その心構え
「――――なあ、俺今生きてる?」
「なんとか」
それから、数十分。
俺は、庭園の中心で体中の穴という穴から血を吹き出して空を仰いでいた。
……何で生きてるんだろう、我ながら。
いや、ミリアムに殺す気が無かったからだろうけれども。
「私が言うのもどうかと思いますが……よく生きていますね、それで」
「殺す気だったわけじゃないだろ?」
「いえ、殺す気でしたが」
待てや。
……いや、でも確かに殺す気で行くとは言っていたな。
あれ、結局本気だったのか。ミリアムならできるだろうけど、本当にやろうとするとは思わなかった。
「それでも話せる程度の力が残っているのは感心しますが……五分で負けるのはいかがなものですか」
「全く容赦する気配の無かったヤツがそれを言うのかよ」
「手加減したら不機嫌になるでしょう、リョーマ様は」
「……まあ」
だいいち、訓練をするのに手加減したら意味無いだろうし。
多少スパルタであっても、必要な程度のスパルタなら仕方ないな――くらいに思う感性はある。
……それはそれとして。
この状況で生きてる俺も俺でだいぶアレだが、それはそれとして、ミリアムの攻撃に晒されてなお生き残ることができたことにも、当然理由はある。
妙な話だが――彼女の動きに、どことなく見覚えがあったためだ。
我ながら妙な話だが、そのおかげでミリアムが次にどう動くか、どこを狙ってくるかが読めてもいる。その上で叩き潰されたのも事実だが、おかげで首の皮一枚繋がっていることも、事実だ。
「私としては、実戦に限りなく近い環境に置くことで、リョーマ様の成長が促せるものと思ったのですが……」
「俺もそう思ってたよ。けど、駄目だな。やっぱり、相手がミリアムだと思うと」
「はあ。私だと思うと……?」
「いやさ、家族を殴ろうとするようなもんだろ。そういうのって、二度も三度もしたくないんだ」
「吐くほど甘いことを仰いますね。糖分過多で殺したいんですか?」
「そこまで言わなくってもいいだろ……」
俺だって甘いこと言ってるのは分かってるんだが、本能的な部分でどうも「仲間」だとか「家族」だとか認識した相手に対して拳を向けるのは躊躇いがある。
あのクソ親父をぶん殴った以上、もう一度は通った道と言われればその通りなんだが……その時の感触も、決して快いものではない。二度同じことをしろと言われると躊躇するのが実際のところだ。
「……分かりました。では、訓練は取りやめましょう。しばらくは座学で知識を蓄えてもらいます」
「わ、分かった。悪い、ミリアム……」
「こればかりは、致し方ありません。身が入らない訓練をしても意味はありませんから」
相変わらずその声には棘があるし、明らかに落胆したような感がある。
失望した――という風ではないが、期待が外れたというのは間違いないだろう。
それでもやはり、期待通りの成果を得られなかったというのは残念だし、わざわざ訓練に付き合ってくれたミリアムにも申し訳ない。
最低限、俺に求められていることはやり遂げたいところではあるんだが――――。
「……なあミリアム。こういう時、どういう風に鍛えるのが一番いいんだ?」
「余計なこと考えないで早いとこ休んでください。血まみれなんですから」
「はい」
いや、うん。
そりゃそうだよね、と。
初めてミリアムに出会った時と似たような血塗れの姿で、俺もまた苦虫を噛み潰したような表情で頷いた。
* * *
「それでずっとミリアムさんといちゃいちゃしてたんだ」
「今の俺見てどの辺がいちゃいちゃしてたのか言ってみろお前」
城の一室、俺……とアンナにあてがわれた部屋の中。俺たちは、二人並んで部屋のソファに座っていた。
が、いつもの穏やかなそれとは違い、アンナからの視線はやや俺のことを非難するようでもあり……。
……しかし、それはいささか筋違いではなかろうか。
俺は全身ズタボロだし、下手をすると今すぐにでも血反吐を吐いて崩れ落ちかねないわけで。
当のミリアムからは期待外れだったみたいな目線を向けられもしたわけで。
その上戻って来ていきなりこんなこと言われてみろ。
泣くぞ、流石に。
「でも……あたしといる時間、無くなってるし……」
