天賦の差
結局、俺が立ち直るには十数分の時間を要した。
正直なところ――それはそれでショックはあるが――ネリーの方が俺よりも覚えが早いというのは、まだ納得もいった。ネリーはネリーで戦闘要員なわけだし、重要な役割を担うことになるのは間違いないだろうからだ。
けど、アンナはつい先日魔族になったばかりで、術式の扱いも知らず、その上魔力というものを認識したのは今の今であって……。
涙が出そうになった。
「大丈夫……?」
「大丈夫。大丈夫だ。多分……」
大丈夫だ。
そもそも俺の物覚えの悪さは、俺自身が一番よく分かってる。
俺なんて元々こんなもんだし。他の皆の方が上手くても、それはそんなもんだし。俺は俺にしかできないことがあるから大丈夫だし。
……自分で自分を慰めるのもだんだん辛くなってきた。
「……とにかく、それが基礎の基礎、らしい。俺もあくまでそういうもんだって聞いただけだけど、実際これのおかげで上達はしてきてる」
「へぇ。どんな感じなの?」
「ど、どんなって言われてもな……こう、体の中の魔力の流れがより滑らかになっていく、みたいな……」
正直、安易に他の何かで喩えられるようなものじゃないと思う。
ミリアムはこれを岩山や水の流れともしたが、それだってばっちり正確な喩えだとはなかなか言い辛い。
なんというか、人それぞれな部分が多すぎるんだ。魔力。
「なんかよく分かんないね」
「……あ、ああ……そう、だ……な?」
じゃあ何でアンナのやつ、当たり前のようにやれちゃってるんだろう。
俺と比較なんてするべきじゃないというのは分かり切ったことだし、比較したところで悲しい結果になることは目に見えているが……・。
「でもさ、これが上達したら、魔法とか使えるようになるんだよね。この前のリョーマみたいにこう、どかーんっ! って」
「そう……いやそんな簡単なもんじゃないはずなんだけどな」
「どうやるの?」
「聞けよ話を。いやいいけど……」
実感できないなら、言ったところでしょうがない。
それよりは実践に移って、一度失敗を経験させてみた方が話が早いだろう。
「魔法を使うには、こんな風に魔力を糸みたいに出して――それで文字や図形を描くんだ」
「こう?」
「……は?」
――――直後、アンナは指の先から光の糸を紡ぎ出して見せた。
「あ、何かおかしかった?」
「い、いや、そんなことは全然ない、ん、だが……」
その指の先から出てきた糸は、アンナの思うがままに形を変えていく。
見る間に、それは単純ながらも確かな文様を紡ぎ出して――――ごく小さな炎が、俺の眼前に灯った。
「あっ、出た! やったぁ! どう、どうどう? ね、リョーマ。あたしすごい?」
「そ、そうだな……すごい、な……」
……いや、おかしくねえ?
