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式への道のり

「――――ありがとうございます」



 未だかつてない、晴れやかな気分だった。

 思わず、机の下で拳が強く握られる。胸の奥から熱いものがこみ上げ、涙が滲みかける。


 ようやく――認めてもらえた……!



「……一度キミとは腹を割って話し合いたいところだ。どうかな、いずれ酒でも」

「酒は二十歳になってからと自分の中で決めているので、それからであれば喜んで」

「変なところで真面目だね」

「何で二十歳なの?」

「あんまり体に良いものでもないらしいしさ……」



 こっちじゃあ法律上の規制なんかがあるのかは分からないが、それはそれとして元の世界のそれを、まずは順守しておきたい。

 元々、酒に対してあまり良い印象は無いし。最低でも、万が一悪酔いしてしまった時に自分がどうなってしまうのかも知っておかなければならないだろう。


 ……というか、毒物効かないし。魔族は酔わないと言われたら、その時はその時だが。



「さぁて、話も済んだことだし、リョーマくん、今日は食べてっちゃいなさいな!」

「あ、いえ、悪いです。そんな……」

「何の悪いことがあるかね! もう義理の息子なんだから、遠慮しないの!」

「はは……ありがとうございます」



 義理の息子……そうか。リナルドさんの義理の弟になるのと同様、アンナと結婚するからにはその血縁とも義理のとはいえ家族関係が構築されることになる。


 それは――やっぱり、嬉しい。

 俺にとって、家族というものには良い思い出が無かった。だからこそ、これからより良い思い出を作っていくことができるというのが、嬉しい。

 元々縁が無かったのもあるが、こうしてちゃんとした「縁」が結ばれるというのは――それが結実する瞬間というのは、良いものだ。



(――――アルフレートは)



 ふと、胸に去来する思いがある。

 こんなとき、アルフレートはどう思うのだろうか、と。

 あいつは人間じゃないが、だとしても一人の意思を持つ生き物として、同じように考える力があるはずだ。

 もしかすると、こうして家族を得ることで落ち着いてくれるんじゃないか――なんて、希望的な考えが浮かぶ。


 しかし、前提条件がまるで違う。

 俺はこちらの世界に来るまで家族というものをロクに知らなかった。だからこそ、こうして新しく家族というものを得て感激し、心も落ち着いてきている。

 だけど――アルフレートの場合は、家族がいた。それを、人間に奪われたんだ。


 最初から無いことよりも、奪われる方がよっぽど辛いと聞く。

 だから、彼は復讐を決意した。多分――大事に思う相手ができたとしても、その誰かを喪いたくないがために凶行に走る。

 ……復讐心が凝り固まったかのようなあの男は、そう簡単に(ほだ)されはしない。



「………………」



 やっぱり、力で捻じ伏せて従わせる以外に道は無いか。

 分かり切ってはいたんだが、それを改めて認識するとなると今から憂鬱だ。


 ……というか、今戦ったって力で捻じ伏せられるのは俺の方だ。

 はっきり言って戦いたくない。勝てる気がしない。

 それでも――――。



「……守らなきゃだな」

「えっ、ど、どしたの? 何が……?」

「……ごめん、独り言」



 お父さんとお母さんがきょとんとしているあたり、聞こえたのはアンナだけだろう。

 もしかしたら俺は必要ない独り言を呟いてしまう癖でもあるのかもしれない。


 ……なんだか、あんまり良い癖でもないな。今度から改めよう。

 ともあれ、優先するべきは食事だ。アンナの弟や妹……それに、両親とも触れ合える貴重な時間だ。今は、そっちに集中するとしよう。


 ――――久しぶりの、「家族の食卓」なんだから。




 * * *




「昨晩はお楽しみでしたね」

「誤解を招くような発言は慎んでもらえるかミリアム」

「特に含みはありませんが」

「……ごめん」



 翌日。

 俺たちはアンナの実家での食事を終えた後、アンナのお母さんの勧めもあって一晩宿泊し、朝になってようやく地下に戻って来ていた。


 帰って来て早々にこのミリアムの発言だが――――今回は意味を図り違えた俺が悪いということにしておこう。

 実際楽しい一夜だったことには違いないんだし。

 そもそも前に一度やらかして二度はするまいと誓ったことを、何度もしてたまるか。


 ともあれ、と。気を取り直すように、ミリアムと共に階段を降りていく。



「許可は取れたのですか?」

「ああ、一応だけどな」

「で、式は?」

「…………術?」

「いえ、結婚式です。いつされるご予定ですか?」



 ――――結婚式。

 結婚式か。


 ……いや、考えてなかったわけじゃないんだよ?

