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明かされるモノ

 魔族を、人工的に作る。

 その言葉の意味を、意図を理解できないわけじゃない。


 だからこそ、突き抜けた衝撃が頭を離れるのにはそれなりの時間がかかった。数秒、数十秒か……その程度ではあるが。



 ――――思考を、再開する。



 この子は今、「魔族を人工的に作る」と何者かが言っていたと語った。その意味は――間違いない。「人間が」魔族を人工的に作り出すということだろう。言葉のニュアンスを考えると、それ以外に考えられないだろう。

 そもそも魔族が同族を作るのだとすれば、「人工的に作る」などという表現は使わない。魔族とは作るものじゃない。あくまで元の生物から「変える」ものだ。なら、少なくとも人間が何らかの目的を持って魔族を創り出そうとしていることは間違いない。


 だとして――なぜ?


 人間にとって魔族とは忌むべき敵だ。過去、起きた戦争の発端が些細なものだったとしても、結果は覆らない。人間は、魔族のことを憎んだ。それこそ、一度は滅ぼしてしまうほどに。対話も交渉もすることなくこうなってしまった以上、人間が魔族を蘇らせようとするなどということはありえない。たとえ、魔族の存続がそのままこの世界の存続に繋がるとしてもだ。仮にそれを理解したとしても、人間が「楔」の役割を担うことができるようにするはずだ。魔族という恐怖の象徴とさえ呼べるような存在を蘇らせるよりは、その方がマシだろうから。


 だから理解できない。人間が魔族を作り出そうという、その理由が。


 あるいは、理屈すら無いのか? 感情でしでかしたことなのか? だとすると始末が悪いが……そんなことをする理由がまず無い。どんな感情を基にすれば魔族を蘇らせるなんて思考に行き付くんだ。いや、だから「衝動的」なのか? たとえそれが合理的じゃないことでも、どんなに破滅的なことであっても進んでやりかねないほどの……。


 そんなふざけた技量があるなら自分の力でできるだろうが!!


 思わず頭を掻きむしってしまう。


 人間というものは、常に感情任せの非合理的な行動を取るわけではないが……少女を「こう」した相手の行動を想定するなら、その辺も勘定に入れておかなければならないだろう。


 しかし、そうなると色々と問題が出てくる。合理的な行動――というのはそれなりに分かり易く、想定もしやすいものが多い。しかし、衝動的で感情任せな人間というのは……往々にしてひどく突飛で、想像の斜め上をジェット機でカッ飛んでいくような発想をするものだ。本当に、行動や考えを先読みしたところでどうしようもないかもしれない……。



「オスヴァルト」

「は」



 行き詰った考えを一旦他所に置き、背後に控えるオスヴァルトに一言、呼びかける。



「改めて聞きたいんだが……オスヴァルトは、魔法でどこまでのことができる?」 

「明確な範囲を設けられるものでもございません。が、仰せになるなら、どのようなことでも努力いたしましょう」

「ありがとう。じゃあ――――」



 とは言ってくれるものの、本当に何でもできるというわけじゃあないだろう。

 今の俺がそれを見極めるのは難しいだろうが……オスヴァルトの自尊心を満たし、かつ無理なく遂行できるだろうと思われる範囲……となると。



「魔法か精霊術を使った形跡が無いか調べてくれ。どこでもいい、俺たち以外の何者かが山の中にいる痕跡を見つけたら……すぐに報告を頼む」

「仰せの通りに。しかし、どこからどこまでの範囲を捜索すれば?」

「全部だ」

「……は!?」

「旧冥王領を含めたこの山脈全域だ。少しずつでいい。だが確実に探し当てろ。誰が、何を目的にしているにしても――クラインの人たちを危険に晒していることには変わりない」



 どれだけ崇高な目的があろうとも、どんなに偉大な業績を為そうとしていても。

 その過程で莫大な犠牲が出ると言うのなら――あの村の人たちを巻き込んででも、と考えているのならば。



「――見つけ出して手を打つ」



 悪事を為しているなら、殴り倒してでも官憲に引き渡す。

 善行を為しているつもりでも、やったことがことだ。言葉が通じるならそれでもいいが、そうでないならやはり、殴り倒して官憲に引き渡す。

 場合によっては、俺が始末を付けても仕方がない。それだけ、「半端者」を野放しにしておくことは危険なのだから。



「承知致しました。不肖このオスヴァルト、身命を賭してでも成し遂げましょう」

「いや、そこまで覚悟決める必要ないから。無理しない程度に頼む」

「王よ、そこは『全力でやり遂げろ』と言うところです」

「馬鹿言うなよ。まだまだやることがあるのに」



 地下に居住地を作ることだとか、俺が魔法を使えるようになるまでの練習だとか……畑作における魔法の活かし方なんかもそうか。何にしても、オスヴァルトに頼みたいこと、頼むべきことはまだ多い。こんなことで命を懸けられても非常に困る。



