私が料理長です
――――さて。
ともあれ、現状エフェリネの目的はほぼ達したものと思っても問題ない。
そもそも今の俺たちの住居――冥王の城――は、その敷地面積こそ広大だが、実際に居住区として使用しているような場所はごく限られる。それこそ、エフェリネを案内して視察した地下空間で全部だ。
城のキャパシティ自体は膨大だ。が、やはり元々の住居として設定した地下空間の方に思い入れがある者が多いのだろう。ほとんどの住人はわざわざ城の方に引っ越したりすることなく、これまで通りに生活を続けていた。
……もっとも、俺やアンナ、ミリアムのように上層に生活の場を置くものも、いないわけじゃないんだが。
元々先代の冥王が使ってただけあって執務に使うには申し分ないし、各種の設備も取り揃えられている。クラインにいる当時の環境と比べれば雲泥の差だし――あと、対外的に見て、城に誰かいないと問題が生じるだろう。
一応、俺もフランチェスカ伯の旗下として振る舞わなければならないわけだし、いつ、誰が来てもおかしくない場所でもあるわけではあるんだし。
ともあれ、午後からやることというのもそう多くない。精々、野外の畑を見に行ったりという程度のものだ。その畑自体も耕地面積は広大だが、植えられている作物自体はごく普通の――それこそ、先程挙げた季節の野菜くらいで、特筆すべきものがあるかと言われると疑問だ。
そんなわけで、事実上の今日のメインイベントとも呼ぶべき――――会食である。
正直に言うと、これほどまでに緊張することは無い。
何せ、一国の王と食事だ。緊張をしないわけがない。よりにもよって当のエフェリネの父親がいるというのも、緊張に拍車をかける。粗相でもしようものなら、立場が危険だというどころか命が危険だ。
なんだか、毎度毎度というかほぼ常にこんな感じの危惧を抱いているような気もするけども。
「――――いいですね、実にいいです」
そんな危機感を抱いている中、エフェリネはというと……いつもとまるで変わらない様子で、頷きながら食卓を見つめていた。
「は、はぁ。何がでしょう……?」
「勿論、この食卓の場が、です。勿論、秩序無くただ雑然としているだけの空間なんてものは良くありませんが、かと言ってただただ静かに一人で食事をするというのも味気ない、そうは思いませんか!?」
「……お気持ちは分かりますが」
「分かりますか。そうですね、分かりますよね! 実はこういうの、密かに憧れだったのですよ私」
この場にいるのは、精々俺とアンナとミリアム、それからエフェリネとマルティナさん、エフェリネの父親のドミニクス政務官――と、六人くらいのものだ。「みんなで食事」と言うにしては少し人数が少ないような気もする。
何より、この緊張感に満ちた空気を見てそう言えるというのは、やや感性がズレているのではないかと考えざるを得ない。
もっとも、エフェリネの出自を鑑みれば、「一人の食卓」というものに忌避感が現れても仕方ないように思えはするけれど。
彼女は小さい時に、肉親である母と姉を喪っている。となればドミニクスさんが男手一つでエフェリネを育ててきたのだろうが、そのためには金を稼ぐ必要があるし、そうなれば働かなきゃいけなくもなる。
ドミニクスさんは政府高官でもあるわけだし、金銭的に不自由はしないだろうが……同じ食卓につくということは難しかったのだろうということは、想像に難くない。
なるほど、ごく少人数で食卓を囲むというのが、エフェリネにとって憧れだったと言うわけだ。
俺が「気持ちは分かる」と言ったことに対して共感を覚えていたのは、俺の素性と実情を以前、彼女に教えていたからだろう。
……なんだか、出自それ自体は、似通った部分も無くもないんだな。考えてみれば。
「……オルランド卿、料理はまだかね?」
「あ、はい。少々お待ちください」
ばつが悪そうに、ドミニクスさんが食事の提供を促した。
食事の時にエフェリネを一人にさせていることに対しては、やはり罪悪感を感じていたのだろう。娘を溺愛している姿は俺たちも目にしたし、それこそ身を切るような思いだったに違いない。
だったら、二人にちゃんとした家族の時間を提供することも、今この場所を提供する俺の役割だろう。
「オルランド卿、どこへ行かれるのですか?」
そう思って席を立ったところで、不意にマルティナさんから声がかかった。
どこへ――と、一体何を言っているのだろうか。
「配膳を、と――――」
「リョーマさん自身がですか!?」
「……あ」
「え、何か問題?」
そこでようやく気付いた。そうか、俺、今貴族――の末席みたいなものなんだ。
当然だが、そんな立場の人物が自ら食事を配膳したりなんてことはしない……ものなんだろう。多分。
アンナは、まあ当然ながらそのことに気付いていないが、ミリアムはエフェリネの驚いた声でなんとか気付けたようだ。
……とはいえ、だ。
「はい、普段の癖――と言いたいところですが、今は人の手が足りておりませんので。一度席を立つことをお許しください」
「この食事で何かあれば、オルランド卿。全て君の責任ということになるが、よろしいかね?」
「勿論です。問題が生じましたなら、この命でもって償います」
「いや、そこまでは言っていないが……」
「は、はぁ。すみません……」
……アンナのお父さんたちの時もそうだったけど、問題があったら命で償うっていうのは、やっぱり時代錯誤的な考え方なんだろうか。言えば言うほど皆ドン引きしている。魔族に対する偏見が根強いであろうドミニクスさんですらだ。
