表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/176

祭服の少女

 宗教というものについて、俺はあまり良い印象を抱いてはいない。


 元より現代の日本人ならば、大抵は拝金主義的だとか、人の心の弱い部分に付け込むとか、洗脳して利用する――とか、そんな印象が強いことだろう。


 実際のところ、俺が持つ印象というのも似たようなものだ。というのも、父が死んだその数日後。見計らったかのようなタイミングで、宗教の勧誘員が訪れたことがあったからだ。お悔やみの言葉も早々に切り上げ、立て板を水が流れるようにつらつらと勧誘の言葉を述べるその姿には、怒りや嘆きを通り越して関心すら覚えるほどだった。

 ……当然、早々にお帰りいただいた。


 そもそも、父から常々言い聞かされてきたのが、「たとえ家族でも政治と宗教の話だけはするな」ということだった。そこまで言う以上、何があったのかは想像に難くない。

 ともかく、そんなわけで俺は宗教に対して、はっきり言ってしまえば偏見を抱いている。勿論、悪意を抱いている人間ばかりではないことは理解しているものの、感情と切り離して考えるのはいささか難しい話でもあった。


 と、前置いていてなんともおかしな話ではあるが――俺は今、学術都市の敷地内に建つ、教会の礼拝堂にいた。

 事情、というほどの事情は無い。単に聞き込みをしていくにつれてこの場所に行き付いたというだけのことだ。



「……なんだかな」



 ボヤいてみるも、別段状況が悪いというわけではない。ただ、なんとはなしにボヤかざるを得ない理由があった。


 この教会に限らず、アーサイズにおいて教会に祀られているのは往々にして「神」ではなく「精霊」だ。

 となれば、状況は単純。この場所は、言うなれば魔族(俺たち)の大敵……天敵とも呼ぶべき精霊のお膝元、ということだ。


 俺はもしかしたら、勢いに任せてとんでもないことをしでかしているのではないだろうか。そんな気持ちさえ頭に浮かんでくる。いや、実際ミリアムからするととんでもなく恐ろしいことをしでかしてしまっているのだろう。

 ただ、そう。俺が好んで窮地に入り込もうとしているわけではないことは分かってくれるはずだ。実際そんなつもりは全く無かったわけだし。



「………………」



 不意に、礼拝堂に掲げられているシンボルマーク……元の世界で考えると、十字架だろうか。日輪を表しているかのようなそれに、目を奪われた。

 精霊という存在はこちらの世界には七体おり、その中でも最高位に位置するのが、「光」の精霊なのだという。教会で祀られる中で最も多いのもそれなのだとか。


 ……光が最高位とはなんて安直な、などと考えてしまったのは、創作に触れることの多い日本人だからだろうか。


 じゃあ対する俺たちは闇か。

 なんて安直な。



「おっと」



 そもそも、俺は別にRPGの属性優劣について考察しに来たわけではない。主題はそもそも魔力溜まりについての調査だ。


 見ると、この教会にも破壊の痕跡は十分に残っているようだった。壁は抉れ、椅子は焦げ……被害者が出たかは定かでないが、少なくとも、以前この教会に魔力溜まりがあったことは事実のようだ。

 が、どうも今は魔力溜まりそのものが移動してしまっているようで、痕跡以外には何も無い。

 ……人の姿も無い。こちらに関しては、当然と言えば当然か。既に移動した後だとはいえ、自ら望んで災害の現場に向かうような奇特な輩もそうはいまい。


 俺がその奇特な輩と言われても否定はできないが。


 ともあれ、このままここにいても新しい情報は得られそうにも無い。そろそろ移動しようかと考え、宝座に背を向けた、その時。


 礼拝堂の扉が開かれた。



「……あら?」

「……え?」



 どこか不意を突かれたような、想定外の事態に出くわしたような……そんな声が、扉を開いた人物から発せられる。


 無理もないことだろう。俺だって今の今まで、この教会の管理者以外に誰もいないものと思い込んでいたことは確かだ。

 しかし、俺が無意識のうちに声を上げてしまったのは、想定外に他人が現れたことが原因ではなく、どちらかと言うとその人物の外見の意外さのせいだった。


 床にまで届いてしまいそうなほどに長く、美しい銀の髪。金色の装飾の施された、華美な印象を受ける白い祭服。何よりも目を引くのは、その人物の身長だ。

 俺がおおよそ百七十センチを多少超えた程度の背丈だが、その人物は俺よりも頭二つ分は小さい。だいたい百三十センチ程度。レーネと同じくらいだろうか。となると、十歳前後。の――女の子だ。


