義理の関係
「…………何故だ」
俺の隣では、リナルドさんが沈痛な面持ちで項垂れている。
結局、リナルドさんの釣果はあれから殆ど上がらず――対して、俺たちはかなりの量の魚を釣り上げることに成功していた。
そりゃ何故だとも言うだろう。
俺だって言う。
「……あの、要りますか?」
「いいえ、趣味ですので問題はありません……クッ」
あれだろうか。自分で釣らないと意味が無いとかそういう。
……まあ、気持ちは分かる。俺は食べるためだけに釣りをしているが、知人にスポーツフィッシングを嗜んでいる人たちもいたし、そういった人たちが釣れた魚の大きさや数を見せ合って一喜一憂していることも知っている。多分、そういうものだろう。
「で、これどうやって持って帰るの?」
「……うん、まあ……そうだな」
凍らせることそれ自体はいくらでもできるだろう。けど、その上で運んでいくのは――というと、少々難しい。
腕力で強引に運ぶのも苦労するし、時間もかかる。となると、まあ……列車にでも載せるのが一番だが。
「フランチェスカ伯、これを運ぶのにどれくらい経費がかかりますか?」
「……何とかなる程度に収まるでしょう。その前に、冷凍や梱包等する必要がありますが……」
「はあ、なるほど……」
元の世界だと、貨物運賃がどう……という話もあったような気もするのだが、あれは飛行機の話だったか、それとも船の話だったか。
こっちの世界の場合だと、列車が主な移動手段だということもあって、重い荷物を載せる場合は当然に貨物運賃が発生する仕組みになっている。
その辺りも、リナルドさんが一応は負担してくれるようだ。なんとも至れり尽くせりである。
「冷凍や梱包ならば問題ありません。複雑ではありますが、リョーマ様の得意分野でしょうから」
「またそうやって先代のことを引き合いに出――――」
「何それ!?」
「…………!?」
と、戻ってきたミリアムの釣果もまた、俺と比べてもなお劣らないほどのものだった。
巨大なブリやクエ、鯛など、高級魚や巨大魚が大量に……この数十分程度で釣り上げたと考えると、異常なくらいの量だ。
ただ、釣り堀の規定として設けられている十匹程度に収まってはいる。そこは気を遣ったのだろうか。
「何か?」
「何か? じゃなくって! ミリアムさんそんなに釣れたの!?」
「ふっ――――ええ。この程度のことは造作もありません。リョーマ様もかなりの大物を釣り上げているでしょう?」
「そうだけど……」
「……い……一体それを、どのように……?」
その様子に目を見開き、戦々恐々とするリナルドさん。
自分がダメだったこの状況でミリアムばかりが釣れているんだ。問いかけたくもなるだろう。
ただ、どうだろう。ミリアムの場合、なんだかこう……どこかに落とし穴があるような気がするんだが。
「魔力で釣竿を創って糸と針を誘導、あとは適当な位置に置いて魚が通るのを待って……」
「何それずっこい!」
「ていうかいいのかよそれ!?」
「……クッ……規定上、確かに問題ありません……」
「無いんです!?」
「事実、霊王様がそういった規則の穴を突いて同じように……」
「何やってんだあの人……」
できるからってやるなよ!
あの子は相変わらず頭の中身がちょっと変な方向に振り切れてんな!!
「……元はと言えば、私の趣味に付き合わせた結果です。負担に関しましてはお任せを」
「す、すみません。お任せします」
リナルドさんの頼もしい……頼もしい? 言葉に、魚を凍らせながら答える。
やっぱり、俺たちにもそれなりにお金は必要だなあ、と、しみじみと感じる。
もっとも、はっきり言って俺たちが外に出ることなんてそうそうなくなるわけでもあるんだけど。
状況がそれを許してくれるんならともかく、そうじゃないなら俺たちは旧冥王領にいないとマズいわけで。
……こう、いざ帰る時間になると、現実的な問題が変に浮かんできて困るな。
「では、そろそろ参りましょう。駅までは遠くありませんが、貨物を積み込もうと思えば少し急いだ方が良いかと」
「そうですね。じゃあ、荷物はこっちでなんとかしておきます。フランチェスカ伯も何か大きな荷物があるようなら、少し預かりますが……?」
「いえ、ありがたいですが、結構です。私の荷物は着替えと書類くらいのものですから」
「……その釣り竿は?」
「こちらの釣り堀に預けている私物です」
私物を預けても問題無いってそれ、この釣り堀にだいぶ来ているということですよね?
