示唆される秘術
あるいは、そうなることを想定していなかった俺が悪いのか。
それとも、そもそも「こう」なるだろうと想定して行動していなかったコイツが悪いのか。
いや……元々割合抜けてるヤツだし、俺が想定できていなかったことを想定しろというのも難しかったのかもしれないが。
午前四時の、空が白み始めるころ。
轟音に導かれてやってきた俺が目にしたのは、だいぶ、こう、日常生活でまず目にすることの無いであろう異質な光景だった。
……何で暗殺者のやつは、頭から地面に埋まっているのだろう。
「……何やってんだお前」
「……――――! ……――――!!」
状況を鑑みるに、霊衣のおかげで死ぬことは無いからと思って窓から飛び降りてみたところ、足を滑らせて頭から墜落。霊衣が衝撃を逃がしたおかげで本人は無事だったものの、衝撃を逃がした先の地面が陥没し、ご覧の有様――と。
ピタゴラスイッチか何かか。
「っと」
「ぶほっ!? う、う、うぎぎ……貴様! 何で見つけたらすぐに助けないんだッ!」
「何だお前、助けられたかったのか?」
「そんなわけないだろうこの愚図! お前たちが人間を助けるのは義務のようなものだろう!?」
「……何馬鹿なこと言ってんだ」
何が義務だ。傲慢なことを言いやがって。
確かに魔族はかつて戦争に敗けた。が、それだけだ。何か条約が締結されたというでもなく、奴隷契約を結んだというでもなく……・義務だの何だのというものは、法律上存在しない。
「人間の温情で生かしてやっているというのに、傲慢なことだな。これだから魔族は……」
「傲慢はこっちの台詞だ。魔族を皆殺しにしたのは人間の身勝手だし、生き残ってんのも単に見落としただけじゃねえか」
「…………」
「お前自身もそれに何一つ関わってねえってのに、偉そうにしてんじゃねえよ」
砂まみれでじっとりした視線を向けるヴァレリーに、吐き捨てるように呟く。
思えばずっと、「良い人」というのに関わりすぎていた。
まずもってミリアムからして、口は悪いが責任感が強いタチだし、アンナもその家族も、お人よしで善良だ。少しだけアンナの父親とも揉めたが、あれはあれで、娘の将来を心配してのことでもあった。
だから――そう。こういう人間は必ずいるものと理解していても、どうしても腹立たしさを覚えてしまう。
口も悪くなるし、言葉遣いも荒くなる。強い反感と共に表情が歪み、睨みつけてしまう――――。
「俺たちと人間がどれほど違うって言うんだ?」
そう、思わずにはいられなかった。
確かに、力は強い。人間にあり得ない特徴もいくつかある。けれど――俺たちだって、人間と同じようにものを考え、感じ、生きている。
元々人間だった俺やミリアム、レーネたちだけじゃない。ネリーや、リースベットや、アンブロシウスも……何も変わらない。
少なくとも、俺はそう思っている。
「違うな。魔族は、人間にとっては存在するべきでないものだ」
「何だと?」
「力が強い。膨大な魔力を持つ。その時点で普通の人間にとっては充分理解できない恐怖の対象だろう。貴様らが生きていると知るだけで人間たちは大混乱だ。生きているだけで迷惑な存在など、生かしておけるはずも無いだろう」
「――――じゃあ、人間も生かしておけるはずは無いよな?」
「な、に?」
反論されると思っていなかったのだろうか。ヴァレリーは俺の言葉に対して、怪訝な表情で返して見せた。
「魔族にとって人間は、かつて自分たちを滅ぼした恐るべき脅威だ。人間がいると知るだけで魔族は大混乱になる。生きているだけで迷惑なら、人間なんて、街ごと消滅させちまった方が良いだろう? お前の言葉を借りるなら、魔族にとっては人間だって『生きてるだけで迷惑』だよ」
現に、アンナに俺の素性がバレたと言う時、俺たちの間にどれほどの混乱が起きただろう。
俺だって、これまで考えもしなかったのに急に「人間と戦う」ことを本気で考え始めるし、他の皆にも強い不安を感じさせてしまった。あの時のようなことは二度と起きてほしくはない。
幸い、現状はフランチェスカ伯の監視下でとはいえ俺たちの存在も、一応は人間に認められている。あの時のようなことを考える必要は、今のところ無いはずだ。
――けど、それはそれとして、反論として言葉にしておかなければならない。
そういう考えもあるのだと明確なに示しておかなければ、いつまでも調子に乗らせてばかりだ。
「だと言うのに、何故融和など掲げる」
「……俺だって、元は人間だからだ」
「え――――」
「何だよ、知らなかったのか?」
てっきりそういう情報くらいは仕入れているものかと思っていたが、そういうわけでもないのか。
この分だと、元は人間だった面子のことも知らないと見える。例えばアンナのこととか、レーネのこととか……。
「……ま、教えることも無いか」
「な……い、言いかけてやめるな!」
「口を割る気の無い相手に何言っても損だ損。何か聞きたきゃ喋れ」
「ぐ……」
思ったよりも効果的だった。これで黙らせることができるんなら、これはこれで面倒が少なくなっていいかもしれない。
「そ、そもそも、貴様はこんな時間に何をしていると言うんだ!」
「農作業」
「……は?」
「農作業」
「…………は!?」
……まさか、この情報すらも無かったのだろうか。だとするとヴァレリーのバックにいる組織はどれだけ俺たちの情報を得ていないんだ。
いや、あるいは、ヴァレリーだけにこの情報を流さなかった、とかか?
