心臓に返礼を
「「学校?」」
思わぬその一言に、二人揃ってオウム返しのように聞き返す。
学校といえば、俺たちのよく知っているのは、学術都市フリゲイユ――エフェリネと最初に遭遇し、オスヴァルトと出会ったあの場所だ。
しかし、あれは精霊術師の学校であって、レーネが行くにはいささか問題があるだろう。
となると、一般に開設されている類の学校ということになるが……。
「うむ、料理学校だ。この歳であれだけのことができたのだから、いずれきっと大成するだろう。どうかね?」
確かに、レーネ自身も料理をするのは嫌いじゃないようだし、これから伸びる要素はいくらでもある。
ただでさえ長い魔族の寿命だ。好きなことをして、多くの知識もつけて、色んなことを経験するのが良い、とは俺も思う。
もっともそれはレーネがどうしたいかにもよるし、何より、不安要素もある。
「……どうしたい?」
「………………」
一つ問いかけると、レーネは軽く首を横に振った。
確かに好条件ではあるが――レーネ自身がそれを望まないなら、いち保護者として無理強いはできない。
「申し訳ありません、ドミニクス政務官。彼女自身にあまりその気が無いようですので……」
「ふ、む……そうか。だが、本当に良いのかね?」
「大丈夫……です」
やや俯き気味に、レーネは自分の口でしっかりとそう告げた。
「個人的にも、心配があります。現在の微妙な情勢下で、魔族が教育機関に入り込むとなると、余計な軋轢が生まれかねないものかと……」
「なるほど、一理ある。すまなかった、オルランド卿。余計なことを申し上げた」
「いえ。申し出はありがたく思います。いずれちゃんと落ち着いた時に、彼女にその気があれば、またこちらから伺わせていただきたいと思いますが……」
「その時は歓迎しようとも」
――――よし。これである程度レーネの将来は安泰。かもしれない。
もっとも、彼女自身がどういう道を志すかにもよるのだが。それ自体は俺に口出しする権利は無い。アドバイスくらいはしてもいいかもしれないが、最終的な決定権はレーネにある。
けど、まあ。選択肢があるに越したことは無い。最終的な目的地が何にしろ、道を選ぶことができるなら自分の望んだ道が何より望ましいから。
「リョーマさま」
「ん。ああ。うん。行っておいで」
服の裾を引っ張るレーネを促し、洗い場に行ってもらう。元々、ここで紹介するために残ってもらっていたわけだし……エフェリネたちも、ここで席を外してもとやかく言わないだろう。
実際、恥ずかしがるようにその場を離れるレーネに注がれる視線は、子供に対して向けられるそれと変わりない暖かいものだった。
「で、あのぅ。変わり種な食べ物とかは……?」
「無くていいです」
「無い方がいいだろう」
「何でそんなもの欲しがるんですか。ありますけど」
「!?」
「何故!?」
「まあ……こんなこともあろうかと、と申しますか……」
保険というか、なんというか。
エフェリネがそういう性格をしていることは俺も知っているし、もし食事などに満足いかなかった時、どうしようか――と考えて先に用意はしていたのだ。
実際、食事そのものには不満は無いようでも、こんな風に変なところで不満を表出しているのだから、用意はしておいて良かった。
「何ですか!?」
それに対して――やはりと言うべきか、エフェリネは目を爛々と輝かせていた。
マルティナさんはやや複雑そうな表情を浮かべているが、一応こちらにも考えあっての発言だ。心配しないでほしい――というのは、流石に難しいだろうけど。
「熊の心臓です」
「熊の」
「心臓」
「大丈夫なのかねそれは……」
「大丈夫でしょう。クラインの村でもたまに食べられています」
「食べられているのかね」
たまに、と言ってもそれこそ数十年に一回程度のものだが。
それでも特に問題が出てないあたり、毒性は無いはずだ。
加えて、事前に打ち合わせていた通り、俺たちは現在グレートタスクベアの肉を主な食料としている。
