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講師クラウス

「やあ、待っていたよ」



 その人物は、おおよそ教師という言葉に似つかわしくない男だった。


 短く切り揃えられた金の髪。端正な容姿……そして、鍛え上げられた肉体と、黒い軍服。俺の知る、元の世界のタイプの軍服に近いことを考えると……あるいは、軍服でなく作業服か何かという可能性も考えられるが――今は置いておこう。


 エフベルト・クラウス。教職にあるまじき威圧感と物々しさを放つ彼こそが、俺たちをフリゲイユ学術都市に招いた人物である。

 柔らかな物腰の中に見える挙措(きょそ)。こちらを値踏みし、観察するような眼。敵意は感じられないものの、その一つ一つを見るだけで彼が只者でないということはひしひしと感じ取れた。



「まずは、突然の招請(しょうせい)に、快く応じてくれたことに礼を言わせてもらいたい」

「いえ、こちらこそ。本日はお招きいただき、ありがとうございます」



 互いに軽く頭を下げる。つられてレーネも俺と同様、クラウス講師に頭を下げた。


 見た目から受ける印象と同様、厳格……というか、実直な人物なのだろう。と思う。でなくては、教師などできはしない。


 ……できはしないのだが。どうしても、馬鹿(ヨナス)の知り合いという時点で色眼鏡で見てしまう。

 こればかりはどうしようもない。そもそも、ヨナス自身が「類は友を呼ぶ」などと言っていた時点で、クラウス講師に対する印象は良くなかったのだが……。



「何か気になることでもあるかね?」

「……いえ」



 言葉にはしないでおくことにした。


 ヨナスの言葉がデタラメという可能性もあるし、人伝に聞いた話で勝手に他人にレッテルを貼るのも良くない。クラウス講師がヨナスと出会ったことにしても、何か複雑な事情が裏に隠れているかもしれないのだから。



「そうか。では、立ち話というのも申し訳ない。自由にかけてくれたまえ」



 と、クラウス講師はソファを指して告げた。


 流石に罠が仕掛けられていることは無いだろうが――などと益体も無いことを考えつつ、クラウス講師が着席するのを確かめて、続くように俺たちもソファに座る。

 想像したよりも深く沈みこむ体に一瞬狼狽えかけるものの、何とかそれは顔に出さずに済んだらしい。



「では、クラウス講師。まず、自分たちを招待したその理由の方を、お聞かせ願いたいのですが」

「理由か。では、逆に問おう。諸君らはどう考える?」

「……魔石を作成したことを、ご存じだと聞きましたが。そういった事情では」



 クラウス講師の問いに、回答を示す。


 実情、俺の持つ情報の限りではそれ以外に答えようがない。が――クラウス講師がどれほどの情報を握り、何を目的に俺たちを呼び出したのか。それ如何によっては、多少、選択肢も増えてくるだろう。


 最も警戒すべきなのは、俺たちの素性を知っているかどうか……万が一、魔族と知られている場合は、相応の対処を行わなければならない。


 ……最適な対処の方法が「何」にしても。



「その通り。君らのような――在野の、それも独学で精霊術を学んだと言う者が、魔石を作成したからだ」

「……何か、問題がありましたでしょうか」



 言ってはみたが……あるのだろう、恐らくは。何も問題が無いのに呼び出されるなどそうは無い。

 問題は無くとも、目的が無いということはありえない。



「魔石を作るには、特殊な才覚が必要になる」

「……は?」



 思わず、驚きが口を衝いて出た。


 ちょっと待て。そんな情報は事前に無かったぞ――と、ミリアムの方に僅かに視線を向けるも、彼女もまた突然に降って湧いた情報に困惑しているようだった。

 対して、クラウス講師の反応は、微細ながらも明確だった。僅かに口の端が持ち上がり、笑みを形作る。


 俺たちの反応が想定通りだったのだろう。事実、魔石を製作することに関しては何も……常識とされるようなことさえも知らない。こんな反応をしてもしょうがないのではないか、とも思う。