だとするならこいつ、どれだけ組織内での立場が低いんだ。
「略奪でもして生活してるとでも思ってんのかよ。自分たちで作らなきゃメシはねえぞ」
「い、いや、貴様は王じゃないのか!?」
「陣頭指揮って言葉知ってるか?」
「……ええぇ……」
世間的に見ても、やはり組織のトップが野良作業というのは珍しいものらしい。
当然だけど。俺も自覚はあるけど。
でも仕方ないじゃない。人手が足りないんだから。
「おい、これ」
「は? 何――――は? 何だこれは?」
「タオルと、一輪車だ」
ヴァレリーに見せたのは、別に珍しいものではない。元々この城にあったちょっと古めのタオルと、クラインに行けばどこにでもある一輪車――猫車である。
何を物珍しい目で見ているのか。もしかすると、ヴァレリー自身はこれらを見たことが無かったのだろうか。
「いや、名前でなく意図を」
「手伝え」
「……は!?」
「いや、だから。手伝え。そのくらいはできるだろ、密偵だろうが暗殺者だろうが」
「何で!?」
「人手を遊ばせておける余裕はうちには無い」
そもそもが四十名弱という小規模すぎる勢力だ。交代して順番に休憩を取ることはあっても、必然的に、普段は全員が全員何かしらの仕事を抱えている。
俺やミリアムは勿論のこと、農作業が苦手なアンナだって、山に入って獲物を取って来たり、城内でレーネと一緒に食事の準備などもしている。そんな中で、捕虜みたいなものとはいえこいつ一人が裏で休んでいようものなら、そこから皆の不満が溜まっていくということもありうる。
そもそも、働き手が足りないというのは常の不安だった。どちらにしても、何の理由も無く働かせないというのはありえない。
「ふ、ふ、ふん! そ、そうは言ってもな! 何も食わねば私も飢え死に。そうなれば目論み通り――――」
「そうなる前に腹を掻ッ捌いて食い物でも何でも突っ込んでやる。痛いのが望みなら言え」
「………………」
「簡単に死ねると思うなよ。どんな手を使ってでもお前のことは生かす」
霊衣があるから、自ら吐き戻すようなこともそうはできないだろう。
だいいちに、情報源に死なれるのは非常に困る。本人は潔く死んでしまった方がいいとしているのだろうけれど。
「……けど――――お前、何で死ぬのが怖くないんだ?」
ふと、不意に浮かんだ疑問を投げ掛ける。と、ヴァレリーは不思議そうな表情をして、一言、答えた。
「ふん、何で言わねばならない」
「……それを言えば、さっきのこと、教えてやる」
「……真実だな?」
「ああ」
……嘘、ということにしてもいいが、ここは彼女の信用を得るためにも一度喋っておくのが得策だろう。
どうせ大勢には変わりなく、最も知るべきでないであろうエフェリネが知っていることだ。この程度のことなら多少は問題ない。
「――――我々には死者蘇生の秘術がある。精霊術の秘奥とも呼ぶべきものがな」
「なん、だと――――?」
蘇生――――蘇生、だと?
今、こいつは「蘇生」と言ったのか? 死者の? 蘇生?
まさか、いや、そんなことが……?
ありえない、と思う。けれど、その一方で僅かに「もしかしたら」という疑念も同時に浮かぶ。何故なら――俺自身が、一度死んで生き返ったその実例に他ならないからだ。
となれば、あるいはそれは、魔族化することで蘇らせるとか、あるいは生きながらえるとか、そういう……?
……それはそれとして、この程度で喋るなんてチョロいなこいつ。
「私は喋ったぞ。言え、どういうことだ、貴様が元人間だというのは」
「ある大事故に遭った後、先代冥王の遺骨を素材として復活した。俺が魔族になったのはそのせいだ」
「……ふん、成程な。確と覚えたぞ。クク……」
……ああ、このしたり顔。どう見てもこれ、鬼の首取ったりというか、他の誰も知らない情報を手に入れたぞ、と、そういう顔だ。
実際は、この程度の概略なら、他の誰も――どころか、公王やフランチェスカ伯、エフェリネだって知っている。そこから先の、俺が「代行者と同様の方法で異世界からやってきた」というところに関しては、まあ、知られちゃ困るんだけど。
「ふふふ――――はあぁっはっはっは!」
「うるせえ」
どうもこの女、テンションが上がるとやかましくなるらしい。
……オスヴァルトほどじゃないな、と思ってしまうあたり、俺も慣れ切っているようではあるが。




