ワイルドチルドレン
数時間ほどして、日が高くなってきた頃。
そろそろ昼食を取るべき頃かな――なんてことを考えて家に戻った俺たち三人を待ち受けていたのは、正座して顔を俯けるネリーとリースベット、そしてその目前で仁王立ちしたレーネの姿だった。
「何があった!?」
思わず、叫びださずにはいられなかった。
いや本当に俺たちが見てない間に何があったんだ。ネリーがレーネを怒らせているのは……前もあったから驚くまいが、リースベットまでもが正座させられているのはどういうことなんだ。アイツ何かしたのか。
「あ、リョーマさま……」
流石に叫び声が聞こえたらしい。その表情に怒りを湛えたまま……その一方で、少しだけ困ったようにこちらを振り向いた。
二人は――――正座が辛いのだろう。先程からずっと渋面を浮かべている。
「二人とも。何したんだ……・?」
「な、何って……ただ、そろそろハラへってきたから、リースベットと何かたべないかって言って……」
「かってに地下のお肉食べようとしてたんです」
ネリーの方へ視線を向ける。
目を逸らされた。
「……で、何でリースベットまで座らされているんだ?」
「『構わん、余が許す!!』って……強引に……」
リースベットへ視線を向ける。
また目を逸らされた。
「何してんだお前ら」
「ハラがへるのが悪い」
「いや、余の過失だ。許せ冥王。あとそろそろ立ち上がっても」
「ダメ」
……もしかすると、レーネは俺が思っているよりだいぶ苛烈な性格をしているのではなかろうか。基本、そういう姿を見せる必要が無いだけで。
今回に関しては事情が事情だということもあるが、もうちょっと……こう。なんとかならんものだろうか。せめて言って聞かせるとか。
無理か。レーネだってまだ十歳そこらの子供だ。対人関係に難もある方だし、あまり期待を押し付けすぎるのも酷だろう。
というか何でこっちの世界にジャパニーズ正座が伝わっているのだろう。拷問用か何かか。
「いや、立っていいぞ二人とも。むしろその方がいい」
「うむ? そうか――――うあああああっ!?」
「な、リースベ……ぎゃあっ!!」
……慣れない正座はキツかろう。
それに加えて足の痺れが来たとなれば尚更に苦しかろう。俺だって曲がりなりにも日本人なので、俺もその気持ちはよく分かる。
よく分かるのでしばらくそうしていてほしい。限られた食料に手を出そうとしていたことは事実のようだし。
「……何をなさっているんです?」
騒ぎを聞きつけたミリアムが、こちらの様子を窺いにきた。
足を押さえて転げまわる二人の様子を不思議に思ったのか、先程からしきりに首を傾げている。
「ちょっとな。二人がつまみ食いをしそうになったらしくて」
「はあ。はあ!?」
「俺は別に少々構わないんだけど」
「は!?」
俺が割と大雑把なせいもあるが、だいぶミリアムにフォローを任せている部分が多い。手が回らない――というか、他のことに手を回そうにも、時間や、金や、その他諸々――不足しているものが多すぎて何もできないというのが正しいのだが、物資の帳簿付けなんかに関しても、今現在はミリアムに任せてしまっている部分はある。
食料に関しては、いつでも俺が監視していられるというわけでもない。夕食を一緒に取れないということだって少なくないし、どれだけの量の食料が減ったか、というところまで気が回らないことも多い。だから、ミリアムが過剰に反応しても決しておかしくないし、むしろ妥当な反応だと承知してはいる。
でも俺個人としては、別にいいんじゃないかな、とも思うわけで。
「いいんですか、リョーマさま……?」
「俺は別にいいと思ってるよ。腹が減るのは辛い。辛いと、悪い考えが出てくる。やたら悲しくなったり、気持ちが不安定になる。そういうのは良くないだろうからさ」
「あの。まさかとは思いますがそれ経験談じゃないでしょうね」
「経験談かな」
即座にミリアムから送られてくる視線が痛ましいものを見るようなものに転じた。
本当にそういうのはやめろ。今まで気にしてなかったのに急に辛くなるから。
「……じゃ、じゃあ、いいんじゃないかっ!」
ここぞとばかりに、のたうち回りながら言ってのけるネリー。
……いや、まあ確かに俺はいいんだが。
「俺はいいけど、レーネとミリアムとオスヴァルトは怒るよな、多分」
「うっ……」
「だからちょっと我慢して、みんながいる時に食べよう。な?」
「……わ、分かった……」
「う、うむ……余も分かった……」
幸いなことに、二人とも俺からの提案に素直に頷いてくれた。
足は未だに震えているし、そこかしこにぶつけて痺れに悶えてもいるが。
「あ、あの……リョーマさま。ごめんなさい……」
「……え。何が?」
不意に、レーネが申し訳なさそうにこちらに頭を下げてきた。
まるで意味が分からない。俺もレーネも、何かしてしまったのだろうか。何をしでかしてしまったんだ。
もしかして本当は何かやっておくべきことをしていなかったとかあるか? あれ? ――――あれ!?
