劇的ビなんとか
「して、どのような策を施されるのでしょうか、我が王よ」
数分後。俺はオスヴァルトと共に地下室にいた。
ミリアムは、姫と騎士の二人と一緒に、山小屋で彼らの名前を考えている。
さて――――それはともかくとして、住居だ。
「策といえるほどのものは無いよ。元からある計画の延長で行く」
「地下の拡張――ですな」
「ああ。というか、現状それ以外に方針が立てられない。問題は――――」
現時点で、ネリーとオスヴァルトと、姫と騎士。この四人の居住スペースを地下に作る必要があるが……今後のことも考えると、それだけで終わらせることは避けたい。このままのペースで住人が増加し続けるとは限らないが、どうしたって増えることは増える。今後のことを考えるなら、計画的に地下空間を作って行く必要があるのは間違いない。
「まず、広さだな。広すぎてもマズいし、狭いのは論外だ」
「王の理想をお伺いしても?」
「最大で百人程度が収容できて……農業、畜産業、あと、可能なら水産業――川から水を引いて、魚の養殖なんかも行いたい。あと、風呂場とトイレ完備」
「ははは、贅沢を仰る」
「あくまで最終的にだよ。もっとも、今すぐに欲しいってことには違いないけど」
物理的に、今すぐどうこうすることは不可能だと理解はしている。
作物を育てることだって簡単じゃないし、そもそも地下空間じゃあ充分に日光を得られない。畜産業を始めようにも、そのノウハウが無い。川から無理に水を引いて枯らすなど論外だし、そもそも水道が整備されていない。
現時点では完全に手詰まりだ。
「『外』とここと、生活水準が違いすぎればそれだけで不満は出るだろうし。できるだけ早く整備したい」
「成程、それならばおおよそ一キロ四方の空間を用意するのがよろしいでしょうかな。高さもそれなりに設けて――」
「あ、ちょっと待った」
「は」
今すぐにも魔法を発動せんとするオスヴァルトに手を振って制する。
危なかった。このまま放っておいたら、全部オスヴァルトが終わらせてしまうところだった。
「俺がやるよ。任せきりじゃ申し訳ない」
「しかし、このような些事――」
「頼む。なんていうか、いっつも皆に任せきりで申し訳なくって……」
「そのようなことはありませぬ!!」
「ぐあっ!?」
久しぶりの大声に、脳が揺れる。
明確な否定。最近のオスヴァルトは比較的精神的に安定している傾向にあった。それに伴って、声量と言葉数の反比例などもおさまっていたはずだが……。
いや、違うな。これは――単に、本当に声を荒げているだけだ。
「失礼。しかし、王よ。一言申させていただきます。貴方は少々働きすぎであると! この上、このような些事にまで手を回されては……」
「い、いや……言うほどか?」
「朝から夜にかけて農作業と給仕、加えて村の人間との折衝の場に立ち、そうでないような日でも魔法の訓練を欠かさず……夜半は精霊術師の捜索にまで。容喙ながら、いかに魔族であれど、このままではいずれお体に支障をきたす可能性が……!」
「それが?」
言葉が口を衝いて出た。
――――あまり、俺自身の言葉を語ることは好ましくないのだが。
「どれもこれも、必要なことだろう? 他の誰かができるならともかく、今は俺にしかできないことだ。なら、選択肢は他に無い」
かくあれかしと。
望まれた以上はやり遂げなければならない。求められた以上は成し遂げなければならない。
今の俺にとってのはじまりは、まさしくミリアムに魔族の礎になることを望まれた、その時なのだから――――。
「……ぐ」
不意に、頭痛に見舞われる。
ちょっと前から何度もこうだ。まったく、何だって言うんだ。
いやまさか、流石に本当に体調が悪いなんてそんなまさか。だとしても頭痛オンリーで来るものか? もっと熱とか咳とか喀血とか、そういう兆候があって然るべきじゃないか?