当然ながら、そうして獲ったものに関しては、肉のみならず、内臓や骨も有効利用しているのだが……時には心臓を調理して食べたりもする。
鳥や牛の心臓を食べることもある。その延長線上のようなものだ。鳥だと塩とコショウで味付けして、中まで火が通るまで焼くのが定番だろうか。牛だと、何だか色々と調理法があったような気がする。そっちについては多岐に渡りすぎてよく覚えていない。
ともかく、そんな事情もあって、ここでは割と食卓に上がるものではあるのだが――同時に、心臓というもの自体がわりとゲテモノでもあるので、コース料理として提供するには躊躇われていた。
「急速冷凍してありますので、解凍すれば調理はできます。ただ、癖の強い食材です。我々の技術ではエフェリネ様が満足いくものができるかどうか分かりませんでしたので、このようなかたちで提供させていただくことになりました。申し訳ありません」
「いえいえ全然、まったく、これっぽっちも謝ることじゃありませんよ! 個人的にはここで食べたかったのですが、お気遣いいただいた結果と思うとそれはそれでありがたいというか――――」
どうしよう。ちょっと興奮させすぎた気がする。
喜んでくれることそれ自体はいいことなんだが。
というか熊の心臓って。珍味かもしれないけど、それでここまで喜ばれるのも、それはそれで不安だ。主に霊王国の将来とかの面で。
ふと、エフェリネの隣を見ると、マルティナさんが軽く握った手の親指を挙げていた。サムズアップというやつだろうか。一応、事前にこういう土産を用意しておいたのは正解だったか。
どれだけあっちの世界の文化こっちに流入してるんだろう。
「何か困ってることとかありませんか? 今なら私何でも聞きますよ!」
「『なんでも』などと、そう安易に仰ることではありませんよ」
前も言ってたな、確か。嘘を見破る魔石なんかも持っているようだし、並大抵のことで騙される人ではないのは分かるが、こういう姿しか見ていないといつかどこかで致命的な裏切りにでも遭うんじゃないかと心配になる。
「その通りだ。仮にも一国の王ともあろう者が……」
「しかしですね、お父様。受けた恩を返さないということも、王としていかがなのですか? それこそ恩知らず、恥知らずとして蔑まれるべき行為なのでは?」
「その通りだが……」
思った以上に口が回るなこの子は。俺もそれなりに口は回る……というか無理やり回す方だが、エフェリネも割と口が上手い。
まあ――「恩返し」を反論の材料にされると、普通の人間は二の句を告げることも難しいだろうが。
「でしたら、一つ伺いたいことが」
「はい、何でしょう!」
「数十日後、自分はアルフレート――天帝と戦うことになるわけですが、その時のために戦闘技術を磨いておきたいのです。ですが、身内相手の模擬戦ではいささか、こう――加減をしてしまって訓練にならないのです」
言うと、三人は三人とも揃って微妙な表情をして見せた。
まあ、分からんでもない。自分にできる限り願いを叶えると言っておいて、その返答が「訓練相手用意してくれ」というものじゃあ、拍子抜けというか呆れというか――そういう感情が浮かんでもしょうがないだろう。
ドミニクスさんはどこかほっとしているようだし、マルティナさんも呆れながらも安心しているように見受けられるが……エフェリネの表情はなんとも格別だ。いわゆるジト目というか、何だろう。それすら超えて、もはやチベットスナギツネのような表情をしている。
俺はそんなに珍妙なことを言ってしまったのだろうか。
いや、現状を思えばこれが最適解のはず……。
「……そんなに自分はおかしなことを言いましたか」
「ま、まあ……はい……かなり異常なことを仰っているかと……」
「オルランド卿。普通、こういう時は金銭や地位を求めるのではないのかね……?」
「アルフレートに勝てなければ、金を貰っても意味は無いでしょうし……」
……生暖かい視線が痛い。
いや、俺……別に間違ってないよな……!?




