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 フリゲイユ学術都市の実験棟、現在はほとんど使用されていない教室の一角にそれ(・・)はあった。


 一見すると何も無く――しかし、魔力を操る技術をほんの僅かながらも体得したからこそ感じられる、圧迫感。

 自分の内を流れるそれと似た……しかし、明らかに異質な魔力(もの)

 時折感じる淡い輝きは、術式を構築する時の光とよく似ている。いずれもまともに形作ることさえできてはいないが、周辺の被害状況とクラウス講師の話から推測するに、時折まともな術式を形成して魔法を発動してしまうのだろう。


 ……ともあれ。



「どうしたらいい?」



 魔力溜まりから目を離さず、隣に立つミリアムに一言尋ねる。


 魔力溜まりの成り立ちについては直接クラウス講師からも聞いたが、俺には「死霊を軸にして魔力が凝ったもの」、という認識以上のものは無い。魔力のコントロールにしても、未だ練習中の身の上、今の時点で俺が対策など立てられようはずもない。


 一方、ミリアムはどうも魔力溜まりについて造詣が深いようだったし、今は意見を仰ぐのが最善だろう。



「そうですね。冥斧」

「カリゴランテ」

「…………で、切り裂けば終わりです」



 そこまで名前を変えられることが不服なのだろうか。



「なんでですか?」

「魔力の……比重というか、密度というか、リョーマ様……冥王の魔力は通常の魔力と質がまるで違います。普通に魔力から作った武器では無理ですが、『王』の創る武器ならば魔力を切り裂き、繋がりを断つことも可能です」

「俺そんなことできるの……?」



 だからこその世界における「楔」の王なのだろうが、ちょっと規格外すぎないか俺。というか冥王。


 これ絶対一般人じゃまず持て余す類の力じゃないか。



「できますとも」



 自信満々に胸を張ってみせるミリアム。


 ……目の保養……いや、目に毒だ、と思ったことは伏せておこう。

 なんというか。言ったら言ったでかわかわれるかドン引きされそうだし、そういう対象に見ることもできないし。



「ともかく、リョーマ様があの魔力溜まりを斬ってしまえば、あとは雲散霧消して消滅するでしょう」

「じゃあ……」



 と、体内の魔力を成型しようとしたところで、ふと思い立つ。



「……なあ、ミリアム。この魔力溜まりが消えたら、ここにあった魂って、どうなるんだ?」

「消滅しますよ」



 あっけらかんと、ミリアムはそんなことを言ってのけた。

 ぽかんと、口を閉じることができないでいると、続けてミリアムは言う。



「当たり前じゃあないですか。彼らは既に死霊――……一度は死んだ者です。この世に留まるための依代が無ければ、霧散して消滅するでしょう」

「消滅……」



 無慈悲――なようにも思えるが、措置としては当然のものだろう。

 当然……なのだが、しかし、どこか釈然としない自分がいるのも確かだ。

 殺生に対する忌避感というのもあるだろう、ただ……他にも何かがこう、歯に挟まって抜けないような。



「かわいそうです……」



 ぽつりと一言、レーネが呟く。



「ダメですよ、レーネ。自然の摂理に背きます。死人が蘇るなどというのは――」

「待てミリアム。俺も死人だったろ」

「……あっ」



 そこで、ようやく違和感の正体に思い至った。


 ……俺がミリアムに蘇生されたってのに、自然の摂理に背くからどうのなんて今更も今更だ!



「そ……そこは棚上げで! あの時は本当に緊急事態だったのですから!」

「俺は助けて他はどうでもいいってのは理屈が通らないんじゃないかな」

「いや、こればかりは……無理では……」

「魔力そのものが霊魂をこの世に留める媒介になるなら、外からその形を整えてやればいいんじゃないか? 生物を魔族化するのとはわけが違うけど」

「でもそれは……いえ……でき……ない……とは言えない……ような……」

「できるんですか?」

「いえ、それが……うう、ん……」



 思案顔で、ああでもないこうでもないと呻くように呟くミリアム。

 どうも、ミリアムにとって先の言葉というのは想定外のものだったらしい。確かに、我ながら無茶苦茶を言っていると思うが……ミリアムが持つ魔法・魔力に関する知識は膨大なものだ。俺の言葉に何の可能性も感じなければ、即座に切って捨てることだろう。