「それは悪かった。けど、アルフレートに勝てなきゃそもそもこれから時間を作れもしないんだぞ」
「……分かってるけどぉ」
不貞腐れたように、肩に頭を乗せてくるアンナ。なんというか、二重の意味で柔らかなその感触は、彼女が俺に対して強い信頼を向けていることが分かるようで嬉しく……はあるんだが、ハリがあって艶やかな印象を受ける「それ」の感触は、俺にとっては強烈な刺激であるわけで。
この「アンナが拗ねてる」って状況も併せて、こいつは俺の理性を破壊しに来たのかと思わざるを得ない。
もっとも、今は肉体的にそれどころじゃないわけだが。
「まあ、何だ。ほら。こうやって休憩時間は取れてるんだからさ。その都度、こうやって……さ」
不安に思われているなら、行動で示すしか無いだろう。
そのまま横に手を伸ばし、アンナの肩を抱く。柔らかい感触がより強く密着し、僅かな興奮を覚える。
今は興奮なんぞしてる場合じゃないが。
「お義父さんにも言ったじゃないか。俺は、アンナのことを捨てるなんてありえないし、大事にするって」
「……ん。けどね、リョーマ?」
「何だよ」
「結構、こう……女の子と接触あるよね」
「結構……?」
あるだろうか。俺に、女の子との接触――――。
見た目は確かにミリアムがそうだが、レーネもネリーもリースベットも、決してそういう感情を持って接しているわけじゃなし。
他に付き合いのある女性で言うと……エフェリネか?
いや、でも彼女こそ無理だろう。立場がまるで違うんだし。
……それでも妬けるのが女心というものなのだろうか。
「今はアンナしか見てない」
「そーやってすぐクサいこと言う」
「くさ……ってお前、俺だって考えて言ってんだけどなあ!?」
「なんか気取ってる感じ」
「気取ってねえよ」
「あ、それ。そういう言葉遣い時々やるけど、リョーマの素って結構乱暴な方だよね」
「……そうか……?」
言われてみればそうなのだろうか。
……いや、でも、アンナの前だと少しだけ言葉遣いが乱暴になる気はする。今もそうではあるけど。
それだけ気の置けない間柄なのは確かだし、それで不快に思われてないならそれでいいけど……矯正するべきだろうか。咄嗟に出ないように。
「乱暴な方がいいか?」
「優しい方がいい」
「……ま、だよな」
乱暴な口調の方が好きという方も少数派だろう。乱暴に接される方が好きというのもまたそうだが。
ともかく、こんな風にアンナが拗ねた感丸出しにしてすり寄ってきてるってことは、寂しい思いをさせてることは間違いないだろう。
「ミリアムにも言われたし、今日はもう休むよ。何かしたいことあるなら言ってくれ」
「……リョーマのスケベ」
「お前俺の話の何を聞いてたの?」
「えっ、あ、そういう意味じゃないの!? び、びっくりした……」
「……アンナのエロ」
「夜はいっつもリョーマの方がえっちなくせに」
そりゃ事実だけど。
でも、夜の完全にプライベートな時間くらい、欲望全開でもいいじゃないか。別に誰に迷惑をかけているってわけでもないんだし。
……いや、もしかすると声が響いているかもしれないけど。
それはそれで色々マズいけど。
……元々魔族の城なんだし、防音くらいはしてるよな……?
しててくれ。頼む。
「……ね」
と。不意に、アンナの手が俺の手に絡む。
こんな話を長々と続けてしまったせいだろう。ただでさえ、近頃はちゃんと二人で過ごせなかったという負い目もある。
応じるように、絡んだ指に力を込めて、少しずつ近づき――――。
「リョーマさま、ごはんです――――――」
その途端、恐るべきタイミングでレーネが部屋の中に入ってきた。
「…………」
「…………分かった。すぐ行く」
「ど、どうしたんですか、リョーマさまも、アンナさんも……? わたし、何かしちゃって……?」
「いや。いいんだ」
いいんだ。
邪魔されたとは思ってないから――いいんだ。
兎にも角にも、乱入によって萎え切った空気を振り払うようにして、渋面を作りながら俺たちは食堂へと向かって行った。
正直、俺たちが不機嫌そうに見えたせいでちょっと怯えていたレーネには申し訳ないことをしたと思っている。




