その本領
――――その後。
結局、霊王国の第一回目の視察は、滞りなく終了を迎えた。
エフェリネは相変わらず視察の時間を使って俺たちと遊びたがっていたようだが、そこはまず第一回目の視察を成功に導いてから、次回以降に……という話をつけて、なんとか事なきを得た。
流石にこの一回目の視察が真面目に終わってくれないと、現在の俺たち――魔族のことが正しく他に伝わってくれないだろう。そうなると、当然ながら俺たちの立場が悪くなる。それだけは避けたいし、避けなきゃいけない。
エフェリネにそういう意図は無いのだろうけれども。
さて、それはともかくとして――訓練の続きである。
「大丈夫か、ミリアム。行けそうか?」
「ええ……はい、大丈夫です。慣らしは終わりました」
庭園の片隅に、見慣れない物体がある。
土塊で創り上げられた人形――およそ二メートル前後の身長の、岩人形である。
先日の視察の際に拝領した魔石を利用した訓練……現在の俺たちにとってまるきり未知の領域だ。
ミリアムにこの訓練方法を提案した時は、もしかすると鼻で笑われたりするものかと思ったのだが……意外なことに、彼女の反応は肯定的なものだった。
俺のこの調子だと、他のどんな方法でも試してみなきゃいけないと思ったのか、あるいは、これが適切だとおもったのか……両方かもしれない。
どっちにしても乗り気にはなってくれたのでありがたい話ではある。
「私の動きを完全に、とは言えませんが、少なくとも、一般的な魔族のそれと同じくらいに動けるようには調整してあります」
「分かった。今はそのくらいで」
「了解しました。すぐに始めますか?」
「当然。今すぐやろう。時間が惜しい」
言うと、ミリアムは魔力の糸を織って手元に操作盤じみたものを創り上げた。
そして――――ゴーレムが、彼女の手の動きに合わせてその体を動かし、前に一歩を踏み出す。
一歩、また一歩……少しずつ澱み軋みの無くなっていくその動きは、人間や生物のそれとまるで遜色ない。
「では――――始めます」
ミリアムの言葉を合図に、岩人形が爆発的な勢いで俺の方に向けて走り出した。
その速度は明らかに超常のそれ――ミリアムが操作していることも相まって、彼女の持つ完璧な魔力操作の技術をそのまま再現していた。
成程、これなら訓練相手には申し分ない。少なくともこれまでよりはよっぽどいい。
唸りを上げて巨腕が迫り来る。事前に、躊躇わずにやってくれと言ってある。元々、訓練に際しては殺す気で来ると言っていたこともあるし、ミリアムには微塵も躊躇は無いだろう。
だからこそ――これは、訓練として申し分ない。
俺はミリアムを傷つける心配をしなくていいし、ミリアムも俺を鍛えるのに余計なことを憂慮せずに済む。
速度を上げて、ゴーレムが迫り来る。そう認識した次の瞬間――俺の視界から、ゴーレムの姿が掻き消えていた。
「!」
来た。
ミリアムの使う第一の手。カイルさんのそれと比べても遜色ない、瞬間移動とすら誤認してしまいかねない絶技。
ミリアムに曰く、「ただの技術」。研鑽によって誰しもが習得しうるものであるということだが、さて。どのくらいの鍛錬を積めばその境地にたどり着けるのか。
俺に使うのはあくまでそのダウングレード版だというが、それでも俺の目にはやはり、瞬間移動したように感じられる。
――――けれど。
実体がある以上、動けば空気の流れが生まれる。地面を蹴れば、砂が舞う。魔力を使ってそれらの動きを軽減しようとも、それならば周囲の魔力の流れが僅かにでも変化する。
ならば、極限まで感覚を研ぎ澄ませば捉えられないわけはない――――!
「ッらあァッ!!」
空気の動きを感じた右側面――認識するのと、体が動き出すのはほぼ同時だった。
突き出された巨腕が頬を掠める。その瞬間、カウンター気味に俺の拳がゴーレムの頭部を捉え――――轟音を立て、砕けて散った。
「………………」
「………………」
ミリアムの目が、僅かに見開かれる。
普段まるで見せない、驚きの色を含んだ表情だ。
「ど――――どうだ?」
もしかして俺、何かやらかしてしまっただろうか。
避け続けろとは言われていない。むしろ、対応してみせろと言われていたはずだ。大丈夫……なはずなんだけど、何なのだろう、この緊張感は。
「御見事――です。いえ、なんというか……その、想定以上でした……」
「――――え。あ、そ、そうか……?」
「はい。私自身、リョーマ様が今日いきなり対応できてしまうものとは、思ってもいませんでしたので……」
その発言はその発言で問題が無いかねミリアム君。
俺かなり軽んじられてない?
