な一撃を見舞うことを考えてしまった。

 勢いよく放った前蹴りは、確かに男の体を吹き飛ばした――吹き飛ばして「しまった」。



「――かかったな」



 折れた腕をクッション代わりに、体勢を低く維持して後ろ向きに跳躍するようなかたちでわざと吹き飛んでいく男。

 その腕の痛みは想像を絶するものだろう。事実、吹き飛んでいくその直前には脂汗が噴き出しているほどだった。


 しかし、既にこの戦いにおいて使い物にすらならない腕を捨てるのは判断として間違っていない。俺自身もその判断に驚愕し、一瞬――――男が術式を構築するのを見逃した。



「しまっ―――――」



 吹き飛んでいくそのさなか、精霊術が起動し、地面に魔力が降り注ぐ。

 ほんの一秒にも満たない間に、干渉を受けた地面はその組成を、形を変え――――硬質な刃となって、四方から俺の体へと突き刺さった。



「ガッ……!!」

「これは、効くか」



 (もも)に両脇腹――下半身を重点的に刺し、抉り突かれる。

 吹き出す血液が地を染める。足止めか、あるいは……言葉の通りなら、ただこちらに有効な攻撃かどうかを試しただけか。どちらにせよ、これならまだもつ。


 傷自体はそこまで深くない。骨まで達したものは無く、殆どは筋肉が止めている。だが、このまま同じ攻撃を二度、三度と食らえば、出血の量も増えるだろうし、それに伴って動きも鈍ってしまう。

 ――続けざまに、着地した男の手の周囲に魔力光が迸る。

 このままやらせるわけにはいかない。だが、どうやってこの地面から突き出す刃への対処を行う?

 跳ぶか、それとも退くか――後者はありえない。ここで退けばあの男も逃げてしまう。しかし、ただ跳躍するだけというのも下策に過ぎる。着地したその瞬間に落とし穴でも掘られて串刺しにされるのがオチだ。


 ならば。

 ――ならば。



「う……おぉぉッ!!」

「な――!?」



 前に出る。

 力ずくで四方を囲む刃を折り砕き、男が術式を発動させるその前に、懐へと潜り込む。

 体に刺さったままのものは刺さったままにしておくしかない。下手に抜けば血が無駄に流れ出すだけだ。



「せあァッ!」

「ごはッ!!」



 抉り、貫くようなボディブロー。骨の折れる嫌な音が響き、吐き出した血が地面を染める。

 骨が折れて刺さったのか、それとも内臓を直接傷つけたか――今はどちらでもいい。このまま立てなくなるか、意識を失うまで攻撃を続けるしかない。


 もう一発――! 



「このォッ!!」



 この距離ならば、二度同じことはできない。自分を巻き込んで、自爆覚悟で攻撃などしてこない――そのはずだった。



「――は」



 直後に、僅かに男の口に嗤笑が浮かぶ――――甘く見たな、と。

 既に展開していた術式は消えず、むしろその輝きを強めている。


 その意味するところは。



「あ、がッ――――!」

「ギッ……!」



 一切の躊躇なく、男は精霊術を発動し――諸共に、四方から俺の体を刺し貫いた。

 先程よりも遥かに強く、頑強な刃だ。四方の地面から伸びてくる細身の刃は、男の急所だけは避けるように伸び、そのまま俺の身体を取り囲むように……あるいは、空間に縫い止めるようにして突き刺さった。


 腹、喉、頭、心臓。到達する目前に体を(よじ)って致命傷だけは免れたが、傷が深いことには変わりない。この男に直撃することを避けて、細剣(レイピア)のように細い刃が構築されたことが不幸中の幸いだっただろう。喉に刺さりかけたそれは頸動脈を切断することだけは免れ、腹部に刺さったそれは肺や心臓を貫くことは無かった。頭部を狙ったものは、頬と――左目を、僅かに傷つけるのみだ。


 それでも、痛いことには変わりない。

 全身を燃えるような熱が襲う。精霊術――ではない。許容量を超えかねないほどの痛みを、脳が「熱」と認識してしまっているだけだ。



「が、ああああぁぁ!!」



 思わず、悲鳴が漏れる。

 途切れかける意識を、叫びによってなんとか繋ぎ止める。

 ――そこへ。



「おぉッ……!」



 言葉と共に、男が刃に術式を刻み込む。

 たった一節、ごくシンプルな術式だ。朦朧とした意識の中で捉えたそれは、恐らく致命的なものだと理解していながら、痛みのせいで体もまともに動かせず――。



「ご、ガハッ!」



 突き刺さった刃が、体内で爆ぜた(・・・)

 内臓か肺でも傷つけたか、喉奥から血が溢れ出す。

 意識は先程以上におぼろげで、歯を食いしばっていてもなお口の端から血が流れていく。腹部の傷口からの出血もまた、更に増えていく。


 まずい、どころの話じゃない。数分もすれば死ぬかもしれない。

 だとしても、退くことはできない。退けば、この凶刃が俺だけでなく村の人にも向かう。この男はきっと、そのくらいのことはやる。何の躊躇も無く。


 そんなことは許されない――許されるものか。



「ッ――――」



 もうこの期に及んで隠蔽だの何だのと言っていられるものか。

 殺されるかどうかという瀬戸際なんだ。本当に動けなくなる前に、俺が死ぬ前にこの男を仕留める。それしかない。


 果たして、ネリーとアンブロシウスはこの状況を理解しているのか、いないのか。どちらにしても、来るなと言って正解だった。先走りがちなネリーでは、俺と同じ轍を踏みかねない。

