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猟師との付き合い

「帰ったら?」

「開口一番それかよ」



 その後。ハンスさんに事情を報告したところ、ならアンナが狩猟に行くのに付き合えばいいとアドバイスを貰ったので、そのまま山に戻ってアンナと合流したのだが……アンナの方に事情を告げたところ、これだった。


 いや、アンナの意見は分かる。よく分かる。自然から見れば今の俺の状態はひどく異常なものだ。感性の鋭い動物ならこちらの存在を察知することは簡単だろう。

 体中から冷気を発しながら徘徊する人型の生物。怪しむには充分だ。俺が動物ならまず近づかない。



「そりゃ言うよ……リョーマだって自覚してるでしょ?」

「そりゃね。けど、手伝うって言った手前、簡単には引き下がれないしさ……」

「……リョーマって無駄に生真面目だよね」

「褒めてるのか貶してるのかどっちだよそれ」

「どっちかって言うと呆れてる」



 でしょうね。

 同じことになれば俺だって呆れる。



「まあ、ついてくるくらいはいいけど。邪魔はしないでよ」

「分かってる。後ろで山菜でも摘んでるよ」

「うん、それじゃあそうして……」



 と、言いかけて森の方に一歩踏み出しかけたアンナは、そのままの体勢でこちらに首だけを向けてきた。



「……分かるの? 山菜。毒草とか採ったりしない……?」

「いくつか知ってるから、それだけ採るつもり……だけど俺そこまで信用無いか?」

「信用無いっていうか……元々貴族でしょ? それで山菜って言われても……」



 言われてみれば、そうか。たとえ道楽でも、わざわざ山菜摘みに行くような貴族がいるわけが無い。


 曲がりなりにも没落貴族の成れの果て――という設定でここにいる俺にそんな技能があるなんて、アンナとしても想定していなかったのだろう。



「没落貴族だからな。自分で食べるもの見つけられなきゃ飢え死にしてたんだよ」

「あ……いやその……ごめん」



 どうやらこのくらいの言い訳でも納得はしてくれたらしい。


 というか、追及しようにも気まずくてできないと言うべきか。それを狙ったのだから当然だが、少しばかり悪いことをしてしまったような気もする。



「いいよ。気にしてない。それより、早いところ行こう。ハンスさん心配させてもいけないし」

「う……うん……って何でリョーマが仕切るのさ!」

「細かいこと気にしない」



 果たして、どちらが主体で森に行こうということになったのだったか。

 結局、最終的には俺が先に森の中に入っていくようなかたちで、アンナの獲物を探しに行くことになったのだった。


 そうしてしばらく。少しずつにアンナに先導を任せていき、俺は後ろの方で山菜を物色している中。唐突に、アンナがこちらに呼びかけてくる。



「そういえば、リョーマさ」

「ん?」

「山菜採るのと精霊術以外で何か特技とか無いの?」

「特技……?」



 そういえば、そんな話はしたことが無かった。


 こちらに来て日が浅いというのもあるが、何よりアンナと話すときというのは基本、本題から入ることの方が多いのでそういう時間を取れなかったというのもある。小学校だか中学校だかの自己紹介を思い出すが、その時はいったいなんと言ったのだったか。



「嘘が分かる」

「えぇー?」



 こちらに顔を向けず、獲物の痕跡を探しながら疑わし気な声色で返すアンナ。

 そりゃあ、疑われてもしょうがないようなことを言っている自覚はあるけども。



「詐欺で没落したんだ。騙されないように騙されないように努めてたら、自然と分かるようになってた」

「うっそだぁ」

「こんなことで嘘ついたってしょうがないだろ」



 人を疑うことは簡単だ。ただ言葉の一つ一つを嘘だと決めつけてしまえばいい。

 しかし、それではただ露悪的なだけだ。

 そこに留まらず、相手の言動、声音、仕草や発汗量、話の内容を見て真偽を確かめる。単純な話だが、一つ一つの精度を極めていけば、自然に嘘か本当かは分かる。


 魔族になって身体能力が上がってからというもの、その辺りを見極める能力も向上していた。視覚や嗅覚、聴覚に至るまでもが強化されているのだから当然だが、ここまで来れば特技と言っても問題は無いだろう。


