追従の是非
そもそも、現状、ギオレン霊王国が俺たちの住居を視察する理由とは何か――という話だ。
当然、そこにはエフェリネの我儘も含まれているが、それだけというわけではない。
まず一つに、無用な戦力を整えていないかどうかを確認することが挙げられる。反乱の防止、あるいはその前段階における牽制……対人の調練を日常的に行っているような場合に、密偵を差し向けて注意を向けたり、あるいは口頭で注意することで、事前に戦争になるような事態を避ける目的があるだろう。
二つ目に、様々な技術の学習。これは元の世界でも視察の目的としてよく挙げられている。というか、これが本来の使い方だろう。
その場所で発展している技術を参考に、自分たちの発想だけでは不足しているものを補う。工業であったり、農業であったり……あるいは政策であったり。
勿論、その土地やそこにいる人たちだからこそ運用できる技術や政策というものもあるだろう。けど、どんな状況でも普遍的に運用できるけれど、自分たちは気付いていなかった――というものだってありうる。そういった物事を取り入れるには有効だろう。
あと、これは……不適当というか、あまり適切ではないが、とにかく「仕事をしてますよ」というアピールとして、視察という仕事が使われることがある。
そんな人ばかりじゃないし、少なくともエフェリネやその他ギオレン霊王国の高官の方々は、ちゃんと前述の意図があってこちらに来ているのだろうが……。
「……疲れました。お菓子とか食べません?」
「おい」
――――エフェリネはもしかして今後そういうことになる可能性もあるのではなかろうか。
彼女の言葉を聞くと、どうしてもそんな思いが湧いてきて止まらなかった。
城内の三階部分、乱立する客間に到着したその時に発されたエフェリネの言葉に、俺は戦慄するしか無かった。
「……失礼。しかし、まだ殆ど案内もできておりませんが……」
「それはその通りです……が!!」
「が?」
「私はですね……お茶を飲んで歓談する時間が欲しかったんですッ!!」
えーッ。
「……まず視察を終えてからにしませんか?」
「うん、流石にそれはマズいと思う、あたしも……」
「とは言いますが、あの石頭のお父様が許してくれるとお思いですか!?」
「は、はぁ……? 父君のことはよく知りませんので、なんとも言えませんが……状況によっては、許していただけるのでは……」
「まあそうですが」
おい。
いや、まあ、でも、線引きはしてるあたりは良いことだとは思う。
それはそれとして何で今つかなくていい嘘ついたんだこの子は。
「それだけのことは言いかねないということは理解いただけていると思います」
「まあ……言いそうではありますが」
「でしょう!? そもそもお父様は私の交友関係にまで口を出してきすぎなんです。鬱陶しいとまでは言いませんが、快く思われていないと何故気付かないのでしょう……!」
「男親ってそういうところあるからねぇ」
恐らくは自分の親のことを思い返したのだろう。しみじみとした口調でアンナが答えた。
しかし、こう――気持ちは分かると言ったら、流石に二人に袋叩きに遭うだろうか。
例えば結婚ということにしても、相手の男が信用できるものかどうかという問題もあろうし、信用に値するにしてもその後の心変わりとか――とにかく、万が一ということを思わずにはいられないだろう。
エフェリネの場合は交友関係に限った話ではあるが、特段に的外れなことでもないだろうし。子供の幸せを願うならこそ、というものだ。
「というか、リョーマさんは遊びが無さすぎます!」
「は……? 自分ですか?」
「ああ、それあたしも思う」
「アンナまで……」
「ですよね!」
……というか、遊びが無い、って何だろう。精神に余裕が無いということだろうか。
今はそんなことも無いと思うのだが。
「そもそも、遊びが無いとはどういうことでしょうか?」
「その口調とかです」
「……は、はぁ?」
「誰が聞いてるわけでもないのですから、もっとこう――公私混同しましょう?」
「かなりの無茶を仰いますね!?」
「ほんのちょっと口調をフランクにするだけですよ。そこに問題などありましょうか」
「ありましょうや」
大概思ってたけど、この人アホではなかろうや。
「そんなこと言ってたらリョーマ、エフェリネ様と仲良くなれないよ?」
「そうおいそれと仲良くなる、なんて言っていい方じゃないだろ……」
「そうですよ。それだけプレミアムな価値があるのですよ」
「だったら仲良くなった方がお得じゃない?」
「ねー」
「ねー」
また変に仲良いなこの二人は!! 天才同士のシンパシーってやつか!?
