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路地裏の何某

「だ――――」



 ……誰だ!?


 思わず漏れ出しそうになった声を抑え、遠目からその様子を観察する。

 身なりの良いオッサン……ではある。エフェリネの近くに立っていても、特に違和感が無いと思う程度には。

 しかし、どうも様子がおかしい。さっき聞こえたのは確かにエフェリネの拒絶の言葉だし、今、あのオッサンはどうもエフェリネに詰め寄って、何だかよく分からんが、魔石をカメラのようにしてじっとエフェリネの方に向けている。


 これは――何だろう。

 別に、エフェリネが路地裏にいるという異常事態に驚いているわけじゃない。彼女は仮にも霊王だ。お忍びで外出するとなれば裏道を使うこともありえないわけじゃないし、彼女が従士を連れずに出歩いている姿なんていうのは、これまでにも何回か見ている。


 ありえない、と思うのは、あのオッサンだ。

 エフェリネは、人類最強の霊王だぞ。だというのに――何で、あんな風にカメラっぽい魔石を向けて平然としていられる?


 というか何で興奮してる風なんだ?

 ……何を想像しているんだ、あの人は?


 おい匂い嗅ぎに行くな。

 スカートに突っ込みに行こうとするな。

 やたらアレな表情でキスしに行こうとしてんじゃねえ。

 エフェリネもエフェリネで死ぬほど嫌な顔してんじゃねえか。


 もうわけがわからない。この状況で俺が出て行っていいものか?

 なら、こういう時に頼りになるのは――――。



「憲兵さん、こっちです」



 ――――公権力である。



「な、何をする貴様らーッ!!」



 ……などと言いつつ、おっさんはコルフェリードの憲兵に連れられて、何処かへと行ってしまった。

 後には当然、エフェリネが残るだけとなってしまい――――。



「え、ええっ……?」



 彼女もまた、オロオロするしかできないような状況に陥ってしまっていた。


 いや、まあ、そうなるよなぁとは思うけど。

 なるだろうか。

 ……なるのか?



「大丈夫ですか、エフェリネ様」



 ……よく分からなくなってきたので、とりあえず本人に聞くのが一番手っ取り早いだろう。

 そう考えて、俺はエフェリネの前に姿を現した。



「あ、りょ、リョーマさん!」

「ご無沙汰しております。が……その、エフェリネ様。先程の男は?」

「あ、あれは…………」



 言い辛そうに、エフェリネの言葉が詰まる。



「襲われているようにお見受けしたのですが……」



 言うと、今度はエフェリネの表情が一段とキツいものに変化した。

 見られたくなかったというか、聞かれたくなかったというか。正直アレのことについて話を振られたくなかったとか、どこか、そんな印象を窺わせる表情だ。



「……父です……」

「ち――――は!?」

「ですから、あれは……私の父です」



 ちちおや。

 あれが、ちちおや。


 ……えーッ。



「ちょっと待ってください。あの変た……もといあの方が、エフェリネ様の父親!?」

「え、ええ。そうは見えないかもしれませんけど」

「……まあ、はい」



 正直、変質者かと思った。


 というか娘の匂い嗅ぎに行く父親がいるか馬鹿!!

 何やってんだあのオッサンは! ふざけてんのか! いや本気でやってたらそれはそれでドン引きだけど!



「リョーマー」



 と、なかなか戻ってこない俺を心配してか、大通りの方からアンナの声が近づいてきた。


 流石に長すぎたか……と思うが、この状況で長引かない理由が果たしてあるだろうか。いや、無い。

 エフェリネがいるだけでも大層なことなのに、その父親に問題行動が発覚してしまった以上、そりゃ話の一つくらいさせてもらわないといけない。



「あっ。リョーマ、い……何でまたエフェリネ様が!?」

「ああ、アンナさん。その節はたいへんお世話に………………?」



 ――――いや、ちょっと待て。


 そういえば俺、エフェリネにアンナのこと話したっけか?

