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疑惑の嫁取り

 そんなこんなで、五十日弱。

 現状の俺たちにできることとやれることを考えては実行し、体力が尽きるまで訓練しては、暇を見つけてアンナに構い……。

 ――と、常識外れな忙しさのせいで、もう殆ど「いつの間にかこの日が来ていた」というような状態ではあるが、なんとかかんとか、今日来ることになっているらしいフランチェスカ伯の妹を迎える用意を整えていた。


 ……本当、「いつの間にか」ではあるが。


 城の正門の前、俺とレーネとミリアムは、いつ来るとも知れないフランチェスカ伯の妹の到着を待っていた。

 そろそろ、昼になろうかという頃合いだ。元々この場所も僻地ではあるが、だとしてもだいぶ遅い。



「……何かあったんでしょうか……」



 ふと、不安げにレーネが呟いた。

 そう思うのも無理はない。本当なら、もっと早く……九時前には到着しているはずだ。

 フランチェスカ伯も真面目な人だ。俺たちに対してすらも礼儀正しくあろうとしていたし、よりにもよってこんな日に身内が遅刻することなど、許すような性格でもないだろう。


 そうなると、何かあったことは間違いないんだろうが……。



「どう思う?」

「そのようなことをするメリットが見出せません。確かに我々にとっては保護対象――絶対に傷つけてはいけない相手ではありますが、こちらに到着するより前に危害を加えたとしても、我々の立場を脅かすには至りませんので……」

「――――確かに、不可解だな」



 となると、事故に遭ったか、あるいはもっと別な……。



「探しに行った方がいいか?」

「入れ違いになるのもそれはそれで問題です。リョーマ様はもうしばらく待っていてください。ここは私が。ネリーを呼んできて、一緒に探してきます」

「そうだな……」

「あっ、それなら、わたしが……」

「いえ、レーネはここでリョーマ様が下手に動いたりしないか見張っていてください。手持無沙汰だからと言って訓練に行ったりアンナさんのところに行ったりされると困りますから」

「は、はい」

「お前俺を何だと思ってるんだ」



 流石にそこまで恥知らずなことはしない。


 ……しないかな。

 本当にしないだろうか。どうしよう。少しずつ不安になってきた。俺、本当に大丈夫か?

 俺の方から行くってことは無いだろうけど。よっぽどアンナがこっちに来たりしなければ。来たら構い倒す気がするが。



「あれ?」



 ふと、何かに気付いたのだろう。門の前から続く道の先へ、レーネが視線を向けた。

 次第に、何らかの音が聞こえてくる――ような気がする。気配は徐々に強くなり、やがて音も確かなものに移り変わる――車が荒れ道を進む音だ。


 この辺りの道も一応整えはしたが、それにしたって精々魔法を使って平地に均した程度だ。大きな音がしても仕方がないが……やっぱりもうちょっとちゃんと舗装しておくべきだろうか。

 しかし、それをするとなると相当に手間がかかるし、今はそれどころでもないし――――ううむ。



「……わざわざ探しにいかずに済みましたね」

「ああ。けど――――」



 大丈夫なのだろうか。こう――色々と。

 本来の時間から連絡も無しに遅れに遅れ、というだけでも正直、不安が掻き立てられてたまらない。

 そんなことをしそうにない人の身内だというのだから尚更だ。



「……?」



 ふと、隣で首を傾げるレーネが視界に入った。が、その視線は俺たちの方には向けられていない。魔石車の方――恐らくは、その中にいるであろうフランチェスカ伯の妹さんに向けられている。



「どうした、レーネ?」

「あ。いえ――何か、においが……変? なんです、けど……」



 妙にキレの悪い返事だ。においが変。変な臭い……?


 ……どちらにしても、「におい」というものを視覚化できるよう特殊能力を持つレーネが言ったことだ。気に留めておくに越したことはないだろう。



「――――大変お待たせいたしました」



 と、そんな折。一足先に魔石車から降りたらしい、御付き……と思しき目つきの鋭い壮年の男が、俺たちの前に立って恭しく頭を下げた。


 マルティナさんのものと似たような衣服――ということは、彼が御付きの従士ということだろうか。

 無駄に鋭い眼光は、彼が周囲に目を光らせて主君を守っている証。鍛え上げられた肉体は、危険を遠ざけるための防壁だ。


 ……なのだろうけど、何だろう。この微妙な違和感は。

 そのように認識すれば、まあ、理解できなくはないはずだ。けれど、彼が俺に向ける視線にはどことなく敵意……か、悪意にも似たものが混じっているようにも感じられるし、その鍛え方は守るためのそれではなく、むしろ、殺すためのそれを思わせる。



「フランチェスカ伯の命により、妹君であるオリエッタ様をお連れ致しました」

「あ、ああ――はい。ありがとうございます」

「…………」



 礼を告げるも、その反応はいささか鈍い。というより……やはり、俺に対して敵意を向けているようにも思える。

 ミリアムやレーネには、寡黙なだけに見えるだろうか。もしかすると、俺だけがこの敵意に気付いているのか。

 ……現段階では、判断材料がやや足りない、か。


 疑惑を抱きつつも視線を返す、その最中。魔石車の後部座席の扉が開く。

 そこから姿を現したのは、フランチェスカ伯と同様の色合いの髪を持った、一人の少女だ。



「………………」



 彼女が、フランチェスカ伯の妹、オリエッタ・フランチェスカ――――。


 ――――……だよな?

 ……そのはず、だよな。

 フランチェスカ伯に聞いた限りでは、確か、オリエッタという少女は「元気」で、「豪胆」、「挑戦的」で、「大胆不敵」な少女だったはずだ。だが、ここに現れたこの少女は……どうだろう。


 貴族という立場から来る気品は備えているように思う。楚々とした態度、流麗な身のこなし……なるほど、貴族であり、なおかつフランチェスカ伯の妹だというなら、それに相応しい――風には見える。

 けれど、事前に聞かされていた情報と、今の彼女の様子はあまりに違いすぎる。



「……リョーマ・オルランドです。よろしくお願いします、オリエッタ様」

「オリエッタ・フランチェスカです。以後、お見知りおきをお願いします――――」



 差し出された手が握り返される。

 しかし、よく見ればその腕は何故だか僅かに震えていて、やけに無駄な力が込められていた。それは、そもそも俺に対して敵意や害意を有するということの紛れも無い証左で――。


 何よりそれは、彼女の言葉が「嘘」であることを、雄弁に物語っていた。

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