アンフェア
「……それで昨日の晩、ずーっと変な声がしてたんだ」
翌朝。寝惚け眼を擦りながら、俺は昨日の顛末を自室でアンナに報告していた。
正直、うん。眠い。昨晩のそれは演技も含んでいたが、やっぱりこう、一晩中尋問となると流石に眠気がクるものだ。
俺にだって特殊能力というものは備わっているが、それにしたってずっと喚き散らしているようなのを相手にするのは、やはり骨が折れる。
癒しが欲しい。割と切実に。
「……すっげえ疲れた」
「はい偉い偉い。ぎゅってする?」
「やめとく。それやられたら寝そうだ」
「寝ちゃえばいいのに」
「いや……今後の対策についてこれからフランチェスカ伯と協議しにいかなきゃいけないんだ。妹さんが無事かも確かめなきゃいけないし……」
「そ、そっか……うん……大変だね……」
エフェリネたちに問い詰めるべきこともあるし、その辺の論点をまとめる必要もある。
あの少女の素性についても調べないといけないし、あと、そういえばそろそろ収穫の時期の野菜もあったような気がするし……。
……そろそろ頭がパンクしそうだ。
「悪い、アンナ。ライヒに行くのについてきてくれるか……?」
「うん、いい……っていうか、そもそもリョーマ、今だいぶ疲れてるし、一人で行くって言われてもついてってたよ」
「ん、ありがとな……」
一応、今日は俺だけじゃなく、あの少女も連れて行くことになっている。
魔族だとはいえ、一般人にほど近い感性を持った女性であるアンナが帯同するなら、あの子もある程度は安心する……かもしれない。そう思うと、アンナのこの申し出には感謝しかない。
「でも、やっぱり仮眠くらいはしたら……?」
「ライヒから戻ったら寝るよ」
まだ頭は動くんだ。動かせるうちに動かしておいた方がいい。それに一応、こちらはフランチェスカ伯よりも低い立場にある。こういう時に限らず、こちらの都合で、あちらが望まない時間に訪問するというのは避けておきたい。
「無理しないでね……?」
「一晩や二晩、なんてこと無いっての」
前に、魔族としての素性を明かせなかった頃はもっとひどかった。
……と言うと流石に心配と不安で怒られそうだし、口にはしないけど。
「でも、それなら尚更早く行こ。その子、普通の人間なんでしょ。だったら、あたしたちの足についてこられなさそうだし」
「あぁ……まあ、もしそうなったら担いででも連れて行くさ」
「リョーマが?」
「俺が」
「ちょっと腹立つ」
「……敵に嫉妬するなよ……」
今までと比べると若干、アンナにもどこか嫉妬心が生まれているようにも感じられるが……今回ばかりは勘弁してくれ。
何せあの暗殺者、普通に連れて行こうとしても抵抗して泣くわ叫ぶわキレるわと、正直、本当に……俺が何とか背負ったり担いだりでもしないとどうしようもない。
「とりあえず、急いでライヒに行こう。話はそれから――――」
と。
そんな遣り取りの最中、外に出ようと開いた扉の先には、何だか恐ろしく――こう、まるで、聞きたくも無いようなものを聞かされたかのように、苦虫を噛み潰したような表情でいるミリアムと例の暗殺者の姿を見つけた。
「……仲が良くなったみたいだな?」
「いえ。良くはありませんが」
「考えることは同じだろう」
「朝っぱらから御馳走さまです。胸焼けするので少しお控えください」
夫婦としてはこのくらいのことはして当たり前だと思うのだが、いかがだろう。
そもそも、本当に控えてみたら控えてみたで、ミリアムもかなり不安がるような気がする。その辺は俺たちへの信頼を前提とした軽口と見るべきか。
暗殺者の方は、多分本気で言っているにしても。
「人前じゃ少しは控えるよ。で、何か喋ったか、そいつ」
「いえ。今口走ったのがようやく一言目、といった具合です。頑なに口を割りませんね」
「…………」
「まあ、それが普通だ。俺も、そこまで期待はしてない」
「そのように断言されるとそれはそれで自信を失うのですが……」
「ま、まあまあ、ミリアムさん。ミリアムさんもこっちの子も、ちゃんと仕事してたってことだよ!」
そのフォローはフォローでどうなのだろう。
いや、けれど、まあ――尋問に関しては、ミリアムよりも俺向きの案件ではあると思うのだが。アンナに同行を頼みつつ、少し精神を落ち着ける――という意味では、一度交代したことにも意味はあったとは思うけど。
その辺、一度部屋に戻るために代わりに色々と聞いてくれていたミリアムには頭が上がらない。
流石にどれだけやっても死ねないことを察したのか、少女は昨晩よりも多少大人しくなってはいるようだった。もっとも、やたらと険しい表情でそっぽ向いてるあたり、敵対心はそのままだろうけど。
「おい暗殺者」
「何だ魔族」
「魔ぞ……いや、まあいい。これからまず、フランチェスカ伯のところに行って、お前をどうするべきかを伺う。いいな?」
「わざわざそんなくだらないことを言いに来たのか?」
「ああ。感謝してくれてもいいぞ」
「反吐が出る」
皮肉の応酬に、思わずと言った様子でミリアムとアンナの表情が強張る。
どちらかが何かしでかしてしまわないかが心配だと言ったところか。普段、そもそも俺がこういうことを言わないのも困惑の原因だろう。
「リョーマ……ちょっとイライラしてない……?」
「……そりゃ、少しはな」
「ふんっ」
苛立ちの原因が、またもそっぽを向いた。
自分のことだっつって分かってんのか、コイツは。いや、分かってるだろうが。その上でこの態度なんだ。
命が惜しくないのだろうか。ないのだろうな。けど、それは色々と――人間として、というより生物として破綻している。
という私見を口にすると後々ミリアムから「あなたがそれを仰いますか」などと言われるだろうからやめておこう。
……俺の場合は、その場その場の最適解が、結果自分を省みない手法になるというだけの話であって、別に命を粗末にする気は無いとだけ補足しておく。あれはあれで生き残るための方法の一つでもあるわけだし。
「しかし、何故わざわざそのようなことを言う必要が?」
「何も言わずに連れていくのも卑怯な気がするんだよ」
「……うわ」
「おい引くな」
「リョーマさぁ……自分がそういうこと言ってるとなんか白々しいこと分かってる?」
「ひでぇ」
俺が卑怯者だってか。
……大嘘吐きの卑怯者だったわ。