いや、しかし、うん。俺自身も実は少し驚いている。一発二発は殴られることを覚悟していたんだが、しかし、思ったよりも素早く対応ができた。
何度か戦いを経験したせいだろうか。それとも、俺自身の資質と合致していたのだろうか。喜ばしいことではあるにしても、疑問はある。
「……普通、一日でここまではできません。少し異常です」
「いや、でも、できてしまったものは仕方ないんじゃないかな……」
「それはその通りです。ですが……ううん」
ああでもない、こうでもないと、先程の情景を思い返しながらだろう、ミリアムは首を傾げていた。
何でできたのか、が分からないのは俺の方だ。少し決心した程度のことで習得が早まるわけが無いし……。
「……何で普段できずに今できちゃんです?」
「俺が聞きたいよそんなもん」
誰か知ってるなら教えてくれ。
俺は別にアンナやエフェリネみたいに「なんとなく」でできる天才肌じゃないんだ。
「これだからリョーマ様は困るんですよ……」
「俺何気に酷いこと言われてねえかオイ」
「気のせいですよ多分。しかし――――そうですね。これまでのことから鑑みるに……リョーマ様、嘘を見抜けるなんておっしゃるくらいですし、元々洞察力は高い方ですよね?」
「あ、ああ。多分、そうだと思う」
「この技術のキモはある意味そこです」
言うと、ミリアムは庭園の地面に、魔力で創り出したナイフを使って何やら眼――のようなものを描き始めた。
あまり絵心が無いせいか、目というよりはもっと別の異形めいた何かに成り果ててもいるが……今は指摘せずにおこう。
「この技術というのは、そもそも相手の『認識』を欺くためのものです。瞬きの間に相手の視界の外に出る。視覚的な盲点を突いて、瞬時に移動したように見せかける――そういう意味で言うなら、リョーマ様には最適な技術と言えるでしょう。何せ、対峙した相手の微細な癖まで読み取れるのですから」
描いた「眼」に、視界を表したのだろう三角形が付け加えられる。
その先に描いた人型は……俺か。
……しかし、まあ、その通りだ。人に騙されまい騙されまいとして、相手の一挙手一投足の癖を見極めて嘘を見抜く――という特殊能力を持つ俺にとって、相手の視点の間隙や盲点を見抜くことは容易いと言える。魔族になっている今なら尚更だ。
逆に、俺は俺自身の盲点や視界の隙をよく理解しているということでもある。結果的に、ミリアムがどのようにして俺を狙ってくるかという推測が立てられ、今回のこの技術の習得に至った、ということか。
「けど、じゃあ何で『今』できたかって話にもなるな」
「そうなんですが……多分、相手を『傷つけてもいい』と認識したことで、スイッチが入ったんだと思います」
「スイッチ――――」
言われてみると、入っている、かもしれない。
当然と言えば当然なんだが、戦闘時と平時とで俺の思考形態は多少異なる。理屈家な部分は変わらないにしても、戦っている時は特に冷淡で、冷然としているようにも思う。その辺りの移り変わりをスイッチと表現するなら、そうなのだろう。
「『傷つけてもいい』と認識したから戦闘用の思考に入るっていうのもまた、なかなか精神的な問題があるような言い方だな……」
「切り替えがちゃんとしていると思えば良いではありませんか。まあ、それはそれでまた人を人と思わぬ風ですが」
「おい」
エフェリネにも言われて地味にショックだったんだからそういうこと言うのやめてくれ。
「この調子なら技術の伝達も上手くいきそうですね……惜しむらくは、ちゃんとリョーマ様のスイッチを入れられるような敵と戦う経験ができないことですが……」
「それは、まあ、ごめん」
俺がなかなか本気になれなかったのが原因でもある。気にするな――と伝えるのと同時、ふとした拍子に疑問が浮かんだ。
以前、ミリアムからこの「技術」について聞いた際にも感じたものだ。あくまで俺が知る限りでの話になる以上、確証は何一つ無いが……。
「なあ、ミリアム。この歩法って何か名前とか無いのか?」
「はあ。特には……」
「――――俺が知る『縮地』って技術に似てるんだが」
一瞬、ミリアムの目線があらぬ方向へと飛んだ。
俺だって具体的に全部を理解してるわけじゃない。けど、その技術の概略を思い出すとどうしても合致するものがある。
敵との間合いを一瞬で詰めたり、死角に入ることで姿を消したり、あるいは瞬間移動したものと錯覚させる――――。
少なくとも、俺はこちらでその名前を聞いたことは無い。が、この名前を聞いて何かしらの反応を示したということは……。
「まあ、気のせいだろうけど」
――――けれど、きっと、それから先は聞かない方が無難なのだろう。
気にはなるけど、それは単に興味の範疇だ。
本人が語ろうとしないことを根掘り葉掘り聞こうとするのは流石に良くない――と言う以上に、なんだか下卑たことのように思える。相手が家族のようなものなら尚更だ。
推測はできる。けれど、確証が無い以上口にするべきではない。
生魚を食べるのに抵抗が無かったり、時々打ち水していたり、なんだか妙に料理が大雑把だったり。
俺という実例がある以上、ありえないことではないが……やはり、違うと思う。
――――ミリアムが、元はあちらの世界にいただなんて、そんなこと。




