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右手と左手と

「うっぎゃああああああああああああぁぁぁ!!」



 遠方から、ネリーの悲鳴が聞こえてくる。

 女の子らしからぬ、しかしネリーならこういう声も出すだろうな――なんて思わせる必死な声だ。

 ……ちょっとはそれらしい教育でもした方がいいんだろうか。


 いや。まあ。状況が状況だけに、しょうがないと思わんでもないが。変な例えだけど、近所のお姉さんがナイフ持って襲ってきてるような状況だし。レーネはミリアムの苛烈な面はそこまで知らないだろうし。普通に恐ろしいだろう。


 俺は俺で前に一度予習しておいて良かっ――――予習……?


 ……ともかく、あの時の戦いで「魔力をコントロールすることで身体機能を強化する」ことを先に覚えておいて助かった。でなきゃ、今頃同じように悲鳴を上げながら逃げ回っていたことだろう。



「ふぅ……」



 庭園隅の壁にもたれかかりながら、軽く息をつく。

 いくら俺がミリアムのことをよく知っているとは言っても、今回のこれに関してはやはり、こう――変に疲れた。

 仲間に刃を突き付けられるなんて、やっぱり訓練とはいえ考えたくもない。



「おや……」



 不意に、庭園の外から声がした。

 なんとはなしにそちらを向けば、そこにいたのは一人の男――オスヴァルトだ。

 その視線は、上空で攻防を続けるアンブロシウスとミリアムに注がれている。俺のことについては、気付いているのかいないのか……。


 ……思えば、あの一件以来どうも話しづらく、俺の方から話しかけようにも申し訳なさそうに逃げるばかりでどうにもほとんど話ができなかった。

 今はどうも、こちらの様子に釘付けなようだし……一度、改めて話すのがいいか。



「オスヴァルト」

「むっ……!?」



 やはり、どうも俺の存在には気付いていなかったらしい。俺の存在を認めた途端、オスヴァルトの目線が泳ぎ始めた。



「どうしたんだ? 何か用事か?」

「い――いえ。お気になさらぬよう」

「そんなぼんやりしながら入って来てるのに、気にするなは無いだろ」

「しかし……」

「……お前、まだ気にしてるのか、あの時のこと」



 これで気にしてないようならそれはそれでどうかと思うが。



「このオスヴァルト、王の片腕を自負しておりますが――故にこそ、その御心を理解せずに安易な行動を起こしてしまったこと、悔やまずにはいられませぬ」

「そりゃあ……俺だって少しは悲しく思うけど、もう随分経ったし、アンナとも仲直りできたんだ。あんまり落ち込みすぎないでくれ」

「しかし――――」



 どうもこれは、下手をするとこのままずっと意気消沈し続けてしまいそうな勢いだ。

 もっとも、オスヴァルトならそうなっても仕方ないなという思いもある。結果オーライとはいえ、俺の思いを裏切るような真似をしたことは事実だ。片腕を自負するからには、そりゃあもう、当然に落ち込むものだろう。下手に声をかけたところで、もっと落ち込ませるだけだ。


 けれど、正直なところ――俺自身は別に、オスヴァルトに悪感情をそこまで抱いていない。

 悠長だとか楽観的だとか……まあ、言われるだろうし、実際甘いのだろう。


 ただ、実情として魔法の知識を持っていて、かつちゃんと扱える人材というのも、俺以外にはオスヴァルトくらいしかいない。嫌でも――というと語弊があるが、生活面でオスヴァルトの使う魔法に依存している部分があることも事実だ。なんとか立ち直ってもらわないと、この先困ることは多い。

 となると、オスヴァルトの気を紛らわせられて、かつある程度でも自信をつけてもらえるようなことは……。



「そうやって悔やむくらいなら、頼みたいことがあるんだ。謝罪の代わりって言ったらなんだけど、やってくれるか?」

「は……? 何でしょうか」



 ……いつもならここで「何なりと!」なんて、大声で言っているところなのだろうけど。

 そうなっていないあたり、間違いなく引きずっているな。



「精霊についての情報を集めてほしい」

「精霊――ですと?」

「ああ。思えば俺は――俺たちは、精霊について何も知らなさすぎる」



 人間に精霊術を授けた存在。

 魔族を徹底的に滅ぼさんとする存在――はっきり言って、俺はそれくらいしか知らない。

 人間の教育にしても、どれくらいを網羅しているのかははっきりしていない。アンナに聞いたとしても……場合によってはエフェリネに聞いても、明瞭な答えが返ってくるとは考えづらいだろう。