 それ以前に色々考えるべきことが多すぎただけで。



「……状況が落ち着いたら」

「いつ落ち着くと思っているんですか。来年になりますよ。それ以前に――」

「アルフレートに負けたらそれどころじゃない、だろ」

「それを理解していて、何故……」

「勝てないことを前提に動いてちゃ、絶対勝てないだろ」



 ……まあ、どうしてもダメな時は本当に何してもダメなのだが。

 それはそれとして、勝てないと決めつけて行動するなんてのは、褒められたことではない。


 話しながら、壁に手をつき術式を起動する。この地下をそのまま移動させるための術式だ。

 構築速度、精度、いずれも申し分ないはずだが――ミリアムにはお気に召さなかったのだろう。特に驚いたような様子も、満足げな様子も無い。



「……いつになく自信があるようで」

「無いよ。無いから、できる限り勝てる可能性を高めたいんだ」

「それなら尚更、心残りを作らない方が良いのでは?」

「馬鹿言うなよ。心残りが無かったら、俺、多分勝っても死ぬぞ」

「……否定できませんね」



 我ながら酷い話だ。少しでも心の中に引っ掛かるものが無いと、自分の命すら躊躇せず賭けていく。

 死んでもいいとは思っていないけれど、まあ死ぬだろうなって選択肢でも、勝ちの目が見えるなら何も躊躇わない……。

 残される側の身にもなってみろという話だ。


 誰だこんな頭イカレてる馬鹿野郎は。

 俺だった。



「……だから、絶対勝って結婚式挙げてやる。具体的な話はそれからだ」

「しかし、アルフレート様は相当な実力者ですよ」

「分かってる。だから特訓するんだろ。それに――――」

「何です?」

「……エリーゼさんの話を聞いた限り、あいつを説得する材料は残っているかもしれない」



 前に城で話した時、彼女は「アルフレート様を止めていただきたい」と言っていた。それは、彼女がアルフレートが人を殺すことを快く思っていないということでもある。

 思えば、カイルさんの時もそうだったが、全体的に見てアルフレートの配下の魔族たちはモチベーションが低かった。

 アルフレート自身も、もしかすると……。



「そもそも、あいつは俺たちの存在をあの時まで知らなかったよな。自分の勢力だけで全世界を相手に、復讐をしようとしてたんだ。俺たちが誘いを拒んだからって止まる理由があるか?」

「……冷静に考えて、我々が邪魔に入ると面倒だ――と思ったのでは?」

「俺たち、空飛べないじゃないか」

「あ」



 あの城もアルフレートたち自身も、自在に空を飛ぶことができる。が――俺たちにそれはできない。

 機動力が違いすぎる。飛竜(ワイバーン)を放つだけでも小さな町は壊滅状態に陥るだろうし、カイルさん一人でもある程度の戦力は殲滅できるだろう。天帝としての力を振るえば、コルフェリードでさえ無事に済むとは思えない。

 それと比べれば、今の俺たちなんてのは路傍の石だ。跳び越えてしまえば手出しもされない。例えば――それこそ海を越えてエラシーユまで飛んでいけば、あっちの人間を皆殺しにすることくらいできるだろう。


 じゃあ、何でわざわざ俺たちと話しに来たのか、というところが気になる。

 話す目的も、俺たちの勧誘それだけだったとしたら、やはり違和感を禁じ得ない。戦って決着を付けて、勝った方の意見を魔族の総意とする――なんて条件を呑む必要も無い。


 ――ならば、やはり、少しでも思うところがあったのだろう、と思う。

 いや、そう思いたい。



「……あいつも、何か思うところがあるんだ。だから……さっきと言うこと変わってるけど、俺が負けたとしても、考え直してくれる可能性はある」

「流石に保険はかけるんですね」

「俺だってそこまで現実見えてないわけじゃないよ」



 気持ちで負けたら、その時点で負けだ。

 ……が、それ以前にまず、俺の実力はアルフレートより遥かに劣っている。負ける可能性はほぼ九割九分九厘――ここから鍛えてどのくらいその差を縮められるか、だ。


 で、その差を縮められなかった時のために、保険をかけておく必要がある。

 この場合は、アルフレートへの説得材料だ。手札は多いに越したことは無い。


 というか、手札が無いとどうしようもねえ。



「無理も無茶も承知の上だ。奇策だろうが何だろうが使っていく。この生活を守るためなら、俺は何でもするさ」

「……そうですね」



 ミリアムとしても、この環境に対して執着を持っているのだろうか。彼女は僅かに顔を俯けて、噛み締めるようにそう呟いた。




「では、とりあえず訓練のお話を先にさせていただきたいんですが」

「ああ、何だ?」

「――――私と追いかけっこをしていただきます」

「おい…………か……?」



 追いかけっこ?

 ――――追いかけっこ?


 ……は?

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