「……さて」



 改めて、少女の方に向き直る。


 会話の内容から物々しさを感じ取ったのだろう。その表情からは、先程よりも強い警戒心が感じられた。


 別に彼女をどうこうしようという話じゃないが――いや、目の前でこんな話をされれば、警戒の一つもするだろうが……。



「オレも殺すか?」



 ……こういう問いかけをするんだもんなぁ!



「そのつもりは一切無いよ。もしそうなら、最初からそうしてる」

「………………」



 そう告げると、少しだけ警戒が和らいだ……ような気がした。

 相変わらず、少し気を抜けば即座に飛び掛かってきそうな雰囲気ではあるが……それでも、こちらの言葉を信じてくれただけまだいいだろう。



「……じゃあ、オマエはオレをどうしたいんだ?」

「どうって」



 正直に言えば、既にこの時点で目的は全て達したようなものだ。それに別に、「こうするべき」という決まりきった思いがあるわけじゃない。


 いや、そりゃあ個人的には、こう……慎ましやかでも穏やかに暮らしていくのが理想だとか、そういう考えはあるけども……あるけども。それは俺個人が生活する上で指針にしているだけであって、他人に押し付けるようなものでもない。


 その上で、俺がこの少女に望むこと――――……。



「……仲間になってほしい?」

「ナカマ……?」



 ふと、口を衝いて出た言葉だった。


 仲間になってほしい――うん、それは……確かにそうだ。今は、その気持ちが大きい。

 魔族として確立させてしまった以上、その能力のことも外見のこともあるし、無暗に外に出すわけにもいかないという理由も勿論ある。そもそも、俺たちの最終的な目的は「魔族の数を増やして、『楔』の役割を絶やさないようにする」ことだ。レーネやオスヴァルトに限らず、身近なところにいてくれるなら喜ばしい。



「群れに入れっていうことか?」

「群れ……ま、まあ……そんなところかな。住む場所も、食べるものも提供するけど……」

「バカだな。そんなの、ヒツヨーないだろ」



 と――少女は、そこでようやく笑みを見せた。


 とは言っても、それはこちらに心を許した証拠というわけではない。むしろ、その笑みに浮かぶ感情は……嘲りに近い。

 そうした……侮蔑を感じ取ったのだろう。レーネが眉根を寄せ、オスヴァルトの表情から感情が消えた。


 マズい、と感じ取った俺を他所に、ゆっくり言葉を選ぶように、自身に入力(インプット)された知識を探りながら、少女は続けて言葉を放つ。



「今のオレには、群れなんていらない。それだけのキンリョク……いや、チカラ……だな、うん、チカラ、があるんだ。一人で、何もモンダイない」



 ……そう思うのも無理はない。魔族の能力は、それこそ普通の生き物の領分を遥かに超えている。それだけの力を持てば、万能感に浸って、自分勝手に動きたくもなるだろう。

 幸い……というか、俺はそもそもそういう万能感なんかに浸るような暇も無かったわけで。場合によっては、俺もまた同じようになっていたかもしれない。


 複雑な感情を発露できないまま、顔を俯ける――と。その瞬間。唐突に、背後に立つオスヴァルトが一歩、前に出た。



「オスヴァ――――」



 問いかけようとしたその瞬間、眼前に差し出された手に言葉が遮られる。

 自分に任せてほしいと、そういうことだろうか。なら、今は俺が口出しするべきじゃないか。



「おやぁ? 良くありませんねぇ実に良くない、貴女は自身の実力というものを過信しすぎでは?」



 そう判断して口をつぐんだ、その直後。


 つらつらと――立て板に水のように、一切の淀みなく言葉が流れ出た。口を開いたオスヴァルトは、少女へと歩み寄りながら言葉を重ねていく。



「愚か! 実に愚かですよ、確かに我々魔族は人間を、いやおおよそこの世に現存するあらゆる生物の範疇から外れるほどの腕力を、魔力を持っておりますが――しかして無敵でも不死身でもありはしません。殺せば死ぬ、生物として当たり前の機能は当然に備わっております、そして!!」