本来、そんなホイホイできていいものじゃないんじゃないのだろうか。俺、確かここまで行き付くのに数週間はかかったはずだよな。それを、こうも軽々と扱うアンナは一体何なんだろう。
「いや、本当……どうなってるんだ? 俺でもここまでやれるようになるまで、相当かかったぞ……?」
「そう? 簡単だったよ。こう、くいーってやったらこう動いて、こっちにぎゅーってしたら、ぐいん、って動くんだね」
「なんだって?」
「くいーってやったらこう動いて、こっちにぎゅーってしたら、ぐいん、って」
どっかの球界のレジェンドかお前は。
いや、だが、分かった。何となく、分かった。
その辺、元々の素質もあるにせよ――アンナは、だいぶ天才気質だ。
そもそもを考えると、十代で当然のように一人で山に狩りに出ているという現状そのものが異様でもあったんだ。
どんなに森に慣れているとは言っても、アンナの年齢じゃ諸々不安要素もあって当然だ。複数人で組んで動くのが確実だろうし、実際にそうしないとまともに獲物を獲れない、というのが普通なんだ。
それだというのに、アンナは当然のように一人で山に入り、独力で動物を獲ってはそれを家族の糧としている。改めて思うと、とんでもない。
多分それは、アンナが相応の実力を備えているからこそ、だろう。でなきゃ山に入ることを認める人はいないだろうし。
それは彼女に備わっている天賦の才のおかげだ。そして――今、その才覚が十全に、魔法の扱いという形で表れている。
「……いや、すごいよ、お前は」
半ば呆れを込めながら、俺はそう言って軽く肩をすくめた。
そりゃあ、過程をスッ飛ばしてなんにでも一線級の実力を発揮できる才能があるなら、それを発揮できない地道な作業である農作業を嫌うだろう。前の釣りの時も、俺が魚に針を引っ掛けて釣る、なんて曲芸を即座に真似できていたし。
今改めて思い知ったけど、天才肌――だからこそ、面倒くさがりなんだ。まどろっこしくなってしまうから、すぐに結果の出ないことをやりたがらない。
まあ――今は俺の存在がモチベーションになっているみたいだし、それはそれで良いことなのだろうけど。
「そう? あたしすごい?」
「ああ、すごい。俺なんてそこまでやれるようになるまで、相当かかったんだからな」
「にっひひひ。褒めて」
「はいはい」
求めに応じて、アンナの頭を軽く撫でる。
人間らしいさらさらの髪と、狐に特有のもふもふした感触が心地よい。
「でも、まあ、それはそれとして嫉妬はするけど」
「何で!?」
「だってさぁ……そういうのって、本当は俺がやるべきことじゃん……」
本当なら、もうちょっとこう……ミリアムと初めて会った時にも、スッと魔法を習得して素晴らしい、とか褒めてもらいたかったところだ。
現実は割と辛辣な言葉を投げられるばかりだし、もうちょっと、こう……見返すことができたらな、と思ったりもする。
でもそういうことができないので割と辛い。
「大丈夫大丈夫、リョーマはこれからだよ!」
「お前が言うかそれを」
俺よりも遥かに経験が浅いというのに。
……その内抜かされる危険性はあるけれども!
「でも、そうだな。これだけやってるの見たら、流石に俺も頑張らなきゃだ」
頑張ってなかったわけじゃない。けど、思えば視野が狭まっていたかもしれない。
アルフレートが体術方面に隙があることは確かだ。それに加えて言うと、魔法だって――アルフレートが得意とするだろうものと俺の得意とするものは違うはずだ。
ミリアムが言っていた。俺は炎や氷、地面を操る魔法が得意になるはずだ、と。
アルフレートは風や雷。未だ見ていない海王は水……それぞれに専門分野が全く異なる。
それを鑑みれば、あるいは……。
「やれるだけのこと――全部やらないとな」
決意を、新たにする。
俺は、家族と本気で模擬戦ができないのかもしれない。それは、知識を組み立てて技として昇華するためには、いささか不向きな性質だと言えよう。
だとして、だから何もできないかと言われるとそういうわけじゃあない。俺が本当の意味で本気になれる場――本物の戦場に出て、はじめて「技」として成り立たせたらいい。
そのためにはやはり、知識と経験が要る。例えばライヒでの戦いの時みたいな突発的な思いつきにしても、自分にできることとこれまでの経験とを掛け合わせて、はじめてやれたことというのはいくらでもあるんだ。
ぶっつけ本番――と言うと不安にも思うが、思えば俺の戦いというのはだいたい全部ぶっつけ本番の一発勝負だ。分の悪い賭けになることはもう承知の上で、張っていくしか方法は無い。
……と、まあ、それよりも。
「ねえリョーマリョーマ、これすごくない!? ね、ね!」
「いいから落ち着け」
魔法が使えるようになって興奮し通しの妻を、ちょっと落ち着かせることの方が先決だろう。




