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頑固者を解すには

 まず俺が通されたのは、ごくごく普通の洋間だった。

 何の変哲もない、どこにでもあるような――それこそ、間取りとしてはハンスさんの家のそれと似たようなものだ。


 目の前にあるのは、八人掛けの大き目な机。

 まず、アンナの父がそこに腰掛け、母親がそれに続いた。俺は――座らない。

 というより、座れない。まずは、相手が許可を出すまで待つ必要があった。



「座りなさい」

「ありがとうございます」



 相手の言葉を聞いてから、ようやく座る……。

 マナーとして、元の世界で聞いたことがある。現在では形骸化されたものとも言えるようだが、だとしても今の俺に縋れるものはそうは無い。


 俺とアンナの父の間に走る火花に気付いたのだろう、アンナとその母親も、僅かに表情が堅くなっていた。



「こちら、先日行ってまいりましたコルフェリードのお土産です。お口に合うかは分かりませんが」

「ご丁寧に、どうもありがとう。家族でいただかせてもらうよ」



 そう言って――少なくとも表面上は――微笑んで、アンナの父のヨハンさんは俺の持って来た土産を受け取った。


 今回俺が持って来たのは、ごくごく普通の……それこそ、コルフェリードの土産物屋を覗けばすぐに見つかる程度のお菓子だ。

 マドレーヌだったか何だったか。淡い柑橘系とバターの上品な匂いと、しっとりとした口触りが特長的な一品だった。試食してアンナとも話し合った結果、これが一番口に合うだろうという結論に至っていた。



「それで――――今日はどういった用向きかな?」

「はい。まずは、先日お邪魔致しました件についてのお礼と謝罪を。それと――娘さんとの関係について、ご説明に参りました」

「ふむ」



 言葉と同時に、こちらを値踏みするような鋭い眼光が向けられる。

 ここからは一切選択肢を誤れない。何が正解かも分からないが――それでも、俺の思いを言葉にしなければならない。



「先日、こちらに訪問した際にご存じでしょうが……今、自分はアンネリーゼさんと交際をさせていただいております」

「そうか……まあ、そうだろうね。アンネリーゼ、おまえの意見も聞きたいんだけど、どうかな?」

「……え、あたし? ていうかお父さん、アンネリーゼアンネリーゼって、仰々しくってヤなんだけど……」

「答えなさい」

「す……好きだよ! けど、何でわざわざあたしにまで聞くのさぁ!?」



 ……多分、そうしないと公平性が保てないからだろう。

 俺から話を聞いても、それはどうしたって主観的なものでしかない。アンナからはっきりとした話を聞かないと、俺が強引にアンナに交際を迫ったようにも思われてしまう。

 頷いているところを見るに、納得はしてくれたようだが。



「うん、無理やりというわけじゃあないみたいだね。安心した」

「納得いただけて、嬉しく思います」

「じゃあ――――本題は、何かな?」



 ここまで来れば、流石にヨハンさんも理解していることだろう。

 俺も一つ息をつき――意を決して、彼に告げる。



「必ず彼女を幸せにします。アンネリーゼさんと、結婚させてください」



 ……言ったぞ。

 言ってやったぞ。言ってしまったぞ!

 もうこれで後戻りはできない。しようもない――するつもりも無い。


 知らず、手に力が入る。目の前がチカチカしてまともに前が見えない。


 どう思う――どう思われる?

 そういう風に考えること、それ自体が浅ましいことだと言われればその通りだ。俺自身にも、多少は自覚がある。だけど、今ここで失敗するわけにはいかない。なんとしてでも、俺はこの人に良い印象を抱いてもらわなきゃいけないんだ……!



「……君は、何か話していないことがあるとは思わないのかな?」

「すみません。それは――自分が、魔族だという事情でしょうか」



 俺の言葉に、ヨハンさんはしっかりと頷いて答える。

 その表情に恐れは見えない。しかし純粋に、俺が魔族だという事実に対して憂いを抱いているようでもある。



「父から聞いているが、やはりそうなんだね」

「……はい」

「その事実がアンネリーゼにとって不利益になることは分かるね?」

「理解しています」

「その上で――幸せにできるなどと言うことが、あまりにも傲慢な考えだということも、理解しているかな?」



 ――――その程度のことも理解せずに、こんなことを口にはしない。


 覚悟もしている。そうすることがあまりにも困難な道だとも。

 だがそれがどうした。

 最初から、俺は困難な道を選ぶために戦ってきたんじゃないか――――!



「理解しています」

「そうか。しかし、はっきり言おう。リョーマ君、僕は君にアンネリーゼを預けたくはない」

「………………」

「あなた……」

「お父さん……!」



 拒絶の意思を示すヨハンさんのその言葉は、確かに俺が最も聞きたくなかった言葉だ。


 だが――最も聞きたくなかったということはつまり、最もそうなる可能性を想定していた言葉だということでもある。



「人間にとって魔族は忌むべき存在、多くの人間にとっては差別の対象だよ。社会保障もまともにされない。これはどうかな?」

「先日、公王陛下に謁見した際、公式に男爵位を拝領しております」

「……え?」

「また、現時点でギオレン霊王国の霊王陛下に最低限の生存権の保障をいただいています。非公式の発言とはいえ、反故にはされないかと……」



 俺が想定していたパターンは数種類。喜んで受けてくれることが最善だったが――そうじゃないなら仕方ない。

 ヨハンさんは、どうやら理詰めで反対にかかるようだ。実際、納得できる論調ではあるし、世間一般で見れば諦める要素に満ちているようでもある。


 だが、理詰めで説得にかかるということは――同じく理詰めで返されると、抗弁し辛いということでもある。

 俺には今、反論の材料が揃っている。たとえ反論を用意していないような言葉であっても、今日までの行動を思い返せば一つや二つ、絞り出せるものはあるはずだ……!