ミリアムもアンナも、まあ呆れ果てたような表情をしているが……そもそも、問題が無いことは俺自身が一番よく分かっている。それを端的に示すには、命を懸けるのが一番分かりやすくはあるように思うのだが。
……まあ、他人が同じように言っているのを聞いたら俺もドン引きするかもしれない。
解毒用の精霊術もあるらしいし。
「ちなみに、本日は何を供するのですか?」
そんな中、泰然自若とした態度でマルティナさんが問いかけてくる。
「前菜にカナッペ、スープとしてトマトの冷製スープ、魚料理としてソテー、御口直しにスモモのソルベと、肉料理として鹿肉の煮込み料理……デザートとして果実のケーキを用意しております」
「了解しました。お気を悪くしたなら申し訳ありません」
「いえ、お気遣いなく。それがお仕事でしょうから」
食事に気を遣う必要があるのは分かるし、そうすること自体が仕事だ。コース料理というもの自体、事前にその内容を公表しておくものだろうし……エフェリネは内容を隠しておいた方が好みかもしれないが、それだと従士としては気が気でないだろう。
「では、食事を持って参ります。少々お待ちください――――」
* * *
そんなこんなで数十分後。
事前に予定されていた料理も全て提供されて何の問題も無く皆の胃に収まったその頃。ミリアムとアンナは食器洗いに赴いており、この場にいるのは俺と霊王国の御三方――それから、配膳の手伝いを終えたレーネという状況の中。不意に、エフェリネがぽつりと一言呟いた。
「……普通でした」
「まあ……普通だな」
「それは……普通ですが」
普通――うん。普通か。
そりゃあ、普通だろう。これだって一応、事前にフランチェスカ伯に伺いを立ててこちらの世界での標準的なコース料理というものを教えてもらって、その上で提供しているんだから。
奇を衒ったものを出す必要はない。むしろ、普通であることの方が重要だ。
「まあ、いいじゃあないか。確かに、味も見た目も奇抜なところのない普通の食事だが、魔族である彼らも一般的な常識を弁えていることの証明でもある」
「そうですね。エフェリネ様は、少し物足りないかもしれませんが……」
上機嫌そうにフォローに入るドミニクスさんとは対照的に、エフェリネの表情はどこか不満げだ。
俺自身、決して意図的に彼女の意向を無視しようと思ったわけじゃあない。現状だと突飛なことをすればまず確実に目を付けられると睨んで、ある程度無難な料理を提供したまでのことだ。
実際、ドミニクスさんは先程までの様子とは打って変わって上機嫌だし、マルティナさんも、現状は俺たちに対して特に思うところも無いように見受けられる。
これでもし、あまりに突飛な料理を提供でもしていようものなら――どうなっていたか、なんて考えたくもない。
現状、これが最適解だ。それは、間違いない。
「そうですね。こう、もっと色々足りません。何でこう、お父様もマルティナも冒険心が足りないのでしょう……」
「それは日常に必要なものか……?」
ごもっともである。
「しかし、オルランド卿。この料理はどなたが?」
「ああ――はい。彼女です」
と。その問いに、俺は――――レーネを指し示した。
「は?」
「え?」
「な……!?」
思わぬ回答に、皆の顔が驚きの色に染まる。
その反応は、正直に言えば最初から想定していたものではあった。何せ料理の内容が内容だ。見るからに、幼いと形容するほかないようなレーネがまともに作れるようなものとも思えない。
「お、お口に合えば、よかった、です……」
そんな反応を送るものだから、レーネもすっかり恥ずかしがって、恐縮してしまっていた。
元々謙虚で臆病な方でもあるし、こんな風に注目を浴びるのも慣れていないんだろう。
「なんと、こんな子供があれだけのものを……!」
「リョーマさん、さっき言ってたことって、もしかしてこのことだったんですか!?」
「ええ、お気に召してくれたのなら、幸いです」
――そもそも、である。
当初、山小屋にいた俺たち数人の中で、まともに料理ができるのは、クラインで下働きしたおかげで経験がある俺だけだった。
勿論、他の面々も「やればできなくもない」程度の技量はあるのだが、ミリアムは大雑把だし、ネリーとリースベットは覚えようとしないし、オスヴァルトは色々言って逃げるし、アンブロシウスは体が大きすぎて向いていない――と、色々と負担が大きかった。
そんな折に、レーネが自分に何かできることが無いか、と聞いてきたのが発端だった。
元々聡明な子で覚えも早く、知識を与えれば与えるだけレーネはそれをよく吸収していった。結果、未だ及ばない部分はあれど、料理番を任せても問題ないくらいに逞しく成長したのだった。
クラインとの交流が復帰した現在となっては、酒場のマスターに教わるような機会も増えている。
今後、俺の料理の腕もすぐに超えてくるんだろうな――と、どこか寂しさにも似た確信が、既に俺のもとに去来していた。
「すごいじゃないですか! 今、おいくつでしたっけ……?」
「じゅ、十一歳――です」
「なんと、なんとまぁ……」
三人の興奮した様子に、自分のことのように喜びが湧いてくる。
言ってみれば、レーネは俺にとって妹のようなものだ。家族が褒められて喜ばない者は、そうはいないだろう。
「オルランド卿、彼女を学校に通わせる気は無いかね?」
――――と。
そんな中、不意にドミニクスさんから、そんな提案が叩きつけられた。




