クズ石
「さて、と」
それから、十数分後。レッツェル家私有の畑に到着した俺は、畝を挟んでハンスさんと向かい合っていた。
「ワシゃ何を教えるべきなんだろうな?」
「…………」
……が、まず最初に飛び出したのは、ハンスさんの自信なさげなそんな言葉だった。
どうも先が思いやられそうだ。勿論、ハンスさんにそういう経験が無いという話でもあるのだろうが。
軒先ではフリーダさんとアンナが猪のものと思しき肉を吊るして干していた。どのくらい時間がかかるのかは分からないが、生肉のはずのそれを見ているだけで唾が溢れそうだ。俺の嗜好が変化しているわけでもないだろう。十中八九、昨晩から何も食べていないせいだ。
「土の耕し方、とかどうでしょう」
「そんなものでいいのかい?」
「それすら知らないので……」
畑を作るなら、土を知ることは重要だ……と、以前、どこかで見た記憶がある。
本気で畑を作るなら、それよりもっと先――触れただけで土質を理解するところまで到達しなければならない。
あちらの世界にいる時、テレビでよく見たものだ。触れただけで土質を理解し、葉の被害状況を見て虫害の度合いを知るというような人間を。本職はまた異なるが、その姿を見て憧れた。
叶うならば俺もそのくらいまでできるようになりたいと思いはするが……さて、何十年と農作を続けてきたハンスさんの知識を、どれだけ吸収できるものだろうか。
「ただ、ここはもう耕してあるからなぁ」
「……それもそうですね……」
もう一つ畑があって、そこを耕す予定があるというなら別だろうが……現状、そこまでは期待できない。やるなら休耕期を越してからの話になるだろう。それにしても、いつになるかは分からない。
俺はあちらが春……3月前後の時期にこちらに来たことになる。この周辺の気候がほぼ同様のもの、かつ春が旬だというキャベツを収穫していたことから、自然と今は春だ、と思っていたが……実際には、今はどのくらいの時期なのだろう?
ミリアムに聞いても、あいつはそもそもついこの前まで例の城に引きこもっていたせいで時間の感覚は無いだろうし……レーネにしてもそれほど変わらない気がする。文字も読めないようだし。かと言ってアンナやハンスさんたちに聞いても、それはそれで変な目で見られてしまいそうだ。
「うん、じゃあ夏野菜を植えていくから、これを手伝ってくれるかい」
「はい、微力ではありますが、是非」
と、倉庫の方に向かったハンスさんについて行くと、そこには何種類もの苗と種が用意されていた。
毎日こうして用意しているというわけでもないだろうが、それにしても結構な量だ。
「こっちがトマトで、こっちがナス」
「はあ……」
一応……作物の種類としては、あちらと同じか。
もっとも、先日のキャベツと同じく、まったく同一のものかは疑問が残るが。
基本、アーサイズの文化は西洋風、それも中世のそれに近い。ただ、当然と言うべきか――やはり、大きく異なる部分は色々とあるし、細部でも、また色々と違う。
驚くべきは自動車の存在だろうか。燃料に「魔石」と呼ばれる……魔法・精霊術を封じ込めた宝石を用いたものだ。
古くは蒸気自動車として、確か……あちらで言えば三百年ほど前に開発されたものが最初になるが、魔石を用いることで原動機や動力の伝達を必要としない関係上、いくらか開発も早まったのだろう。ゴーレムと呼ばれる土人形の技術が発達しているとも聞く。精霊術としてそのゴーレムを操る術式もあると言うし、そういう技術が流用されているとするなら特段に不思議はない。
もっとも、クラインの村のような田舎にはそうは無い。やはり高価なのは間違いないし、個人で所有するにはいささか高すぎる買い物なのだとか。
そういった人のために、連絡用の公共交通機関も整備はされているようだ。
例えば、クラインの村で言うなら一日に二度、近隣の――ライヒ、と呼ばれる町に接続する大型の自動車が走る。運賃は決して安くないが、その分、日帰りで町まで往復できるということで人気なようだ。
