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小さな功労者

「……こちら、地下居住空間です。基本的に我々はこちらを生活の場として使っております」

「ぶーぶー」

「ぶーぶー」

「あまりふざけていらっしゃると流石に怒りますよ」



 結局、俺の精神性が十代後半の青少年として相応しいかどうかという点と、アンナにしばらく構えなかったという追及は置いておいて、俺たちは昇降機で階下に降りて視察の続きを行っていた。

 背後から飛んでくるブーイングは、今は徹底的に無視しておこう。


 というか、真面目な話をしている時にこういう態度はいくらなんでもいかがなもんだと思うわけだよ、俺は。

 それはそれとして。



「しかし、随分と広大な空間ですね」

「直径がおよそ一キロ程度の、半球状の空間として作ってあります。魔石によって太陽光を再現した照明を設置してあり、植物の生育にも問題はありません。実際、この空間の一角には森があります」

「となると、お野菜なども?」

「うん、リョーマやミリアムさんがこだわりにこだわって、何だかずーっと色んなもの植えてる……」

「そこは把握してくれよ」



 この地下空間の耕地面積は、大雑把に言って全体の半分程度を占める。

 だいたい五百メートル四方と言ったところか。有名どころで換算すると、だいたい東京ドーム五つ分――こちらの世界に東京ドームは無いが。


 基本的に、そんなに大したものだとは言い辛い。外に目を向ければもっと広大な農地を保有しているような人はいくらでもいる。

 この場所が他の農地よりも優れているものがあるとすれば、地下ゆえに温度管理が行き届いているということだろうか。魔石を用いさえすれば気温の管理が非常に簡単なため、どの季節でも安定して一定の量の野菜が採れる――ようにしてある。


 一年も運用してないので実際の取れ高は分からないが。



「こちらでは、普段口にするような野菜――例えば、葉野菜や根菜などを栽培しています。市販されている種を使用しておりますので、味はおよそ一定かと」

「なるほど。では、それ以外のものもあるということですね?」

「屋外では森を切り拓いてその季節のものを作っています。それから、一部品種改良なども推し進めていこうと思っておりますが……着手したばかりですので、成果と呼べるほどのものはありません」



 この品種改良というのは、虫を用いて受粉してもらうという、最も原始的な――しかし、恐らくは最も確実な方法だ。

 まだ手をつけただけ、というような段階で、成果どころかそもそも

 本当、リースベットさまさまというやつだ。彼女の操る蜂のおかげで、色々なことが捗っている。



「この川……? は、一体?」



 続いて、エフェリネは目の前を通る川を指差した。



「山から流れている川の支流を一本こちらに引いています。水源になる溜め池と――あとは釣りによる食料供給のためですね」

「穀類はどうされていますか? 主食になると思いますが」

「お恥ずかしながら、そちらはまだ外部から取り寄せている段階です。この秋からようやく本格的に着手できるようになったようなものですので……採れるとしたら次の初夏と言ったところでしょうか」