 フキを引き抜きながら、続けて言う。



「どんな嘘ついてるかってとこまでは分かんないけど」

「ダメじゃん」

「そこまで行くと本当に心読んでるレベルじゃないか。そこまでできたら流石に気持ち悪い」

「まあ……それは気持ち悪いかも」

「だろ?」



 そもそも、心を読める人間がいたとしても、そんな人間は数日ともたずに狂い果てることだろう。


 人間の思考というのは常に一定なものではない。言葉だけでなく情景も頭の中に浮かべるだろうし、意識を向けている一つの事物と並行して別の何かについて考えることだってできる。そんなものを毎日のように見せられて、正気でいられる者がいるとは思えない。


 慣れれば便利だったりするのかもしれないけども。



「じゃあアンナは何か特技ってあるのか? 狩り以外に」

「……ぱ、パン焼けるよ!」

「パン? ……アンナが?」

「む……今似合わないなとか思ったでしょ」



 不意に、振り返ってじとっとした視線を向けてくるアンナ。

 もしかして、前にそんなことを言われたことがあるのだろうか。



猟師(こっち)の印象が強いってだけで、やれば似合うとは思うよ」

「えー……そう? ホントに? ホントにぃ?」

「いちいち疑うなよ」



 金髪だし。全体的に色素薄いし。そりゃあ、RPGに出てくるエルフみたいで、弓引いてる方が似合ってる――というか。綺麗というか。そういう風に思いはするけども、別に他のことやってたら似合わないというわけじゃない。


 短めのポニーテールを見ているとどうしても活発そうな印象を受ける――実際活発な方だ――が、だからと言って料理なんかをしている姿が似合わないわけじゃあない。


 個人的には、むしろそういう姿の方が好み……なのだが、わざわざ口にするのもそれはそれで変態のようだし、やめておこう。



「でも何でパン?」

「お父さんとお母さんがライヒでパン屋やってるの。あたしも子供の頃に教えてもらってたから、今でも作れるワケ」

「へー……今度作ってみてくれないか?」

「ヤダ。あたしが作るくらいなら店のパン持ってくる」



 どことなく不貞腐れた風にそんなことを言うアンナ。ライヒまで往復しようと思ったら夕方までかかりそうなものだが、そこまで嫌なのだろうか。

 元々アンナは割と適当というか、どことなく短気な部分があることだし、細かい作業が向いていないのかもしれない。どんなに作っても作るたび不格好になってしまって、人前に出せないとか……何にしても、残念な話だ。


 しかし、アンナの両親についての話はこれが初めてということになるのか。ハンスさんとフリーダさんはアンナの祖父母だし。

 もしかすると俺に親がいないのを気にして話題にするのを避けていたのかもしれない。



「……っと」



 更に、見つけたヨモギ……らしき葉を摘んでカゴに放り込む。


 生態系のことを考えるなら、全て採り尽すのは良くない。元々四人しかいないのだから、根こそぎ採取しなくとも充分に食料にはなりはするけども。



「……あたしもよく分かんないのに、よくそんなに分かるよねリョーマ」



 ふと、隣にしゃがみ込むようにして、アンナがこちらの手元をのぞき込んでくる。


 ……なんというか、ちょっと近い。元々化粧っけも無い方だし、香水なんかも使っていないと思いはするが、なんだかちょっといい匂いがする。

 ドン引きされるのは間違いないし、言葉にはできないが。



「こ、ここ二、三週間くらいずーっと山菜採ってたから。食べられるものかどうかくらいは分かるようになったんだよ」

「ふーん……ん? 食べられるかどうかだけ?」

「……うん。まあ、味は保証できない」



 どうしたって独特の苦みはあるし、好き嫌いが別れるのは間違いない。

 更に言えば調味料も、塩やソースが主体で、和風の調味料は見たことが無い。醤油があれば山菜もより美味しく食べられると思うが、少なくともライヒとフリゲイユでは目にしなかった。チーズやヨーグルトの存在が確認できたあたり、発酵食品は存在しているようだが……麹菌の存在や、発酵そのものの難しさもあってか、大豆や米の発酵食品は見受けられない。


 そもそも、米自体が存在しているのか、どうか。パン屋の存在から鑑みても小麦粉が流通に乗っていることは間違いないし、麦は間違いなくある。七草粥風のオートミールにしてしまえば、それなりに食べられるものにはなるはず……とは思うのだが。



