虚偽の明察
「殺しましょう」
「いきなり物騒だなお前は」
――――と。
ミリアムは俺が部屋に入るなり、そんな提案をしてのけた。
一応、遠見の魔石のおかげで状況は既に理解しているのだろう。その上で殺しましょう、と来たか。流石に俺も閉口せざるを得ない。
少女は近くに転がしている。どうせ抵抗しても無駄だと判断したのか、先程から騒ぐこともせず大人しい。
逃げ出すような様子も見えないが――いかにして逃げるかという算段を立てていてもおかしくはない、か。
「しかし、リョーマ様に刃を向けたことには変わりありません。今後のことを考えるなら、殺してしまうのが一番楽かと」
「いくらなんでも短絡的だよそれは。俺たち、人間を傷つけるなって厳命されてるんだぞ」
「しかし、それはあくまで『可能な限り』との話だったはずです。危害を加えられかけてそれでは……」
「俺たちの身体を傷つけられるようなものを、何も持っていないってのにか?」
言うと、ミリアムは渋い顔をして黙りこくった。
一部始終を見ていたというのなら、状況はよく分かっているはずだ。この子が所持していたのはあくまでごく普通のナイフ。魔石が埋め込まれているわけでもなく、身体検査をしてもそれらしきものは何も出て来ず――本当にただ殺されに来ただけという風体だ、ということは。
……で、それでもって、さぁ殺してくれと言われてじゃあ殺す、ということにしてしまっては、後が恐ろしくて仕方がない。
「十中八九、俺たちの立場を悪くするためだけにここに来たんだろう。だからこそ殺すわけにはいかない」
「しかし――抱え込めばいずれ面倒を引き起こしますよ」
「とは言うが、情報源にもなる。話す気は無いみたいだが――――」
少女に視線を向けるも、一切こちらを見ようともせずに虚空を見据えている。
まあ、無いだろうな、話す気は。
俺が同じ立場でも情報を語るわけにはいかない。よりにもよって死ぬために来たというような諜報員だ。拷問にかけても命の危機を煽っても、情報を吐くことだけはまずするまい。
「しかし――よくもまあ、これがアレになるんですか」
「……そうだな」
この少女がこちらに来た時に変装していた「オリエッタ」は、実にまあ、見事なものだった。
確かにフランチェスカ伯の妹だ、と誤認してしまうほどに髪の色も瞳の色もほぼ同じ。身のこなしも、およそ「貴族」のそれを踏襲していた。
「何かの薬品で色を落としたのでしょうか。あるいは、精霊術か……どちらにせよ、諜報員になるべくして教育されているようですね」
「眼帯を付けてる方の眼は、どうなっている?」
「見たところ、視力が無いようです。先天的にか後天的にかは不明ですが」
「……そうか」
果たして、普通の親がそのような諜報組織の工作員として娘を育てるものだろうか。
少なくとも、両親がそういった組織に所属しているか――そもそも、両親がいないという状況でなければ、こんな簡単に死ぬことを選ぶように教育なんてされるはずは無い。それを選ぶことができる感性も、そんなことを命令し、それを良しとする思考も、何もかもが異常だ。
……あるいは、この子は親に捨てられたのではないか、とも思う。
下種の勘繰りに近いと言っても過言じゃないだろう。けど、そういう訳じゃないと言うにしては、あまりにも……。
「どうされるおつもりですか?」
「……今から考える。が……その前に、ミリアム。前に公王陛下に謁見した時に、どれだけ人がいたか覚えているか?」
「謁見の時、ですか? 確かあの時は、我々三人を除けば十名前後、だったかと……」
「そうか。じゃあその十人のうちの――フランチェスカ伯以外の誰かがコイツと繋がってるはずだ」
一言そう断言すると、ミリアムも少女も同様に目を剥いた。
「……どうやらそういうことらしい。ミリアム、あの場にいた人間を全員洗い出すぞ」
「なッ……私は何も言っていない!!」
突然、これまで黙りこくっていた少女が慌てふためく。
その様子だけで裏付けとしては十二分なのだが……。
「反応が分かりやすいんだよ、お前。俺はカマかけただけだ」
「な――――」
「今のは嘘だ。ある程度当たりは付けていたけどな」
「流石にえげつない……」
ミリアムが呆れたような、疲れたような声を出した。
俺の能力を知っているからこそだろう。元々は俺自身のトラウマに起因するものだからこそ、どうもミリアムとしては精神的負担になっていないか気にしているようではあるが。
さて、と息をつき、改めて少女の前に座り込む。
図星をついたことでこちらに強い警戒と畏怖を覚えたのか、少女は僅かに身を縮めた。
「フランチェスカ伯か?」
「…………」
