父娘の秘密
皆の呆れたような視線がエフェリネの父――ドミニクスさんへと向けられる。
そんな中でさえ気勢を削がれていないのは、大物だと褒めるところなのか空気読めと言っておくべきところなのか。
どちらにしてもある意味スゴい人なのかもしれない。
「……い、以前からプライベートで交流がありました。良い友人関係を築くことができているかと――」
「なぁにぃ!? 魔族が『友人』だとぉ……!?」
――――しまった! エフェリネが俺たちに友好的だから慣れすぎていたが、父親の方はそうじゃないのか!
いや、当たり前だ。世間一般で見れば、むしろエフェリネの方が異端中の異端。仲良くしてる――なんて、地雷発言もいいところだ。
……となると、少しでも印象を回復させるには……エフェリネのことをあまり良く言うと問題か。
「す、すみません。ですが、エフェリネ様は我々魔族にとっては恐るべき存在です。適切な距離を置いて接しさせていただいて――」
「こんなに可愛いエフェリネのどこが恐ろしいと言うのだ貴様ぁ!!」
……えーッ。
なんて理不尽だ。良く言っても悪く言っても変わりやしない。というか、魔族が友人であることに対して苦言を呈したその直後にこれかよ!
「お父様……」
当のエフェリネ自身も、なんだかドン引きしている。ヴェンデルさんは頭を抱えているし……そりゃこんな状況になったら頭を抱えたくもなるだろうけども。
頼むから助けてください。
「だいたいだ、キミ、あの場面でエフェリネが自分から嫁いでやってもいいなんて言ったのだぞ! まあ突拍子も無い出任せだろうがね、少しくらい喜びはしないのかねリョータ君!!」
「リョーマです」
「喜ぶくらいしないのかねリョーマ君!!」
「え……わ、わーい……?」
「何を喜んでおるのだ魔族めぇッ!!」
「アンタ自分が支離滅裂なこと言ってるって分かってるか!?」
わ……分かったぞ。この人、アレだ。
――――極度の親バカだ!!
それが事実だとするなら、昨日のあの変態的な行動にさえ全て説明がつく! ついてほしくないけど!
エフェリネがやたら渋い顔をしているのもだいたいそのせいだ!
「……お父様!」
と、しびれを切らしたのだろうか。エフェリネはドミニクスさんへと呼びかけて――。
「何だねエフェリネ私はこの男に」
「せいっ!!」
「ヴォふっ!?」
――その鳩尾に華麗な一撃を見舞う。
意識が刈り取られたのだろう、ドミニクスさんはそのままその場に崩れ落ちた。
……いや。
いや、いいのかこれ!?
「大丈夫なんですかエフェリネ様!?」
「構わん。この男はこうでもせねば止まらない」
俺の疑問に対して、ヴェンデルさんが代弁して答える。
いくらちょっと疎ましさが勝った結果殴ったとは言っても、やはり父親なのだろう。その間に、エフェリネはドミニクスさんの身体を近くのベンチに横たえた。
「気持ちは分かるが」
分かっちゃうのか、ドミニクスさんの気持ち。
分かっていいのか、ドミニクスさんの気持ち。
この人だいぶヤバいのだけれども。
「お母様とお姉さまを亡くして悲しいのは分かりますけれど、その代用にされるのは迷惑です」
「はあ、御母上たちが――――は?」
埃を払うために手を軽くはたきながら、エフェリネはそんな――衝撃的な一言を放った。
「……エフェリネ様」
今度は、ヴェンデルさんが渋面を浮かべる番だった。
しかし、エフェリネに動じたような様子は無い。むしろ、憤りに近いものを、彼女からは感じ取れる。
「それを言葉にされることは、感心できませんが」
「事実でしょう。リョーマさん以外に聞く人もいませんし、聞いたところで何ができますか」
「…………」
エフェリネがそう言うと、ヴェンデルさんはそのまま押し黙ってしまった。
前にも確か、こんな話をした覚えがある。記憶が確かなら、ライヒにエフェリネが来た時……マルティナさんが連れ戻しに来た後のことだ。
あの時は、それ以上追及するもんじゃないと思って流しておいたが……。
「――と言っても、単純なことです。当時、私に並ぶ能力を有していた霊王候補の姉と母が、政敵に殺された。私は幼すぎて生き残った……あまり愉快じゃないお話です」