家事や炊事などにもこの魔石は頻繁に活用される。食べ物を温めたり、冷蔵設備を整えたり……あちらの世界の機械技術がそのまま……というわけではないにしろ、ある程度魔石によって賄われているらしい。
実際、アンナが獲ってきた肉を熟成するにもそうした設備が使われていた。
ファンタジーと言えばファンタジーだが、こう――色々と、複雑な気持ちになるのはなぜだろう。
不便でありたいと思っているわけではないのだが。
「種は難しいし……そっちのトマトの苗から植えてもらおうかね。その後で、ちょっと手伝ってもらうからの」
「はい」
実際、苗を植える方が幾分か分かりやすい。勿論、根をほぐして土になじませたり、設置する位置を考えたり……と、気を遣う場面は多そうだが。
見ると、あちらの世界のものとは異なって苗の育成には布で作ったポットを使用しているようだった。プラスチックのようなものは、やはり無いか。
「……ところで、ハンスさん。あの猫……じゃなくて、手押し車、使わせていただいても構いませんか?」
「使いな使いな、一つ一つ持っていくと面倒だろう」
ざっと見、苗の数は百以上。手で一つ一つ――となるとやはり面倒だし、かと言って横着して指に挟んでいくつか持っていこうとすると、途中で落としてしまうかもしれない。
ハンスさんは種だけ持っていくわけだから楽だろう……とも思うが、それはそれでやはり、畝に植える際には面倒だろうことには変わりない。
結局どちらも手伝うことになるのだろうから、手間は論じるべきでもないが。
「で……と」
ふと、思う。
魔族の身体的スペックは少々おかしい。それは既に知っていることだが、かと言って実用的な面でその「強さ」を思い知ったことはそうは無い。精々、昨晩椅子を叩き壊したことくらいだろうか。あれにしてもやりようによっては普通の人間でもできることだろう。これはまた別の話だ。
例えば、動体視力。例えば、瞬発力。漫画であるような攻撃の応酬を思い浮かべたらそれが近いだろうか。ごく普通に人間やってた時は、真似をしようとして不格好な猫パンチを連打していたように思う。ただ、今なら……。
「……いやいや」
苗を痛める。
そういう実験は今するべきじゃあない。別に世紀末覇者を目指しているわけでもないのだし。それに、こんなところで試していて、万が一誰かに被害が出たらどうするかという話だ。
普通に、傷つけないよう、一つづつ。ポットの部分を手に持って手押し車に積んでいく。
少し繰り返していると、すぐに荷台が一杯になった。元々、手押し車自体の容量が少ない……と言うか、ポットを運ぶのに向いていないということもあるだろうが、この分だと何往復かすることになるだろう。
「すみません、ハンスさん。先に行きます」
「ん、お、おーう……早いのう」
……とはいえ、やはり早いことは早いらしい。
速足で倉庫を後にする俺を見送るハンスさんの表情は、どうも訝しげだった。
その後、数往復。
最後の苗を運び出そうとする俺に、一言ハンスさんが投げかけてきた。
「畝に、目印があるだろう。そこを少し掘って埋めておくれ」
軽く返事をして返すと、ハンスさんは鍬を指差した。
これを使え、ということだろうか。特に必要は無い気はするが、こちらではこれが標準的なのだろうか。どちらにせよ、何か思うところがあるのだろうから無碍にするわけにもいかない。
「……目印……」
見れば、畑の一角に確かに目印、のようなものがあった。と言っても落ち葉だが。
いつもこうして並べて畑を作る目安にしているのだろう。面倒だろうが、確かに覚えやすい。いずれは俺もこの目印に頼らず間隔を知ることができるようになれば……とも思うところだ。
目測では、だいたい広げた手二つ分。4~50cmと言ったところか。
根を張った時に干渉しないのだろうか。いや、もしや干渉してもいいような限界値なのだろうか。理屈で考えるといつまで経っても答えは出そうにないが……。
「ま、いいか」