「しかし、街に出たら批難の目に晒されるね?」

「魔族は旧冥王領でのみ居住すること、と定められましたので、基本的にはそう外には出ませんが……」

「……そもそも、アンネリーゼは人間だよ。たとえ『元』だとしても――元々の人間関係を破壊することになっているとは思わないのかな?」

「魔族としての特徴は隠せます。また、人間関係を保つためにも、人間との融和のために尽力しております」

「……そもそもあたし、こっちに友達少ないじゃん」

「アンネリーゼは黙っていなさい」



 しかし、もしかするとこうしてずっと反論を続けることは、もしかするとヨハンさんの心をヘシ折っていく結果になるのではなかろうか?

 流石にそこまでは俺も望んでいないが、説得しなければならないことを考えると……。


 ……いや、なんだかアンナと御母上が小さく親指を挙げている。

 アンナも小さく口を動かして――「やれ」と。


 いいのか、これ。

 ……いいか、許可も出てるんだし。



「食料はどうするのかな?」

「旧冥王領で農業と畜産を行う予定です。魔法――術式を用いれば大規模な耕作もすぐに終わりますし、地下空間など環境を整えれば、一年中安定した量の作物が採れるかと。軌道に乗れば、外部に出荷して資金を稼ぐこともできます」

「住居は……」

「旧冥王領に城があります。数十年放置してありますが、補修して掃除すれば、問題なく使えるかと。崩落する危険性がある場合は、地下空間を作ってそちらを主な住居にする予定です」

「……趣味は?」

「周りは山と森なので、特に問題なく狩猟もできるかと思いますが……」



 そろそろ反論の種も尽きてきた頃だろうか。ヨハンさんの表情にも焦りが見える。

 俺だって、こんなこと言って言い負かすような真似はしたくない。けど、そうでもしないと結局、こういう人は難癖を付けてくるような気がしてならない。

 今のうちに言えることとできることは全部やっておかないと……。



「……君がアンネリーゼを捨てないという保障はあるのかね?」

「そうなった場合、腹を裂いてこの命を捧げ、償いとします。万が一そのようなことが起きてしまったなら、自分の副官にお伝えください。彼女なら仕損じることは無いでしょう」

「そ、そこまでは言っていないよ」



 いや、とはいえ――俺自身はそれでも構わないと思っているのだが。

 万が一にでも、俺はアンナを捨てる気なんて無い。それでは俺の最も嫌う女(ははおや)と同じだ。そんなことになるくらいなら死を選ぶ。



「しかし、君は……今、いくつだい?」

「十九です」

「アンネリーゼもそうだが、やはり――もう少し考え直してはどうか。君もまだ年若い。もっと良い出会いがこの先、待っているかもしれないんだよ」

「アンネリーゼさん以上の出会いは、恐らくこの先無いと確信しています」

「あんた、あたしと結婚したの二十歳くらいの頃だったろう」

「そうだったの、お母さん?」

「そうさね。その頃は格好良かったのにねぇ」



 ヨハンさんのしかめっ面が向けられる。

 こういうところで似てるとなんとも親子らしいなぁとも思うが、だとしても悪感情を向けられているのはかなり辛いものがある。


 ……しかし、「昔は格好良かった」と言うけど、外見の話なんだろうか。内面の話なんだろうか。

 正直、悪い人じゃないことは見れば分かる。こういう対応だってある意味当然のものなんだし。

 俺の視点から見ると、意地の悪い人に見えてしまうだけだ。人間としても父親としても、この人の弁はこの上なく正しい。



「母さん。僕ぁアンネリーゼの将来を考えてだね!」

「リョーマくんもいい子じゃないかね! そんな風に頭ごなしに否定してねぇ、次に連れてきた男がちゃらちゃらしたどうしようもない男だったりしたらどうするんだい!」

「なっ……だ、ダメだダメだ、それはダメだ! 流石にダメだ!」

「じゃあ認めてあげなさいな」

「ぐ……ぐむむ……」



 心が揺れているのだろうか。ヨハンさんはしかめ面で俺の目をまっすぐに見つめたまま、唸るような声を上げた。

 応じるようにその目を見つめる。俺だって本気で話しているんだ、と思いのたけをぶつけるように。



「……本気かね?」

「本気ではないように見えますか」

「………………」



 数秒ほど、沈黙が訪れる。

 ほんの数秒――しかし、俺にとっては長く、苦しい沈黙だ。


 ヨハンさんが何を考えているのか。ここから何を言ってくるのか。何一つとして見えないし、何一つ分からない。

 だから、待つ。その言葉を、返答を――――。



「いいかい。必ず――何があろうとも、アンネリーゼを守って、幸せにしてくれ。いいね?」

「誓います。何があろうとも、果たして見せます」

「……なら、僕からこれ以上言えることは無いね」



 そう言うと、ヨハンさんは一つ息をついた。

 その表情は、角の取れた――どことなく、さわやかなものが見える。



「娘を頼む」



 ――――そして。

 俺はようやく、ヨハンさんの口から、俺の最も望む言葉を引き出したのだった。

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