ソレナンティエ=ロゲ
あれええええええええええええええええええええええええええええ!?
……あれぇ!?
今公王なんつった!?
婚姻!? 俺が!?
何でそんなところに着地してんの!?
俺の身に一体何が起きているんだ!?
「い――今、なんと、おっしゃいました、か?」
「聞こえなんだか。貴公には婚姻を結んでもらうと言った」
「…………」
ははーん。悪質なドッキリだな?
さもなきゃさっきみたいな嘘だな? じゃなきゃこんなこと唐突に言い出さないもんな!
「けっ……け、け、け、こけっ、けっこ、けっ……」
……いや言ってるわ。マジだわ。
じゃなきゃアンナが俺の後ろでこんなに目を白黒させてあからさまなくらいに動揺もしてないだろうし。
いや、うん?
本当に何で?
「ちょっと待ってくださいおじさ――――もとい、ランベルト公王陛下!! そのようなことは打ち合わせに無かったじゃありませんか!?」
俺たちと同様、この展開は予想もしていなかったのだろう。エフェリネがそんなことを叫んだ。
しかし、あったのか――してたのか、打ち合わせ。
せめてこの謁見が始まる時に「打ち合わせに基づく」くらい言ってくれても良かったんじゃなかろうか。
今となっちゃ後の祭りではあるけれども。
というか、エフェリネは公王のことをおじさまと呼んでいるのか。
いや、まあ。立場的には言ってもおかしくは無い、か。
「うむ。霊王殿がいない時に話したことでな」
「はい!?」
「それは我が国を蔑ろにしているということにはなりませぬか、公王陛下!」
「それに関しては誠に申し訳ない――が、これは、わが国において魔族をどう住まわせるかという問題でもある」
――――え? これそういう話なの?
「誰と結婚させるのですか!?」
「フランチェスカ伯に妹がいる。彼女が最有力だ」
「そうなんですか!?」
「え……ええ。そのように聞き及んでいますし、そういう風に話を進めておりますが……」
「そ――それなら私がやりまあいだぁっ!? 何するんですかお父さ……ドミニクス政務官!!」
「霊王がそんなことを軽々しく口にするべきではありませぬ!!」
いかん。あっちもこっちもどっちも大混乱だ。
エフェリネは何を考えたのか妙なことを口走っているし、昨日の変た……エフェリネの父親ことドミニクスさんは、そんなエフェリネに説教を食らわせている。ヴェンデルさんはその親子二人の様子を見て戦々恐々としているようだし、リナルドさんはやはり、どこか落ち着きが無い。
アンナは混乱の末泣き出していた。ミリアムは……苦虫を噛み潰したような表情のまま固まっている。
これどうやって収拾を付けるんだ。
あんな一言でここまで場が滅茶苦茶になるとは……!
こ……ここはひとつ、俺が何とかするべきところじゃあないか?
というか何とかしなきゃどうにもならない!
「こ――公王陛下! 自分は心に決めている女性がいますッ!!」
「重婚すればよかろう」
「――――はい?」
「重婚を」
「…………」
どうにもならねえ。
というか――できるの? 重婚。
助けを求めるようにミリアムに目を向けると、自分は知らないとばかりに目を逸らされる。
ちくしょう。ミリアムが分からないようなら、俺は本当に何も分からないぞ。
「……冥王殿。法律上、重婚は認められている権利ではあります」
「そ、そうなんです……?」
「相応の身分が備わっているなら――とは」
と、横から比較的冷静さを保っているリナルドさんが口を挟んだ。
……いや、だからじゃあいいよと言うわけにもいかないんだが。
だいいち、俺のこの国における身分なんてたかが知れてるわけだし……。
「よいか。これは……貴公のことを試しているものと思え」
「試している、ですか」
「人間のことをどのように捉え、感じているのか。貴公に嫁がせる者を通じてよく知りたいのだ」
なるほど、そういう意味での婚姻――つまり、政略結婚ってところか。
それなら、特に不思議に思うことは無い。納得できるわけは無いが、確かな考えのもと行動していることはよく分かる。
政略結婚と言えば、戦国時代によく行われたという印象が強い。
まあ、実際のところは戦国のみならず、歴史の中では何度となく行われていることだが……。
ともかく、この件に関しては、恐らくだが――俺がどう感じているかは問題じゃない。その先の、「人間を傷つけるかどうかを確かめる」という意味が含まれているはずだ。少なくとも、このタイミングで政略結婚を申し出るとなると、それ以外に思い当たるものは無い。
嫁がせる対象……リナルドさんの妹がどんな人物かにもよるが、例えばこの妹が傍若無人な人物だったとする。俺がそれに耐えかねて手を出してしまうと、「人間に対する敵意あり」と見做されて、先程の条項よりも更に悪い条件を設けて押し付けてくることだろう。
面倒なことだけは間違いない――だが、考えようによってはこれも一種のチャンスだ。
公王の言うことを額面通りに受け取るなら、彼は嫁いでくるという女性を通じてこちらの様子を知ろうとする。ここで好印象を植え付けることさえできれば、より良い条件で交渉していくこともできるかもしれない。
「引き受けてくれるな?」
「……自分には、身分が分不相応であるかと」
「成程、それも然り」
……あれ? 思ったより物わかりが良いぞ?
そうなることがまあ、本来は普通なんだけども。何かと言ってこの国の人は俺の考えもつかないようなところからの意見をホイホイ出してくるから、警戒もしていたんだが――――。
「それ故に貴公に“天帝”の討伐を命ずるのだ。彼奴を倒すことができたならば、勲功としては申し分ない」
「は、はぁ」
しかし、それは今現在すぐには関係ないのでは――――?
「故にこれはその前借りだ。リョーマ・オルランド。貴公に爵位を与える」
「………………は?」
「聞こえなんだか。爵位だ。貴公に男爵の位を与える」
男爵。
だんしゃく。
……聞いたことはある。とは言っても芋の話じゃない。言葉の大仰さに比べて、実はそれほど高い階級じゃないという話だ。
それこそ、ホイホイ授与しても問題ない程度――とは言うが。
言うが。
(――――正気か!?)
当たり前の話として、魔族にそれを与えていいのかということでもある。
いや、俺だって曲がりなりにも魔族の王という立場なんだから、多少なりともそういう位がある方がハクも付くのだろうけども、だとして同義的にそれは許されるのか? 許されていいのか?
――実はこの公王若干考え無しに喋ってないか!?
「……つ、謹んで拝領いたします」
……とは言っても、結局のところ俺にそう答える以外の選択肢も無い。
ここで拒めば否応なしに悪印象を抱かせてしまうだろうし、そうなればそもそも、嫁いできた相手に好印象を与えるという計画も計画倒れに終わってしまう。
爵位なんてものを貰えば、まず間違いなくこの国に縛られることになるだろうが――そこは別段、問題ないか。
元よりこの国に定住する気でいたし、アンナの実家のあるこの国から離れる気も無いし。
「――――天帝の処遇は貴公に任せよう。生かそうとも、殺そうとも構わぬ。しかし……」
「……何があろうとも、止めてみせます」
決意を新たにする必要も無い。
あいつは――同じ魔族として、魔族の王として、俺が倒す。
それが、今の俺の最大の役割だ。




