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森を盛れ

 ――――地下に森を作ってほしい。


 それが、リースベットが俺たちに申し出た「頼み事」だった。


 いきなりなんてとんでもないことを言いだしているんだ――と思うのと同時に、まあ当然の頼みだよなとも思う。


 元々、リースベットに限った話じゃないが、虫というのは森の中に生息するものだ。彼らにとって快適な環境を構築するには、最低限「林」と呼べる程度には樹木があることが最低限と言える。


 言えるが、ちょっと待てとも思う。


 そもそも、樹木が育つにはそれなりの時間が必要だ。それも一年や二年ではない、十年、二十年――場合によってはもっと時間が必要になる場合もある。

 リースベットに曰く、「家を作るより早く森が欲しい」とのことだったが……。


 考えが、まとまり切らない。



「ああ、いいですね森。じゃあ行きましょうかリョーマ様、オスヴァルトも」



 そんな俺とは対照的に、あっけらかんとした表情で、ミリアムはそう答えてのけた。



「ふむ、では行きますかな」

「いや待って待って待って!」



 不思議そうに、二人が振り返る。

 何だコレ。俺だけが状況を理解しきれていないのか!?



「どうやって?」

「魔法で」

「急成長させたり……とかか?」

「いえ、普通に植え替えを」



 植え替え。

 要するに、外……山に生えている木を適当に見繕って、こちらに持ってくる、と。

 不思議なことでもない。元の世界でもやってないわけじゃあないし。あちらでは重機を使う必要があるが……魔法を使えば、そんな必要も無いだろう。


 でも植え替えって。



「……もうちょっとファンタジックな方法無い?」

「あるわけないでしょう。何言ってるんです」



 そりゃまあ、別に……絶対にそうしなきゃいけないわけでもないけども。やっぱり、期待はするじゃないか。普通。



「そこまで行くと、限定的な時間操作に片足を踏み込んでしまいます。いくら冥王の魔力量でも不可能ですよ」

「……そうなのか?」

「は。まあ、植物と言っても生物ですからな。王ならば……限界まで絞り出して、三か月分程度なら行けるのでは」



 俺の魔力量でさえたった三か月かよ。


 先代冥王から受け継いだ魔力は相当のものだ。質のみならず、量もまた常識はずれなほど――それこそ、大山と例えられるほどだ。それでも、三か月分。たったそれだけか。

 いや、でも時間操作――というのなら、そのくらいあっても足りないのかもしれない。いくら限定的なものとは言っても、世の(ことわり)を捻じ曲げる行為なのだから。



「そんなものか……」

「一般的な魔族なら、できても数日程度です。誇っていいと思いますよ。もっとも、そんなことしようものなら干からびて死にますが」

「お……おう」



 ……事実上、貰い物だけどなこの魔力。


 術式構築の知識も貰い物だし、斧も実質貰いもの。そう考えると、俺自身が獲得したものというのもそう多くはない。

 しかし、「貰い物」でなおこの強大な力――いささか以上に卑怯な気がせんでもない。



「……それじゃあ、オスヴァルト。植え替えは任せていいか?」

「御意に」

「リースベット。住居についてだけど、木造がいいかな。それとも別のものが?」

「木造だ。石造りの居宅にも味はあるが、余が住まうにはいささか硬質すぎるのでな!」



 要は木造の方が好みだと。出自を考えれば当然か。



「じゃあ……ミリアムは俺と来てくれ。リースベットたちの住む家のための木材を調達したい」

「分かりました」

「リースベットはしばらく上で待っていてほしい。レーネとネリーがそろそろ起き出してくる頃だろうから、先に挨拶でもしてきてくれるかな?」

「うむ、余と同じくらいの歳のあの二人であろう? よいぞ!」



 性格や実年齢に関してはともかく、三人とも外見的にはおおよそ十歳程度だということは共通している。


 ……逆に言えばそれ以外の共通項なんて魔族であるという点くらいしか無いのだが。共通点があるならそれをネタに一つ話すこともできるのだから悪いことでもないだろう。


 とはいえ、ネリーは勝気な性格だ。あまり聞き分けの良い方でもない。寛容で明るい一方、やたら尊大な口調をしているリースベットにはつい反抗的な態度を取ってしまうだろう。もしかすると、彼女とは相性が悪いかもしれない。