「奴らはどこから来た? 何故人間に魔族を殺させた? そもそも奴らは生物なのか? 意思はあるのか? どういった行動原理に基づいて行動している? 魔族を殺せばこの世界が滅びると知っていたのか? だとすると、この世界を滅ぼそうとした理由は何だ――――?」



 疑念は多い。ミリアムですら知らないということもあるだろう。

 だが。



「――それを知れば、あるいはアルフレートを説得する材料になるかもしれない」

「説得……ですと?」

「そうだ。例えば、魔族を絶滅させることを(そそのか)したのが精霊なら、奴らを排除することで俺たちの安全が保たれるかもしれない――って風にさ。人間の方は今は俺たちを生かしたうえで利用することを狙ってる。精霊の介入さえ封じれば、和解の道が開ける可能性はあるはずなんだ」



 勿論、これは希望的観測に過ぎない。

 だが――だからこそ、それに賭ける価値があるのではないかと思う。

 俺の予測が真実ならば、言葉でアルフレートを止められる可能性が生じる。そうでないなら元通りなだけだ。



「しかし、王よ。よろしいのですか? 精霊を殺せば精霊術を使うことができなくなる可能性も……」

「そうだな。だからこそ、それを調べてもらいたい」



 できるな? と、静かに問いかけると、途端にオスヴァルトの瞳に光が宿った。



「――――お任せあれ、我が王よ。天帝様に指定されたその日までに、なんとしてでも調べ上げて見せましょう!」

「ああ。頼んだぞ」



 うん、そうだ――これでこそ、オスヴァルトって感じだ。

 ちょっぴりこのノリが鬱陶しいと思うこともあるけど、これが無いなら無いで、やっぱり寂しい。



「それと、少し頼みたいことがあるんだが」

「は、なんなりと」

「俺の使ってる武器なんだが」



 言いつつ、冥斧(カリゴランテ)を手に現出させる。



「大きさといい、威力といい……取り回しが悪い気がするんだ。ミリアムから聞いた限り、アルフレートの武器は剣か槍……あいつの攻撃にしっかり対応するためにも、少し手を加えたい。できるか?」



 魔力武器は、魔族の持つ魔力から生成されるものだ。

 あくまで魔力を武器の形に変じているだけで、基本的にはその形も自由自在、のはずだ。


 なのだが、基本的に三人の「王」の武器の形は、それぞれ一つずつに固定される。俺が斧、もう二人が剣と槍……だった。

 形状を変化させられないのは、一般的な魔族に対して王の方が遥かに質の良い魔力を持っているという事情もある。俺は会ったことも無いので分からないが、過去の王たちの使っていた武器だということで、畏敬の念を込めて武器の形状を変えられないのかもしれない。

 とはいえ一応、外部から手を加えることによって「既に魔力に刻み込まれた形状」を上書きすることはできる。


 どちらにしても、今ここで感傷は必要ない。アルフレートに勝たなければ、畏敬もクソも無くなるだろうから。



「方向性にもよりますが、可能でしょうな」

「そうか。なら、こいつをこうして――――」

「ほう。ほう、ほう! 成程、成程。そういうことですな。それならこのオスヴァルトにも可能でしょう。しかし、ミリアム殿に叱られは……」

「問題があれば後の世代で戻してもらえばいい」



 叱られることは、まあおおよそ確定的だけど。


 それはそれとしても、今は少しでも勝てる可能性を増やしていきたい。

 アルフレートの想像を超えていくこと――それが今のところ、俺にできる唯一の手だ。

 それは鍛錬の質であり、武器の様相であり、魔法の腕前であり……とにかく何でも、あいつの想像の外からガツンと殴りつけてやらないと、何一つとして通用しないことだろう。

 そして。



「……やってくれるな?」

「無論、喜んで」



 心底楽しげに、オスヴァルトは俺の言葉に頷いて見せた。

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