……今度、先生に診てもらうか。
「ならば、今はこのオスヴァルト、何も申しませぬ。しかしどうかご自愛くださいますよう……」
「すまない……ありがとう」
別に、疎ましいというわけじゃない。こういう気遣いには感謝してもしきれないし、普段から頼り切りになっている自覚もある。心配もかけているだろう。
受け容れられない俺の狭量さが悪い。それだけのことだ。
だが、この役割を――俺という存在を――望まれている以上は。
「では、僭越ながら指南を。地下空間を作られる場合、ただ空洞を作るだけではいけません」
「ああ。柱を立てて壁を補強して……」
「然り。ですが、そこから更に雨水の対策、空気孔の確保、骨組み等に関しても考えねばなりませぬが」
……雨水。空気孔。骨組み。
雨水は分かる。水というのは地下に染み込んでいくものだ。事前に対策を施しておかないと、雨漏りがする――どころの話じゃなく、全体が水没する危険すらある。
空気孔も分かる。いかに広大な空間と言っても、閉鎖されたままでは空気が滞りっぱなしになってしまう。万一、揮発性の高い毒物などが蔓延してしまった場合を思えば、空気孔を作っておくのも当然だろう。
「骨組み?」
「は。王は炭鉱などは見たことがありませんかな?」
「……前にある、ような……無いような」
テレビで見たことがある、ような気がする。どちらかと言うとあれは金鉱山だったか。発破して、岩の中に含有されている金を取り出していた……ような覚えはある。
しかし、骨組みと言われてもパッと思い浮かばない。
「より多く使われているのは木組みですが、まあ細かいことは申しますまい」
言いつつ、オスヴァルトは簡単な術式を発動して小さな――泥団子、のようなものを作り出した。
「それは?」
「内部が空洞になっております。『骨組みが無い場合』の模型ですな。これに、外部から圧力をかけると――このように」
軽く、掌で圧迫する――と。当然に、模型はぺしゃんこになって崩れ落ちた。
続けて、今度は多少複雑な文様の術式が発動する。
「対して、こちらが『骨組みがある場合』の模型ですな。この違い一つで――こう」
再び掌で圧迫される――が、今度は多少のことでは壊れない。
一秒、二秒……十秒ほどしてようやく、ぱきんと音を立てて二つ目の模型も崩れ去った。
「地下空間というものは、地上と周囲の土の重さに耐えるよう作られなければなりませぬ。そのことはご理解いただけましたかな?」
「あ……ああ。だいたい、分かった」
「ところで一つご忠告が」
「……なんとなく予想できるけど、何だ?」
「――――今の王では、術式を組めませぬ……!」
ですよねー。
「無礼をお許しくだされ……!」
「いや、正確な評価だと思うよ……」
だって実際無理だもの。
空洞を作るところまでは行ける。多分大丈夫。そこはなんとかなる。柱も許容範囲だろう。首都圏外殻放水路だか、ああいうものをイメージすればなんとかなるはずだ。柱が多ければ後で減らすこともできるだろうし……。
だが、骨組み――補強までは無理だ。どう補強するのが最適かとか、そこまで行くと本当に建築の分野の話になってくる。
「このオスヴァルト、魂の記憶を探れば建築の知識の一つも出てきましょう。しかし……」
「いや、分かった。すまない。俺こそ、差し出がましいことを……」
「否!! 断じて否ッ!!」
「耳がッ!!」
「失礼」
たまに思うが、こいつわざとやってるんじゃないのか!?
「ですがそのようなことは一切ありませぬ。王たる責務を背負おうという矜持を見て、差し出がましいなどと何故言いましょう! 是非とも、お力添えを……!」
「お、オスヴァルト、そこまで力強く言わなくてもいいぞ……それに矜持とかそういうのじゃなくってただのわがま――――」
「皆まで言わずとも!」
「いや本当にただのわが」
「理解しておりますッ!! さあ、このオスヴァルト、全霊を以て王の術式のサポートを行いましょう!!」
えーッ。
そりゃあ言ったよ、王として望まれているならこそ、とは。でもそれはほとんど俺の心の平穏のため。純粋に、俺個人のわがままだ。
だからわがままだと言わせてくれよ! 人の話を聞けよ!! 自分の中で完結するなよ!!