趣味にとやかく言うつもりは無いけど、ライヒから首都までだいぶ距離ありますよね?
……どうなってんだこの人も。
「同じものは自宅にまだ数本あります」
「……そ、そうですか」
そんなことは聞いてねえ。
「よっぽど釣りが好きなんです……ね?」
「恥ずかしながら、他に趣味というものが思い浮かばず……。普段から書類と顔を突き合わせているので読書も好みではありません。静かな時間を過ごしたいとなると……ですね」
「……割と消極的な理由なんですね」
「ええ。とは言っても、決して義務的にやっているわけではありませんので」
「そこを疑いはしませんよ……」
散々あの悔しそうな表情を見ておいて、義務的に趣味を見つけてなんとなくやっている人――なんて思いはしない。
それはそれとして、元の世界だとゲームなんかにハマりそうな人だな、とは思うけれども。あれは無趣味の人間にとっては麻薬も同然だ。
「……そういえば、フランチェスカ伯は一応、自分にとっては義兄……ということになるんでしょうか?」
「む――そうですね、言われてみれば」
そう考えると、なかなかに変な気分だ。
レーネやネリーは俺にとって妹のような存在だが、上の立場の……そう、兄貴分だとか、そういう相手は今までいなかった。
ミリアムはなんというか、母というか姉というかおばあ――――……というか、ともかくそんな立ち位置ではあるんだけれども、それにしたって従者として一歩引いた立ち位置にいたことは確かだし、ちゃんとそれらしい「上の立場の相手」が身近にいるというのも初めてな気がする。
「……なんだか、妙な気持ちですね」
「オルランド卿は、ご兄弟などいらっしゃられないのですか」
「少なくとも、上の兄弟はいません。下は……よく分かりませんが」
レーネやネリーのことを指してそういう風に表現はできる。
しかし、血のつながった――となると、こちらの世界には一人もいない。元の世界でもいなかった。
もしかすると、あるいはあの女が腹違いの弟、妹を作っている可能性もあるが。
「……何はともあれ、これからよろしくお願いします。オルランド卿」
「リョーマ、で結構です、フランチェスカ伯」
「承りました、リョーマ殿。私のことも、是非とも名前で」
「殿……あ、いえ。よ、よろしくお願いします、リナルドさん」
慣れない名字に「卿」と付けられるよりは、ちょっと大げさでも俺に分かる名前の方が良い。
でも、「殿」っていうのもだいぶこう、大仰な感じがして……何だろう。変な気分だ。
「……ってことは、あたしにとっても義理のお兄さん?」
「そういうことになるのでしょうか……」
「また何か複雑な感じ…………あ、ですね」
取り繕うように『ですね』と慌てて付け加えるのもそれはそれで失礼な気もするが……まあ、それは確かに。
元々、結婚した相手の兄や姉というのは、義理の兄弟ということになる。なら、重婚ということになれば、他の配偶者の親兄弟なんかも、義理の家族ということになるだろう。
複雑なことには間違いない。俺だってアンナとけ……結婚したら義理の家族が増える……という感覚に、ちょっと複雑な思いを抱いているのだし。
……そういえば、一応の挨拶と説明は済ませたとはいえ、結局アンナの家族へのちゃんとした挨拶はまだだった。
正直に言って気は進まないが、それもこれも自分たちの、というか俺自身のためだ。責任から目を背けることはできないし、そんなことは許されない。
自分の行動の結果に責任を持ちたくないと言うのは我儘だし、それでは俺の最も嫌う相手――実の親と同じだ。俺は、そうはなりたくない。
……いやでも、もしかして重婚ってのはそれはそれで無責任極まりないクソ野郎の所業なのでは……?
そんな疑問を浮かべながらも、俺は魚を凍らせては梱包し、帰宅するための準備を整えていったのだった。