それが悪いことじゃないのは分かってるし、そうするのもエフェリネ自身が望んでいるとは分かっているけども。
だからと言って安易に「じゃあこれからもっとフランクな風に接させてもらうよ」なんて言えるわけがない。俺だって今は地上の魔族の代表者で、規範を示すべき一人だ。そういうことができる立場じゃあないのは明らかだろう。
「リョーマ、リョーマ」
「何だよ」
「その、なんかこう、むぎィーってした感じの堅い表情してる時だよ、遊びが無いって言ったの」
「……はあ?」
こういう表情の時――と聞いて、改めて自分の頬に触れる。
アンナの言葉自体はやや抽象的だが、一応、理解できる範疇ではある。要は、小難しいこと考えている時の顔、と言いたいのだろう。
眉間に皺を寄せて、半目で虚空を睨み付ける……字に起こすとなんとも言い難い絶妙な雰囲気だ。遊びが無いとか余裕が無いとか言われても反論できそうにない。
「……かもな」
「またそうやって軽そうにあしらうー」
「ダメですよ、リョーマさん。そんな対応では。女の子は少し冷たいことを言われたりすると、自分が嫌われてるんじゃないかって考えちゃいますよ」
「は、はぁ……申し訳ありません」
「こういう時は私でなくアンナさんへ!」
「……ごめん」
「ふふん。いいよっ」
「ふふーん!」
得意げに許すアンナに――それ以上に得意げに、無い胸を張るエフェリネ。
何なのだろう、こういうのは。虎の威を借る狐……?
今のアンナは狐耳と尻尾があるのだから、まあ狐だけど。エフェリネを虎とするには、威厳とか、体の大きさとか、色々足りないような気もする。
……まあ、最近の俺の態度に問題があったのは確かかもしれないけど。
自分の不手際に辟易する。
一つ溜息をつき、二人を先導するために歩き出す。
「そもそもリョーマ、最近忙しいからってなかなか相手してくれないよね」
「その話は今関係ないだろ……まだ案内ちゅ」
「いえ、充分ありますとも!!」
うわ、食いついてきた。
「あの、エフェリネ様。一応、客間の案内ということでこちらに参っているのですが……自分に対する糾弾が主になってきておりませんか……?」
「客間なんてどこもだいたい同じです!」
いやその通りだけど。
仮にも視察しに来てその言い草はどうなんだ!?
「そもそも私、先に術式を使って城内の探査は済ませています」
「そうなの?」
「はい、私人類最強ですから」
「またそうやって理屈になってない理屈を……」
「それだけ早く、的確にこのお城の中を把握できている、ということです。罠があるわけでもなし、迷うような複雑なつくりをしているわけでもなし。やはり生活の様子というのは確かめたくありますからそちらは拝見させていただきますが、こういう場所でしたら雑談に時間を使っても全く問題ありません!」
言うや、エフェリネは満面のドヤ顔を披露した。
いや、うん。あまりこういうことを考えるのもどうかと思うが。
抑圧されすぎてたって理由も、勿論あろうが。
この子の頭は――ちょっとアレな方面に振り切れすぎている。
そりゃ有能なのは間違いないだろうけど、大丈夫かギオレン霊王国。貴国の国家元首、魔族に心配されてるぞ。
「それよりもですね、結婚しておきながら構うことができないというのはどういうことなんですか!」
「は、はぁ……自分も善処はしているのですが、なにぶん状況がそれを許してくれないと申しますか……」
――――というか、アルフレートの件が無けりゃ今頃もっと時間作ってアンナと一緒にいるわ!!
……と、考えるとそれもこれも全部アルフレートの野郎のせいか。
ちくしょう。次に会ったら状況がどうあれ一度殴り倒してやる。
「遊べー」
「遊べー」
「子供ですかあなた方は」
「十七、八歳は子供ですよぅ」
「リョーマが十九歳らしくなさすぎ」
「そんなことは……」
無い。
無い――よな?
多分無い。うん。俺だってそれなりにちゃんと年頃の男らしい感覚は持ち合わせている……はずだ。
……誰かそうだと言ってくれ。
追従=他人の気に入るような言動をすること。こびへつらうこと。また、その言動。




