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親への挨拶

 時に、現状の俺たちにはやるべきことがだいぶある。


 まず、最も重視すべき――アルフレートへの対応のために特訓すること。これを、だいたい九十四日以内に完遂する必要がある。

 それから、住居を旧冥王領へ移動すること。これはその気になれば数時間程度で終わるので、一旦置いておく。

 食料調達と金稼ぎ……は、いつものことなので割愛。

 税金を納めなければいけないが、金が無いので魔石を作っておく必要もあるし、万が一の時のために非戦闘員でもある程度は戦えるよう教導する必要もある。

 それに加えて、今後の戦いに備えてミリアムに冥王としての力とは何ぞや? ということを教えてもらわなきゃいけない。


 それから――――俺にとっては最も重要とも言えることだが、アンナについてのことだ。


 結局俺はアンナを魔族にしてしまった時、家族の方々に対してはそこまで詳しい説明もできていなかった。

 様子を見てある程度察してくれた部分はあるようだが、例えば俺とアンナの具体的な関係などは明言していない。流石にそれでは不義理にも程があるし、俺自身のけじめのためにも挨拶は済ませておかなければならなかった。


 ……済ませておくべきだったのは、うん。間違いないんだが。



「――――行くか」

「ちょっと待って何その格好!?」



 この日の夕方、俺はアンナの実家のパン屋の前にやって来ていた。


 ……こっち(アーサイズ)の正装に霊衣という、首都に赴いた時と同じような格好で。



「これから戦いに行くようなものなんだ。それなりの格好で行かなきゃ」

「あたしのお父さんとお母さんだよ!?」

「じゃあ尚更だ。俺にとっては、それだけの用意をして臨むべき相手なんだよ……!」

「えーっ……」



 何も大袈裟なことがあるものか。

 アンナの両親にとって、俺はアンナをさらっていく忌むべき敵だ。

 ここは戦場だ。何の用意もせずに臨む蛮勇は諫められるべき愚行だ。俺は俺にできるベストを尽くさなければ――結婚の許しなど出るはずも無い。



「でも、どこにでもあるパン屋だよ……?」

「職人ってことだろ。俺にとってはそれだけで十二分に尊敬するに値する」

「えーっ」



 俺にできないことを仕事としてやってのける人というのは、それだけで尊敬するべきだと感じている。


 ……まあ、今まで出会ってきた人のだいたいなのだが。その中でも専門職に就いている人というのは飛び抜けている。

 食に携わっているというのもポイントとしては大きい。是非ともその技術を目の当たりにしたい。できれば教えてもほしい。難しいだろうけども。



「そういうこと言うと、お父さんもお母さんも調子に乗りそ……」

「ちょっとくらい乗ってもいいじゃないか」

「あたしの両親だよ?」

「かわいいもんだろ。」

「かわ……ってそんなサラッと」



 拗ねたような、恥ずかしがるような表情で頬を僅かに赤く染めるアンナ。


 うん――かわいい。

 そもそも俺だって割と調子に乗ったりはするんだ。他人がちょっとばかり同じくらい調子に乗ってみたって、その程度で気にしやしない。



「……店、閉めてるから入って大丈夫だと思うけど」

「よし。じゃあ――行こう」

「そんな気負った感じで行かなくっても……」



 気負うさ。気負うとも。これは俺だけの問題じゃない。俺とアンナ、二人の進退に関わることなんだ。だったら認められるよう努力することはまず当然。

 そこから更に一歩踏み出して、「君になら任せてもいい」という一言を引き出さないといけないんだ。

 そうじゃなくとも最低限、悪い印象を持たれることだけは避けなくては……!