 魔力を成型することで武器を作れるなら、もう少し突き詰めれば人体を形作ることだってできるはずだ。義手、義足……ともまた違うが。


 と、そんなことを考えていると、不意に服の裾がレーネに引っ張られた。



「……でも、リョーマさま、本当にいいんでしょうか」

「ダメなら俺はもう一回死ななきゃな」

「……え!?」

「冗談だよ」



 冗談に聞こえなかっただろうか。不安げな顔をしながら、レーネは裾を掴む腕の力を強めた。

 けど、突き詰めればそういう話だ。死者がこの世に居座ることが悪だと言うのなら――俺も例外ではない。となれば、元通りにするのが道理だ。


 もっとも、そうする気は今のところ無いが。

 と、そうしている間にミリアムの考え事も終わったらしい。



「……一応、結論として。できなくはない、かと……」

「できなくはないのか」

「ですか」



 可能性があるとは思っていたが、こんなにも早く可能性を絞り込むことができたのは予想外だった。

 しかし、ミリアムの表情を見るに……その可能性を提示することに、何か抵抗でもある、のだろうか。



「……何か問題があるのか?」

「魔族化の要領で、魔力を成型して器にすれば人型にすることは難しくないでしょう。ですが……この魔力溜まりに内包された魂、これが問題です」

「ギオレンの人の魂だから?」

「はい。理由の方はお分かりと思いますが……」



 ギオレンの人間の魂――というのなら、魔族に対して敵愾心を持つ者の方が大多数だろう。

 それを魔族の手によって蘇らせる……というのは、さぞ屈辱なことだろう。状況を把握すると共に襲い掛かってくるということもあるかもしれない。


 ……が。



「……我々に、牙を剥くかも」

「その時はその時だ。俺が何とかするよ」



 冥斧(カリゴランテ)を使えば魔力を断ち切ることができる。魔法そのものを消去することまではできなくとも、ミリアムの言っていた通りに魔力溜まりを断ち切ることくらいはワケは無いだろう。なら、「もしも」の時に手を下すのは俺の役目だ。


 ……そもそも、魔力の質を鑑みれば俺しかできそうにないし。



「で、方法は?」

「魔族化の時と同じ……血液に術式と情報を込めて、あの魔力溜まりに落とせば充分なはずです」

「血……?」



 そういえば、レーネには具体的なプロセスについてまでは言っていなかったか。

 初めて聞くようなら、不安に思っても仕方がないかもしれない。



「レーネ、そんなにダバダバ出すものじゃないよ」

「あえっ、あ、そ、そうですよねっ! び、びっくりしちゃったけど、そうですよねっ」



 ほっとしたように一つ息をつくレーネ。


 もしもそうだったらこんな気軽に提案してみたりはしない。が……まあ、前の時はレーネ自身も意識が無かったことだし、想像はできないかもしれない。

 ……まあ、そもそも魔族の肉体では自傷だって気軽にはできないし、最も簡単な方法というのも、魔力で作り出した武器で――だし。カリゴランテの外見はひどく物々しい。あれを使って血を流して……と考えると、身構えてしまってもしょうがないのかもしれない。



「でも……リョーマさま、その時って、どうやって血を?」

「え? あの時は……こう、こんな風に親指を噛み千切って……」

「……親指を? かんで?」



 親指の先を上下の犬歯で挟み、噛み千切る――ような真似をして見せると、レーネもそれに続くように試す。

 しかし、どうもしっくりこない様子で。



「これ、どうやったんですか……?」

「そりゃあ……………………」



 試してみようとするも、なかなか上手く感覚がつかめない。


 改めて思う。あの時俺はどうやって親指を噛み千切ったりできたんだ……?

 咄嗟の出来事だったから無意識のうちに体がリミッターを外した……という考え方もできるが、それにしても我ながら不思議だ。レーネが首を傾げても無理はない。


 まあ、痛みというのは最も分かり易い危険のシグナルなわけで。無意識のうちにそれを避けようとするのは、決して間違ったことではないのだが……。



「リョーマ様。準備はできておりますが」

「あ、ごめん」



 暇を持て余したのか、掌の中に展開した術式を弄るミリアムに頭を下げつつ、魔力溜まりがある……と思われる方へと向き直る。


 未だに「何となく、ぼんやりと圧力を感じる」程度にしか感知できないのだが、いずれ、慣れさえすればミリアムと同じように目で見て認識できるようになるかもしれない。



「前回――レーネの時と同じように、私が術式を組み込みます。リョーマ様の準備の方はいかがですか?」

「……ん」



 ゆっくりと、数秒ほどかけて魔力を成型して右手にカリゴランテを創造していく。

 と言っても用事があるのは刃先程度のもの。先端が形を為すのを見届けたら、左手の親指の先を軽く切りつけて血を滲ませ――あとは、全て体内に還元する。



「今できた」

「まだ構成速度も十分とは言えませ……いえ、今は小言はやめておきましょうか」



 言い切ってないだけでほぼ中身言っちゃってねえかな。

 いや。まだ慣れてない俺にも多大な問題はあるのだろうけど。



「……じゃあ……」



 改めて魔力溜まりを見据えるが、今のところは安定しているらしい。

 時折魔力の光が見え隠れし、小さな破裂音を響かせてはいるが、それ以上には至らない。

 小康状態――というわけではないのだろうけど、近づくなら今しか無いか。



「頼む、ミリアム」

「はい。ですが、どうなるにしても覚悟だけはしておいてください」

「分かってるよ」



 軽く苦笑しながら、左腕を前に掲げる。

 左手の親指――血液に溶け込むように、ミリアムの作り出した術式が組み込まれ、魔力溜まりに向けて滴り落ちる。


 ――――そして。


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