 どこか演説じみた――いや、実際、あれは演説だろう。


 大袈裟な身振り手振りを交え、言葉の一つ一つに力を込めて述べ立てる。間近で行われるそれは迫力に満ちていて、言い知れない説得力をオスヴァルトの言葉に与えていた。



「事実として一度魔族は滅び去った、貴女が『弱い』と侮った人間の手によってねぇ! ま、正しくはその背後に控える超存在――精霊の介入あってこそですが……彼らは執拗に魔族の絶滅を目論んでいる。さて、何の後ろ盾も無い貴女が野に下ったとして、果たしてどの程度まで生きられましょうか?」



 芝居がかった……どこか嘘臭い口調でありながら、オスヴァルトが言葉にしているのは全てが真実だ。


 真実だからこそ、ああも自信満々に言葉を並べられる。真実だからこそ、嘘臭さを補って余りある真剣さが伴い、相手に信じ込ませられるほど「真に迫って」いる。


 実際、俺と話しているときに感じられていた侮りや嘲りといった感情は、今はもう感じられない。オスヴァルトの迫力に圧倒され、言葉の一つ一つを「聴く」姿勢になっている。ように見える。



「ですが少なくとも我が王は見知った者が死ぬことを望まれておりません。そも、貴女自身も死ぬことは望まないでしょう。では今しばらくはここに留まり知恵を蓄えるべきかと具申しますが、いかがですかな?」



 いささか早口の度は過ぎるが、しかし……説得として間違っているわけじゃあない、と思う。


 ここを出て行くことの明確なデメリットを示し、ここに留まることのメリットを示す。意図的に伝えていない情報もあるにしても……元々、ここに留まってほしいというのが本音だ。ここは黙て推移を見守るべきだろう――――。



「……むずかしくてなにいってるのかさっぱりわからない」



 と。詰め寄るオスヴァルトに投げられたのは、そんな身も蓋もない一言だった。


 ひっでぇオチだな!  話の内容に聞き入ってたんじゃなくて、そもそも言ってることが理解できずに固まってただけかよ! 真面目に考察してたのが馬鹿らしいわ!!


 というかオスヴァルトがひどく不憫だ。あれだけの大演説をブチかましておいてこれというのは……俺なら泣くぞ。

 見れば、オスヴァルトの額には青筋が浮かんでいた。流石のオスヴァルトでもこれにはキレるか。それでもなお押し黙れているあたり、自分で自分を制御はできているらしいが……。



「おいオマエ」

「何だ」



 直後、大きなため息をつきながら、少女はこちらへと向き直った。



「ソイツに言われたからじゃないが……わかった。ここにいてやる」

「……え?」



 いったいどういう心境の変化があったのだろう。突然、そんなことを言って少女は意見を翻した。

 警戒を解く……ことは流石にしなかったが、その場にどっかりと座り込んだのは「逃げる気は無い」という意思表示、と見ていいだろうか。



「よくわからないが、ここにいないと死ぬんだろ?」

「……まあ、その可能性は高いな」



 今の時代に代行者はいないが、それでも精霊の権威……権能というものは世界中に波及しているし、魔族に対する忌避感は根強い。


 ただ生きていくだけでも食料は必要だし、場合によっては人里に降りたりする必要も出てくるかもしれない。となると、十中八九、魔族の存在がバレる。そうなれば、近隣の精霊術師を総動員してでも殺しにかかってくるだろう。そうなると流石に分が悪い。どうしても人間の方が遥かに数は多いのだし。



「死ぬのはイヤだからな。しかたがないから、ここにいてやる」



 仕方がない……まあ、仕方がないと言われるとそれもそうだ。

 なんだが……なんとなく、すっきりしないような気分だ。強引に……まあ、強引なことには違いないのだが、彼女の意思を無視して引き留めてしまったようで、少しばかり辛いものがある。