熟練者のやることだ。長年の経験に裏打ちされ、蓄積された知識がある。俺のような若輩者はそれに従うに限る。理論は追々でも構わないだろう。
一つ一つ、苗の根が軽く埋まる程度の穴を掘り、根をほぐして埋めていく。一つ。二つ……無心で穴を掘っては苗を埋め、穴を掘っては苗を埋める。
「……ん?」
と、そうしてどのくらいの量を埋めただろうか。掘った穴の浅い位置に、何か硬質なもの……岩、のようなものがあることが分かった。
なるほど、ハンスさんがクワを持っていけと言うわけだ。この辺りはこうして埋没した岩が多いらしい。
流石に一枚岩が埋まっているということも無いだろうし――どちらにしても、クワの金属部を傷める可能性もある。ハンスさんの厚意は痛み入るが、このくらいなら手で掘り出した方が早いだろう。
「よ、いしょ、っと………………?」
取っ掛かりを見つけてしまえば、あとはなんてことはない。今の俺の腕力ならこの程度は簡単に――と、思ったのが早かったか、岩が出てくるのが早かったか。
いや――それは、岩ではなかった。分類上ではまあ、岩には相違ない。しかし、これはいわゆる「鉱物」というもので。
「――――――……」
それは、宝石の原石だった。
「ぬわああああああああああっ!?」
一抱えほどもある、緑色の輝き。エメラルドだろうか。孔雀石というやつだろうか。それともペリドット――宝石の知識には疎いので、どうにも考えがまとまらない。
ハンスさんは。いや、ハンスさんはまだ倉庫の中だ。
「アンナー! アンナぁーッ!」
混乱する頭で、何とか視界に入ったアンナを呼び止める。今から猟に行こうとしているのだろうか、その格好は先程まで着用していた部屋着ではなく、先日も見かけた狩猟用の格好だ。
俺の混乱に何かただならぬものを感じたのだろう、背後から呼び止められたアンナは、小走りでこちらに走り寄ってきた。
「ど、どうしたの!? 何かあった!?」
「これ!! こ、これ……宝石のげんせ」
「ああ、何だ。クズ石か」
「き……えっ」
「クズ石でしょ?」
クズ石。
クズ石。
クズ石と申したか。
「えっ」
「クズ石」
クズ石。
この宝石の原石が、クズ石。
「……えっ、これ宝石」
「宝石? ……あ、魔石の原料にはなるけど、あたしたちには宝の持ち腐れだよね。磨いたって綺麗なだけだし」
「………………」
「あれ? どしたの? おぅい、リョーマー?」
魔石。いや、そうか。魔石の原料――か。これ。
なるほど、こちらの世界では宝石そのものに価値は無い。そこからもう一つ進んで「魔石」に加工したものにこそ、価値がある。だからアンナはこの宝石の原石をクズ石と呼んだわけだ。
多分、一般的には加工の術が無いのだろう。そりゃ畑に埋まってるのを見かけたってクズ石呼ばわりしかされない。
「アンナ、これ持って帰ってもいいかな?」
「え? い、いいんじゃない? ……あ、そっか、リョーマ精霊術師だ」
と、得心いったようにアンナは手を叩いた。
俺は精霊術師だ――そういうことになっている。
ミリアムに曰く、精霊術と魔法というものの術式は、使用される魔力が「内」のものか「外」のものかという違いだけで基本の骨子はそう変わらないと言う。ならば、あるいは俺たちがこの宝石の原石を加工して魔石とすることも可能なのではないか?
……可能か?
魔力そのもの質とかそういうものが関係してくるものだろうか?
「迷惑な話だよね。大昔に魔族が埋めてって、そのままなの」
「そうっすね」
そう言われると気の無い返事しか返しようがない。
アンナさん。あなたの目の前にいるの。魔族です。
見も知らない同族のせいで、本当に申し訳ない。
「他にもあったら持って帰っちゃっていいよ。どうせウチじゃゴミだし」
「お、おう。ありがとう」
こう、ゴミとかクズとか言われると微妙な気分だ。
いや……別に俺に対して罵倒しているわけじゃないのは、聞けば分かるが。
「どうしたんだい……おっ。やっぱりあったか、クズ石」
「……はい」
あなたもか、ハンスさん。