「わ、わたしがもっとちゃんと、二人にそういうこと言えてたら……」
「あ、ああなんだ、そんなことか。気にしてないよ。むしろ、俺の方が助かった」
「え?」
「最初にレーネが怒ってくれてたから、後で俺が言ったことも素直に聞いてくれたんだよ。本当なら、こんなに簡単には聞いてくれなかったと思う」
要は、アメとムチだ。俗的には良い警官と悪い警官とも言えるか。
先に思い切りヘコませておく――精神的に傷をつけておくことで、後に続く優しげな言葉を聞いてもらうための素地を作る。本来なら、俺がまず二人を叱って然るべきだったのだが、その役割を既にレーネが代行してくれていた。本人はそういう意図は無かっただろうが、正直に言うと非常に助かる。アンブロシウスにも言われたが、俺はどうもまず他人には甘いようだから。
「そ、そんなこと……ない……です」
「いいや、そんなことあるよ。ありがとうな。レーネも……別に気兼ねすること無い。後で言ってくれれば、俺は構わないから」
「あ――――は、はいっ」
だから宥めてる最中にも「そんなこと言っちゃって大丈夫か」的な視線を注ぐのをやめろミリアム。
俺だって食料が有限だということくらい承知しているんだ。その上ででも、三人とも気兼ねなく食べていられるのが一番いいんだ。子供なんだから、余計な気を回さない方がいいはずなんだ。
……じゃあ頑張れ俺って話だな。うん。大丈夫だ。俺はやればできる方だ。多分。
「では、そろそろ昼食にしますか?」
「あ、ああ……そうだな。けど、オスヴァルトは?」
「外でアンブロシウスと話しています」
「そっか。じゃあ、とりあえず作ろう。レーネ、手伝ってくれるか?」
「はいっ」
「あの。私は……?」
「俺がやるから座っててくれ」
……そもそも、言ってはなんだがミリアムはちょっと……こう、作る料理がいちいち大雑把だ。
味付けといい下処理といい……まあ、魔族の歯の頑強さや顎の力を考えれば、多少堅かったり筋が残っていたりしても何も問題ないだろう。しかし、感じる味は人間の時とそれほど変わらない――というか、より敏感になっている。というのは、不味ければより不味く感じるということでもある。
これがミリアムの場合、その辺をまるで考慮しない作り方なのだ。まるきり栄養だけ摂取できればそれでいいというような。
そういう状況に置かれていたらしいというのは理解できる。過去の戦争も経験しているみたいだし、その戦争が終わってからというもの、他者に会うことも無かったという事情もある。
……はっきり言ってしまうと、あれだ。一人暮らしで適当に作った男の料理によく似ている。
というか俺もそういうものを作った覚えがある。
「七人だから……どのくらい、いりますか?」
「どうだろうな。皆が食べる量は把握してるけど……リースベットはどのくらい食べる?」
「余はネリーと同じくらいが良い! アンブロシウスは通常の倍は必要になろ……うにいいいいいいまだ痺れるぅぅ!!」
俺たちが外に出ている間にネリーとリースベットが仲良く……仲良く……?