「言っても結局は野草だから、すぐ採れる代わりに手間暇かけないと美味しくできないんだよな」

「水に浸けたり、アクを抜いたり……だっけ?」

「そうそう。それでも好き嫌い分かれるんだけどさ……」



 天ぷらにするとクセも少なくなる……のだが、油もタダではないし。

 椿だかヒマワリだか……ともかく、花の種を砕いて絞れば油を抽出できるはずだが、そもそもどの花の種を使えばどのくらい油が搾れるのかが分からない。数キロ単位で必要になるとすると、まずそれに使う労力で別のことをした方が有意義だとも思う。



「……ん?」



 そこでふと、自分の勘違いに気付く。

 なにも、植物性の油だけを候補に挙げる必要は無いじゃないか、と。



「どしたの?」

「いや、大したことじゃないんだけど。アンナさ、基本的にはイノシシを獲ることが多いよな?」

「うん。畑荒らしちゃうしね」



 あちらでも、農家が猪の対応に苦慮しているというのはよく聞く話だ。


 イノシシは雑食性で繁殖力が高い。害獣に対応するために働いているのもアンナ一人ではないだろうが、小規模な村落であるクラインでは人数もたかが知れているだろうし……優先的に駆除する対象になっていることは間違いないだろう。



「……猪って、どのくらい脂があるんだ?」

「んー……冬の方が多いけど、だいたい三割くらいかな。そのくらいは全部脂」

「それどうするんだ? 全部アンナんちで食べる?」

「ううん。ていうかその前に腐っちゃうし……」



 数キロの肉と言われて考えると……老人二人と女の子一人では、確かに冷蔵設備があっても数日じゃ食べきれないことだろう。

 男所帯でも腐る前に食べきれるかは怪しい。となれば……。



「捨てる部分とか、出てくるかな」

「えー……っと……どうだろ。脂は……使わないことはないけど、最近はライヒまで行けばムギ油があるし……うん、脂身はいらないかも」



 やはり、そうだ。使わない部分はどうしても出てくる。


 脂身なんてその最たるものだろう。あちらにいる時にテレビか何かで見たが、精肉店でも脂身は切り落とされて廃棄されることが多い、とあった。


 元の世界とは異なり精霊術によって独自の文明が発達しているこちらの世界では、機械で行われる工程が精霊術や魔石によって代用されている。あちらと全く同じようにとはいかないまでも、街まで行けば食料品が大量に流通している可能性は高い。実際、こうしてアンナが言うようにわざわざ酸化・劣化してしまいやすい動物脂を保管しておく必要は無いわけだ。


 そうなれば、余分な品というものがどうしても出てくる。今回目当てにしているのはそれだ。

 浅ましい話だが、今は少しでも物資が必要だ。ミリアムやレーネが恥を被るのは我慢ならないが、俺だけならば多少のことは耐えられる。


 それはそうとムギ油って何だ。



「よければいただけないでしょうか」

「うわ気持ち悪! いきなり何!?」

「人が敬語使っただけで気持ち悪いとは何だ」

「だ、だって今まで普通に喋ってたのにいきなり丁寧になるんだもん! 気持ち悪いよね!?」

「人に頼み事するんだから普通だろ!?」



 もしかして俺の常識は何か間違えているのか。

 親しき中にも礼儀ありと言うものではないのか。

 もしや日本だけの風習なのだろうか。



「まあいいけど。でも、なんだかタダであげるのは癪だなぁ」

「今日俺が採る山菜の……さ……二割を……」

「半分」

「……はい」



 相手から条件を提示されてしまっては、頷く他に無かった。

 全部と言われなかっただけ有情だと思っておくことにしよう。何にしても、カロリーも油脂も他に換えがたいものだ。



「……あ、そうだ。俺が猪とか見つけられたら、少し分け前増やしてくれよ」

「んー? そのくらいはいいよ。まあ、リョーマに見つけられると思えないけど」

「む……できないなんて決めつけるなよ。俺だって多少はやればできるんだぞ」

「はいはい。ま、期待しないで待っておくから」



 と、からかうようなアンナの台詞に対抗心を燃やした俺は、アンナよりも先に獣を発見することを心に誓うのだった。

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