 いや、無いな、多分。話してない。そもそもアンナが魔族化してしまったっていうのは、まず身内と我が家の面々に話しただけだ。

 つまり。



「……何ですかその耳!?」

「あ!? りょ、リョーマ! エフェリネ様に見えちゃってる!」



 こうなる。


 あくまで俺の使った魔法というのは、一般人から見えないようにするためのものだった。

 しかし、エフェリネは一般人とは到底言い難い。精霊術師の頂点に位置し、更には肉体的にも魔族に近く――と、もう性能から何からてんこもりの彼女には見えたって不思議はないわけだ。むしろ、見えなきゃおかしいくらいだ。


 しかしこれ、大丈夫だろうか。俺のことを魔族だと知ってからも変わらない付き合いを持っているようなものだが、流石にアンナまで変わったと思われたら……。



「……あの、ですね」

「何ですか!? 何ですかこれはこの耳と尻尾はふわふわもふもふしてて何ですかこのけしからん手触りははわぁぁ」

「ちょ、ちょちょちょ、エフェリネ様、くすぐったいって! あ、あはっ、ひんっ!? わ、わ、そこはちょっとダメ――――」

「何やっとるんです貴女は」



 ――――しかし、俺の心配をよそに、エフェリネはそうすることがまるで当然の権利だと言わんばかりに、アンナの耳やら尻尾やらをもふもふとし始めた。


 おい、ズルいぞ。そこちょっと代われ。俺のアンナだぞ。



「おっほふ。いえ、違うんです。決して、害するような意図は」

「いや、そりゃ……危害を加える気は無いでしょうが」



 やたらともっふもっふしてたなこの人。

 いや、それ以上に何かする気は無いんだろうけど。



「……こうしない方が逆に失礼では?」

「エフェリネ様以外がやってたら俺は本気で怒る自信がありますよ」

「私の前で『自分』じゃなく『俺』と言っているあたりかなり本気ですね……」

「……失礼しました」



 当たり前だ。二度と手を離さないと決めた。

 エフェリネのようにそれを許容できる相手でなければ、俺はまずキレるだろう。



「……ええと。それで、何があったの?」

「いえ、ちょっと私の父が変な暴走をしてしまって、そこで通りかかったリョーマさんが憲兵を呼んでくれまして」

「はあ。え? 今そこ通って行った変な人が……?」



 そうか、思ってみればアンナは大通りにいたわけだから、こっちからエフェリネの父親が出てきた場面を見ているのか。

 ……アンナにも変な人だと映っているんだな。一応。



「それで、あの。アンナさんは何故そのように?」

「それ聞いちゃうかぁ……」

「色々あったんです」

「い、色々」



 という以上に、他に説明のしようも無い。


 詳細な内容に踏み込んでしまうと刺激的すぎるし、エフェリネにそんな話を聞かせるわけにもいかない。

 ここは、事前に用意しておいた言い訳を使うのがいいだろう。



「結婚しますので、その前準備にと」

「け――――ぇっこんッ!?」



 声が裏返った。



「い、一応……そう、です」

「け……結婚……リョーマさんとアンナさんが結婚……!?」



 ……そんなに意外だろうか。

 意外かもしれない。いやでも、ここまでショックを受けることは無いんじゃないだろうか。俺だって色々頑張ってこの関係を築き上げたんだから。



「お、おめでとうございます。なんだかお二人が遠くなってしまったような気が……」

「いや、別に今まで通りで構いませんので……」



 今更何を気兼ねする必要があると言うのだろう。

 これまでの関係にしたって別に気兼ねをすることも無かったのだし、こんなタイミングで変に気にされてもそれはそれで困る。



「式の際にはお祝いでも送った方が……」

「い、いえ。お構いなく」



 そんなもん届けられた日にはどうなってしまうかと気が気じゃない。


 というか、エフェリネの距離感だと何が届いてしまうことか――高価なものでも届いてしまうようなら、それこそ本当に頭が上がらなくなってしまう。



「それより、謁見って明日だったよね? 何でエフェリネ様はここに?」

「かんこ――――えふん。後学のための勉強を」

「そうですか」



 本音漏れてんぞ。



「……御父上は、多分しばらく戻られそうにありませんし。一度宿泊されているところまでお送りします」

「そ、そうしていただけると助かります……流石に今日は公式の用で来てますし」



 その後、まずはマルティナさんと合流させるため、ギオレン霊王国高官の宿泊しているという施設へと向かった。


 ……なんというか、やたらと豪華な建物だった。

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