……どっちかって言うと、二人して同じ目に遭わされて連帯感が生まれたと言ったところだろうか。さしずめ、吊り橋効果の友情版と言ったところか。
こっちもこっちで誤算ではあるが、まあ仲良くなってくれる分には構うまい。レーネとはまだしばらくぎこちないことになりかねないが、近く話の席を持ってどうにかしよう。
しかし、アンブロシウスは普通の倍か。あれだけの巨体だ。そうなるのも致し方ないことだろうが……本格的に食料供給について見直す必要がありそうだ……。
「それじゃあ……」
問題は、料理をどうするかか。
分けてもらった熊肉はまだ相当な量地下に冷凍してあるんだが……パッと思い浮かぶ料理は熊汁――熊肉の味噌汁と、カレーと言ったところか。
しかし、こちらの世界にはカレーも味噌も無い。香辛料は流通に乗っていることを確認したから、頑張ればカレーらしいものも作れそうだが……麹菌があるかどうかについては、いまいち分からない。
日本ではご家庭で作る――と銘打って、味噌の作り方をネットで公開しているが、そこでまず用意する必要があるのが種麹と大豆だ。最悪、大豆ではなく別の豆類を用意すればそれっぽいものができるらしいと聞いたこともあるが、麹菌が無ければ本当に話にもならない。あちらでは専門の業者が製造販売しているとのことだが、勿論、こちらの世界にそんな業者がいるとは思えない。
かと言って自分でそれをやろうというのは難易度が高すぎる。麹菌の繁殖のためには米がうってつけだと聞いたが、その米がこちらの世界で一度も確認できていないのだから。
……じゃあどうするか、だが。一応、考えが無いわけではない。既にアンナに料理法なんかは聞いている。
「シチューにでもしようか」
「シチューですか! シチュー好きです!」
顔をほころばせ、年相応な風に身振り手振りを交えて喜びを表現するレーネ。
料理一つでここまで喜んでくれると、こちらもなんだか嬉しくなってくる。
「あ……でも、シチューって、作るのむずかしいって……」
「大丈夫。できないことはしないし言わないよ」
言って、地下に保管してあるいくつかの食材を取りに向かう。
ハンスさんに都合してもらった形の悪い根菜、玉ねぎ、それから、前もって購入しておいたトマト缶と――もう一つ、銘柄等の入っていない、瓶詰の茶色いソース。熊肉はブロック状に切り分け、二キロほどを紙に包んで持って上がる。
相変わらず右腕は痛むが、一々気にしてもいられない。
「っと」
そういえば、忘れていた。もう一本――工程を簡略化するなら必要ないかもしれないが、あるに越したことも無い。
赤紫の液体を収めた瓶をもう一本手に取って、今度こそ俺は地下室を後にした。
ところで、この山小屋には調理設備が無い。
いや、正確なことを言えばあるにはあるのだ。外に。
木造建築だから、火が燃え移ったりしないようにするためだろう。現状、暖炉以外に火を扱うような設備は小屋の中に無い。いちいち外に出て調理しなければならないのは不便なことこの上ないが、状況を鑑みれば致し方ない。俺だって、この家が燃えてしまうのは非常に困る。
何なら、地下にそういう設備を作ればいいのだが……流石にどうだろう。俺とミリアムとレーネ――クラインに周知されている、この小屋の住人である三人が扱うには、はっきり言って外のボロボロな調理設備でも十分だ。まあ、調理設備だの何だのと言っても、石で組まれた竈くらいのものだが。
「とりあえず、レーネ。これ切っちゃってくれ」
「はいっ」
予め肉はある程度の大きさまで切っていたが、それ以外はまだ何にも手を付けていない。
肉は先にある程度火を通しておくべきだと思って……というのもあるが、加えて言うならレーネがそれを希望したからというのがある。俺は決してこちらの調理に詳しいわけではないが、最低限のスキルはある――酒場で働いているうちに学べた――はずだ。
しかし、元々レーネも過去に村で暮らしていた頃に料理の経験があったからか、それなりに手際が良い。それほど教えることも無いだろう。
「んしょ」
勿論、こちらで使う調理器具は和包丁ではない。どちらかと言うと、大ぶりなナイフに近い刃物だ。手法も引き切りではなく押し切り。魔族の腕力なら、ある程度どんな切り方でも切れるだろうが……下手をすると刃が潰れかねない。
なので、俺は大雑把に食材を切る時には冥府を用いている。刃が潰れる心配も無いし、元手も必要ない。無料だ。木を伐るにも便利だし。問題は、そんな風に使っているのをミリアムに見られると、苦虫を噛み潰したような顔をして見せることか。いつものことだが。そろそろ慣れろよ。
ともあれ。
術式を起動し、枯れ草に火を灯す。
