首都コルフェリード
スニギット公国の首都、コルフェリードは、ライヒから西に向かって高速列車で半日どの位置にある。
およそ、ギオレンの学術都市――フリゲイユと同じくらいの距離だろうか。正確な位置関係はいまいち把握できないが、それほど近くはないという点は、まあ間違いない。
コルフェリードは、スニギット……と言うより、アーサイズ全体から見ても、かなり栄えている街だ。
公王のお膝元という点でもそうだが、何よりこの街には多数の精霊術師がいるという点も大きい。術師の存在の多寡は、そのまま魔石の数の多寡に繋がってくるからだ。
魔石は、元の世界で言えば電気と同じくらいには必需品でもある。これがあると無いでは、生活の質が根本的に変わってくると言ってもいいだろう。
ただ、問題は――普通の精霊術師では、魔石を作るのは難しい、という辺りだろうか。発展のためには魔石が必要になるが、魔石を作ることのできる人材は限られる。
リナルド伯に聞いたところによると、魔石を作ることのできる精霊術師を首都に集めることで、首都の大幅な発展を目指しているとのことだが……日本で言う中央集権、東京の構造に近いと言ってもいいだろうか。
ともあれ、それなりの事情もあって発展の限りを尽くしているコルフェリードだが、それ故に俺たち――田舎から出てきたような者にとって、その光景は珍しいものばかりでもあった。
「……すっげぇな」
曲がりなりにも、近現代の社会の姿を見てきている俺にとっても、その光景は圧巻だった。
ビルのように林立する尖塔。多くの人の行き交う、整備された街路。魔石車もあちらこちらの道を当然のように走っているし、市場どころかまるで商店街のようにあちらこちらに様々な店が見える。
なんというか――すごい。
久しぶりに、こんな栄えた街を見た。ライヒが栄えていなかったわけじゃないけど、ここまで来るとまた更に違う。やっぱり、あくまでライヒはいち地方都市であって、コルフェリードは本来の意味での「首都」らしい。
……と、まあ。そんなわけだから、当然、商店の種類も様々で。
「すげえぞアンナ、これ見ろ! 種と苗がこんなに安い!!」
「リョーマは王様なの? 農家なの?」
「どちらでもあるんでしょう。店主さん、こちらの小麦の種をいただきたいのですが」
「ミリアムさんまで……」
――――激安の農業用品店というのも、まあ、あるわけで。
気付けば、俺もミリアムもその品ぞろえと安さに思いっきり誘惑されていたのだった。
アンナも一緒にいはするが、連れて来させられているという関係上、そこまで乗り気ではないということだけは付け加えておく。
……それと、一応ではあるが、頭の耳はなんとか頑張って魔法で隠してはいる。見る人が見れば分かると思うが、俺もなんだかんだ頑張ってこの魔法を習得しはしたのだ。まずはそこは褒めてもいいんじゃないかな、と思ったりするのはちょっと傲慢だろうか。
「ねえ二人とも、折角の首都だよ? もうちょっといいところがあるんじゃないの……?」
「ばっかアンナお前こんなに良いところが他にあるか! あ、すみません、こっちの肥料も、はい。翌日送るように包んでいただけると」
「リョーマ様、大変です。何でも土壌が酸性だと小麦は育ちにくいと」
「それに限って言えば石灰を撒いて土に混ぜたらなんとか――」
「観光とかしようよぅ」
はて。一日しか無いというのに観光に使う時間があるのだろうか。
そんなことをしていたら必要なものを買う時間さえ無くなってしまう。
「そうは言うけどさ、アンナ。お前どこ行きたいんだ?」
「えっ!? あ、いや、別にそういうどっかって言うのは……うん……」
と、言いつつしょんぼりとするアンナの姿を見ると、なんだか自分が恐ろしく悪いことをしてしまったような気がむくむくと湧いて来る。
いや、でも実際あんまり良くはない。曲がりなりにもそういう関係になったんだから、俺もアンナに寄り添って考えるのが筋と言えば筋なんだが……。
「リョーマ様。多分、アンナさんはリョーマ様とならどこへ行ってもいい、とでもおっしゃるかと思いますよ」
「そ――そうか?」
「……ん」
訊ねると、アンナはミリアムの言葉が真実だと裏付けるように、一つこくりと頷いて見せた。
嬉しいこと言ってくれうがって、と思うは思うが……それはそれとして。
「……でも色々買い物して帰らないと、食料が……」
その瞬間、アンナの頬が思い切り膨らんだ。
かわいい。
いやそうじゃなくて。
「ここは私が引き受けます。今後は特訓特訓の日々になるでしょうから、今のうちにアンナさんに構ってあげた方がよろしいでしょう」
「そうか――いや、そうだな」
ここまで気を遣われて、アンナ本人にもせがまれて――その上で構ってやらないのは、本当に何のために、こ――恋人同士になったのやら、分からないな。
「しばらく頼んだ、ミリアム」
「おまかせください」
そう言って、僅かに微笑みを見せたミリアムは、そのまま店の奥へと向かって行った。
……もしや、あいつ。自分がじっくり商品を見たかっただけ、だったりするんじゃないか?
いや、だとしても別に、大した問題も無いのだけど――――。
「ごめん、アンナ。だいぶ待たせちゃったな」
「……リョーマってそういうやつだから、別にいいけど。いいけどー」
んべ、と拗ねたように舌を出してきた。
抱き締めるぞこんにゃろう。
「でもさ、どこ行くんだ?」
店を出て、二人して街中を歩きながら考える。
思えば、元の世界でも俺は女の子と外を出歩いたことなんて無かった。恋人となんて、尚更だ。
となると――何をしたらいいのだろうか。正直なところ、クラインの近くにいた方がよっぽど一緒にやりたいことも思い浮かぶくらいだ。
「どこ行こっか?」
えへへー、と緩い笑みを見せながら、アンナが俺の腕にしがみついて来る。
……こうして、二人して考えるのも、それはそれで楽しいか。
恋人と過ごす時の醍醐味がどうのこうのという話も、まあ、話程度には聞いたことはあるが、こういうことなのかもしれない。
と。そうこうしている内に、どこか遠くの方から声が聞こえてきた。
それは、なんだか最近どこかで聞いたような声で――――。
「や――やめてください」
――――理由はともかく、助けを求めているようだった。
「アンナ」
「ん――うん、まあ、そうだよね。リョーマは、そうするよね」
アンナにも、聞こえたのだろう。彼女は俺の考えを拒むこと無く、むしろそれでいい、とばかりに柔らかい笑みを作って見せた。
「ごめんな」
「いいよ。だから好きになったんだもん」
「……嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
お互いに顔を赤くしながらそんなことを言いつつ、声の発生源を確認する。
多分、ここから横道に逸れた方――路地裏、とでも言うのだろうか。そんな風な場所にいるのだと思う。
……何から助けを求めてるのかはともかく、聞こえた以上は見捨ててはおけない。そんな考えを抱きながら、路地裏の方を覗き見る、と――――。
――――そこには、エフェリネと何者とも知れぬオッサンがいた。