 思うが……迂闊だったことに変わりは無い。


 この場を取り繕い、最低限、俺たちのことを不審に思われないためには――。



「……申し訳ありません、そうした情報には疎いもので。不躾ながら、どういったことかお教え願えますか?」



 軽く咳払いをして、問いかける。


 俺がそうした情報に疎いことは確かだ。だからこの言い訳は事実でもある。詭弁には違いないが、それでも俺が「何も知らない」という事実には変わりない。少なくとも、こう言っておいた方が真実味は増すはずだ。



「君は確か、独学で精霊術を学んだのだったかな」

「……ええ」



 大嘘だ。返答までの合間に何か感じ取ったか――は定かではないが、クラウス講師は僅かに笑みを見せた。



「この場合に言う『才能』は、大別して三つ」

「三つ……ですか」

「そう。一つは空間に滞留する魔力を感知し、それを自在に操ることのできる才能。もっとも、これに関しては訓練によってある程度まで培うことはできるがね」



 当然と言えば当然だが、基本的に魔力というものは自分の内側にあるもの以外を感じ取るのは難しい。大気の流れを感じ、その全てを明確な形で認識しろ、と言われて誰ができるものだろうか。その上更に、その流れを操るなどと。不可能にも近い。


 成程、確かに特別な才能だ。魔力を操ることに関しては俺も苦心した――今もしている――が、だからこそ、訓練次第で操ることができるようになるというのは納得のいく話でもある。



「もう一つは、極めて希少だが――我らが霊王陛下と同じく、体内に魔力を保有して生まれた例」

「…………なるほど」



 体内に魔力と言うと、魔族と似た……いや。ともすると、ほぼ同じ体質と見ていいものだろうか?

 魔族とは「魔法を扱うことのできる者」の総称だ。より正しくは、「莫大な魔力をその身に宿す生き物」であり、「体内の魔力を用いて魔法を扱うことのできる者」と言える。


 とはいえ、魔族だけが魔力を持っているわけではないし、人間の中にもそういった人材……特異な才能を持って生まれる者はいるのかもしれない。

 そんな人間は、彼が言う通り極めて希少な存在なのだろう。


 その一方。



「三つめは、何です?」

「魔族」



 ……続いて放たれた言葉に、俺は身を強張らせた。


 気付かれているのだろうか。「空間に滞留する魔力を感知する」という言葉から考えるに、他人が体内に持つ魔力は感知できないのでは……とも思いはするが、確証があるわけではない。むしろ、魔族が一度は滅ぼされた経緯を鑑みるに……外見が人間と同じでも、魔族か人間かを見分ける手段がある、と見るのが自然だろうか。


 とすると……まずい。クラウス講師は、俺たちが魔族だと知っていてこの場に呼び寄せた可能性がある――。



「ああ、安心してくれていい。既に彼らは絶滅したものと謳われている」



 と。ある意味では俺の心配を払拭するような言葉が、クラウス講師の口から発せられた。

 魔族、という言葉を聞いた俺の緊張を見抜いたのだろう。今もまだ魔族がいるかもしれないから恐れている――と勘違いしてくれたのかもしれない。


 しかし、油断はできない。言葉だけならそれと装うことはいくらでもできるだろうし、実際、俺自身も今日この日までいくつも嘘を並び立ててきたから。



「……そうですか」

「もっとも、私は彼らに生き残っていてほしいと思っているがね」

「え?」



 生き残っていてほしい――そういう言葉を、まさか人間の口から聞くことができるとは、正直なところ夢にも思っていなかった。

 にわかに、期待の感情が湧いてくる。もしかすると、この人ならば……。



「新しく考案された破壊術式を試す格好の相手だと言うのに」



 駄目だった。


 いや……当然と言えば当然だ。そういう認識の方が普通なんだ、人間からすれば。


 敵に対して情けを持つ必要も、躊躇する必要も無い。より効率良く術式の研究を進めるならば、被験体というものがいた方がいいに決まっている。だからこういう発言をしたのだろう、ということは理解できるが――理解できるにしても、やるせない。


 クラウス講師からすると、魔族とは実験動物の類でしかないのだ。こんなにも認識が違っていて、果たして和解や共存というものは望めるものか……。


 見れば、ミリアムもまた呆れたような、嘆かわしげなような、そんな表情を浮かべていた。レーネは恐ろしいものを見るような眼で、クラウス講師を見てしまっている。

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