……などと言うこともできず、結局、俺はオスヴァルトに指南されるまま粛々と術式を編むことになったのだった。
――――で。その数分後。
「で、完成したのが――これですか」
地下室には、俺とオスヴァルトだけでなく、話を終えたミリアムと姫、そして騎士の五人が改めて集っていた。
今のところは、のぞき込む形で――――地下に完成した大空洞を。
「やりすぎでは?」
「何を仰るかミリアム殿ッ!! これは我が王がその魔力と手腕を以て作られた言うなれば御殿に等しき」
「ちょっと黙ってくれません?」
「…………」
セリフを遮られたオスヴァルトが明らかに意気消沈している。
ただ、うん。やりすぎたと言われれば、まあ、そこを否定はできない。
現在の、冷蔵室として使っている地下室――その更に下。新造された階段の先に、新たに作られた空間。
深さはおよそ百メートル程度。東京ドームを縦に二つ並べた程度……と言って正しいかは分からないが、最低でもそれだけはある。広さはおおよそ一キロ四方。天井は楕円形になるよう組まれている。階段は外周に沿って作られていて――――ともすると、元の世界のゲームのダンジョンを彷彿ともさせるほどの光景だ。
問題があるとするなら……そう。何もないということだろうか。
元々の計画通り、空気孔も完備して水対策も施した。いざという時のために、外への緊急連絡口も作った。十分な広さもある。けれど、文字通り何も無い。あるとすれば、階段と柱くらいのものだ。
「先のことを考えると、このくらいは必要じゃないかと思ったんだが……やっぱり、やりすぎたかな」
「現状では、持て余すのは間違いないでしょうね……」
「……植樹くらいは考えてるが」
「照明を用意する必要もありますね……魔石で太陽光を再現すれば、植物が育つ環境も整うでしょうが……」
「行き来の問題もあるしな……利便性のためにも昇降機を作りたい」
ああでもない、こうでもないと二人して地下空間の改良方法を捻り出していく。しかし、全部が全部しっくりくるものというわけでもない。
資材的に考えても今すぐにどうこうできるものでもないし……と、互いに頭を悩ませていると。
「ふはははははは! これもまた良しではないか、冥王よ!」
「……え?」
俺たちの悩みを些細なことと笑い飛ばすように、姫が一歩身を乗り出してきた。
これもまた良し、と言ったか。この環境を見て、なお。
「常に満たされた環境から始まるものとも限らぬ。中途半端に用意されているよりは、うむ。始めから何も無い方が、新しく作り出す楽しみがあるというものよ。なあ?」
「――――俺のような武骨者に聞くべきではないぞ、姫様」
すごい子だ。出会った時からそんな兆候は見せていたけども、恐ろしい子だ。
いや、それもまた王としての気質なのだろう。俺とは違い、生来から「王」として在る者、だからこそ臆面も無く言い切ってのけることができる――。
「……なあミリアム、俺よりこの子の方が」
「ダメです」
俺、人の言葉を先読みして遮るのっていかがなもんかと思う。
「冥王よ、賞賛は素直に受け取るが、今の余には『リースベット』という名がある。先程決まった。次からは『この子』ではなく、そのように呼ぶがよい」
「り、リースベット?」
「ちなみにこやつは『アンブロシウス』と名付けられてな。ま、改めて以後よろしく頼むぞ! ふははは!」
「アンブロ……?」
思わずミリアムに視線を向けるも、即座に躱された。当の騎士――アンブロシウスはと言うと、先程と変わらず悠然と佇んでいる。
……何でこいつ、こんな大仰な名前付けちゃったの? いや、似合うけど。
冥王の武器こと「冥斧」……って時も思ったが、ミリアムは若干ネーミングセンスがあっちの世界の中学生寄りじゃないか? 俺も割と大概だと自覚はしているが。それにしてもリースベットという名前はともかく、アンブロシウスって。聖人か何かか。
「……俺も気に入った」
「そうか」
……本人が気に入ってるならいいか。
今後一生付き合っていかなきゃいけないものだけに、本人の納得は他の何よりも優先する。
「さて、冥王よ。一つ頼みごとをしても構わぬか?」
「あ、ああ。俺にできることなら何でも」
「うむ。ではな――――」