 レーネに関しては今更心配することもそうは無いだろう。例の事件以降、ネリーはレーネの言うことならだいぶ受け入れてくれるようになったし……レーネが二人の間を取り持ってくれることを期待するべきだろうか。


 ともあれ。



「アンブロシウスは……」

「俺はお前と行こう。他ならぬ姫の居宅だ」



 従者が作ることが当然――というわけでもあるまいが。


 いやしかし、ハチの巣は働き蜂が材木を調達し、唾液と混ぜて作るものだと聞く。そもそもの種族から違うにしても、やはり、家を作るとなると本能的に刺激される「何か」があるのだろうか。



「分かった。が……」



 さて。そうなると、だいぶ人数に偏りが出てくる。材木の採取に三人と、植え替えに一人――明らかにバランスが悪いな。



「ちょっとこっちの人数が多いな。オスヴァルト、俺も植え替えの方手伝おうか?」

「お心遣い痛み入ります。しかしこのオスヴァルト、魔力だけは余りあるほどですからな! 全身魔力だけに」

「使い切ったら死ぬじゃねえか」



 細胞単位で魔力と適合・結合している以上、他の魔族にも同じことが言えるが。

 俺なんて、死んだときの状況が状況だけに、下手すると死体すら残らず塵に還りかねない。



「……まあ、何だ。無理だけはするなよ。他にやることもあるんだから」

「御意」



 と、一言告げてオスヴァルトは一足先に外に向かっていった。


 ……そもそも無理したら消滅しかねないんだし、その段階まで到達したら無理するのしないのじゃなく、物理的に不可能というのが正しいのだけど。オスヴァルトの性格から考えると、アイツは俺の命令なら無理を押してでもやりかねない。



「じゃあ、俺たちも行くか」

「はい……あ、ところでリョーマ様、搬入はどうやって?」

「山の方に抜ける通用口を作ってあるから、そこからかな」

「了解しました。では、参りましょう」



 そんなこんなで、俺たちも続けて外に向かうこととなった。

 ……外に出るまでに何度かアンブロシウスが天井やら扉の上枠やらに頭をぶつけていたが、今は俺の頭の中にだけ留めておくとしよう。




 * * *




 さて、ところで一口に木材を調達してくるとは言っても、家から近い場所にある木を伐採してくればいい――――というだけの話ではない。


 そうすることが楽だということについては否定できないが、あの小屋には割と頻繁にアンナがやってくる。加えて、稀にではあるが他の人も様子を見にやってくる。小屋の周囲の木が伐採されているとなると、その木材はどこへ行ったのかという話になってしまうだろう。

 その時に上手く誤魔化せるならそれでもいいが、生憎と確実に騙されてくれる保証はない。なら、追及されることを予防する――そもそも小屋の周囲からは伐採しない。それが、現状の俺たちの方針だった。



「これがいいかな」



 見つけたのは、取り立てて大きいわけでも小さいわけでもない樹木。種類に関してはよく分からないが、何にもならないことはないだろう。

 他と比べて多少無くなっても目立たない(・・・・・)木だ。木を隠すには森の中――なんてことはよく言うが、その逆。森の中の木を一本切り倒した程度では誰にも分からない。そのくらいの塩梅が、今後のためには一番いい。どうしても、俺たちの活動を知られては困るし。


 オスヴァルトもその辺は承知しているだろう。あれで常識は弁えてる――理解しておいて無視はするが――男ではあるし。



「アンブロシウス、支え頼む」

「任せろ」



 体を(かが)め、既に手の中に現出していた冥斧(カリゴランテ)を横薙ぎに振るう。

 いとも容易く、豆腐でも切る……あるいは透過する(・・・・)ように、刃は瞬時に俺の視界の端に到達していた。

 ほんの一瞬の後、僅かに樹木がズレ(・・)る。その瞬間、背後で待機していたアンブロシウスが横から掴み、留めた。



「――これで三本目か。先は長いな」

「まだ一時間も経ってないけどな」



 随分と日は高くなってきたが、それでもまだ昼まで随分時間はある。このままの調子で行けば、日が暮れるまでに材料くらいは集まるだろう。


 さて。ともあれ現状、次の手ごろな木を見つけるまで斧は必要ない。魔力に還元し――続けて、術式を描き出す。


 少し土を退ける程度のごく簡単な術式だ。何のことは無い……ミリアムから見れば稚拙極まりないだろうもの。実際、俺が魔法を発動している時の顔が妙に渋い。そんなに冥王(おれ)が下手な魔法を使うのが嫌か。