反応から情報を引き出されるのを恐れてのことだろう。少女はぎゅっと目を瞑り、俺の話を聞かないようにと耳を塞ごうとし――その中途で、ミリアムに押し留められた。
「あ、く……はな……離せッ!!」
「黙れ」
「あぐっ!?」
大声を張り上げる少女の口に、霊衣で創った轡を噛ませる。
今はこの少女の身を守るために譲渡しているとはいえ、元々は俺のものだ。こうして外部から動かすことなど造作も無い。
「大丈夫ですか……?」
「大丈夫だろ。さっきまで殺せだの何だのと喚き散らしてたんだ。多少乱暴にしたって変わりやしねえよ」
「んぐ、あがあああ! んぎぁああ!!」
……さっきよりは遥かにマシだが、それでもこの呻き声はどうにもならないらしい。
けど、まあ。こっちの声が届くだけいいか。
「ドミニクス政務官。エフェリネ様。従士マルティナ」
「があ、ああああああ、おああ!」
「シュライヒ公王。ヴェンデル政務官――――」
「ぐあああああああっ! ああ、あああんぐあ!!」
「ミリアム、ヴェンデル政務官だ」
「あ、があ!?」
一瞬の反応の遅れと、視線の揺らぎ。判断は一瞬で終わった。
……ヴェンデル政務官だ。間違いない。公王ならあるいは、俺たちの立場を利用してこういった不穏分子を炙り出そうとする可能性もあるかと思ったが……そうか。
「ヴェンデル政務官……ですか……!?」
ヴェンデル政務官の人となりを知っているからだろう、ミリアムもまた、驚きをもってその結論を迎えた。
「その辺は今度の視察の時に直接聞けばいい。本人の意図しないところで情報が漏れたと言う可能性も否定できない。あの人が進んで協力しているとは考えたくないが……どちらもありうることだ」
本格的にあの人が関わっているかもしれない。
そうでなく、ただ情報を引き出されただけかもしれない。
可能性はいくらでもある。けど、かもしれない、かもしれない――だけでは結論は出ない。やはり、直接確かめなければ……。
「となると、霊王国が背後に?」
「エフェリネ様は『自分にも把握しきれない組織がある』と言ってた以上、どうだか分からない。別口かもしれないが……そもそもの目的は何だろうな?」
「我々の全滅では?」
「だったらもっと戦闘能力の高い暗殺者でも送り込めばいいだけだ」
「となると……何でしょう、すみません、私には、少し……」
俺たちを殺さずに、俺たちの印象だけを悪くすることにどれだけの意味があると言うのだろう。
確かに魔族は人間に恐れられている。それも、前時代の戦争で殆ど絶滅にまで追いやられていたほどに。
だったら、殺しに来るのが筋じゃないのか? あるいは、俺たちを殺すことに意味が無い?
……と、すると、生かしておくことに意味があり、今以上に悪評を立てる必要がある――――。
「――――もう一度、魔族との戦争でも起こそうとしているのか?」
「!」
だとするなら、色々と辻褄も合う。
例えばこの少女の行動だけでなく――それこそ、以前俺が戦ったあの精霊術師の行動に関しても――――。
「誰が得をすると言うんです、戦争なんて……!」
「誰かは得をするさ。傭兵、軍需産業、火事場泥棒……火事場泥棒?」
……何だろう。かつて起きていたフラッシュバックとはまた違うが、何か引っかかるものがあるような。
俺たちとの戦争が起きて、最も得をするのは誰――――どこだ?
スニギットは当然、事実上の当事者であり、自国に魔族がいるという状況になっているのだから対応に追われることになるだろう。被害もただじゃ済まないし――向こう百年は人も住めないような土地にされる可能性もある。
ギオレンは元々対魔族の宗主国だ。かつての戦争で活躍した以上は、スニギットの軍よりもギオレンが擁する精霊術師たちが矢面に立つべきだ。世論としてもそれを望むだろう。
……なら。
「……戦争が起きたら、一番得をするのはエラシーユじゃないか?」
「は――――というのは?」
「スニギットは自分の国に魔族が現れてるんだ。当然、対応せざるを得ない。ギオレンは元々そういう理念のもと生まれた国だったんだ。当然、戦いに来るだろう。場合によっちゃあ、犠牲者が出る数が一番多いのはギオレンかもしれない。なら……」
「ありえ……なくはないかもしれませんが、陰謀論めいてませんか?」
「だよな。だからその辺もひっくるめて全部調べる」
「全部ですか!?」
「当たり前だろ」
じゃないとことの全貌が見えない。ただの陰謀論ならそれでもいいが、そうじゃないなら必ず阻止するべき事態だ。
俺たちの生活も危うい。元々が薄氷の上に成り立っていた半年前と比べれば雲泥の差だが――――。
……一体どこまで頑張れば、争いごとを考えずに済む段階にまで行けるのだろうな?