「それは……すみません。自分も何と言ったらいいか……」
「構いませんよ。もう十年も前のことですから」
彼女自身が言う通り、その表情にはさして憂いがあるようには見受けられない。
エフェリネは当時子供だった。十年も前のことなら、記憶が風化――とまではいかなくとも、自分の中で整理して、ある程度は割り切ることができている頃だろう。
ただ、父親の方はそうもいかない。なにせ、当時でも明確に自意識が確立しているし、殺されたのは最愛の妻と娘だ。十年経とうが二十年経とうが忘れられはするまいし、唯一残されたエフェリネに対してはダダ甘にもなるだろう。
「愛情も、度が過ぎれば疎ましいものです。私だって年頃の女の子なのですから、少しくらい放っておいてもいいでしょうに」
分かる。
気持ちは、どちらも――分かる。
エフェリネは当然にあるべき自由が無くて常にフラストレーションを抱えている。そこに、父親とはいえ他人が無理に割り込んできたとしたら、疎ましく感じて当然だ。
他方、ドミニクスさんはエフェリネのことを溺愛し、心配している。それは、他の家族がたどった道をエフェリネも辿ることが無いように、だろう。
どちらにもそれなりの理があり、それなりに理不尽を味わっている。
もっとも、俺がそれに何か口を挟むというのは、野暮なことの最たるものではあるのだが――――。
「湿っぽいお話になってしまいました。すみません」
「いえ……自分は、知ることができて良かったと思います」
「だったら嬉しいです。私、こんな風にお友達に自分のこと、話したこととかありませんでしたから」
「話すべきことじゃありませんよね」
というか、それは話しちゃいけないやつじゃないかな。
はっきり言って、この話の裏には政治的な暗部の存在が匂わされているし……うん。他言していいようなことでもないな。間違いなく。
他言なんてしようもんなら、そこで首を刎ねられててもしょうがない。
「ですけど、これで秘密の量はおあいこ――ということで」
言って、エフェリネはこちらに向けて軽くウィンクをして見せた。
「冥王殿」
「は、はい」
「本日は同僚が無礼を働いて申し訳ない。可能ならば、今後とも――くれぐれもエフェリネ様をよろしく頼みたい」
「そうですね。それは、勿論」
俺にとって、エフェリネという少女はもう他人と呼ぼうにも呼び辛い間柄になってしまっている。
今後も、視察の名目でうちに来ることは確定しているようなものだし、こうして、政務官であるヴェンデルさんにお墨付きを貰えたならば気兼ねなく接することもできるだろう。
ドミニクスさんはまず確実に許可してくれないだろうけど。
「リョーマー」
と。ちょうどいいところで、庭園の外周部からアンナの声が聞こえてきた。
「申し訳ありません。準備ができたようなので、自分はこれで失礼します」
「はい、ではまたいずれ……フランチェスカ伯の妹さんが来られた後、早いうちに一度お邪魔させていただきますね」
「……ご無礼の無いよう、務めさせていただきます」
挨拶を一礼を交わして、アンナのもとへと速足で向かって行く。あまり待たせてしまうのも悪い。
――さて。ともかう、ミリアムはともかくとしても、ギオレンからの査察が入るより前に、他の面々に最低限の礼儀を教え込まないといけないかもしれない。
レーネは大丈夫だろうが、ネリーはマズいだろう。リースベットはどうだろうか。アンブロシウスは口数が少なくなるかな。
オスヴァルトは――あいつが一番危険だ。最低限、やっていいことと悪いことの区分けだけはしておかなくては。
「何話してたの?」
「政治とか……?」
「あ、そうなんだ……」
難しい話は分かんないとばかりに苦笑いを浮かべるアンナ。とはいえ俺も文句が言えるほど詳しいわけじゃないが。
「持つよ。全部持たせっぱなしは悪い」
「ん、いいの? じゃあ、ちょっとだけお願いね」
魔族の腕力なら、多少の荷物は別にものともしないが、それでも、動きにくいだとかの問題はあるだろう。
山ほど抱えた荷物のいくつかを受け取って――特に意味は無くとも、手を繋ぐ要領で、二人の手で大きな荷物を持ちつつ――俺たちは、二人並んで王宮の外へと向かって行った。




