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押し寄せる不安

「ところで――冥王よ。逆に、聞いても構わないか」

「ん、どうした?」

「大したことではない。何故俺を助けたのかという疑問だ」



 充分大したことある重苦しい質問が飛び出した。



「……そもそも、お前の言うそれ(・・)らが目的ならば、俺を生かしておく理由は無い。下手をすると、邪魔にしかならんはずだ。何故だ?」

「え、いや。別に、何も?」



 何故、と言われても……大した理由なんて無い。


 その意志を示すために告げると、アンブロシウスの動きが文字通り停止した。

 ミリアムの視線が痛い。まるで俺の考え無しを再確認したとでも言いたげな――――。



「……リョーマ様が行き当たりばったりな方だと再確認しました」

「言葉にしたなお前」



 こいつも大概慇懃な割に無遠慮だな毎度毎度。

 いや、いいんだけどさ。俺も力不足でミリアムの期待に十分添えていないことは理解しているし。



「……馬鹿なのか?」

「ちょっとヒドくねえ?」



 時に事実を指摘することは何にもまして相手を傷つけかねないと理解しているのか!

 事実だけど!



「いや、俺だってそりゃあ打算の一つもあるぞ! ……多分」

「何でご自分で理解していらっしゃらないのですか」

「生きるか死ぬかの瀬戸際にそんな細かいこと考えられるほど器用じゃなくって……」

「……俺が言うのもどうかと思うが……所詮は、虫だ。お前からすれば取るに足らぬ存在だろう」

「それって、助けちゃいけない理由になるか?」



 訊ねると、二人が揃って押し黙る。

 片や、俺の言葉を吟味するように。片や、生活費が肥大化することを責めるべきかどうかを迷っている風に。


 ……なんだかいつも苦労をかけて本当に申し訳ない。



「どうしても何か理由が欲しいなら……何がいいかな。俺の趣味か、ミリアムのせいだとでも思ってくれればいいよ」

「はい!?」

「……ミリアム。お前は……何をしたのだ?」

「何と言われましても……」

「俺の命を助けて、生活面のサポートもしてくれてるし、魔法についても教えてくれるし」



 言うと、どこか居心地悪そうにミリアムは頬を掻いた。


 事実上、ミリアムが俺をこちらの世界に呼び出すことをしなければ一度死ぬようなことも無かった――からこそ、どこか罪悪感というものがあるのだろう。

 けど、俺にとってそれが救い(・・)になったことには変わりない。あのままあちらの世界にいたら多分、俺は精神的に壊れていただろうから。



「多少は他所(よそ)に還元したっていいじゃないか。なあ?」

「普通の方はそうは考えないと思いますが……」

「……奇特なことだな」

「えー」

「だいいち、その恩の押し売りで家計が厳しいということは理解しておられますか?」

「ゴメンって」



 自業自得ってことで俺も食費の節約に貢献してるし、許してくれ。

 ……と言ったところで、「ご自分の食事を減らすことが節約になりますか」と怒ってくるんだよな。怒る気持ちも分かるんだが、俺は俺で酒場やレッツェル家で働いている時に時々食べるものを貰っているからいいと言っているというのに。


 ボヤくミリアムに謝罪を続ける中、唐突にアンブロシウスが鎧の下で喉を鳴らした。


 笑っている……のだろうか?



「甘い男だ。いずれ痛い目を見るぞ」

「その時は俺だけ痛い目見るようにするよ」

「……無茶苦茶を言う」

「だろうな」



 自分で言ってて無茶苦茶なことを言っていると自覚はある。

 でも、まあ――――あくまで目標だし。



「けど、目指すだけなら誰に迷惑をかけることでもない。それに、もし実現できるなら、それが一番いいじゃないか」

「……甘ったるいな」



 もっと言ってやれとでもいうようなミリアムの視線がアンブロシウスに注がれている。そんなに言うほど俺の方針は甘っちょろいか。


 ……甘いか。間違いなく。



「――――だが、その甘さに救われた者がいる。俺は、嫌いではない」



 言って、アンブロシウスはこちらに背を向けて、通用口の方に歩き出した。

 ええと――なんだ。これ。あれだな。



「……真っ正面から言われると、すっげえ恥ずかしいな……」

「何を乙女のようなことを言ってるんです気持ち悪い」



 素っ気なくも、率直な感想が返ってきた。

 まったくもって妥当な評価だと思う。



「しかし……なんだ、昨日今日知性を得たばっかりなのに、よくあれだけ考えられるもんだな……」

「そこまで驚くべきことですか?」

「普通驚くだろ」



 コイツ俺よりよっぽど神経太くないか。

 というかちょっと慣れすぎてないか。いや仕方ないんだけど。



「だいぶおかしいんだよ。あの魔族化の術式って。前々から思ってたけど、どうしたって長い年月生きてたら精神的には歳をとるわけだろ?」

「精神的にも取りませんよ、歳」

「は?」

魔族(われわれ)は肉体的には簡単に老化しませんので、そのバランスを取るために精神的な劣化を防いでいるんです」



 確か、魔族は人間の百倍ほど長く生きるはずだ。それと同じペースで老化、成長していくのだと考えると、納得は行く。

 もしかすると、肉体的に若いような時期が長いのかもしれない。なんだかそんな話を昔の漫画で見たような記憶もあるが。



「それって、赤ん坊も……?」

「いえ。それでは不便ですので、おおよそ十歳くらいまでは精神的、肉体的に成長するようになっています」

「……十歳?」

「ええ。十歳です。それが何か?」



 ……十歳か。


 レーネたち年少の子がだいたいそのくらいだが、そうなると、彼女らはだいぶ長いこと肉体的に成長できないわけか。


 いや、それ自体はまだいい――――いや良くはないが、その言葉でどうしても思い起こされるのは、エフェリネのことだ。

 エフェリネは十歳くらいの頃から成長が止まっている。本人は嫌がるだろうにしても、あまりに符号が一致しすぎている。


 ……そろそろ、隠し通すのも辛いな。ミリアムも薄々分かってはいるだろうけども……。



「……ミリアムさ、当代のギオレンの霊王……見たことはあるか?」

「ええ、新聞や雑誌で何度かという程度ですが」



 あるのかよ新聞!?