 身なりの良い、幼い女の子。風体から考えても、こういう場所に来るような人間にも思えない。



「あの。どちら様ですか?」



 思考の渦にハマり込みかけていると、不意に女の子から呼びかけられる。


 どちら様か。聞きたいのはむしろこちらの方なのだが、この女の子の身なりを考えると、無礼な言葉遣いは慎んだ方が良いだろうか。



「ああ、ええと……俺、いや。自分は、魔力溜まりについての調査を任された者です。あなたは?」

「え?」



 こちらの質問の意図が理解できないという風に、女の子は小首を傾げた。

 ……まさか、こちらの質問の意味が分からないということではないだろう。無い……はずだが、何だろう。この違和感は。


 まさか自分のことを知らない(・・・・)わけがない(・・・・・)とでも言うような。


 と。逡巡するように僅かな間を置いて、僅かに悪戯っぽい笑みを見せたのちに女の子は改めて口を開く。



「……エフェリネ。エフェリネ・フルーネフェルトです」



 すごい。一つの名前の中で三つも「フ」の字が出てきた。

 いや、どうでもいいことを考えている暇は無い。問題はこの女の子……エフェリネの素性だ。


 自分の知名度について絶対の自信を持っているような態度を取れるような人間なんて、そう多くはない。元の世界で考えれば、アイドルや……それこそ、総理大臣くらいのものではないのだろうか。

 ともすると、外見には判断もつかないが……エフェリネがこの学校の学長の娘であるとか。場合によっては、学長そのものであるとか。そんなこともあり得るのだろうか。

 服装から考えると……まさか、霊王ということはありえまいが。少なくとも相当に位の高い人間であることは疑いようも無い。


 マズい。真実がどうであっても、まずもって無礼な態度は取れない。何が「無礼」に当たるのかいまいち分からない今、余計なことを言ってしまうと身動きが取れなくなるかもしれない。人間側で高位の……魔石を作ることができるほど習熟した精霊術師は、魔力を感じ取る能力を持っていると言うし――まさかとは思うが、俺が魔族だと感付かれる可能性が無いとも言えない。


 ……ギオレンに来てからこんな心配ばかりだな俺は!



「あなたは?」



 エフェリネの問いかけに対し、どう答えるべきか一瞬、逡巡する。

 既にクラウス講師には俺の本名は知られていることだろう。その上役と思しき彼女に偽名を伝えたとしても意味は無い。


 ならば本名を……とも思うが、日本名を伝えて理解が及ぶかという問題もある。レーネやミリアムの使うイントネーションの通りに伝えれば大丈夫だろうか。



「リョーマ……と、申します」

「リョーマさん……ですか。不思議なお名前ですね」



 こちらに来てからというもの、西洋風の名前しか聞かないものだが……やっぱり、和名というのは違和感を覚えるものなのだろうか。

 不思議、とまで言っているとなると、十中八九その通りなのだろうが……。



「もしかして、御使い様の子孫ですか?」

「え?」



 今度はこちらが驚かされる番だった。

 御使い……というのは確か、魔族を滅ぼしたという異世界の人間のことだ。

 元は地球の人間であり、魔族側からは代行者と呼ばれている。代行者、というのはつまり精霊の意思の代行者……という意味合いだが、確か、こちらの人間と子供を作ってそのまま元の世界に戻ってしまったような者もいるんだったか。


 無責任な奴め――と言いたいところだが、そもそもこちらの人間が望んでそうしたという可能性もある。日本人の中に代行者となってこちらでこちらで戦った人間がいて、その名前を拝借した……とか、そういうこともありうるだろう。



「いえ、そういうわけでは」



 が、否定は入れておく。

 詐称する立場としてはうってつけかもしれないが、そうしたとして問題もいくつかある。

 後々ミリアムにバレた時に不機嫌になるということもそうだが、事実関係を追及された時に困る。代行者についても精霊についても知識のありそうなエフェリネに嘘をついて、看破されないという保証はひとつも無い。そこから巡り巡って魔族の存在まで嗅ぎつけられたら、それこそ大問題だ。


 とはいえ、まさかそう簡単にバレるようなことは無いだろうし――――。



「そうですか……では、その魔力は生まれつきですか?」



 バレてるよコレ。



「……生まれつきですね」



 俺は今何を口走ってしまったのだろう。想定外の事態に、頭がついていかない。

 いや――理解していないわけじゃあない。ここでまた新しく嘘をついて、最低限場を取り繕うとしているだけだ。


 取り繕いきれているかは別にしても。



「生まれつきですか! そうですか!」



 と。俺が内心恐慌状態に陥っているのを理解しているのか、いないのか。どことなく嬉しそうな表情で、エフェリネは軽く手を叩いてみせた。


 何だ!? 魔族を見つけて殺せることがそんなに嬉しいのか!?



「いま、おいくつですか?」

「十八です」

「十八歳! なんですね!?」



 と。こちらを見上げて表情を輝かせるエフェリネ。

 駄目だ。このままここにいたら俺は死んでしまうかもしれない。そうなると、ミリアムの目的は完全にふりだしに――いや、あの二人まで死んでしまえば、それよりも悪い。どうにかミリアムとレーネにこの事態を伝えなければ……。



「――――どうやってその身長まで伸びましたか!?」

「えっ」



 しかし。恐怖に戦慄(おのの)く俺に聞こえてきたのは、そんなごくごくありふれた質問だった。


 えっ。何コレ。

 ……何だコレ!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