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処遇の策定

「もう、そろそろ機嫌直してよー!」

「別に機嫌悪くねえよ」

「とか言いながら怒ってるじゃん!」



 それから、俺たちは当初の目的通りにフランチェスカ伯の邸宅の前まで到達していた。

 相変わらず、あの少女はずっと黙りこくったまま。ミリアムはそんな彼女を見張り続けて――時々こちらに背後から生暖かい視線を浴びせても――いる。

 俺とアンナの会話なんていつもこんなものなんだし、大目に見てほしい。


 しかし――――。



「……あまり騒ぎになってるような様子は無いな」

「ん――うん、そうだね。何でだろ?」



 何かあった――いや、この場合逆か。むしろ、「何事も無かった」と見るべきだろうか。

 あるいは、フランチェスカ伯の中では、彼の妹は既にこちらに到着しており、今頃雑談にでも興じているもの、ということになっているのかもしれない。

 ただ、そうだとすると余計に大変だ。現状を何も把握できていないとなると、オリエッタ嬢が無事かどうかすら分からないことになりかねない。


 焦りを抑え込みつつ、呼び鐘を鳴らして俺たちの到来を告げる。

 しばらくすると、老齢の侍女らしき人が、慌てた様子で門の前にいる俺たちのもとへと駆け寄ってきた。



「どうも、お待たせしました。どちら様でしょうか?」

「突然の訪問お許しください。私、リョーマ・オルランドと申します。フランチェスカ伯との会談の依頼に参ったのですが……」

「あら、あら! そうですか! あらぁ……すみません、では、どうぞお入りください。応接室でお待ちするよう伝えておきましょう」

「ありがとうございます。では、そちらに伺わせていただきます」



 話の早い人で助かった。もしかすると、そういう人をこそ採用しているのかもしれないけれど。

 年齢から考えると、長年家政婦として働いていて、勝手が色々分かっているということでもあるだろう。多分。


 ともかく、何にせよ――足を踏み入れた屋内も、しかし、人々が慌てているような様子は見受けられない。

 何か特殊な事態が起きていることに、半ば確信を持ちつつも――しばらく行くと、以前俺が訪問した時のそれと同じ、古ぼけた扉を備えた応接室に辿り着いた。



「失礼します」

「どうぞ」



 返答に応じて部屋に入ると、普段の冷然とした様子のままのフランチェスカ伯が目に入る。流石に、俺の背後にいる例の少女の姿を見ると、怪訝そうな表情を浮かべてはいるが。



「オルランド卿……? いかがいたしましたか? お疲れのようですが……」

「申し訳ありません、火急の事態ですので率直に申し上げさせていただきます。オリエッタ様は、今御在宅でしょうか?」

「オリエッタが、ですか?」



 俺の質問を不思議に思ったのか、フランチェスカ伯は僅かに首を傾げた。

 質問の意図が読めないというのもあるだろう。フランチェスカ伯にとって、今日は特別なことがあるような日というわけでもないのだから。



「ええ、いますよ。急な発熱がありましたので、また後日そちらに伺うという旨を伝えるよう、言いつけておいたはずなのですが」

「――――成程」



 ――――どうやら、致命的な行き違いがあったらしい。

 いや、行き違いを起こさせた者がいる、と表現するべきか。悪意を持ってそれを行った者がいることが、確かになった。



「何か、問題が?」



 そこは領主の洞察力と言うべきか、俺の表情を見たフランチェスカ伯は、真剣な表情でそう問いかけた。



「申し訳ありません、フランチェスカ伯。実のところ、自分はそれを伺っておりません」

「……今、なんと?」

「自分は、そのようなことは聞いておりませんでした――と」

「それは、事実ですか?」

「事実です。代わりに、我々のもとにはオリエッタ様を騙るこの少女が来ました」

「…………まさか」



 フランチェスカ伯が、信じられないものを見るように少女に視線を向ける。

 俺としてもあまり信じたくないというか、こんな早いタイミングで俺たちの生活を脅かすような相手がいると思いたくないというか――とにかく、この子の来訪を歓迎したくない気持ちが大きいのは確かだ。



「彼女は何をしていたのですか?」

「潜入の後、深夜に行動を開始。冥王である自分の暗殺を企て、失敗と同時に自害を狙った――と言うところです」

「今こうしてここにいるのは、生かしておくべきとの判断からですか?」

「はい。場合によっては、何か情報が得られるかもしれませんので」

「賢明な判断です。ですが、口を割ってくれるとも思えませんね――――」

「ああ、それなら」

「ミリアム」



 昨晩のことを口走りそうになるミリアムを手で制する。俺の意図を図りかねてはいるようだが、怪訝そうな表情をしただけで言葉を続けることは無かった。



「どうかされましたか?」

「いえ。推測の域を出ないことを申し上げるのがはばかられただけのことです。申し訳ありません」



 確かに、俺は自分の能力によってもしかするとヴェンデル政務官が関わっている「かもしれない」というところまで行き付きはしたが、あくまでそれは推測だ。

 高い精度を誇るとは言っても、他人からはどうしても何を言っているんだこいつはというような眼で見られかねない。

 裏付けを取れるまでは、口にするべきではないだろう。



「現状、彼女は不穏分子と言って間違いないでしょう。オルランド卿、彼女の処遇についてはどうなさるおつもりですか?」

「今のところ、自分では判断致しかねます。可能であれば、その辺りの知恵をお貸しいただければ。いかに危険だとは言っても、情報源としては重要なことに変わりありませんから」

「ふむ……」



 事実上、丸投げしているようなものだが……だからと言って俺たちの一存で決めてしまうとそれはそれで禍根を残す。

 どういう風に転ぼうとも面倒なことになるだろうということには間違いないが、その中でもリスクを可能な限り減らしていかないと……。



「……リョーマ、お腹でも痛い……?」

「……少しな」



 妙に顔をしかめていることを心配してか、アンナが耳打ちしてくる。

 胃は痛い。そりゃもう辛い。けど、現状如何ともしようが無い。俺の胃が痛むだけで丸く収まるなら万々歳だが……。



「ではオルランド卿。彼女はこのまま貴方の城に置いて、なんとか情報を引き出せないか試みてください」

「……承知しました」



 まあやっぱりこうなるよなと思うけれども。

 思っても納得できるかはまた別なわけで。この子も、多分多少のことじゃ喋るとは欠片も思えないわけで。


 ……どうしろってんだ、本当に……。



「本人の前でそんなことを言ってもいいのか?」

「黙ってろ」



 得意げに指摘しているが、俺たちだってそんなことは分かりきっている。

 ほとんど無理を承知の上で、というようなものなんだ。野暮なことを言ったってしょうがない。



「それと、これは提案なのですが」

「何でしょう?」



 ふと、思い立ったようにフランチェスカ伯が呼びかける。

 ただ、何だろう。この嫌な予感は。微妙に……こう、何だかんだで最終的に俺に対してかなり致命的(フェイタリティ)なことが起きそうな気がする。



「――――このまま彼女を(めと)るつもりはありませんか?」



 起きた。

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