 あるのかよ雑誌!?

 クラインじゃ一回も見たこと無いぞ!!



「情報収集にと、人目を忍んでライヒに行って――あのリョーマ様、何故そんな渋い顔を?」

「俺の情報収集能力(アンテナ)がどれだけ低いかって……」

「いえ、比較的時間のある私にしかできないと思って走って行き来しているのですが」



 確か、ライヒ――クラインの隣町でこの近隣一体の領主の在住地――までは、それなりに距離があったはずだ。魔石車を利用すれば、朝八時ごろにクラインから出発する便に乗れば昼前に到着するから、だいたい三時間前後……距離にすれば……ええと。仮に時速四十キロとして、三時間休みなく走り続けると、百二十キロ前後か。


 ……ともかくそれなりに距離があるはずだが、その程度の距離を走破すること自体は問題ないらしい。前に一度、フリゲイユ学術都市に赴いた時に道を見ていたおかげだろうか。



「……ともかく、その霊王――エフェリネ・フルーネフェルトでしたね。彼女のことは、世間で知られている程度には知っているつもりです」

「なら、話が早いな。俺は、その霊王が……ある種の、天然(・・)の魔族なんじゃないかと疑っている」

「天然……ですか」

「突拍子もない話か?」

「いえ。ありえないとは断じきれません。体内の魔力が、常人よりも遥かに多い――魔族に近しい体質なのも確かでしょう」



 しかし、と前置いて――しかし、ミリアムは一拍考えるように間を置いた。


 あくまで俺から聞いた話しか判断材料にできないからだろう。冷静に、魔族としてと言うよりはあくまで客観的な判断をしようとしているように見える。



「その話に関しては、ただ成長が遅れているだけだと思いますが――少し違和感がありますね」

「そうか……分かった」

「少し、時間ができたら調べてみても構いませんか?」

「ああ。俺よりミリアムの方がよっぽど詳しいだろうし、頼むよ。精霊術師のことも気になるし」



 むしろ、こちらから頼みたいくらいの話でもある。例の術師が完成させようとしている術式に関係があるという可能性も否定はできないし、疑問は早期に解消してしまいたい。



「……人間では完成しようが無いんですけどね、その術式……」



 ぽつりと、不意にミリアムがそんな言葉を呟き落とした。



「どういうことだ?」

「大したことでもないのですが……一言で言うなら、魔力の()のせいです」

「……質」

「はい、質です。本来、人間の肉体にはほとんど魔力がありません。となれば、他の生物を人間が魔族化するためには外から魔力を注ぎこむ必要があります。が、そもそも人間が扱える魔力というのは全て化身――精霊の影響下にあるんです」



 精霊はそもそも魔族が絶滅するよう代行者を差し向けた張本人だ。その影響下にある魔力――となると、まあ推して知るべしと言ったところか。



「結果、注がれた魔力が内部から拒絶を起こし――あとは、ご覧になった通りです」

「ネリーやリースベットみたく、痛みで狂暴化するわけか」



 その上、身体能力だけは爆発的に向上している。目的はともかくとしても、面倒なことをしてくれたものだ。

 だがそうすると、一つ気になることがある。



「……その魔力なんだけど、精霊からの影響を遮断することはできないのか?」

「人間である限りは不可能でしょう。どうあっても、最終的には術式を使うことになるわけですから」

「ああ――そうか。それもそうだ」



 確かにそれなら不可能だ。魔法と精霊術の、そのどちらもが「術式」という共通の規格を用いるが――しかし、精霊術によって起こる現象は魔法のそれとは異なり、精霊が管理・制御することで簡略化、平易化して普及しているものだ。元々魔族は精霊によって滅ぼされたようなものだし、その精霊術を用いて魔族を増やそうなど、矛盾もいいところだ。


 もっとも、だから静観していていいというわけではないわけだが。



「……ところで、木材ってあとどのくらい必要になるかな」

「さあ、建築の知識が無いもので」

「急に不安が押し寄せてきたんだが」

「オスヴァルトが割合知っているようですし、大丈夫でしょう」



 特に何も考えず行動した俺も俺だが、ことここに至って楽天的に考えられるミリアムもミリアムだ。人手も足りないのだし、そもそも家なんて一朝一夕で建てられるはずもない。魔法を使うことで工程を簡略化できるのかもしれないが、現時点では多分それができるのはオスヴァルトくらいだ。俺には流石にできない。


 サポートくらいならできるだろうが……なにぶん、俺が出せるものと言えば大雑把に切断することくらいしかできない冥斧(カリゴランテ)くらいのものだ。ノミやハンマーなんて買ってないし、山小屋に備え付けられてもいなかった。加えて言うなら、俺はこっちの建築様式についてまるで知識が無い。


 はっきり言って、不安だ。現状では、先行きが不透明すぎる。

 いや――――うん。こういうことは、一度やってみないと何も始まらないというのも、定説では、あるんだけど。

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