たのしい視察
そんなこんなで数日ほど。結局、俺も俺で相応に時間を費やしたというのにあまり成果は上がらず。
ネリーやアンブロシウスも同じく、毎日のようにミリアムにボコボコにされ続けていた。
……という一方で、ほんの数日で魔力武器の生成方法や魔法の扱い方などをホイホイマスターしていっているアンナがいるあたり、どうもこうも肩身の狭いことになっているのは……才能の違いということにしておくしかあるまい。
ともあれ。
現状、俺たちの身柄はスニギットとギオレンの監視下にあると言っていい。四六時中監視されているというわけじゃあないが、それでも定期的に視察が来ることは来るわけで。
――――実を言えば、今日がその最初の日だったりするのだった。
「というわけで! とうとう来てしまいましたよ、お友達の家というものに!!」
「リョーマ様、あの方ちょっと頭の方が残念なのですか?」
「おい馬鹿そういうこと言うな」
来訪して早々、エフェリネは見事にミリアムの冷たい視線に晒されていた。
いや、そりゃそうだけど。
あんなこと言おうものなら、ミリアムなら当然にこういう氷のような表情をするだろうけども。
一応この人も一国の王なんだから、そういう視線を向けるのはやめてあげて欲しい。若干メンタル弱めなんだし。
あと、俺の立場のためにも。
しかし――――。
「あ、エフェリネ様だ。いらっしゃいませー!」
「お前はちょっと畏まろうな!?」
「ふふふ、構いません。むしろこういう対応こそ私の求めてあいたぁ!?」
「人前でそういう態度を取るんじゃあない!」
「お、お父様……いや、そこで私の頭を叩くのもそれはそれで問題だと思うんですが……!?」
……これはひどい。
アンナは当然のようにエフェリネに対してフランクに接しているし、その態度に気を良くしたエフェリネも調子に乗ってしまって、頭を叩かれるというかたちで父親から注意を受けているし……何だろう。すさまじく混沌としているような気がする。
我が家とはいえ人を招くのだから、それなりの対応が必要なはずだし……逆に、エフェリネなんかはいくら人の目が届きにくい場所だとは言っても、プライベートでのやや軽いノリは自粛した方が良いはずなんだが。
正直、エフェリネのお父さんの苦労が忍ばれる。
見たところ、ギオレン側の視察団はエフェリネとその父親、それとマルティナさんの三人だけ……というわけじゃないのだろうが、少なくともこの部屋にはこの三人しか見えない。
あくまで視察「団」なのだし、部屋の外に行けばもしかすると政務官や従士隊がいるのかもしれない。姿は見えないけど。
あるいは、万が一の事態が起きても、この三人でなんとかなるという判断なのだろうか。
……実際、強いだろうなとは思う。エフェリネも、マルティナさんも。エフェリネのお父さんに関しては何とも言えないが、エフェリネのお目付け役としての技量は高いと見て間違いないだろう。もしかすると、ただただエフェリネが心配でくっついてきたのかもしれないが。
「申し訳ありません、オルランド卿。このように騒がしい訪問で……」
「い……いえ。お気になさらず。こちらも無礼を働いているようなものですので……」
騒ぐ四人をよそに、俺の方は改めて挨拶に来たマルティナさんへ対応していた。
この人はこの人で、だいぶ苦労が顔から滲み出していた。
こっちに来るまでには相当時間がかかっただろうし、多分、その中で何かあったのだろう。明確に何があったとは言い辛いが……エフェリネがまた何か妙な我儘でも言い出した、というあたりだろう。
「あ、こちらお土産です。お口に合えば……」
「……すみません、ご厚意痛み入ります」
「いえ……」
言いつつ、二人して四人の方へと視線を向ける。
「友人に対してまで仰々しい態度でいろと言うのですかお父様は!?」
「そうではなくてだな、まず威厳をもって接していかないといけない、という話で――――」
「国内じゃないんですから、別に気にすることでもないじゃないですか!」
「国内でないからこそだな……!」
「あ、エフェリネ様、お昼どうするの?」
「勿論こちらで食べます!!」
「馬鹿を言うんじゃない! こんなところで食事など、毒を入れられでもしていたら大問題になるではないか!」
「入れるわけ無いでしょう。そんな大問題に発展させてしまえばまた滅ぼされるではありませんか」
「そうですよお父様。むしろ今この情勢だからこそ安全なのです。というわけで野趣あふれる料理を希望します!」
申し訳なさそうに、マルティナさんが頭を下げていた。
別に誰も悪気があるわけじゃなし、このくらいで怒るほど俺も精神的に余裕が無いわけじゃない。
……いや、毒を入れる、なんて決めつけられて、ミリアムは若干怒ってるかもしれないけど。人間の思う「魔族の行動」として考えると、ああやって疑うのもありえないことじゃないと思えるが……。
「……案内の方は?」
「私とドミニクス殿は待機しておりますので、エフェリネ様の案内をよろしくお願いいたします」
「あ、はい……うん? ええ、あ、はい……?」
大丈夫なのだろうか。果たしてこの現状、マルティナさん以外の面々は仕事をする気があるのか、とか諸々。
あと、ミリアムとアンナも――こう、エフェリネのことを一体どう捉えているのか。
色々言いたくてたまらないが、我慢しなければならないのは確かだろう。
とりあえず。
「……何故、マルティナさんは随伴されないのでしょうか?」
――これだけは聞いておかないといけないことだろう。
「何も問題は起きませんでしょう?」
ははぁん? 言外にプレッシャーかけてきてるな、これ?
そりゃ当然、俺はエフェリネに対して何もしない。二人もそうだ。何もしないし、そもそもできないし、する気も無い。
だいいち、そんなことしようものなら、街一つ軽々と崩壊させられるエフェリネの能力がそのままこちらに向かうことになる。
もし、マルティナさんが俺たちへの信頼をもとにこう言ってきたのなら喜ばしいことだが……それは無いだろう。十中八九。そこまでの深い付き合いがあったわけじゃあないし。
「仰る通りです」
結局、俺は苦笑いのままマルティナさんの言葉にそう答えるしか無かった。
マルティナさんもまた、張り付けたような微笑みを湛えて頷いた。
この人思ってたよりだいぶ怖い。
「エフェリネ様」
「はい?」
思い切って、未だに歓談を――歓談?
……雑談を続けているエフェリネに向けて言葉を放つ。
この状況はこの状況で楽しんでいたのだろうか。横から話しかけた俺に僅かなしかめ面を浮かべ――しかし、俺から声をかけられたと気付いて気を取り直したように微笑み――こちらに向き直った。
「城内を案内します。まだあまり手入れは行き届いていませんが、ご容赦ください」
「大丈夫です。こちらもそこまで掃除が行き届いているという風でもありませ――――」
「ゲフン、ゲフン、ウオッフ!!」
「………………」
――――オーケー。俺は何も聞かなかった。
理由がどうあれ多分そういうことにするのが一番いい。
ギオレン霊王国のちょっとダメなところが垣間見えたような気がするが、気のせいだ。
「こちらです。ミリアム、マルティナさんとドミニクス政務官の応対は任せる」
「は」
「ぬ……」
はて。しかし――マルティナさんはともかく、ミリアムをドミニクス政務官と一緒にして大丈夫だろうか。
流石に諸々の情勢を理解している彼女がそう簡単に無礼をはたらくようなことは無いだろうが……。
……視察の初日だというのに、そこはかとない不安が押し寄せている。