「っと」


 土が除去され、木の根が(あらわ)になる。


 木を伐採した後は、どうしたって切り株が残ってしまう。これらを残すと後々新たに木が生えてこなくなってしまうし、そもそも木が伐採されたという証拠が残ることになる。これを処理しようと思うと、根まで一緒に燃やしたり――ないしは、元の世界で言えば、薬剤を注入して枯らすという方法を取らなければならないが、生木は燃えにくい上煙が多く出てしまうし、そもそも薬剤は手元に無い。……あと、そもそも俺の魔法では純粋に火力が足りない。

 そのため、まずは根から掘り起こして、処理するという手順を取る必要があるが……これがまた面倒くさい。


 いや、省いちゃいけないことは理解してるんだけど。



「それじゃ、一回持って戻るか……」

「はい。ですがアンブロシウス、これ――本当に食べるんですか?」



 ふと、ミリアムが一つ一つ、アンブロシウスの持つ木の枝をナイフで切り落としながらそんなことを訊ねる。


 アンブロシウスはこの枝葉に対して――――「食うからどけておいてくれ」と言っていた。

 確かに虫は草を食べると言うが……まさか、人型になってまで食べてしまうのだろうか。



「いや、俺は食わん」

「さっき食べるって言ってなかったか?」

「……すまん。言葉足らずだ。俺ではなく……姫様が今後使役するであろう虫の食料にしたい、という意味だ」

「そうか、使役した虫……うん?」



 ――――使役?



「……なあミリアム、アドルトナントってフェロモンを媒介に虫を操るもんじゃ?」

「え、ええ……そうなんですが……半魔族になっていた時もそうでしたが、もしかして相当に強化されているのでは……?」



 二人してアンブロシウスに疑問の視線を向ける。


 相変わらず、泰然自若と佇むばかりで何か感情が動いているような様子は見られない。もしかするとあの鎧の下では何か猛烈な速度で思考しているのかもしれないが……それもよく分からない。

 困った。ミリアムや姫様や、人間にある程度近い相手ならともかくアンブロシウスの思考だけはどうも読めない。今日出会ったばかりというのも原因だが、表情が見えず、何かしら心の動きを反映させるようなものが無いから、俺の嘘が見抜けるという唯一の特技が通用しない。



「……魔力を得たことで、フェロモンに作用するようになったようだ。今の姫は、知性を持たない虫という虫に命令を下すことができる」



 対価は必要だがな。と、アンブロシウスは珍しく饒舌に語ってみせた。


 しかし。それは。つまり。



「……養蜂とか、できる?」

「可能だ」

「作物に、虫を近づけさせないこととかは……?」

「可能だ」



 大きく腕を振り上げた。


 神か何かかアドルトナント。俺の不安の殆どが数秒で完結してしまったぞ。



「……リョーマ様、もっと重要なことがあるのでは……?」

「おっと」

「?」



 いや忘れていたわけじゃない。

 ちょっと優先順位が変わっていただけだ。問題ない。



「……えー……っとだな。虫に指令を出して、例えば……森の中に隠れている人物を探し当てることって、できるかな?」

「恐らくは、可能だ」



 ――――来た。ミリアムの目論見が当たった。


 正直に言うと不安でもあったが、ちゃんとそれ(・・)ができるというのなら、近頃憂慮していたことの殆どが解決に向かう。

 考えうる中でも最善だ。そうなるよう目論んだという側面もあるにはあが、それでもこれは幸運だ。


 我ながら、あまり運の良い方ではないという後ろ向きな自負はあるが、もしかしてだいぶ向いてきたんじゃないか、運。いや、こっちに来てからアンナと出会ったことといい、気兼ねなく魔法を扱えるオスヴァルトを魔族として引き込めたことといい、元々それほど運は悪くなかった。死んだ時点で色々どん底じゃないのかとも思うがそこはそれ、今は確実に良い方向に向かっている! ……気がする!



「……何をそんな根拠の無さそうな自信に満ち溢れた顔をしてらっしゃるんです?」

「気にするな」



 というか毎度毎度俺の思考をさも当然のように読むな。


 ……いや、今回は表情に出した俺が悪いか。

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