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ムッツリな嘘つき男

「お、おかえりなさいませ、ご主人さまっ」



 廃屋に戻った瞬間、不意を突くようにそんな言葉を浴びせかけられた。


 一瞬、思考がフリーズする。こういうイタズラを思いつくとすればミリアムくらいしかいないだろうが、だとしても、この声は彼女のものとはまた違う。

 目線を僅かに下に落とす。と――そこには、やはりと言うべきか。無邪気な笑顔で、レーネが俺を迎えていた。


 一見、その服装は昨晩と殆ど変わらないだぼだぼのパーカー姿だ。が、ミリアムが適当に見立ててきたのだろう。昨夜と同じボロ布ではなく、パーカーの下には、ふんわりとしたワンピース……のような衣服を身に纏っていた。

 また、泥だらけだったのを見かねたのだろう。これまた今朝までとは異なり、露出している腕や足に汚れはまるで見当たらない。雨水と泥で固まってごわごわになっていた髪もちゃんと洗い落とされ、サラサラに梳かれて元の綺麗な亜麻色を取り戻していた。靴は多少古いもののようにも見えるが、値段を抑えるために中古品を購入したのだということは容易に想像がつく。

 元々の柔らかな表情に加えて、セミロング程度に整えられた髪。この子にメイド服を着せでもしたらその破壊力は如何なるものか――。


 こういう時に想像してしまうのが俺の悪い癖だろう。想像したそういう(メイド服)姿のレーネに、先程の台詞を喋らせてみてしまった。

 とりあえず落ち着こう。我が分身(カリゴランテ)



「こんな純真な少女に欲情する人がいるそうですね」

「度し難い変態だな。一度死ねばいいと思う」

「ソウデスネー」



 まったく、とんだ変態がいたものだ。こんなに純真な子を見て頭の中で辱めるなど。恥を知れ。



「レーネ、そういうことは言っちゃダメだ。俺には特に」

「でも、ミリアムさんはこう言ったら喜ぶって」



 (ヨロコ)ぶ違いだ。

 いや違う。悦んではいない。



「他に、なんて呼べばいいか、分からないですし……」

「リョーマでいいんだよ。普通に呼べばいい」

「リョーマさま」

「さま、もいらない」



 そんな大層な存在じゃない。

 魔族の王――冥王なんて立場に立ってはいるが、当の俺にその自覚は薄いし、いずれはこの立場も退くことだろう。


 だから、俺に敬意を払う必要など、どこにも無い。レーネが一人前になるまで――俺などでは力不足だろうが――親代わりとしてあろうとは思っているが、それにだってレーネが気にすることは何も無い。



「お兄ちゃんって言えばいいんじゃないですか」

「おにいちゃん」



 鎌首をもたげようとするんじゃない我が分身(カリゴランテ)



「呼び捨てが難しいなら、リョーマさん、とかでいいんだ」

「リョーマさま」

「………………」



 倒錯的な何かが目覚めそうだ。

 そんな純粋な眼で俺を見つめないでくれレーネ。



「ところで何を持って帰ったんです、ムッツリスケベ(リョーマ)様」

「今ちょっとおかしくなかったか」

「気のせいです。で、今抱えていらっしゃるそれは?」

「なんだか、キレイですね」



 目を輝かせるレーネ。

 だが、これはどうもクズ石らしいぞレーネ。綺麗なだけらしいぞレーネ。



「あ」



 一方、ミリアムは何かに気付いたのか。レーネとは対照的に微妙な表情を浮かべていた。



「前の冥王のトコの魔族が埋めてたらしいな、コレ」

「……は、ははは……いざという時の備えにと思って埋めてた魔石の原石ですよ……はは……」



 今の今まで忘れてやがったなコイツ。



「で、ミリアム。これはどうやったら魔石に加工できるんだ?」

「それに関しては、割と簡単ですよ。少し研磨してやって、ある程度形を整えたら内部に術式を埋め込んで、魔力を封入するだけで」

「だけ……?」



 と言うには少々ハードルが高くないか。特に研磨のあたり。

 あとは俺が魔力操作のコツを覚えられれば、ある程度は何とかなりそうなものだが。



「でしたら、どうせ外にはそうは出ませんし。私が磨いておきましょう」

「頼む」



 どうしたって俺は外に出て働いてこなきゃいけないわけだし、実際にできるのはミリアムくらいのものだろう。



「えっと、わたしは、何をしたら……」

「え? えっと…………ええ……」

「じゃあ、レーネはこれを頼めるかな?」

「?」



 決してミリアムもレーネのことを慮っていないわけではないことは分かる。

 ただ、そこまで考える余裕が無かったこともまた分かる。


 ……なので、そこを考えるのは俺の役割だろう、と思ったわけだ。こういうこともあるだろう、と考えて、俺も一応の備えはしておいた。


 まあ――要するに、家庭菜園の準備である。



「苗?」

「苗」

「こっちは何ですか?」

「肥料」

「いくらかかりました?」

「全部合わせて一万三千ルプス」



 よってだいたい千三百円。日銭が二千円だから残りは七百円。世知辛い話だが、一日二日程度なら「もつ」程度だ。少なからず食事は取れる。



「だから明日の朝、庭に小さい畑を作ろうかと思うんだ。いいかな」

「はい、まかせてください!」



 意気揚々と諸手を挙げるレーネ。以前の、農村にいた頃のことを思い出してしまわないかと少し心配になったが、どうやらそこまで心配する必要も無さそうだ。


 今回購入した苗はトマトとスイカ、それからカブだ。トマトとカブは元々、割合簡単に栽培ができると聞いていたから。スイカは……あちらとこちらの植生について比較し、確認するための試金石、と言った考えもある。


 もっとも、そうなればそうなったで味の期待はできそうにないが。


 ともあれ、これである程度三人の役割分担は出来たと見てもいいだろうか。

 あとは、俺が魔力の操作をマスターさえすれば……とも思うが、はて、さて。

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