 ……あ、いや。いた。視界の端――見たところ、こちらを気にして焦っているネリーをアンブロシウスが押し留めているという形になるか。


 今はそれでいい。まだ、そのタイミングじゃない。



「ぐ……ゴホッ……」



 地面に崩れ落ちる最中、血の塊を吐き出す。


 先程の攻撃は自爆覚悟で繰り出したものだ。ある程度調整して術式を組んではあっても、殆どゼロ距離で放った以上、ヤツにも地面から突き出す刃は刺さっている。例えば脇腹、太腿、肩――俺に比べれば微々たるものとはいえ、やはりダメージ自体は隠しきれていない。


 ならば、ここから――と。

 不意に、体の痛みが徐々に薄れていることに気付く。

 何だろう。意識自体は、それなりに鮮明だ。だが、この感じは……?



「――毒は、どうだ」



 傷ついた体を引きずって、こちらににじり寄りながら、男が呟く。


 成程、(そういうこと)か。

 体内で刃を炸裂させた術式に、毒を生成するものが混ぜられていたのだろう。だとするなら、こうして痛みが薄れている――少しばかり体が痺れているのにも、説明はつく。


 だが。

 だが――――甘く見たな(・・・・・)と。


 今度は、俺の方が告げる番だ。



「――――ありがとよ」

「な…………ッ!?」



 驚愕に満ちたその表情は、紛れも無く奴に隙が生じたことを示していた。

 しゃがんだその状態のままに、水面蹴りの要領で男の両足を刈り――――立ち上がり、打ち下ろすように。



「おおおぁッ!!」

「ごはァッ!!」



 体勢を崩した男の腹部に、拳を振り下ろした。

 メキメキと、肋骨でも折れたのだろう音が周囲に響く。同時に吐き出す多量の血液は、男のダメージの深さを物語っていた。



「逆効果だ……残念ながらな」

「ご……ガ……は」



 何故だ、と男の目が訴えかけてくる。


 魔族に毒の類はそう簡単には効かない。たとえ効果があったとしても、軽微なものになる。それは以前、普通の人間なら一口齧るだけでも死にかねないような毒リンゴを食べたというのに大事に至らなかったという事実が証明している。

 恐らく、男の組んだ術式によって生成されたのは、体の自由を奪う神経毒だろう。だが、その効果が薄まって鎮痛剤か何かのように作用した……と言ったところか。この痺れのおかげで、痛覚が遮断されて最効率で動くことができた、らしい。


 ひどい偶然だ。この男としても、確実に俺を殺す――か、ないしは捕獲しようとしていたのだろうが、それが裏目に出たということか。

 先程の反応から察するに、この男も俺が魔族かどうかを判断しかねていたのだろう。今の今まで殆ど口を利かずに情報を隠していたことが、功を奏したか。



「は……っ」



 その一方で、体がどんどん重くなっていく。


 流石に無理をしすぎたか。でも、この程度で音を上げていられない。

 ……あの洞窟の中から感じた臭いは、十中八九この男が作り上げた半魔族のものだ。とすると、制圧するにもネリーとアンブロシウスの力は絶対に必要になる。


 既にこの男も戦闘不能のはずだ。まずは、二人を呼んで――――。



「――――――はァ」

「……な……・」



 しかし、男は起き上がった(・・・・・・)

 到底、、常人では耐えられないはずの一撃を受けて。骨を断った――そのはずだというのに。



「ッ……術式……」



 そこで、男の手の中の残光に気付く。

 精霊術を発動するのに必要なのは、魔力と術式だけだ。言葉を発する必要は無い。そして何より、必ずしも音が生じるわけでもない。

 ならば、治癒の術式を用いたのだろうということは容易に想像がつく。魔法と違い、精霊術は万人が扱えるもの。となれば、適性など関係なく扱うことができたとしてもおかしくはない。


 ……俺も自分の怪我のことにばかり意識が行っていたのは確かだ。発動したことに気付かなくても当然だ。だが、この局面で――――!!



「……成程……嗅ぎつけてきた……だけは、ある……か」

「何を……」



 何を言いやがる、と。思いはすれども言葉にならない。

 駄目だ、思った以上に血が足りない。さっきまでは明瞭だったはずの意識も、徐々に揺らいできている。



「だが……ごほっ、これで……終わりだ」

「……!?」



 男の手元に、術式が展開する。

 未だかつてない異質な……俺の体に刻み込まれた冥王の記録を辿った上で言うならば、例えばそれは精神に干渉するかのような――――。



「この男を――殺せ」



 ――そして。その言葉に呼応するように、岩壁が崩れた。



「な――――!?」



 それは、本来およそ思い至るべきでない事態だった。

 この男は先程、俺が攻撃した際にはこの岩壁を気にするような素振りを見せていたはずなのだ。つまり、本来ここに収められていたのは見られたくないはずの存在、そのはずだ。

 いや、何事もありえないと一概に切って捨てることはできない。もっと重要な問題はそこではなく。



 枷を解かれた半魔族――――!!

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