「オンもあるしな」

「おん……? ああ、恩か……恩?」

「さっきまで、ずっと体中がイタかったんだ。たぶん、オレを『ああ』したアイツのせいで」

「痛かった……って、もしかして――――」

「ああ、だからずっとああしてた」



 ……痛みを紛らわすために、暴れていた。


 以前何かの……テレビ番組だったか漫画だったかで、動物は痛みのせいで狂暴化するというような話を聞いたことがある。

 本人からの話と、先程までの様子……両者を踏まえて考えれば、確かにその話で辻褄は合うだろう。



「それをなくしてくれたことだけはカンシャ? してる。だからしばらくはここにいてやる」



 それでいいだろ、と呟き、少女はそのまま体を丸めて眠る態勢に入った。

 と、そこでことの推移を見守っていたレーネが、唐突に言葉を放った。



「な、名前……」

「名前?」

「えと、リョーマさま。あの子の名前……つけたりしないと、色々、めんどうくさいと思います」

「まあ……だろうな」

「でしょうなぁ」



 いつまでも「お前」とか「そこの」とか呼ぶわけにもいかないだろう。本人は別にいらないとでも言いそうだが――。



「オレはいらないぞ」



 本当に言いやがった。

 というかそっぽ向いてる割には話聞いてるなこいつ。



「お前はいらないかもしれないけど……名前っていうのは、今後どうしたって必要になってくるものなんだよ」

「なんでだ?」



 子供かお前は――と言いたくなる気持ちをぐっと抑え込む。そもそも外見的にはまごうこと無き子供だ。人間社会に関わったことも、一度だって無い。この姿になったのだって、ついさっきのこと……人間に近い知能を得て数時間と経っていないのだから、子供のような疑問が飛び出すのも当たり前だ。


 問題は、言い聞かせるためにどうするか。個人を識別するための記号……という言い方は、間違っていないにしてもあんまりにもあんまりだし。その説明だとこの子はきっと興味も持つまい。



「集団で狩りをすることがあるだろ?」

「あるな」

「その時に、例えば俺にしかできないことがあるとする。それに気づいてるのはお前だけだ。でも、名前が分からないから適切な指示が出せない……そういうことになったら困るだろう?」

「……なるほど? なんとなくわかった。そういうコトか」



 と、少女は曖昧に頷いて肯定して見せた。


 ともあれ、何となくとはいえ「名前を持つ」ことに有用性があるということは理解してくれただろう。納得もしてくれる……はずだ。


 さて。



「という訳で二人とも。この子の名前、考えてくれないかな」

「おや。王が名付けられるのでは?」

「俺、こっちの命名法則知らないんだよ。悪いけど、良さそうな名前も思いつかなくてさ……」



 日本語の名前ならすぐに思い浮かぶのだが、かと言ってこちらの世界でそれを使うと違和感が生じる。俺の名前がいい例だ。代行者の子孫であるというエフェリネは、日本語名に対してもある程度理解があるようだったが……それにしたってそういう出自があるからこそだろう。

 この世界での一般的な人間の反応となると、アンナの時のそれだろうか。素性に対してか名前に対してかはよく分からなかったが……どちらにしても、アンナは俺の名乗りに対して怪訝な顔でいた。となると、和名は避けるのが無難なはずだ。



「なるほど、では……エーレントラウト・エルヴィーラ・エルメンヒルデ――――」

「長ぇよ」

「ないな」



 あまりの長さに本人からも否定が入った。

 いや、実際長すぎる。途中に二度も加えられたのは……あれはミドルネームと言うのだろうか。どっちにしてもこれだけ長いと、名前としては使いづらいことこの上ない。



「レーネは……何か思い浮かんだ?」

「ええっと、ちょっとだけですけど……クロエ……リーズ……フェネリー……」

「さんばんめ」

「え……?」

「さんばんめだ。それがいい。でも長いな、『ネリー』にする」



 と。少女――本人から言わせてみれば、「ネリー」か。ともかく、ネリーはそう告げて、今度こそ眠りについた。

 言葉にすれば一音程度だというのに、それを言葉にする労力すら惜しいと言うか。ここまでの言動を見れば……らしいと言えばらしいかもしれない。


 ともかく、これで直面した問題はおおよそ解決したことになる、か。


 ……まあ、考えるまでもなく、これだけが解決したところでクラインの周辺では問題が山積(さんせき)しているわけだが。それは今考えずにおくべきだろう。



「ま、ともかくだ。そろそろ寝よう。俺も疲れたし」

「あっ、はい! ……あれ? リョーマさま。あの、ミリアムさんは……」

「――――あ」



 一つだけ言わせてもらうことがあるとするならば。

 今回はちょっと、ネリーに世話を焼かざるを得ない状況だったというか。

 結局それからすぐに地下室に向かったが、ミリアムは戻ってきてなお何度となくくしゃみをしていた。


 本当に申し訳なさで胸がいっぱいになりそうだ。

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