日本にいる時に、火おこしの方法でも学べば良かった――なんて、後悔せずに済むのは、正直に言って助かる。保存、保管、その他諸々の観点からすれば氷の魔法を会得し、修めることが第一だが、やっぱり火が使えると非常に便利だ。土もある程度操れるようになったから、もっと頑張れば術式の解釈を拡大して石、鉄――と、段階を踏んで操ることのできる者が増やしていけるだろう。そうなれば鉄器が作れる。フライパンや中華鍋だけじゃあない、包丁や食器、グリルなんかも作れるようになる、はずだ。
「まずは……肉かな」
底の深い鍋に獣脂を落とし、溶かす。
温度が高まり、液化した油に気泡が浮き始めた頃合いを見計らって、逐次熊肉を投下していく。
日本にいた時に作った経験と照らし合わせれば、そう難しいことでもない。多少の違いは作っていくうちに補正できるだろう。
「玉ねぎ切れたか?」
「はい!」
肉の色が変化していくのに合わせて、レーネが細切りにした玉ねぎを鍋の中に投入していく。
あとはこれがきつね色になるまで炒め続ける。これが圧力鍋なら多少大雑把に作ったところで何ら問題ない程度の出来にはなるが、生憎と今使っているのはごく普通の鍋だ。手順を違えるとどうしても味に影響してしまう。芯が残って硬くなったり、場合によっては臭みを感じることになってしまう。
「っと。忘れてた」
「リョーマさま、それは……うっ……何ですか、それ……?」
蓋を開け、ドパドパと赤紫色の液体を投入していく。
……そういえば、レーネはこういうのを見るのは初めてなのだろうか。
「お酒だよ。ワイン」
「ワイン……ですか?」
不思議そうに見つめてくるレーネ。
ワインに限った話じゃないが、こちらの世界でも酒類というのは基本的に嗜好品だ。精霊術のおかげで、水道技術の発達に至るまでも無く安全な水を得られている以上、かつてあちらの世界であったように、水の代わりに飲むというような必要も無かったのだろう。寒冷地では体温の維持のために好んで飲まれているし、比較的安価でもあるらしいが……クラインの周辺では、やっぱり嗜好品、ちょっぴり高級なものとして扱われることには変わりない。
しかし、これに関しては少しワケが違う。
「ああ。酒場で働いてたら少し分けてくれたんだ」
「へぇー……」
店主――ダミアンさんが言うには、すぐに日当を出せないことの代わりなのだという。
正直、赤とか白とか、そもそも酒自体よく分からないのだが……それでも、調理用として見れば非常に価値が高い。正直、ただ給料をもらうよりも遥かに嬉しい出来事だった。
……まあ、俺はそもそもあちらの世界で学生だったし、ミリアムも嗜好品を楽しむような余裕も無かっただろうし、そのまま飲むような使い方はできなかったわけだが。こうして料理に使えるなら十分だろう。
「ちょっと臭いが強いけど、我慢してくれるか?」
「だ、大丈夫ですっ」
そういう割には、思い切り目を瞑って鼻も抓まんでいるが――まあいいか。茹でるうちにアルコールも飛んでいくだろう。
沸騰した頃に、続いてトマト缶の中身を鍋にブチ撒けた。
「トマト……? シチュー、ですよね?」
「シチューにも使んだよ、トマト。知らなかったか?」
「あ、はい……見たことなかったです」
……まあ、意識して調べでもしなきゃ、そうそう見るものでもないか。俺だって教えられてなきゃ、市販のルー以外での作り方なんて知らなかったし。
「あとは、グツグツ言うまで煮込んだら水を入れて、沸騰させる」
「はいっ」
言いつつ、レーネは容器に入った三リットルほどの水を鍋に投下した。
……この年頃の子がこの量の水を軽々と持ち運ぶのは、やっぱり違和感があるな。
ともかく、それに伴って、レーネが切っていた根菜類を投入する。確か、記憶が確かならこのくらいのタイミングで入れた……はずだ。
ともあれ、そんなこんなで五分ほどすると徐々にスープが沸騰してくる。ぐつぐつと気泡が浮き上がってくると共に、それなりの匂いが周囲に漂い始めた。
「で――これで最後」
「それはなんですか?」
「ブラウンソースって言うんだ。これも酒場で貰ってきた――っていうか、俺が作ったのを詰めてきた」
「リョーマさまが作ったんですかっ!?」
「うん。まあ……酒場で、教えてもらいながらだけど」
流石に店で出すのは――ということで、結局こうして持ち帰るしか無かったわけだが、もしかすると酒場の店主はこういう事態を見越していたのかもしれない。
そうでなくとも、料理を教えてもらったりと感謝には耐えない。本当に、今の俺は人に恵まれている。
「あとはこれをしばらく煮込めば完成だな。どうかな。それっぽく見えるか?」
「大丈夫です! おいしそうですっ!」
と、答えるレーネは、いつになく興奮したような様子だ。
そんなに好きなのだろうか、シチュー。こういう凝った料理を食べるのが久しぶりという事情もあるだろうか。
「あとは、パンがあったらいいなって思ったんですけど……」
「ん……パンか」
悪くない。いや、間違いなく相性は良い。
個人的には米で食べたいような気がしないでもないが、邪道の誹りを受けかねないので考えるだけに留めておこう。
……いや、でも。相性は良いよな。ビーフシチューと米。