 ……と、ハンスさんには聞いている。

 いわゆる冬小麦と呼ばれるものは冬前に種を蒔くことになるが、生育の関係上、収穫ができるようになるのは夏の前頃だという。

 春小麦だと、春に巻いて夏の終わりごろ、だったか。いずれにせよ、気を長く持って臨むべきだろう。


 ――俺が一番欲しいのは米だけど。


 ふと、通りかかる面々が、エフェリネの存在に対してやや顔を強張らせながらも、こちらに対して軽く挨拶をして通り過ぎていく。

 その中に、恐らくは今の俺たちの中で最重要人物とも呼ぶべき二人がいるのを見つけた。


 流石に、この状況で挨拶も無しに、というのは失礼だろう。今後、顔を合わせる機会も多くなるわけだし。



「おーい、レーネ、リースベット!」

「あ、リョーマさま……と……」

「あっちは誰だ?」

「知らな……あ、そうだ」



 ふとした拍子に何か思い出したのだろう。呟き、焦ったようにレーネがリースベットを連れてこちらに走り来る。

 エフェリネは――こちらは、何か妙なことでも思いついたのだろうか。やけに表情がにこやかだ。

 正直、そこはかとなく不安を覚える。



「リョーマさま、そっちの方はもしかして、昨日言ってた――――」

「どうも初めまして。私、本日よりこちらでお世話になりますエレーネと申します! 是非とも堅苦しい言葉など使わず仲良くしてくださいね!!」

「おい」

「ちょっと」

「はい?」



 何をこの子は堂々ととんでもねえ嘘をブッ込んでんだ。

 そうなのか? なんて呟いてリースベットが若干信じちゃってるじゃないか。



「……混乱させるようなことを仰るのはおやめください。こちら、ギオレン霊王国国家元首のエフェリネ様。二人とも、粗相の無いようにな」

「むっ……ほ、本物の国王というやつか……! 余……あいや、わ、わたし? は、リースベットと申す……いや、申します……?」

「わ、わたしがやるから! わたしがレーネ、こちらがリースベットと申します。本日はようこそ、おいでくださいました!」

「……むぅ、ごくありふれた挨拶に……」



 軌道を修正させるべく、彼女本来の名前と立場を伝えて二人に注意を促す――と、エフェリネは露骨なくらいに不満げな表情を見せた。


 元々、今日が視察の日で、もしかするとエフェリネがここを見に来るかもしれない……という程度のことは伝えていた。

 だから、そもそも見知らぬ人がいればまず間違いなくギオレン霊王国の人間だな、というところに行き付くはずだ。それを考えると、そもそもエフェリネがあんな風に挨拶しても全く意味が無いと言えるのだが……流石に目に余るな、これは。



「レーネは畑仕事を主に担当してもらっています。リースベットはその補助――と言ったところです。現状、この規模の農業形態ができているのは彼女らの尽力あってのものと言えます」

「なるほど、よく働いているんですね……まだ随分幼いようですが」

「お、おさない……と言われるほどじゃ、ないです。大丈夫――です」

「あ――いえ、失言です。申し訳ありません」



 実際幼い方ではあるが、エフェリネの言葉に対しては何か、癇に障る者があったのかもしれない。

 あと、見た目同じくらいの年頃に見えるエフェリネに言われると抵抗があるのだろう。憮然とした表情を見せるレーネに、エフェリネは焦ったように頭を下げた。



「でも、幼いっちゃ幼いよねレーネちゃんもリースベットちゃんも……」

「むっ……こ、子供あつかいはやめてください、アンナさん」

「確かに我らは矮躯であろうが、この仕事に誇りをもって従事している。その言葉は愚弄に値するぞ」

「ま、そっか。ごめんね二人とも。でも疲れたりしたら言うんだよ?」



 大して、アンナの対応は実にお姉さんというか――年下の兄弟がいるせいだろう、なんとも余裕に満ちている。

 二人も自分たちがまだ幼いことの自覚はあるのだろう。元より身近な存在ということもある。威圧的な言葉の割にその声音は明るく、どこかお互いにからかいあっているような雰囲気すらあった。



「働きっぷりで見返してやればいいさ。特に、今日は――レーネはさ」

「はい! そうですね、がんばります!」

「今日、レーネさんが何かされるのですか?」

「はい。と言っても、下準備等ありますので気長にお待ちいただけると助かります。彼女も張り切っていますので、今はまだ秘密としていただければ……」

「なるほど、ではその時の楽しみにさせていただきますね。レーネさん」

「は――はい! がんばります……!」



 同じ返答でありながら、俺の時の溌剌としたものと違ってその声音にはどことなく緊張の色が見える。

 まあ、当然と言えば当然だろう。霊王(エフェリネ)直々に楽しみにしている、なんて言われるのだから。


 でも、まあ、近頃――というか、だいぶ前からレーネも頑張ってきたことだし、きっと上手くいくと、俺は信じている。

 エフェリネもだいぶ甘い方だ。悪気無く辛辣なことを言うこともあるが、「それはそれで良い」という感性のもとで率直な評価を下している。フォローのしようはいくらでもあるだろう。

 ……ある意味で「その道」のプロであるマルティナさんも一緒にいるし。

 まあ――――なんとかなる。

 と、信じたいものだ。

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