「失礼いたします」



 決意を胸に、扉を開く。

 その瞬間に俺が目にしたのは――ちっちゃいアンナとも呼ぶべき、子供の姿だった。



「あっ」



 子供――うん、子供だ。

 レーネよりもまだ幼い、六歳かそこらの子供。その姿は、それこそ小さい頃のアンナと言っても遜色ない程度には彼女に似ている。


 確か、前にこの家に来た時に見たことがあるような気がする。

 ってことは、十中八九アンナの妹か何かなんだろうけど……。



「あーっ!! おねーちゃんいじめてたひとーっ!!」

「……えっ」

「はぇっ!?」



 その子は、俺を見るや否や、そんなことを叫んだ。

 直後、その声に導かれるように、更に奥から二人の男の子がやってくる。



「ちょ――マリー! 何言ってんのこの子は!」

「だっておねーちゃんこの人来たらおとーさんたちのへやでないてたもん!!」

「あーっ!! 悪いやつが来た!」

「ほんとだねーちゃん泣かしてたヤツだ」

「テオにフォルカ、違うから! この人はお姉ちゃんの……こ、恋人っ!!」

「うっそだー! ねーちゃんランボーでガサツだしコイビトなんてできないぞー!」

「ニセモンだニセモンだ」

「あんたらぁぁぁぁ!!」



 ……すげぇ。俺めっちゃ置いてけぼりにされてる。一応客なのに。



「ほんとかよー、オマエ」

「本当だよ。お兄さんは君たちのお姉ちゃんの恋人だよ」

「ありえねー。だってねーちゃんだぜ? どこが好きなんだよ!」

「ちょっと不器用だけど優しくて、少し意地っ張りだけど面倒見が良くて、時々可愛いところ見せてくれるところかな」

「ありえねーっ! やっぱこのねーちゃんニセモンだぜー!」

「フォルカアアアァァァ!!」



 俺が見たことの無いアンナが、そこにはいた。


 なんだかんだ、俺が今まで見たこと無かった一面だし、こういう姿もこれはこれで家庭的でいいかなとも思うが……アンナにとっては、ちょっと恥ずかしいのだろうか。さっきからちょいちょいこっちを気にしているようだ。



「ご……ごめんね、リョーマ。うちのちっちゃいのが……」

「いいよいいよ。微笑ましいもんだ」

「こら、あんたたち何してるんだい!!」



 と、階下の騒々しい声が聞こえてしまったのだろう。ばたばたと大きな足音を立て、二階から降りてくる人影がある。

 先日、少しだけ説明した時に見た顔――ふっくらした顔つきの女性。アンナの母親だ。


 その表情には一瞬、皆を叱るために憤りの色が見えていたものの、俺たちの姿を見た途端、その色も驚きのそれに入れ替わった。



「あ、あら! あらあらまあ!」

「――――ご無沙汰しております。先日はその……お世話になりました」

「まあ、あの時の子……と、アンナじゃないかい。ああ、そう、ああ――ええ、ちょっとお父さんを呼んできますからねえ。上がって待っておいてくださいな」

「恐れ入ります」



 少しばかり、テンションが高めに見える。娘が男を連れて帰る――というシチュエーションは、母親にとっては喜ばしいものなのだろうか。

 しかし、だとすると、父親の方はあまり俺のことは歓迎していないかもしれない。

 世の中の父親という生き物は、娘が嫁に行くことを何よりも厭うという。アンナの父がそれに必ず当てはまるとは限らないが、一般的な感性を持っているなら少し嫌な気分にでもなるはずだろう。


 ……そう考えると、少し気が重い。



「むっ」



 と、急いで二階から降りてきたらしいアンナの父親が、俺を見るなり眉をしかめてそんな一言を発する。

 思わず、背筋がピンとなる。空気が張り詰め、互いの間に強烈な火花が散るような気さえした。


 ……マズいな。これは、想像以上に手ごわそうだ。



「……先日はお世話になりました。お礼がてら、挨拶にと伺わせていただきました――リョーマ・オルランドと申します」

「……これはご丁寧に、どうも。まずは入りなさい。話は、それから聞こうかな」



 ――――その言葉を皮切りに、俺にとって最も神経をすり減らす数十分が始まった。

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